2 転生する意味。
本日投稿予定の6話中の4話目です。
次回は約2時間後に、投稿予定です。
『ルング、こっち向け!』
『ルンちゃん、大きくなるのよ』
『ルンちゃん可愛い!』
男性。
女性。
そして幼い少女。
3人から口々に声をかけられる。
日本語ではなく、おそらく英語でもない。
俺の全く知らない、初めての言語だ。
しかし、分かってしまう。
彼らの温かい表情。
愛しいものを口ずさむような声色。
割れ物を扱うような仕草。
その全てが、俺に語りかけてくるのだ。
「生まれてきてくれて、ありがとう」と。
……無性に泣きたくなるのは、赤ん坊になったからだろうか。
3人の姿は理想の家族そのもので。
だからこそ俺の存在は……異質だ。
転生――生まれ変わり。
創作物や宗教的な概念としては知っていた。
死でその命を終えるのではなく、新しい命へとまた生まれる。
……あくまで人の願望に過ぎないものだと思ってたのに。
俺の今の状況は、正にそれとしか思えない。
暗い夜道で轢かれかけた少女の代わりに俺は死に、新たな生命として生まれ変わったということだろうか?
……バカげた想像だ。
何の理屈も、根拠もない。
けれど、赤ん坊であるにも関わらず既に自我があり、前世の事を憶えてしまっている。
……どうして?
わからない。
わかるわけもない。
それにひょっとすると、これが普通なのかもしれない。
前世の事を赤ん坊の時には憶えていて、成長するにつれて新たな自我が芽生えて行く。
そうだとすると。
……これからこの自我は消えていくのだろうか?
考えて体が震える。
だとすれば……残酷だ。
……俺は消えるのか?
自身の存在が土台から揺らぐ不安。
1度死んだ時にすら感じなかった恐怖。
そんな風に世界ができているのだとしたら……きっと神様なんていないのだろう。
『あら、ルンちゃん? どうしたの? 寒いの?』
女性が俺の震えに気付いたのか、慈しむ様に抱きしめる。
そこに、
『わたしもルンちゃん、あたためるー!』
少女がひしっと参加し、
『なら、俺が全員ゲットだぜ!』
そんな2人を、長い腕で更に上から抱きしめる男性。
俺を包み込む、3人の輪。
……温かい。
別に寒かったわけではないのに、震えが止まる。
……この温もりの中で消えるのなら、幸せなのかもしれない。
そう考えると、大分気が楽になる。
『あら、落ち着いたみたいねえ』
『よかったあ』
『流石だなルング! 強い子だ!』
眩しく俺を照らす笑顔に囲まれたことで、ある疑問が俺の中で影を濃くしていく。
……俺という人間の前世は、無為に日常を繰り返していただけだ。
歯車の様に。
誰かのためどころか、自身のために生きていたのかすら怪しい。
惰性で生きて、生きるために生きていた。
そんな存在だ。
そんな俺が生まれ変わったのを、受け入れるとして――
……どうして俺が生まれ変われたのだろう?
学生の命を救ったからか?
理由としては、それくらいしか思いつかない。
それ以外は特段目立つこともない、ただのくたびれた男。
人生に疲れ切った、モノトーン人間だったはずだ。
そう考えると――
……俺よりも転生するのに相応しい奴は、いくらでもいるはずなのに。
勿論あくどい奴も、人道にもとるような奴も前世には沢山いたが。
国を治めたり、様々な分野で偉業を残したり、それこそ多くの人の命を救ったり。
そういう努力と才能で世界に貢献した偉人だって、多くいたはずだ。
……その中でどうして俺なのだろう?
それとも、ほんの少しでも善行をした奴は、皆こうなるのか?
俺だけが特別に生まれ変われたのなら……何が特別だったのか?
全てが闇に包まれたままだ。
好きな異世界転生もののように、神に救われたというわけでもないし。
分からないことだらけだ。
誰の思惑なのか、何をすべきかも分からない。
ある意味では圧倒的な自由であり。
ある意味では灯のない暗闇。
……自身の存在すらあやふやな中で、俺は生きて行けるのだろうか?
『ルング! パパだぞおぉぉぉぉ!』
俺の思索の中に、声と共に飛び込んできたのは、男性の顔だ。
その顔は、相変わらずドロドロにとろけている。
隣では、
『もう……貴方ったら』
呆れながらも、微笑む女性。
そして――
『ルンちゃあぁぁぁぁん! わたしがおねえちゃんだよおぉぉぉぉ!』
男性と同じく、とろけた笑顔の少女。
……ああ。
ストンとある考えが胸に落ちる。
確証のない、願望といってもいい考えかもしれない。
前世では失われたものだからこその、都合のいい思い込みなのかもしれない。
でも。
この三人の笑顔――温もりこそが、転生した俺の生きる意味になるのなら。
それは本当に幸せなことだと思えるのだ。
――家族の幸せが、自身の生きる意味であればいいなと考える主人公。
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!