16 姉弟は少々変わっているようだ。
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「理解の深さが魔術に繋がるって意味では、珍しいんですよ?
あなた達みたいな、高レベルの無詠唱魔術って。
形や法則が、魔法円によってある程度定められている詠唱魔術と違って、形も法則も無い状態から始めるのが、無詠唱魔術ですから。
発動する感覚を理解し辛いし、掴みにくいんですよ。
何もない所に、新しい世界を作っていくようなものです。
……というか、よくここまで子どもだけで、積み重ねられましたね?」
俺たちの無詠唱魔術について、レーリン様は熱弁をふるう。
どうやら、俺たちのこれまでの魔術生活は、ほんの少し王道を外れたものらしい。
姉の才能と、俺の前世の知識。
その2つが奇跡的に合わさった結果、獣道を突き進んでいたようだ。
「じゃあ……先生。
普通は、どうやって魔力とか魔術を使えるようになるの?」
姉の無邪気な質問に、レーリン様は話すのを止め、申し訳なさそうに答える。
「2人にこれを告げるのは心苦しいですが、まず貴族以外の――平民の方々は除外することになります」
「ええっ⁉ どうして⁉」
「……なぜですか?」
少し険のある物言いに、なってしまったかもしれない。
だが、納得はいかない。
貴族であろうが、平民だろうが、人は人。
世界に生まれ、生活を営む点においては、変わらないはずだ。
……平民と貴族に、何か違いでもあるのだろうか。
立場か。
経済力か。
それとも血統か。
「……ルング君。そんなに睨まないでください。怖いですよ?」
そう言って、レーリン様は淡々と続ける。
「理由は単純です。
単に建国以来、平民の中から魔術の素質のある子は、生まれたことがなかったからです。
魔術師が生まれるのは貴族……それも、魔術師のいる家門ばかり。
なので、定説として魔術師は貴族の――それも魔術師の血族から、生まれやすいとされてきました。
……あなた達が現れるまでは、ですが」
それを聞いた姉の声量が跳ね上がる。
「え、ということは……お母さんってお姫様だったってことだよね⁉
それなら……私もお姫様⁉」
姉は両手で口元を隠し、驚きのポーズをとる。
貴族しか魔術師は生まれないという話から、母が貴族――それも王族――だと飛躍したらしい。
「だとすると……俺は王子様か。白馬とかに乗らないとな」
「ああ! ルンちゃんなら似合いそう! ポニーとか!」
姉弟の盛り上がりを、レーリン様は否定する。
「いいえ。
ご両親やあなた達が、王家や貴族の血を引いているというのは、あり得ません。
それに、あなた達が川からドンブラコしてきたなんて事実もありませんし、ご両親の素行にも問題ありませんでした。
(昨日)調べましたので。
正真正銘あなた達は、平民です」
……別に、本気でそんな期待をしていたわけではないのだが。
こう断言されると、姉共々少し複雑な気分になる。
「……話が逸れましたね。
それで魔術や魔力を、普通はどのように扱えるようになるかという話ですが。
魔力に関しては、自然な目覚めを待つほかありません。
物心つく前から魔力を制御できる人もいれば、10代前半くらいにようやく感知できるようになる人まで、個々人でそのタイミングは異なります。
ただ、魔力に目覚めていると判断されれば、例外なく魔法円に触れさせます」
『そよ風よ、吹け』
レーリン様は、再びそよ風の魔術を展開させると、風が吹き始める。
「例えば『そよ風よ、吹け』も、当然ながら魔法円を持つ魔術の1つです。
初級魔術で、属性は風。基礎的な魔術ではありますが……」
レーリン様の言葉を合図に、風がピタリと止まる。
しかし、魔術の全てが無くなったわけではない。
残った魔法円が、展開された状態で維持されていた。
「なんか……暗い?」
姉の言葉で気が付く。
魔法円の存在自体は安定しているのに、魔力の輝きは薄れているのだ。
「では、クーグルンさん。この魔法円に触れてみてください」
「いいの⁉ やった!」
姉は物怖じせず、魔法円に手をかざす。
「姉さん平気か? 痛くないか?」
魔法円自体は、魔力で出来ていて、実体がない。
更にいえば、魔術の発動も止まっている。
それでも、今日初めて見たもの――見た現象だ。
王宮魔術師の許可が出たとはいえ、心配なものは心配なのである。
「ううん……今のところ痛くも痒くもないかな。あったかいかも!」
ゆっくりと姉が、魔法円に手を近づけていくと、
「にょわ!」
驚きの声と共に、魔法円が輝く。
すると、魔法円から再び風が吹き始めた。
「姉さん、どうした⁉ 平気か⁉」
心配をよそに、声を上げた張本人である少女は、魔法円を眺めて笑っている。
「ぷぷぷ……あははは!
魔法円が、私の魔力吸ってる! くすぐったい!」
朗らかに笑う姉の魔力の動きを見ると、微量だが確かに、魔法円に魔力を吸われていた。
「レーリン様、これってもしかして、姉さんの魔力で魔術を発動しているのですか?」
「ええ。その通りです」
レーリン様は頷くと魔法円を消す。
「クーグルンさんの魔力で魔法円が起動したので、彼女は風属性の魔術に適性があると判断できるわけです。
魔力に目覚めた貴族の子息と令嬢たちも同様に、これを全属性受けてもらって、適性判断をするというのが、一般的な流れになりますね」
「その後は、貴族の繋がりと金を積んで、適性に合った魔術を習っていくと」
「ルング君? そうですけど……もっと言い方を選んでくださいよ。
あなた、本当に子どもですか」
考えを口にすると、レーリン様は物言いたげな目をこちらへ向ける。
姉はそんな俺たちを気にせず、魔法円の消えた場所で、空を掴んだり放したりすると、
「じゃあ、私は風の適性持ちだね! えっへん!」
鼻高々に胸を張った。
……いや、誇らしい気持ちは分からないでもないが。
少女は嬉しさのあまり、自身の扱える魔術を忘れているらしい。
「姉さん……俺たちは、他の属性の魔術も扱えるだろう?」
「あっ! そうだった!」
俺の言葉に、レーリン様が尋ねる。
「……ちなみにですが、他にどんな属性の魔術を?」
「風以外にも、火と水と土は使えます。
後は……治癒の魔術くらいでしょうか」
「私も! でも、リっちゃんのやつも入れたら、もう1個増えるね!」
姉のリッチェンの真似は、魔術と定義して良いのか怪しいと思うのだが。
若干失敗してたし。
そんな俺たちの言葉を聞いて、レーリン様の笑顔が心なし引きつる。
「4属性ならいざ知らず、特殊属性まで……。
……あのですねえ。
断っておきますけど、複数の属性に適性がある人は珍しいんですよ?
1属性の人が大多数で、2属性持ちは貴重。
3属性以上となると、珍獣扱いなんですよ? ハントされるんですよ?
それなのにあなた達……盛り過ぎでしょう」
「私たち、貴族様を超えた大貴族様⁉」
レーリン様の話を聞いて、調子に乗る姉に釘を刺す。
「姉さん、そんなこと言ってると、即刻処刑だぞ。
レーリン様だって、貴族だろうし」
すると姉はレーリン様に視線を向け、ゆっくりとその場に正座する。
……小刻みに震えているように見えるのは、気のせいだろうか。
「レーリン王宮先生魔術師様、私は処刑しても美味しくありませんことよです!」
「……こんなことで処刑しませんし、食べませんよ。言葉遣いも変ですし」
レーリン様はため息を吐くと、姉弟2人に視線を戻す。
「あなた達は色々な意味で、本当に異質で謎だらけなのです。
魔術の扱える初めての平民で、無詠唱魔術の使い手で、複数の属性適性持ち。
魔術師界の中でも、異端といっていいでしょう」
そういうとレーリン様は、目線を俺たちに合わせる。
その瞳には、知的探求心の色が強く輝いている。
「どうですか? 面白くないですか?」
王宮魔術師は、そう言って笑みをこぼす。
……「面白くないか」だって?
平民なのに、何故か魔術を使えて。
現代魔術とは異なる、無詠唱魔術を扱えるようになっていて。
貴族でも持てない、多数の適性を持つ。
学びたいことも、してみたいことも、考察したいことも。
聞きたいことも、調べたいことも、実験したいことも無数にある。
そんなの――
「面白いに決まってるよ! 先生!」
「レーリン様、面白いに決まっているでしょう」
そんな姉弟の答えに、レーリン様は満足そうに笑ったのだった。
――こんなに説明してくれているレーリン様が、当初はバックレようとしていたことは黒歴史です。
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!