4 切っ掛け。
1日1話投稿中です。
明日も午前6時台の投稿予定となっています。
「なるほど。それでお前たちは魔術の可能性を探るために、リッチェンの身体能力を試していたと」
リッチェンが折った土の塔を、村長は複雑そうな表情で眺めている。
「そういうことだ。リッチェンは立派に役目を果たしたんだ。
良かったな村長。村長の娘は凄まじい力の持ち主だぞ」
「凄いよね! 速かったよね! めっちゃ格好良くない?」
「え……えへへへ」
塔を砕いた凄まじい1撃を興奮気味に絶賛する姉弟と、褒め殺しに照れる本人。
そんな幸せな子どもたちに向ける村長の視線は、対照的に少し冷めている。
「お前たちは……いつも実験ばかりか⁉ しかもウチの娘で!」
「おとうさん。ルングもクーねえも、わるぎはないから」
リッチェンのフォローは、俺たちに褒められたことが嬉しかったからだろうか。
怒れる村長を止めようとするその姿は、健気で涙を誘う。
「ところで村長」
「何だ、マッドサイエンティスト」
村長は、恨みがましい目と口調を向ける。
ただでさえ顔が怖いのだから、止めた方が良いと思う。
「リッチェンは、元からこんなに身体能力が高かったか?」
俺の質問に、村長の顔が思案するそれに変化する。
「……そういえば最近急に、リッチェンの動きが良くなった気がするな。
毎朝の訓練でも、俺の動きに対応できるようになってるし。
元から子どもにしては身体能力が高かったが、特にここ1、2週間くらいで見違えて動けるようになってる気がする……」
「うーん? どういうことなの?」
「リっちゃんが、凄いってことだよ!」
「ええっ⁉ クーねえ。もしかしてわたし、ルングにほめられてる?」
「うん! ルンちゃん大絶賛!」
「やったわ! クーねえ!」
女子陣がきゃっきゃとはしゃぐ。
……俺というより、村長が大絶賛なわけだが。
村長は娘の口から自身の名前が出ないことに、衝撃を隠せず涙ぐんでいる。
「リッチェンの動きが良くなったのは、本当にここ最近なんだな?」
「ああ……丁度お前らが、魔物を狩った前後くらいだと思うぞ?」
涙を堪えた村長のその言葉に、僅かばかりの思考の取っ掛かりを得る。
……ひょっとすると。
魔物を倒したあの日が、切っ掛けになったのかもしれない。
魔物との戦いがそうだったのかもしれないし。
あるいは……俺の治癒魔術がそうだったのかもしれない。
リッチェンは、あの命懸けの戦いの中で無意識に掴んだのだ。
自身の身体と魔力の使い方を。
掴んだ自身の身体と魔力の感覚を下地に、魔物を止められると判断し、実際にやり遂げたのだろう。
「ということはわたし、もっとつよくなったのね!
みんなをまもれるさいきょうのきしに、なれるかしら?」
村長の言葉に、少女は弾ける様な笑顔を浮かべ、白光が胸元で燃え上がる。
彼女は、何もかもが眩しい。
そんな輝く少女の問いに、俺たちは微笑みながら答える。
「ああ……なれるさ」
「なれるに決まってるよ!」
「そう? ルングもクーねえも、ありがとう!」
リッチェンは、嬉しそうに自身の気持ちを表現する。
そんな娘の献身的な熱意に絆されたのだろうか。
「本当は、リッチェンに騎士になって欲しくないんだけどなあ……」などと、村長もまた嬉しそうに呟きながら、話題を変える。
「……それで2人とも。俺が頼んだ庭の掃除は終わったんだろうな?」
……やれやれだ。
俺は村長の愚問に、ジトっとした視線を向ける。
隣でリッチェンとじゃれていた姉もまた、呆れ果てた表情だ。
「村長、見て分からないの?」
姉はそう言うと、くいっと親指で庭を指し示す。
村長はその親指の導くままに、視線を庭へと向けた。
そこにあったのは、土の魔術の激突によって、荒野と化した庭だ。
周辺には魔術の残骸。
庭の中心だったと思しき場所には、無残に横たわる折れた塔。
心なし吹く寂寥の風。
「終わっているわけがないだろう」
「何でお前たちはそんなに自信満々なんだ⁉ もっと悪びれろよ!
もう時間もないんだぞ⁉」
村長は嘆く様に頭を抱える。
……仕方ないな。
リッチェンとの実験と観察で忙しかったとはいえ、一応頼まれた仕事だ。
そろそろ終わらせるとしよう。
「姉さん、土もある程度掌握できたし、やろう」
「そうだねえ。魔力も行き渡ったみたいだし」
俺たちの言葉を合図に、荒れ果てていたはずの庭が淡く輝き始める。
次に起きたのは――
「お⁉」
「うわあ⁉」
驚きの声を上げる父娘共々、庭全体を揺らすかのような地鳴り。
所々に残骸が残っていた土の槍や動物たち、そしてリッチェンの破壊した土の塔も大地へと呑み込まれ、あっという間に均されていく。
「おおお!」
「すっごいわね!」
畑仕事で土を扱うことの多い姉や俺からすれば、見慣れた光景だが、村長とリッチェンには新鮮な光景だったらしい。
あっという間に荒れ果てた庭は、元の――あるいはそれ以上の――美しく整備された姿を取り戻した。
「どう? 村長! 私たちは、やればできる子なの!」
「そうだ。色々と試さなければ、これくらい直ぐにできる」
「……とりあえず今までは、その気じゃなかったってことだけは分かったよ。
このガキども!」
「はあ」と村長は自身の額に手を遣ると、俺たちに尋ねた。
「そもそも、新しい魔術の可能性探しをするって言ってたが、何のためにここの掃除をお前たちに任せたのかわかってるのか?」
――上がったはずの身体能力を、あっさり制御できているリッチェンが恐ろしい。
村長の最後の問いの答えは、次回明らかになりますので、お楽しみに!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!