13 少女の奮闘
1日1話投稿中です。
明日は午前6時台の投稿予定となっています。
ギラリ
夜の闇の中で、お父さんの剣が月光を反射して輝く。
「いちにちめから、ラッキーね……」
額から、一粒の汗が流れる。
私がそう呟いたのは、ルングたちの畑から程近い場所。
背後には、ルングたちの家の畑。
前方は少し開けていて、さらに進むと村とその外を(一応)隔てている柵がある。
しかし――その柵は、既に無残に折られていた。
猪だ。
多分そうだと思う。
随分と大きな猪だ。
私の背丈よりもずっと大きく、その牙はお父さんの剣の様に輝いている。
今にも畑に飛び込まんと身構えている猪と、その猪に剣を突き付けるように対峙する私。
初めての緊張が、私の心臓を締め付ける。
剣を握る手には冷や汗が流れ、喉が自然と唾を飲む。
……怖い。
猪は威嚇するかのように、私を睨みつけている。
「そんなかおしても、こわくないんだから!
おとうさんのかおのほうが、もっとこわいんだから!」
自身を鼓舞するかのような叫び。
そんな私の言葉に、猪はこちらを向いたまま、ずるずると後ろに下がっていく。
……そのまま出てってくれればいいのに!
勿論、そんな願いが叶うことなどないのは、分かっている。
……戦うつもりね。
猪が私を敵視しているのが、感覚的に伝わる。
奴は私を倒して、ルングたちのヴァイを食べるつもりだ。
鋭い目からその意思が伝わる。
「っ⁉」
猪が駆け出す。
前進。真っ直ぐ。直進。
しかし何より――
……速い⁉
猪はその速度を以って、私を倒しにかかる。
「やああ!」
緊張を振り払う一閃。
私の振り下ろした剣は、こちらへと飛び込んできた猪へ見事に当たり――
「ぐあっ⁉」
私は剣ごと宙へ跳ね飛ばされると、その勢いのまま地面に落ちる。
ドサ
「かはっ⁉」
地面に叩きつけられた衝撃で、肺の空気が無理矢理吐き出される。
……苦しい。痛い。
そして――怖い。
たった1回の交錯で、私の心は見事に折られていた。
そんな恐怖に支配されかけた私を猪は一瞥して、ルングたちの畑の元へと歩き出す。
敗者にもう用は無い。
そう告げるかのように。
……助かった。
そう思って、胸を撫でおろして――私の顔は羞恥に染まる。
思ってしまった。
守ろうとしたものよりも、自分の方が大事だと。
自分が痛くないのが、楽な方が良いと――思ってしまった。
……情けない!
そう自虐して、目をつぶる。
瞼の裏に浮かんだのは、男の子の姿だ。
私を見て欲しい男の子。
私を認めて欲しいと望んだ男の子。
私が守りたいと思った男の子だ。
……ルングは泣くのかな。
知っている。
ここ最近、ずっと見ていたから知っている。
ルングがどれだけヴァイを大切にしていて。
どれだけ一生懸命お世話をしていたのか。
もし、そんな大事なヴァイが勝手に食べられたら、ルングは泣くのだろうか。
「……まちなさいよ!」
地面に倒れ伏しながら、思わず声が出ていた。
しかし、猪はこちらを向かない。
その視線は、ルングたちの畑に一直線だ。
……ムカつく。
ルングに無視されたり、避けられたりするのも嫌だけど。
どうして猪なんかに無視されなきゃいけないのか。
ドス
地面に剣を突き刺して支えとすると、怒りを燃料に立ち上がる。
無視なんてさせない。
絶対に。
……絶対にこっちを振り向かせるんだから!
「やああああ!」
私は再び剣を振りかぶり、猪を追って走り始める。
……守るんだ!
私がルングの笑顔を、守るんだ。
ドサッ
幾度もの交錯と、幾度目かの衝撃。
……良かった。
何度も斬りかかったおかげか、あの猪はもう、私を敵として見ている。
ルングたちのヴァイには、目もくれない。
……大成功ね。振り向かせたわ!
所詮は猪ね。ルングと比べればずっと簡単。
剣を地面に突き刺して、また震える足で立ち上がる。
「きなさいよ!」
体中の痛みを振り払うために、私は叫ぶ。
……多分、そろそろ限界。
剣を振るのは。
あの猪とぶつかるのは。
これが最後となるだろう。
体中が悲鳴を上げている。
……頑張ったよね。
地面を強く踏みしめる音に、視線を向ける。
猪が怒りのままに気を吐いている。
その身体には、何本も浴びせた剣の跡。
ダメージは多少与えていそうだが、まだまだ元気そうだ。
「しかたないわね」
相手は元気で、こちらは限界。
であれば、次の1撃に全てを賭けて討ち取るしかない。
……絶対に倒すんだから!
私がここで猪を倒せなければ、この敵はそのままヴァイを食べに行くだろう。
それではルングたちが泣くことになる。
そんなのはごめんだ。
弱々しくて、体力も全然なくて。
でも、私よりも村のために頑張っている男の子。
私よりもずっとすごくて、誰よりも努力している男の子。
「ルングのえがおは、わたしがまもる!」
目指していた騎士には、なれなかったかもしれないけれど。
それでも、守りたいものは、ちゃんと見つけられたから。
剣を構える。
振りかぶるのではなく、突きの構え。
斬りかかるのではなく、全体重を剣に乗せ、敵を串刺しにする構えであり。
刺した後の猪の攻撃を、一切考えない捨て身の構えでもある。
「やああぁぁぁぁぁ!」
私が駆け出すのに合わせるように、走り出す猪。
剣戟と、猪が雌雄を決する刹那――
「相打ちなど、やらせるわけないだろう」
昼にも聞いた声が、空から降る。
それと共に地面から土の槍が生え、猪を弾き飛ばす。
「ルング!」
空には、黒髪の少年が浮いていた。
――リッチェンの視点はこれにて終わりです。
いかがでしたでしょうか。お楽しみいただけたのなら幸いです。
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!