5 異世界ですべきこと。
4話投稿予定の1話目です。
次の話は直ぐに投稿予定です。
……懐かしい。
自身の白光を分ける。
体の中を移動させる。
炎へと変換する。
新しいことに挑戦して、できるようになった達成感。
1度の成功では終わらせず、次もできるようにと何度も反復し、自身の身体に馴染ませていく感覚。
自身の可能性が広がっていくのは、とても心地良い。
『クーちゃん、いつから魔術を使えるようになったの?』
『まじゅつ? これのこと? うーん――』
子どもの時以来かもしれない。
何もかもが新鮮で、楽しかった昔。
あらゆることに挑戦しては失敗して。
……悔しくて仕方なくて。
できるようになるまで、幾度も挑戦していたあの頃。
……何故忘れていたのだろう。
世界が輝いて見えて、自分は何にでもなれると信じていたのに。
……いつからだろうか。
いつから俺は――全てをつまらなく感じるようになったのだろうか。
いつから俺は――何もかも諦めるようになったのだろうか。
『このまえのさむいひ!』
『それってもしかして――ルンちゃんが生まれた日?』
『そうそう!』
女性と娘のやり取りを背に、思考は深度を深めていく。
就職してからか?
学生時代からか?
それとも……幼少期からそうだったのか?
思い出せない。
決して不幸な人生ではなかったはずなのだ。
俺が生きていた日本には表立った争いなんてのはなくて、ただ生きていくことはできて。
そうやって死んでいくのだと思っていたのだ。
……でも、幸せだったのか?
不幸ではないこと。
それが幸せだとは、もう断言できない。
この世界に来て、この家族と過ごし始めて、そう思うようになった――なってしまった。
転生前の世界。
両親も既に居らず、自身が何のために生きているのかもわからず。
偶々最後に少しの善行をして、死んでしまった世界。
もしもあそこに帰ることができるのだとして。
……俺は前世に帰りたいのか?
否だ。
心残りもない。
強いて言うなら、会社の同僚たちにかけた迷惑と、助けたつもりの高校生がどうなったか気になるくらいで。
特別親しい者がいたわけでもない。
虚しいほどに、ただ生きているだけの人生だったのだ。
自身の生み出した炎と、その先にいる母娘を見る。
あの人生と今は……比べるべくもない。
寝床はチクチクするし、不便なことは多々あるかもしれない。
それでも、ここにいない男性も合わせて、幸せそうな笑顔を見ていたら――
『うん! おかあさん、さむそうだったから!
だから、あったかくなったらいいなあって!』
娘は自身の炎を、女性に捧げるように見せる。
『クーちゃん……私のために』
女性の瞳が揺れるのは、炎の揺らぎのせいか、少女の思いやりのせいか。
彼女は、愛しい娘を抱きしめる。
『おかあさん、あったかあい!』
両者の心を映し出すかのように、炎は大きく燃え上がる。
『ちなみにクーちゃん、これは安全なの?』
『だいじょうぶー。わたし、まじゅつじょうずだから!』
『そう? 結構この魔術、危ない気がするんだけど……』
……そして――
娘の生み出した炎に意識を向ける。
俺の転生の謎を明らかにしたい。
転生した手段と理由。
理由はともかく――手段はきっと、この力と関わりがあるはずだ。
……この力を手に入れて、俺は転生の謎を明らかにする。
そして――
俺の生み出した炎が揺れる。
……明らかにして、俺はどうするんだ?
以前の世界に戻る気も、必要もない。
だとすれば俺はここで、何をすべきなのだろうか?
『おかあさん、わたしだけじゃないよ! ほら! ルンちゃんも!』
『いや、さすがにそんな――ってえぇぇぇぇ⁉
ルンちゃん⁉ 火傷してない⁉ 大丈夫なの⁉』
俺に駆け寄る女性と娘。
温かい家族――幸せな家族。
『悪い、ちょっと忘れもんを……ってどうしたゾーレ?』
『貴方! クーちゃんとルンちゃんが!』
『何だ、クーグルンとルングがどうした――待て、クーグルン!
何だそのでかい火は⁉』
『わたしのまじゅつ!』
そんな人たちの元に、生まれたからこそ思うのだろうか。
……良いのかもしれないと。
何をすべきかなんて探せなくても、良いのかもしれない。
『よーし、クーグルンさん。一旦それは仕舞おうか。
危ないから……落ち着いて、ゆっくりな』
『ええー。でも、ルンちゃんもやってるよ?』
『何だと⁉ ルング、お前も大丈夫なのか⁉』
俺を見つめる三人の笑顔。
この世界で新しく何かを始めても――良いのかもしれない。
或いは新しい家族と一緒に、幸せを探してみても――良いのかもしれない。
折角生まれ変わったのだから。
俺自身の意志で、生まれ変わった意味を見出しても――良いのかもしれない。
父と母。
そして姉。
幸せな三人の中に、俺も加わるような未来があっても――良いのかもしれない。
なんとなくそう思えたのだ。
――自身の生き方を探すルング。
幸せの定義は人によりますね。
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!