16 親の心を子は知る。
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明日まで午前0時台の投稿予定となっていますのでご注意ください。
「心配かけて、すみませんでした」
「す、すみませんでした」
「正座って、やっぱり結構きついね!」
俺とリッチェンが無事魔物を倒した翌朝。
俺たちは、寝かされた魔物の隣で正座させられていた。
正確には、正座をさせられているのは2人。
「楽しそうだから」などという理由で、自ら正座しにきている1人。
合わせて3人の子どもの正座である。
そんな俺たちの向かいには、熊のような体躯の男性と、美人で華奢な女性。
組み合わせとしては、正しく美女と野獣なのだが、今の俺には野獣と野獣に見える。
……言うまでもなく、村長と母さんだ。
そして正座をさせられているのは、俺とリッチェン。
自らしているのは、姉ことクーグルンである。
「それでリッチェン。どうして家を抜け出して、こんなことをしたんだ?」
いつも自身の娘には甘い村長が、明らかに怒っている。
吊り上がった目とドスの利いた声で、正座する娘に語りかける。
しかし、対するリッチェンも負けていない。
「わたし、むらのはたけをまもりたかったの!
おひるに、はたけをあらすどうぶつが、いるってきいたから!
みんなのはたけを、まもらなきゃって」
赤毛の少女は、村長の問いに自身の考えを淀みなく言い返す。
……本当にこいつ5歳なのか?
村長の怒気に溢れた顔は、俺ですら怖い。
ただの気分で正座している姉ですら、隣で「ごくり」と喉を鳴らしているのに。
対峙するリッチェンは冷や汗をかいてはいるものの、村長の怒りを前に落ち着いているようにも見える。
「だとしても危ないだろ!
今回は偶々怪我せずに済んだかもしれない。
だが、もしお前とルングが怪我してたら、どうするつもりだったんだ?」
「うっ……」
……まあ、落ち着いていたとしても。
正論には当然勝てないのだが。
叱られている少女が、俺をチラリと見る。
「怪我せずに済んだ」と、村長はそう言ったが実際は違う。
リッチェンは大怪我をしていて、それを俺が治したのだ。
故に少女の視線は、明確な意思を伴って俺に訴えかけている。
「村長に、言わないでくれ」と。
今の状態ですらこの怒り具合なのだ。
その上、リッチェンが怪我までしていたとなると――
……外出禁止とかで済めばいいな。
下手すれば、一生箱入り生活かもしれない。
「貸しだぞ」と視線でリッチェンに投げかけ、何も言わずに無視する。
いずれこの借りは返してもらおう。
「お前やルングが……子どもが怪我したら、親がどんな気持ちになるかわかるか?
『俺たちが代わりになりたい』とか『どうして気が付かなかったのか』とか。
そうやって自分を責めたくなるんだぞ? それは考えたのか?」
答えのない娘に対して、村長の語りかける声色が優しくなり、言い聞かせるものへと変わる。
「えっ……?」
急な転換に、戸惑う少女。
その反応も当然だ。
少女は、自身の無茶について叱られると思っていたのだから。
そのための怒りだと思っていたのだから。
だが、そうではない。
無茶をしたから。
危険なことをしたから。
そんな理由で、村長は怒っているわけではないのだ。
「お前が俺たちにとって、どれほど大切だと思う? 知ってるか?
リッチェン。お前がいてくれるだけで、俺たちは幸せなんだぞ?
お前にとってそんなに大切なやつが怪我したら、どう思う?」
温かい村長の声が、この場に沁み込んでいく。
「……かなしいとおもう。なくとおもう」
それに応えるリッチェンの声もまた湿り気を帯びる。
「そうだろう。
俺も一緒だ。お前が怪我したら、悲しいし泣くんだ。
……心配なんだ。
これは多分、きっとお前が立派な大人になっても変わらないんだ。
お前はだって、ずっと俺の娘なんだから」
そう言って、村長は正座する娘の赤毛を撫でる。
いつか旅立っていく彼女を、それでも大切だと伝えるかのような優しい手つき。
今を元気に生きてくれていることこそが、喜びなのだと少女に教えるかのように。
撫でながら、村長は娘に続ける。
「本当に、お前が無事で良かった。
本当に良かった。生きてて良かった。元気で良かった」
村長の気持ちがその瞳から溢れて頬を伝い、大地へと染み渡る。
「それに……よくやったな。
ルングたちの畑を、よく守ったな。
お父さんとして、村長として、お前を誇りに思うよ」
村長のその言葉に、肩を震わせて俯いていた娘は顔を上げ、その強張った表情をみるみる崩していく。
娘はゆっくり立ち上がると、頭を撫でる父に抱き付き、
「ううううわあああん!
ごめんなさい! こわかったああああ!
わたし、がんばったけど、こわかったよおおお!」
大きな声で泣き始めた。
そんな少女を、力強く抱き返す父。
そんな2人を朝日が照らし、影が1つに重なる。
我が家の畑には、少女の泣き声が響いていたが。
でもそれは温かい響きを伴っていて、幸せの産声のようだった。
――村長はやる時はやる男です。基本的には激アマですけど。
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!