11 勉強への意識。
1日1話投稿中です。
明日は午前6時台の投稿予定となっています。
「これが『ヴァイ』って単語で、これが『収穫』」
「なるほど、こう?」
村長たちと別れた後の黄昏時。
教導園から帰ってきた姉の復習と、俺の勉強も兼ねて文字を書き合う。
日本語とは明らかに別物である文字にルール。
前世で語学は決して得意ではなかったのだが――
「もう少し、右下はぴょんって感じかな!」
「こんな感じか?」
「そうそう!」
……楽しい。
不思議だ。
語学以前に……前世で勉強を楽しんだことなどなかったはずなのに。
どうしてこんなことをやらされるんだろう。
どうせ使わないのに。
そんな思いが強かったのだ。
実際に、社会に出ると使わない様な事も多かったし。
文字を学ぶ重要性は別であるにしても、勉強という点では前世でしていたことと、何ら変わりないはずなのに。
……どうして。
こんなにも楽しいのだろう。
風の魔術が暗くなり始めた宙に文字を描き、それを模倣するかのようにもう1つの風の魔術が追う。
……魔術で遊びながらしているから、楽しいのか。
姉と一緒だから楽しいのか。
それとも――
徒然と考えて、自嘲気味に首を振る。
……言い訳だ。
「前世だったから楽しくなかった」なんてことは、きっとないのだ。
結局は、俺の心持ちの問題だったのだ。
小中高大とずっと勉強は、無理矢理させられるもの――強制されるものだった。
漫然と、どうやり過ごすかを考えて。
……自身にとって楽を――苦労しないようにするにはどうしたらいいか。
何事もそんな事ばかりを考えていた気がする。
そんな状態で、何かを楽しめるわけがなかったのだ。
ましてや勉強など楽しめるはずもない。
結局の所。
俺が「自ら学ぶ」のではなく「やらされている」とそう考えていたのが、楽しめなかった大きな理由だったのだ。
「じゃあ、ルンちゃん。これは書ける? 『魔力を宿すヴァイ』!」
「姉さん、弟をあまり舐めない方が良いぞ?」
そして裏を返せば。
……俺は今、楽しんでいる。
楽しめている。
勉強も、魔術も、生活も。
自身が感じることのできる、この世界の総てを。
だから、この世界が前世より不便であろうと、輝いて見えるのだろう。
「どう、ルンちゃん! お姉ちゃんの勉強の成果は!」
風の魔術で「お姉ちゃん!」と書き綴った姉が、俺を抱きとめる。
「姉さんは、本当に賢いな」
「でしょでしょ! お姉ちゃんは賢いから、ルンちゃんがさっき私を村長に売り渡したことも覚えてるんだよ!」
姉の腕に力が入る。
……怖い怖い。
どうやら姉は、俺に裏切られたことを未だに覚えていたようだ。
やはり記憶力が良い。
「姉さん、弟のしたことを許すのが良い姉だぞ」
俺の言葉に、あっさり込められていた力が緩む。
「そっかあ! じゃあ、許してあげるね!」
……勿論、俺がこの世界を楽しめているのは。
この愉快な姉がいることもきっと、大部分を占めているのだろうが。
「それでルンちゃんは、今日何をしてたの?」
姉は、話す言葉を文字で空中に描きながら、自身が拘束されていた時のことを尋ねる。
「村長の娘と一緒に、洗濯してた」
同じように、声と文字で返すと、
「ええっ⁉」
ヒュッ
姉の描いていた文字が、空の彼方へと消えていく。
……姉さんが、制御を乱すなんて珍しいな。
バイトのことは、勿論姉も知っている。
それどころか、手が空いている時は姉も一緒にしている。
故に動揺した理由は「バイト」の部分ではなく、「村長の娘と一緒」の部分にあるはずだが。
「どうした、姉さん? 村長の娘と何かあったか?」
「い、いやあ? なんにも?」
抱きとめられているせいで、姉の顔は見えない。
だがその声は、明らかに動揺している。
……本当に何かあったのだろうか。
「ちゃんとリッチェンと……仲良くできた?」
「もちろん」
「ああ、それなら良かったあ!」
俺の言葉に、ほっと安堵のため息を吐く姉。
ひょっとすると俺が少しの間、村長の娘の存在を流していたことを母から聞いて、心配していたのかもしれない。
最初にあった赤毛の少女への苦手意識は、一緒に村を回ったことでかなり減っている。
むしろ、村を守りたいという気持ちには共感もあり、好感を抱いたくらいだ。
……1回話したくらいで、簡単に好感度が上がるのだから、我ながらチョロい。
それにしても――
「なぜ、そんなことを気にする?」
「いや、何でもないよ?
私はお姉さんとして、年下の二人を仲良くさせたいと思ってただけだよ!」
……歯切れが良すぎて、逆に怪しい気もするが。
まあ今回は、その言い分を素直に受け取っておこう。
「さ、さあ、ルンちゃん! 暗くなるしそろそろ帰ろう!」
「それなら放してくれ。歩きづらい」
「ええぇぇ⁉ いやだ!」
日が暮れていく。
俺の5歳の1日は、本来ならこうして過ぎていくのだが――この日は、それで終わらなかった。
――姉がルングの好みを聞いた理由が、少しだけ出てきました。
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
現在『勘違い召使いの王道~いずれかえる五色遣い~』という作品も同時に投稿しているので、もし少しでも興味がある方はそちらもよろしくお願いします。
感想もお待ちしております!
評価とブックマークをしていただいた皆様、本当にありがとうございます。
皆様に読んでいただけているということが、僕の書く意欲になります!
もし『面白い!』、『楽しかった』と思って頂けましたら、今後も本作を書いていく強力な励みとなりますので『評価(下にスクロールすると評価するボタン(☆☆☆☆☆)があります)』を是非よろしくお願い致します!
ではまた次のお話もよろしくお願いします!