1 姉の真剣な質問。
5歳編開幕です。
少し成長したルングたちを、よろしくお願いします。
1日1話投稿中です。
今週は午前8時台に投稿予定となっています。
ドン
青天の下、轟音が大気を揺らす。
「ルンちゃんは、どんな子とだったら、仲良くしたいとかあるかな?」
穏やかな声色が、真っ直ぐ俺へと届く。
すらりと伸びた手足に、ふわりと長く伸びた茶色の髪。
その所作は清流のように、自然で美しい。
彼女が存在するだけで、周囲が浄化されるような。
そんな錯覚に陥る。
「仲良く……」
そんな美しく成長しつつある姉からの、唐突な質問に俺は戸惑う。
姉――クーグルンの問いに答えるのは、簡単なようでいて難しい。
仲良くしたい人。
今でも心の痛む話だが、前世では、特段仲の良い人はいなかった。
他者との距離の取り方が、わからなかったのだ。
……自分とこの人は、本当に友だちなのか。
そんなことを考えれば考えるほど、口も頭も回らなくなっていって。
気付けば友だちらしい友だちもおらず、ただ淡々と過ごす日々を送る人生となっていたのだ。
故に仲良くしたい人に、明確な基準なんてものは、特にないのだが――
ドン
再びの轟音の中、姉は答えを期待するかのように、じっと俺の言葉を待っている。
透き通った美しい黒の瞳。
……これに答えないのは、弟の道義に反する。
そんな気にさせる瞳だ。
「強いて言うなら……金のある人かな。
権力を持ってたり、魔術がすごい人でもいい。
全部持っていたら、最高だな」
故に、こちらも思いつく限り、正直に答える。
ちなみに理由としては、そういう人脈を築ければ、家族や村の人たちを守りやすくなるからだ。
……我ながら、非の打ちどころのない完璧な答えだと思う。
そんな自画自賛の俺に向けられるのは、
「ルンちゃん、そういうのじゃなくて……」
姉の呆れた目だ。
……そんなにダメな答えだっただろうか。
姉は両手で頭を抱える。
「じゃなくて?」
俺が尋ねながら放った火の魔術を、姉は水の魔術で撃ち落とす。
ドン
再び響く轟音。
「す、好きな女の子のタイプとか、こういう子にキュンとするとかそういうのを、お姉ちゃんは教えて欲しいかな!」
……何故、姉さんが少し顔を赤らめているのか。
こういう話題に、照れる年頃なのかもしれない。
しかし自身の両手で、真っ赤な頬を恥ずかしそうに覆いながらも、姉は魔術の制御を緩めない。
相変わらず、鋼の制御能力だ。
それにしても――
……きゅんとするか。
思うに、どうやら姉が聞きたかったのは、恋愛とかそういう類の話だったらしい。
魔術を放ちながら、じっくりと考える。
前世での恋愛を思い出そうとして、遮断した。
……よくよく考えれば、友人付き合いすらなかったのに、恋愛関係があるはずもない。
心に無駄な――そして不毛な痛みを負う。
「いや、そんな真剣に考え過ぎなくて良いんだよ?
思うままに、こんな子好きだなあとか!
可愛いなあとかでも!」
俺の真剣な表情を、姉は難しく考えているのだと思ったらしい。
感覚的な言葉を並べて、俺の反応を探っている。
……さて、どうしたものか。
好きなタイプ。
ドン
魔術のぶつかり合う音が、俺の胸を叩く。
かなりの難題だ。
できるなら、好きなタイプという言葉の定義から話したいくらいに。
でも、姉の望んでいるのは、そんな考察を伴うものではないのだろう。
なんとなく。
それくらいの好みでいいのだと思う。
であれば――
「まあ、無いなら仕方ない――」
「あるよ、姉さん。タイプだよな?」
俺のその言葉に、姉は安堵の表情を取る。
「良かった! どんな子が良い?」
「そうだな。敢えて言うならだが――」と少し溜めを作って、一気に言い切る。
「金持ちで、貴族で、魔術が使える人だな」
「さっきと同じじゃない!」
一際大きな魔術が、空中でぶつかり合う。
「姉さん、危ない。急に何するんだ?」
そんな俺の言葉に姉は答えず、
「ダメよルンちゃん! それはお金と権力と魔術が好きなだけで、好きな子とは言えないよ!」
どこか当たりの強い魔術を放ちながら、姉は青臭いことを叫ぶ。
「心から、相手自身の事を好きにならなくちゃ!」
しかし、その一生懸命な顔は、とても魅力的だ。
……ふと。
好きな人――好きなタイプの話題に、これほど必死な姉相手だからこそ、逆に同じ問いを差し向けたくなる。
「好きなタイプはあるのか」という問いだ。
言いたいことを言い切って胸を張る姉に、その問いを投げかける。
「じゃあ、姉さんはどんな人がタイプなんだ?」
「え? 私のタイプ?」
姉は一瞬きょとんとして、すぐに答える。
「格好いい人……かな!」
姉と俺の答えに、どの程度の差があるのか、今の俺には残念ながらわからなかった。
――ルング5歳、クーグルン8歳に成長しています。
姉から出た、謎の質問。
ちなみに、どうして魔術をぶつけ合っているのかは、今後の話で明らかになる予定です。
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!