7 バイトの説明は難しい。
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明日は午前6時台の少し早い投稿予定となっています。
「ねえ! ルング! どうしてにげようとするの!」
結局俺は赤毛の少女――村長の娘――を振り切れず、纏わりつかれていた。
ちなみに、逃げようとした理由だが――
……単純に、苦手だからだ。
ただでさえ、前世で女性と話す機会は少なかったのに、その上相手は子ども。
話し難い相手に、話し難い相手が重なることで、最早どう対応していいのかすら分からない。
大混乱だ。パニックと言ってもいい。
……数学の負の数同士の掛け算みたいに、得意になってくれればいいものを。
「ちょっと、ルング!」
「はあ……何だ? 村長の娘」
「だから、リッチェン――ってなにそれ⁉」
少女からの逃走を諦め、俺がウォーミングアップを始めたところで、赤毛の少女の視線は俺の手元に注がれ始める。
……なるほど。
こういうのには、興味を示すらしい。
「ああ……これは、魔術だ」
俺の掌の上には、回転する水の球とその周囲を取り巻く風の渦。
水と風を同時に扱う魔術だ。
その魔術を、興味深そうに観察する少女。
「へええ! きれい! それに、いいにおい!」
風の渦が時折水を削り、飛び散った水が陽光に照らされて輝く。
その事象に負けないくらい目を輝かせる少女は、年相応に可愛らしい。
「ああ……鋭いな。水の魔術を回転させながら、風の魔術で匂いをつけてるんだ」
中心の球体へと吹いている風の一部を、少女に向けて流す。
「うわあすごい! はなのにおいね!」
両手を大袈裟に振り上げて、身体全体で香りの良さを表現する少女。
「喜んでもらえたなら、何よりだ」
俺がイメージして作り上げた香りは、前世の洗濯用洗剤や柔軟剤だったのだが、少女はその匂いを花の香りと取ったらしい。
「……でも、どうしてまじゅつのれんしゅうを、いましてるの?」
俺の今取っている行動に、疑問符が浮かぶ少女。
中央広場に向けて歩を進めながら、掌で魔術を行使している理由はいくつかある。
「少女と歩く道中の気まずさを、どうにかやり過ごすため」というのも多少はあるものの、一番の理由は――
「バイトのためだ」
「バイト? バイトってなに?」
初めての言葉を前に、少女は俺に再び尋ねる。
「働くことだな」
「おしごととはちがうの?」
「うーん、そうだな……俺の父の仕事を知っているか?」
「うん! のうぎょうでしょ?」
「君のお父さんは?」
「そんちょう!」
「そうだ。よく知っているじゃないか」
「ふふん! すごいでしょ!」
褒めると、少女も喜ぶ。
……子どもと接するのは、こんな感じで良いのか?
探り探りで少女と接する。
相手が何を考えているか分からない中、こちらの考えが伝わる様に話す。
コミュニケーションの基本ではあるはずだが。
簡単なようでいて、難しい。
「……でも、父も農業だけやってるわけではない。
狩りをしたり、君の父――村長を手伝ったりしてるだろう?」
……狩りは多少、父さんの趣味も入っている気がするが。
「うーん、そうだっけ?
ツーリンダーのおじさんは、そんなに……」
……確かに。
父は、あまり村長の手伝いをしていない気がする。
むしろ必要な報告を欠いて、村長に叱られている姿の方が頻繁に見られる。
「……いつも、うちの父がすまない」
「なんで、あやまってるの?」
俺の所為ではないはずだが、強いて言うなら息子としての責任感が謝罪の理由だ。
「まあ、うちの父でなくても、村長の仕事を誰かが手伝ったりするだろう?
それで働き終わったら、働いた分の報酬として、食材を分けたり」
「そういえばしてるわね。
わけすぎて、おおきかったおにくが、こんなにちいさくなったり」
少女が人差し指と親指で、小さい隙間を作る。
……いや、いくら村長がお人好しとはいえ、そんなことはない……はず。
途中から自信が無くなる。
村長ならやりかねない。
そう思ってしまう程に、村長のお人好し具合を知っているからだ。
「まあ、とりあえずそれだ。
普段の仕事でなくても、時間が短くても、働いた時間の分だけ報酬を貰う。
それをバイトというんだ」
……大枠は外していないはずだが、この説明で合っているのか?
当然の様に扱っている言葉や概念も、子どもに1から説明するとなると、また難しい。
「うーん?」
少女も理解しているのかいないのか、曖昧な表情を浮かべている。
「とりあえず……今から俺はバイトで働くんだ。
だから、それの練習をしている」
その言葉を聞いて、少女の顔は驚きの表情を取る。
「ええ⁉ ルング、はたらいてるの⁉ おてつだいじゃなくて⁉」
力強い瞳が真ん丸になると、本当に村長にそっくりだ。
「ああ。長い時間ではないが、働いてその分の報酬を貰っている」
「いいなあ! おにくとかもらえるの?」
「たまにな」
イメージで話すよりも、同い年の俺が働いているという話の方が、少女としては飲み込みやすかったらしい。
なんとなく理解できたようだ。
「わたしもできる?」
そして、同級生の俺ができるのなら、自身もできるかもしれないと考えたのだろう。
俺にお願いするかのように尋ねる。
だが、先程も言った様に残念ながら――
「俺のしていることは、魔術が重要だからな……できないことはないはずだが」
正確には魔術が無くてもできるが、魔術でした方が効率が良く、仕上がりも良い。
「ええ、そうなんだ……ざんねん。
それで、なにするの? なにしてるの?」
俺がバイトで何をするのか、少女は楽しみのようで、声と足を弾ませる。
「まあ……見てたらわかる。付いて来い」
「うん!」
俺たちは歩き出す。
……不思議だ。
未だに、子どもへの苦手意識は残っている。
だが――
……少女の期待に応えられたらいいなと。
そう考えてしまう自分自身が、心底意外だった。
――大人に教えられるよりも、子ども同士で教え合う方が理解の早い事ってありますよね。
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!