17 母の想い。
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明日は午前6時台の投稿予定となっています。
「うううう……良かっだねえ。リっちゃん」
ズズズ
村長とリッチェンの親子の抱擁を見て、滂沱の涙を流す姉に応える。
「ああ。そうだな」
親には親の理屈があり、子には子の理屈がある。
時にはそれがぶつかって、すれ違うこともあるかもしれないが、そのたびにこの親子はこうして乗り越えていくのだろう。
「よいしょ」と少し痺れる足に鞭を打ち、俺は立ち上がって、姉に声をかける。
「さて、姉さん。一段落した所で、俺たちもいつも通りの生活を始めるか」
「そうね! ルンちゃん!」
俺の言葉に、姉も笑顔で立ち上がる。
……よし。いける。
今が好機。
これで全てを有耶無耶に――
「それで、ルング?」
俺たち――俺の機先を制するかのような言葉が響くが、汗をかきながら無視する。
「では、俺はこれにて――」
発動しようとしたのは風の魔術。
移動に特化した、最速の魔術だ。
しかしその魔術は、魔力が風へと変換される前に――
ガバ
姉に飛びつかれることで、阻止される。
「姉さん……裏切るのか。弟を逃がすのが姉の役目のはず……」
腕を引きはがそうとする俺の言葉に、姉は首を横に振る。
「ルンちゃん、元気でね……」
その目には、再びの涙が。
……おい。
これじゃあまるで、俺がこれからどうにかなるみたいじゃないか。
生きている。俺は生きているんだ。
だから、涙を流さないで欲しい。
「元気にしていて欲しいなら、放してくれ。頼むから」
……想像の何倍も力が強い。
5歳と8歳では、やはり体格差がどうしても出てしまうのか。
あるいは姉も、何かしらの恐怖に追われているのか。
「ルング?」
……分かってはいたのだ。
だが、少しの可能性があるのなら、諦めるべきではないと思っただけで。
……もう、間に合わないなんてことは、勿論理解している。
腹をくくり、姉に抱き付かれたまま、正座に戻る。
「はい、なんでございましょうか。母上」
俺の言葉に対するのは、能面の笑顔だ。
背後に死神の鎌を隠す仮面の笑顔と言っても良い。
死神が口を開く。
「もちろんだけど、お母さんは怒っています。何故でしょう?」
「俺が危険なことをしたからです。
それでリッチェンも危険に晒し、皆にご心配をおかけしました。
すみませんでした」
間髪入れない俺の言葉に、母は「うんうん」と頷くと、いつもの優しい笑顔に戻る。
……ほっ。
どうやら俺の答えは間違えていなかったようだ。
「分かっているならいいです。許しましょう。
次からは、もっと上手くやってください。それで――」
母はここで何故か声を落とす。
「ちゃんと守りたいものは守れた?」
その視線は赤毛の少女に注がれている。
ニヤリと笑っている姿は、父に瓜二つ。
似たもの夫婦だ。
「息子をからかってやろう」という魂胆は見え見えだが、素直に答える。
「いや、守れてなどいない。俺は守られてばかりだ」
……彼女にも。
俺の瞳が、リッチェンを捉える。
あの小さな騎士が魔物と向かい合っているのを発見した時、肝を冷やした。
心臓が止まるかと思った。
傷だらけの姿。
いつ倒れるか――死んでしまうか分からないその姿に激情を覚えて。
けれど、彼女の強さに救われた。
弱々しく、それでも俺たちを守ろうと立ち上がる気高い騎士の姿。
彼女は俺よりもずっと弱い。
けれど、そんなことは関係ないのだと。
ただ、大切なものを守りたいのだという、想いの強さを俺は確かに彼女に見た。
「それなら、良かったわね」
不甲斐ない息子の言葉を、しかし母は褒める。
「うん? どういう意味だ、母さん」
母の顔にもういやらしい笑みはなく、いつもの穏やかな笑顔が浮かんでいる。
優しく姉と俺を撫でると、母は語り始めた。
「クーちゃんも、ルンちゃんも、とってもすごいのはお母さんにもわかるわ。
勿論、お父さんにもね。
その年で魔術も使えて、私たちの手伝いもして、2人は私たちの自慢よ。
それでも、知っていて欲しいの。
人は、1人じゃ何もできないってことを。
私たち一家を、今回リっちゃんが必死に守ってくれたみたいに。
色々な人たちが、2人を守ってくれているの」
母は祈る様に、俺と姉の手を片手ずつ取り、その両手に握り込む。
「2人がそれを理解して、成長して。
そして、色々な人たちを守れる人になってくれたら、お母さんは嬉しいかな」
「今回の、リっちゃんみたいにね」と母はウインクを俺たちに飛ばす。
……俺の驕り。
前世と比べて、魔術が扱えるから。
色々なことができるからと、1人で何でもできる気になっていた。
母はきっとそんな俺の傲慢さを見抜いて、心配していたのだろう。
「ありがとう……母さん」
「うん、ルンちゃん。頑張りなさい」
「……はい」
母の叱咤は結局それだけで。
それはきっと、俺ならできると、信じてくれているからに違いない。
――母のゾーレは、息子を信じています。本気で怒ったら怖いですが。
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!