10 王宮魔術師は運命と出会う
1日1話投稿中です。
明日も午前6時台の投稿予定となっています。
「約束では、こちらに案内係の方がいるらしいですが……」
そんなことを言いながら馬車を降りて、キョロキョロと村の中央広場を見回すと、私に近付く人影が1つありました。
素朴なこの村では珍しいドレス姿の女の子。
その首には何故か、銅貨に紐を通したネックレスが飾られています。
小麦色の手足が動くたびに、ひらりと揺れるフリル。
1つ結びにされた髪は、燃えるように華やかな赤色です。
「えっと、おうきゅうまじゅつしのレーリンさまですか?」
可愛らしい鈴の音が、響きます。
緊張の面持ちながら、自身の役割を必死にこなそうとするその姿は正に可憐。
精霊と言われても、受け入れてしまいそうでした。
「はい、私は王宮魔術師レーリンと言います。
可愛らしいお嬢さん。貴女のお名前を聞いても?」
私の肯定の言葉に安心したのでしょう。
少女の頬の強張りは徐々に解けて、輝くような笑顔が浮かびました。
……眩しい。眩し過ぎます。
心情的にも、魔術的にも。
……この子ひょっとして――
私が思考を進める中で、少女は少し不思議そうな顔をすると、ニパっと私に名乗りました。
「わたしはアンファングむらそんちょう――ブーガのむすめ、リッチェンといいます!
きょうはわたしが、あんないします!
きれいなまじゅつしさまにあえて、うれしいです!」
……あら、とってもいい子!
などと一瞬考えて、少女の言葉をようやく咀嚼します。
……あれ?
予想が外れていました。
私はてっきり、この少女をクーグルンさん――魔術の使える姉だと思っていました。
その理由は魔力量。
溢れんばかりの魔力が少女を包んでいて、てっきり魔術師だと思い込んでいたのです。
……まだまだ鍛錬は足りませんが、量はかなりのもの。
鍛えればこの子も、いい線いくかもしれません。
「どうかしましたか?」
固まっている私を不思議に思ったのか、村長の娘――リッチェンさんは、つぶらな瞳をこちらに向けています。
「いいえ、何でもないですよー。
案内を是非よろしくお願いしますね?」
勘違いを誤魔化すように、少女に告げます。
「わかりました! おまかせあれです!」
ゴキゲンの表情はちょっと眩し過ぎて、インドア派の私は穴に潜りたくなりました。
「えーっと……リッチェンさんが固い棒を殴り折ったのですか? なぜ?」
どうやら少女は、例の姉弟と仲良しのようです。
これ幸いにと、先導する少女に姉弟について尋ねていたのですが――
「うーんと……クーねえとルングは、まりょくのじっけんって、いってました」
自慢げに胸を張る少女には申し訳ありませんが、わけがわかりません。
……まりょく――魔力。
それは勿論理解しています。
しかし、少女が棒を殴ることと、魔力に何の関わりが?
……滅茶苦茶気になりますね。
理由の分からない実験程、興味が出てきます。
保有魔力量と身体能力の関係性?
それとも魔力を用いた打撃の威力測定?
現段階で思いつくのは、その2つくらいですが、どちらであってもなくても興味深い。
そして少女の語り口を聞く限り、姉弟は他にも面白そうな実験をしているみたいです。
「リッチェンさん、他にも2人のしていた実験を知る限りで良いので、教えてくれますか?」
「もちろんです!」
少女は姉弟のことを、自慢気に話します。
魅力的な笑顔は、彼らのことが大好きな証でしょう。
案内の道中は、思いの外楽しいものとなりました。
「レーリンさま、もうつきますよ!」
楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまうもの。
少女の可愛らしい声によって、私の意識は魔術実験と考察の深みから引き上げられました。
顔を上げると、そこには庭と建物。
奥まった建物は、モノトーンのお洒落な色合いです。
おそらく、教導園を改修したものでしょう。
村の広場に教導園があったので、引っ越す際に領主用邸宅へと作り替えたのかもしれません。
付随する庭もまた、整って美しい。
日頃からお手入れをされているのでしょうか。
隅々まで綺麗に均されています。
けれどそんなことより、いくつか気になることがありました。
1つは先述した庭。
美しく整備されているのは良いですが、魔力に満ちていました。
煌々とした魔力の輝き。
王宮魔術師が引く程の魔力が、この庭全体に浸透しています。
……そして、それ以上に目が離せないのは。
庭の中心に3人程、人が居ることでした。
1人は大柄な男性です。
年齢は3,40代程でしょうか。
少し顔が怖いですが、私たちの姿を見つけた時の安堵の笑みは、相も変わらずのお人好しです。
彼は昔からの知己であり、見知った顔。
故に私の大きな関心は、残りの2人にありました。
……絶対にこの子たちですよね。
断言できます。
私の今回の仕事――家庭教師(仮)。
その教え子(予定)となる姉弟。
茶髪と黒の瞳を持つ女の子と、黒髪に茶の瞳の男の子の2人。
女の子は天真爛漫な様子です。
私たちを見つけると、瞳がキラキラと輝きだしました。
きっと好奇心が強いのでしょう。
案内してくれたリっチェンさんに、負けず劣らず非常に可愛らしいです。
しかしそれ以上に目を瞠るのは、練り上げられた膨大な魔力でしょうか。
量と質共に、申し分のない密度。
……魔術学校の学生の域を、とうに超えちゃってますよね。これ。
少なくとも同じ年齢――8歳時点での私は、確実に超えています。
末恐ろしいというより、現時点で恐ろしい。
そんな愛らしくも凄まじい少女とは対照的に――
男の子は不気味な程落ち着き払った瞳を、こちらへと向けています。
どこか総任にも似た、人を見透かすような茶色の瞳。
……子どもらしさが行方知らずとなっています。
加えて女の子と比較すると、魔力を全然感じません。
なんなら、私を案内した少女よりも少ないです。
感じられるのは、精々普通の子ども程度の魔力量でしょうか。
……でも、まだまだ甘いですね。
魔力量に比べて、漏れ出る魔力の練度が違います。
魔力の完全制御による、魔力量の偽装。
普通の魔術師では難しいはずのそれを、少年は自然に体現していました。
ひょっとすると私を偽るためというよりは、日頃の習慣なのかもしれません。
美しさを覚えるほど、流麗な制御技術です。
……さて、どうしたものでしょう。
試験をするまでもなくわかります。
この2人は逸材です。間違いなく。
特別家庭教師枠を充てるに足る人材でした。
悔しいですが、私を派遣した総任とお父様の判断は正しかったと言えるでしょう。
そうなると私の仕事は、もう終わったも同然です。
今日は帰宅し、総任に報告して。
後日、本格的な魔術教育を始めるという流れで良いと思います。
……でも、それでは普通ですよね。つまらないですよね。
姉弟を見て、生まれてしまった疑問。
心の奥底で、グツグツと知識欲が煮えたぎっているのがわかります。
自身の強い好奇心――研究者魂を抑えきれないのは、私の数少ない弱点です。
……この姉弟は、現時点でどのくらいやれるんですかね?
ワクワク
こんなに興奮するのは、少し前に研究室を吹き飛ばした時以来かもしれません。
――王宮魔術師レーリンもまた、天才(狂人)の1人なのでした。
次回からは再び、ルングの視点に戻りますのでお楽しみいただけると幸いです。
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!