21 魔物は売れるらしい。
本日7時過ぎより、短編『鏡の魔女は、令嬢を見抜く』を投稿予定です。
もしよろしければ、そちらも目を通していただけると嬉しいです!
1日1話投稿中です。
明日は午前7時台に投稿予定となっています。
「さて、2人とも!」
姉弟愛を確かめ合う美しい抱擁を、村長の野太く、明るい声が引き裂く。
……空気の読めない村長だ。
姉と離れる。
少し心残りだが仕方ない。
そのまま姉から村長へと視線を移すと、その顔には先程の姉に負けないくらい満面の笑みが、浮かんでいた。
「この魔物だが……滅茶苦茶高く売れるぞ? どうする?」
「「えっ⁉」」
思わず姉と声が重なる。
……高く売れる? この魔物が?
大の字で転がっている魔物。
死してなお、凶暴かつ獰猛な姿。
……ひょっとして。
こんな姿形をしているが――
「にくとか、おいしいのか?」
「ええっ⁉ 魔物って美味しいの⁉」
俺の予想に、姉が驚く。
もし美味いのなら、悩ましい所だ。
売るよりも、食べてみたいという気持ちは大きい。
だけど――
魔物の顔を見る。
父に傷つけられた左目を置いたとしても、恐ろしいまでの形相。
父たちの件からもわかる通り、この魔物は――
……人間の1人や2人食べててもおかしくない。
そんな魔物を食べていいものか。
「おにく! おにく!」
倫理観と鬩ぎ合っている俺を尻目に、姉は美味しい肉を想像して涎を垂らしている。
そんな姉に、村長は浮かない表情を向けている。
「いや、期待してるとこ悪いが……滅茶苦茶不味いぞ?
肉は腐らないが、食って腹を下した奴もいたし」
「せめてもっと美味けりゃな……」と、村長は何かを思い出す様に、顔をしかめている。
……ひょっとして、食べたことがあるのだろうか。
だとすると、味の細かい感想が、非常に気になるのだが。
「えー? それじゃあ、何が高く売れるの?」
味の事を考える俺に対して、姉の方は何が売れるのか気になっているようだ。
「そうだなあ」と、村長は魔物に近付いて、屈む。
「主に取れる素材だな。
今回のこの魔物なら、この辺の爪や牙に、毛皮とかだ。
武器とか防具に使えるんだよ。
まあ、本来なら一番売れるのは、魔石なんだけどな――」
そう言って、村長は魔物全体を見渡すように、立ち上がった。
「傷が目立ちすぎて、魔石がどこにあるのかわからん」
「ご、ごめんなさい」
その傷を負わせた張本人である姉が、悲しげに謝る。
「そんちょー?」
……ようやく笑顔の戻った姉さんに、どういうつもりだこの人は。
そんなんだから、子どもに怖がられるんだぞ。
俺の抗議の視線を、村長はちゃんと受け取ったらしい。
「いや、違うぞ、クーグルン! 責めてるわけじゃねえよ!
そもそも、魔物は魔石をどうにかするか、致命傷を負わせるかしないと倒せない。
むしろ、お前には、村を守ってくれた感謝しかないんだぞ⁉」
村長の必死の弁明に、姉は気を良くしたらしい。
「どういたしましてだよ!」
底抜けに明るい笑顔で、大きく胸を張った姿は、これまでの反動からか元気いっぱいだ。
「それでだ――」
と村長は気を取り直すと、俺たちへの望みを告げる。
「お前たちにお願いしたいのは、この魔物の魔力を見て欲しいんだ」
「まりょくをみる? もちろんいいけど――」
「どうして?」
俺の言葉を引き継いだ姉の疑問に、村長は答える。
「ほら、魔石って魔力の塊だろ?
それなら魔力の見えるお前たちなら、見えるかと思ってな。
ひょっとすると、身体の中に残ってるかもしれないし」
確かに、言われてみればそうだ。
姉と顔を見合わせて頷くと、俺たちは魔物の魔力を見始める。
……あれ?
最初に違和感があった。
別に調子が悪いわけではない。
むしろ逆だ。
調子が良い。
良すぎるくらいだ。
魔力が見える。
見え過ぎる。
元々、俺たちの見えていた白光は、生物の胸元に1つだけ。
魔術を使う時に白光が複数に分かれるのが確認できるくらいで、普段は魔術が使えようが使えまいが胸元の1つだけしか見えなかったのだ。
しかし、今はそうじゃない。
生物の全身。
胸元の白光を中心として、身体の部位ごとの魔力の濃淡も、見えるようになっている。
「「っ⁉」」
驚きで姉を見ると、姉もまたこちらを見ている。
姉は魔力を見るために、意識を集中させているからか、目の魔力の濃度が高い。
可愛らしい黒目がまん丸になっているあたり、どうやら俺と同じ状況の様だ。
……一体俺たちに何が――
と考えたところで、首を振る。
そんなのは決まっている。
きっかけはあの日だ。
2人で父を助けたあの日。
俺たちが、世界に満ちる魔力を見たあの日。
自身の身すら顧みず、魔術を発動したあの日、おそらく俺たちは、1つ限界を超えたのだ。
「ねえさんも、みえてるよね? どこかいたいところとかない?」
「ううん、びっくりはしたけど……やっぱり、ルンちゃんも?」
互いに言葉で確認して、胸を撫でおろす。
魔力に輝く姉の瞳。
それ以外は、胸元の魔力も含めて、普段の姉と変わったところはない。
「どうした? お前たち?」
心配そうに俺たちを眺める村長。
彼の白光もまた同様に、俺たちを心配するかのように揺れている。
「だいじょうぶだ。そんちょー」
「だから心配しないでね! 絶好調だから! 逆に」
「それならいいが……」
俺たちの言葉にも、まだ白光は揺れ続けている。
……早く見つけて、村長を安心させるか。
魔物を2人で注視すると――
「「あっ」」
同時に声を上げる。
……あった。
村長の予想通り、薄っすら魔力が充満している魔物の身体の中に、白光――魔力のより濃い部分がある。
ただ――
「おお、見つけられたか?」
「うん、見つけたけど」
「けど?」
村長の疑問に、俺が答える。
「2つあるぞ?」
大きな白光。
眩い白光は、魔物の巨大な体の中に、2つ程存在していたのであった。
――見ることもまた、才能の1つだと思います。
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!