15 その風は全てを断つ。
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さて――
「この魔物、どうしてくれようか」
リッチェンを治し、そのケガの原因となったモノへと向き直る。
一見すると、巨大な猪。
しかし、魔力を捉えた時に、確かにこの生き物の中に燃え盛る魔力を見た。
……それに加えて。
魔力の密度も異常だ。
普段見ている人間や家畜と比べて、その身体を占める魔力の濃さが一線を画している。
思い当たるのは、2年程前の形相。
凶暴な爪と牙に、強固な毛皮。
そして太陽の様に発光する魔石。
姉の仕留めた巨大な生物――すなわち魔物だ。
おそらくこの猪もまた、身体に魔石を保有する魔物なのだろう。
鋭い牙も、尋常ではない体躯も。
魔物――あるいは魔石――所以のものであるのなら、説明がつく。
そう考えると――
……よくリッチェンは、ここまで食い下がったな。
相手は魔物。
普通の猪とは、全ての面で強度が異なるというのに。
堅固なはずの魔物の体中至る所に、剣による傷が幾筋も入っている。
何度魔術で跳ね飛ばされようと、未だに少女をつけ狙う魔物と同じように、この魔物もまた少女から狙われ続けたのだろう。
むしろ少女に狙われた恨みとして、今これほどまでに固執しているのかもしれない。
……恐ろしいな。
隣で胸を張って立っている赤毛の少女――リッチェンの執念が、ほんの少し怖い。
「うん? ルング、なにかしら?」
俺のそんな戦慄の視線に、少女は笑顔で首を傾げる。
……怖い。
「いや、何でもない……です」
「そう? それならいいわ!」
女子という苦手分野が、多少克服できそうな気がしたのだが、どうやら気のせいだったらしい。
なんなら、それ以上に苦手なものが出来た気もする。
……それにしても魔物か。
視線の先では、鋭い牙を持つ魔物が狂ったように突進を続けては、俺の魔術に突き飛ばされている。
体躯やその魔力の巨大さには、目を見張るものがあるが、もう恐怖はない。
俺にとっての最たる恐怖は、もう切り抜けたのだ。
だが、厄介なことには変わりない。
迫る魔物を幾度目か分からない土の槍で迎え撃つが、やはり結果は弾き飛ばすにとどまっている。
……固いな。
普通の魔術による攻撃では、魔物の強固な皮は抜けないらしい。
……足りないのは、速度か強度か角度か。
思いつく原因を潰すために、魔術を放ち続ける。
しかし正面から魔物を貫くはずのそれは、動く巨躯の側面を掠め、空をつく。
……それに速い。
移動速度の速さ。
それもまた、魔物の防御を貫けない一因となっている。
強固な肉体に、俊敏な回避速度。
そんな魔物に魔術の照準を完璧に合わせて倒すというのは、至難の業だ。
その上、魔物の動きの質が少しずつ良くなっているのも気になる。
……猪って、直進しかできないわけじゃないのか。
魔術の動き――土の動きに合わせて、時に魔物はその足を使って魔術を躱し始めていた。
左右へのちょっとした方向転換から、後退まで。
恐るべき機動力を駆使しながら、こちらへの接近を試みている。
接近して魔術が当たっては距離を取り、再び接近する。
これの繰り返しだ。
仕留めきれるわけでもない、膠着状態。
魔物がこちらの魔術に慣れきってしまえば、それすらも崩れるだろう。
……世界の魔力を使うか?
あの力なら、上から叩き潰すことは可能なはずだが――
ちらりと、背後にある畑に目を遣る。
リッチェンに施した治癒魔術と違って、攻撃魔術は制御を誤れば、畑にも損害が出るかもしれない。
それは嫌だ。
折角リッチェンが守ってくれたのだから、俺がそれを破壊してどうするという話だ。
故に世界の魔力を用いるのなら、その攻撃は確実に魔物のみに当てたい。
であれば少なくとも先程の様に、土の魔術と並行して発動するのは避けたい。
……一瞬で良いから、時間が欲しい。
それで狙いをつけ、世界の魔力を以って魔物のみを仕留める。
恐らくそれが、今俺にできる最良のはずだが――
その時間をあの魔物に与えてしまえば、その牙はこちらに届き得る。
本当に厄介な状況――と考えたところで、妙案を思いつく。
……リッチェンに、姉さんを呼んでもらうのはどうだ?
あの姉なら俺が足止めをしている間に、魔物を仕留めることが可能だろう。
あるいは姉に足止めを任せ、俺が仕留めても良い。
……よし。
「リッチェ――」
「ルング!」
そんな俺の心の動きを何か察したのだろうか、騎士として目覚めた少女が俺の名を呼ぶ。
「わたしがいくわ! わたしがあいつを、とめてみせる!」
「なっ⁉」
少女は返事を待たずに、矢のように飛び出していく。
……何を考えている? 怖くないのか?
回復したとはいえ、あんなにボロボロにされて。
それでどうして立ち向かえる。
しかし、少女の背中は語る。
「わたしならできる。やれる」と。
赤毛を尻尾の様に揺らしながら、剣を携え少女は駆ける。
少女の決意は、白光の絶大な輝きによって、可視化されている。
俺が止めようとしたところで、彼女はそれを振り切るに違いない。
それなら――
「2秒で良い! 魔物を止めろ! 騎士リッチェン! 君ならできる!」
「……りょうかいだわ!」
俺の言葉を後押しに、駆けていく少女の背中が加速する。
「やあああああ!」
剣を振りかぶる少女と、その正面から突進してくる魔物。
少女の輝きが、最高潮に達したかと思うと、その2つは見事に正面から切り結ぶ。
これまでで1番の轟音が、夜の村に響いた。
大気はその衝撃に身を揺らし、作物たちは少女の成長を言祝ぐ。
「やったわ!」
少女の達成感が、言葉に溢れる。
……よし!
魔物は少女と共に、その動きを止めていた。
剣は魔物の牙によって受けられているが、敵はそれ以上進めず。
対するリッチェンもまた、後退せずその場で留まっている。
衝突と鍔迫り合いで火花が上がる。
リッチェンの決意が、確かに魔物と拮抗していた。
「よくやった! リッチェン!」
魔物の動きが止められたことにより、戦局が決まる。
……狙いはもう、定まった。
俺の中で世界の魔力が変換されていき――
「風よ!」
放つのは、大地を削り進む縦向きの巨大な風の刃。
それは大地に軌跡を描きながら、魔物を押さえたリッチェンを迂回し――
「やったわあああ!」
魔物の首を落としたのであった。
――畑を荒らす魔物の討伐完了です。
2人の大勝利!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!