7 王宮魔術師は手数で勝負する
1日1話投稿中です。
明日も午前6時台の投稿予定となっています。
「では、私が爆発を起こした話は置いておくとして――」
「置いておかないよ? ちゃんと始末書は出しなよ?」
総任のニコニコとした微笑みの裏には、確かな圧力が存在していました。
これが老獪さというものなのかもしれません。
「置いておくとして! なんで私が家庭教師をしなきゃいけないんですか⁉」
腹黒い老人に、至極尤もな疑問を投げかけます。
「いくつか理由はあるが……どうしてそこまで嫌がるのかね?」
……はあぁぁぁ⁉
大人の淡々とした物言いは、私の神経を逆なでするのに十分でした。
「そもそも私、研究で忙しいんですよ?」
国のため(という名目で)、王宮魔術師たちは日夜魔術の研究に打ち込んでいます。
私たちが(好奇心のままに)研究し、明らかになった魔術理論が、(偶然必然問わず)結果的に国力へと還元されていくのです。
そんな私たちのために、国からも研究費やらなにやらが支払われています。
故に結果を出すためにも、子どもの家庭教師なんてやってる暇はないのです。
そんな私の必死の訴えに、総任は分かりやすくため息を吐きました。
「それは皆同じだ。理由にはならないよ」
……いや、それはまあ、そうかもしれませんが。
「だとしても! 子ども相手なら、もっと適任の人がいるでしょう?」
……この方向性ならいけますかね?
私である必然性はないはず。
他の王宮魔術師なら、まだ何人も候補が――
「いると思うかね? 教えてくれないかな?」
総任の問いかけに、頭を巡らせます。
……うん。はい。
「どいつもこいつも……狂人だらけ……」
王宮魔術師。
それは魔術師なら、誰もが憧れる職です。
給料も高く、世間からも尊敬され、その上研究に打ち込んでも、基本的に(成果をある程度出せば)文句は言われません。
しかしその代償として、成り上がる道中は当然ながら狭き門。
並の天才程度では、その門を叩くことすらままならない、ある種の蟲毒の体を成しています。
そんな中で生き残ることができるのは、天才の中でも狂気を孕んだ天才。
バカと紙一重の天才ばかりなのです。
そんな倫理観の狂った連中が、子どもの家庭教師なんてやったら――
「人体実験に……魔改造。
子どもが正気を保っていれば、御の字ですかね……」
……間違いなく、無事では済まないでしょう。
「レーリン君?
君は、王宮魔術師の先輩たちを何だと思っているのかな?」
……事実でしょうに。
「……でも確かに。人柄で考えれば、私が1番の人格者なのは否定できませんね。
やれやれ……こういう組織では、穏健派の人ほど、苦労するのですね」
「研究室を吹き飛ばしておいて、どの口が言うんだね。正気を疑うよ」
目の前の老人の辛辣な言葉に、心の涙が止まりません。
このやり取りはきちんとレポートに残し、いずれ陛下に奏上しましょう。
……それにしても。
これでも駄目ですか。
むしろ、まともな人間が私しかいないという点で、尚更追いつめられたようにも感じます。
……他の王宮魔術師、使えませんね。
ですがここで、私の頭に稲妻の如き閃きが走りました。
「大体ですね! この命令書、『8歳と5歳』と書いてあるんですが!」
王宮魔術師たちの非によって、私にその役割を回すのであれば。
非があれば、特別家庭教師枠そのものを否定しても良いはずです。
「ああ……2人だね。可愛らしい姉弟みたいだよ? 良かったね」
総任は珍しく裏のない、好々爺の様な笑みを浮かべました。
……しかし私の言いたいのは、そういうことじゃありません。
「なにが『良かったね』ですか!
これ、規定違反ですよね? 特別家庭教師枠は『10歳』からのはずです!」
私の鋭い指摘に、総任は目を丸くします。
「おや? よく知っていたね」
……そりゃあ、私も特別家庭教師枠を利用しましたからね。
実家にお金はありましたが、王宮魔術師に教えを請える機会なんて、基本的にありません。
故に私も、この制度を利用して、王宮魔術師に手ほどきをしてもらったのです。
「私ですら10歳からなのに、この子たち早すぎませんか?
それも平民なんですよね?」
……平民を見下す気はありません。
基本的に人間なんて、皆同じだと思っています。
動物ですから。
しかし私は、自身の利のためならば多少の泥も被る所存です。
基本的に魔術師は、貴族からしか生まれません。
血なのか、環境なのか。
理由はまだ判明していませんが、そう言われています。
加えて、貴族が魔術に目覚めれば、例外なく英才教育が始まります。
魔術は力。
幼少期から鍛えておいて、損はありません。
魔術師になれたのなら、家門を飾る箔としては十分なのです。
もしその魔術師が家を継ぐのなら、政治や軍事の面で大きな力となります。
私の場合も、英才教育が始まり、特別家庭教師枠を頂いた時には、既に一般的な術式は網羅していました。
つまり魔術師としての基礎教育は、終わっていたということです。
だからこそ、担当の王宮魔術師と丁々発止渡り合い、衝突や協力を繰り返しながら切磋琢磨できたのでしょう。
……ちなみにですが。
私を指導した王宮魔術師というのが、今よりも多少若かった目の前の老人だったりします。
その頃から、この泰然とした雰囲気は変わっていません。
……まあ、とりあえず。
担当の子どもたちが平民ということは、私のように魔術の基礎教育を受けている可能性は非常に低いです。
それなら――
「それなら最初に、魔術の基礎を教えられる魔術師を派遣すべきでは?
それからの伸び次第で、王宮魔術師の派遣を検討すべきだと思います!」
こうして私は、恐るべきアドリブ能力を以って、業務命令の穴――弱点を突く、真っ当な意見を述べたのでした。
――レーリンもまた貴族です。
魔術の術式の話が出てきましたが、それは今後お話に出てきますのでお楽しみに!
ちなみに散々なことをレーリンに言われていますが、総任のシャイテルはとても寛容な気がします。
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!