13 王宮魔術師の魔術は面白い。
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「うわ⁉ 熱っ⁉ リッチェン大丈夫か⁉」
「だいじょうぶ! それよりおとうさん、けむりがすごいわ!」
紅蓮の炎と轟く咆哮。
それによって舞い上った土煙の中、村長父娘は楽しそうにはしゃいでいる。
「ルンちゃん……今のって何かな⁉」
烈火の残り火の熱さ故か、姉も少し高揚気味だ。
……もう少し、レーリン様の心配をしても良いのではないか。
そう思わなくもない。
しかし姉に、魔術師の安否を気にしている様子はない。
その瞳にあるのは、純粋な好奇心。
魔術師が発動した、初見の魔術に対する関心のみだ。
「姉さん、まずはレーリン様の心配からだろう?」
俺の指摘も、姉に効果はない。
「ええー、それは大丈夫じゃない?
ルンちゃんも見てたでしょ?
先生、明らかに魔術で防御してたし!」
……恐ろしい観察力。
瞬刻の魔術のせめぎ合いを、見事に姉は看破したらしい。
「……声を合図に、魔力が円形に広がってたな」
仕方なく、レーリン様の魔術で気になった部分を口にする。
彼女の声が響いた直後に、魔力が刹那で展開された様に見えた。
場所は地面、形は円。
その中心に、件の王宮魔術師は佇んでいたはずだが。
「うん! 足元に円が広がって、その直後にボンって大爆発!
凄かったよね! 格好良いよね!」
……その魔術の結果、起きたのは爆発だ。
姉の放った炎にものを燃やす力はあれども、爆発を起こす意図はなかった。
そして、俺の土槍に至っては言うまでもない。
つまるところ、爆発と土煙は、俺たちの魔術ではなく――
「先生の魔術、凄い威力だったよね!」
王宮魔術師レーリン様によって、引き起こされたものだ。
彼女の魔術で、姉の炎はかき消され、俺の無数の土の槍は瓦解した。
その爪痕が、この土煙である。
だが特筆すべきは、その威力だけではない。
「……発動速度も段違いだったな」
俺たちの魔術に対して、後出しでも間に合う速さ。
レーリン様の魔力が魔術へと移行する過程は、集中していても見えなかった。
……移行できたのか? それとも省いたのか?
仮にあの短時間で移行できたのなら、その処理速度は脅威的だ。
どんな鍛錬を経れば、その領域に至れるのか想像もつかない。
そして省いたのであれば、その手段が気になる。
加えて魔術の発動速度の短さが、嘘のような破壊力。
発動速度と威力。
俺の求めるものが、レーリン様の魔術に凝縮されていたように思う。
……知りたい。
あの魔術について、心底知りたい。
「ルンちゃん……楽しそうだね」
「ん? そう――」
『そよ風よ、吹け』
再び声が響き、魔力が円形に広がる。
瞬間の開花。
空中に咲いた美しい円は先程とは異なり、こちらへと向いている。
……円の中に描かれているのは文字か?
もう少し観察したかったが、その時間はない。
姉と共に身構え、これから起きるであろう何かに対して、魔力を練り上げる。
……何が起きる?
攻撃か?
それなら、俺たちの採るべき選択肢は――
しかし、そんな警戒の必要はなかったようだ。
起きたのは風。
それも、木の葉を浮かせる程度のそよ風だったからだ。
軽やかな風は、ふわりと土煙を連れて行く。
「ほら! やっぱり先生無事だった!」
「そうだな」
「それに、また面白そうな魔術だね! 効率良さそう!」
「こんな感じかなー」と、姉は風を起こした円を、自身の風の魔術で再現しようとする。
その間も魔力の円はその形を保ち、一定の出力で風を生み出し続けていた。
「出力の維持は、どうなっている?」
円に夢中な姉同様に、俺の心もまた、その魔術に囚われていた。
……どうしてここまで、安定して出力できる?
俺たちの魔術は、自身のイメージを元に顕現し、制御している。
少し発動に時間はかかるが、その分発生した現象を制御することが可能だ。
「うーん、こうかなあ?」
実際、姉が円と内部の文様を、風の魔術でなぞることが出来ているのは、発生させた風を姉の意志で操っているからである。
しかし代わりに、同出力同動作を一定時間維持し、繰り返すのは難しい。
魔術を制御しているのは、あくまで人間の意志であり。
故に、同じ挙動をさせているつもりでも、どこかで齟齬が生じてしまうのだ。
例えば、姉があの円を完璧に再現できたとする。
しかしその後に、同様の円を描こうとしても、完全に同じものは描けないだろう。
魔術に使用する魔力量や、制御する意識、疲労といった様々な要因によって、その場その場で魔術の規模や出力が、少なからず変化してしまうためだ。
そういう意味で、俺たち姉弟が扱う魔術は生物的といえるのかもしれない。
少しの要因で、すぐに変化してしまう。
それに対して、この円の魔術は機械的――あるいは自動的。
一定の魔力量で、一定の時間、一定の出力で常に魔術を発動し続けている。
どちらにも長短がありそうで、優劣はよくわからない。
しかし、俺たちの魔術とは異なる技術で稼働しているのは、間違いないだろう。
「できた!」
遂に姉の風が、円と中の文様を再現する。
「うーん、何も出ないね……」
しかし、何も起こらない。
「少しこの辺りが違うんじゃないか?」
「ええ、そうかなあ? こうだと思うんだけど……」
話し合って、少しずつ修正。
そんな姉との楽しい語らいの中に、桜色の声が差し込まれる。
「魔法円を魔術で再現しても、発動しませんよ?」
……ああ、怖かった。死ぬかと思いました。
土煙を晴らすと、姉弟が見えてきました。
どうやら私の魔術を、再現しようとしているようです。
「魔法円を魔術で再現しても、発動しませんよ?」
そんな助言を与えると、2人は再び考え始めました。
……それにしても。
「全力で撃ち込んできてください」
そんなことを言った先刻の自分に、上級魔術をぶち込みたくなります。
口は禍の元。
後悔先に立たず。
こうして驕った結果、人間というのはあっさりと死んでしまうのでしょう。
少女と少年――クーグルンさんとルング君の魔術。
逸材というのは理解していたつもりでしたが、それでも私は彼らを甘く見積もっていました。
たとえ天才であろうと、まだ魔術の基礎教育を終えていないヒヨッコだろうと。
だからこその、調子に乗ったあの発言です。
心から後悔しました。
自身の見通しの甘さを、私は反省しなければなりません。
姉弟から放たれたのは、無詠唱の火と土の魔術。
火――炎は威力重視。
爆発的な魔力がつぎ込まれた劫火。
その火力は凄まじく、敵を焼き払う強い意志が感じられました。
それに対して、土槍は速度と制御重視。
場に存在する自身の魔力を操作した、不意打ち特化の槍でした。
恐るべき制御能力によって、私の死角である真下と後方から突き崩す算段だったのでしょう。
……どこが新米ですか。
どちらも私の命を奪いかねない、強力な無詠唱魔術でした。
この練度の無詠唱魔術を目にするのは、久しぶりです。
少なくとも、今の私にはできません。
そしてその計算外が、私の予定を全て狂わせました。
……まったく。本当は初級防御魔術で、颯爽と防ぐつもりだったのに。
予想外の威力と的確な制御を見て、咄嗟に中級防御魔術『炎の嵐よ、我を護れ』へと切り替えたのは、我ながら賢明だったと思います。
でなければ、無事では済まなかったかもしれません。
「魔術では発動できない……それなら魔力か?」
「あっ! そういうこと⁉ 私もやる!」
恐るべき魔術を放った姉弟は、私のヒントを元に、やはり楽しそうに魔法円を再現しようとしています。
……こういうところも、逸材ですね。
人を殺しかけておいて、その事実よりも魔術が大事。
頭のネジが、緩んでいるのかもしれません。
王宮魔術師の素養、バッチリ。
だからこそ、心配になります。
……この子たちが、真っ当な道を外れないようにしなければ。
そのためにも、王宮魔術師随一の人格者である私が、面倒を見るべきでしょう。
やれやれ……常識人は苦労します。
そんなことを考えていると、
「あの……先生!」
少女の声が響きました。
魔法円の再現がどうなったのかはわかりませんが、何故か少女の身体が魔力光に輝きます。
その視線の先には私。
……何⁉
ビクリと反応する体。
どうやら、先程の出来事がトラウマになってしまったようです。
そして――
チラリ
少女に気を配りつつ、少年の動きにも注意します。
目立つ姉を目くらましに、致命の一撃を狙う。
派手な魔術よりも、結果を重視する殺し屋の様な少年がまた恐ろしいです。
……厄介極まりない姉弟でした。
しかし今回は、少年に動く様子がありません。
じっと2人に注目していると、少女――正確にはその魔力――に動きアリ。
全身から立ち上っていた魔力が、その小さい身体に収まり、少女自身の肉体が白色の輝きを放ち始めたのです。
……これって、身体強化魔術では⁉
魔力制御による、身体能力の強化。
魔術師よりも、騎士や兵士に使い手が多い特殊属性魔術です。
ぐっ
対峙する少女が、足元の大地を強く踏もうとします。
目的はおそらく移動でしょう。
……遠距離戦を避け、近距離戦を仕掛けるつもりですか⁉
私、インドア派なんですけど……。
とりあえずの対応ができるように、腰を落とします。
……結果から話してしまうと――
少女と近距離戦をすることには、なりませんでした。
少女の全力の踏み込みは、庭の表面を大きく削り、新たな土煙を上げると――
グシャ
「へぶっ⁉」
その場で転んでしまったのでした。
――姉弟の変わりっぷりに、王宮魔術師もドン引きです。
ちなみにこの王宮魔術師は、遠慮なく研究室を吹き飛ばしているのでした。
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!