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20 罪悪感。

新しく『鏡の魔女は、令嬢を渡る』という短編も投稿してみました!

そちらもお読みいただけると、嬉しく思います。


1日1話投稿中です。

今週は午前6時台に投稿予定となっています。


 ……どうして1撃多かったのだろうか。


 山へと刻まれた姉の魔術に、思いを馳せる。


 父たちを探し当てた後、彼らの居場所を示すだけなら、1撃で良かったはずなのに。


 その疑問の答えは、中央広場に着いたことで明らかになった。



「これは……」


 アンファング村中央広場。

 村の中心部であり、村民たちの活動の拠点ともなっている場所だ。


 しかし、今ここにあるのは――


「かいぶつ?」


「これが魔物だよ」


 姉の言葉に、目を見開く。


 言うなれば熊に似ているだろうか。

 だが、その体躯は少なくとも、村長の倍以上。

 身体は、全体的に硬く黒い、針のような毛によって覆われている。


 鉤爪のように鋭く、黒々と輝く巨大な爪。

 咆哮するかのように開かれた口から覗くのは、不気味に輝く白い牙。


 ぶるり


 勝手に体が震える。


 そこに居るだけ、在るだけなのに。

 俺の心は恐怖に塗りつぶされそうになる。


「大丈夫だよ。もう……死んでるから」


 ぎゅ


 握られる温かい手の感触。

 姉の言葉に、どうにか自分を取り戻す。


 少女の言う通り、目の前の恐怖の化身は、既に絶命していた。


「ふうう」


 息を吐く。


 ……落ち着け。


 未だ恐怖は消えないが、それを押し殺して魔物を見る。


 目を引くのは、


「このきずはなに?」


 魔物に付けられた2つの傷だ。


 1つ目は、顔面にある目に付けられた傷。

 何かで突いたのだろうか。

 左目だけが赤く潰れ、血にまみれている。


 この凶悪な怪物に、勇気をもって立ち向かったような小さな傷だ。


 それに対して、2つ目の傷は異質にして巨大(・・・・・・・)


 魔物の肩から横腹にかけて、袈裟がげにバッサリと斬った傷。

 魔物を絶命に至らしめたのは、間違いなくこの一撃だとわかる、そんな傷だ。


 ……何をしたら、こんな傷を――


「これはだな――」


()


 村長が何かを言う前に、姉が答える。


「私がやったの」 


 姉の声は無機質で、やはりいつもの明るさはない。

 ゆっくりと魔物から、少女の方に視線を移す。


 彼女の強張った表情からは、張り詰めた緊張感と、断罪を恐れるかのような恐怖心が見て取れる。


「私、お父さんたちを見つけるために、魔術を使ったでしょ?

 その時に、この魔物も見つけたの。

 お父さんたちから、逃げるみたいだった。

 多分、目の傷を受けて、逃げたんだと思う」


 狩りで捕らえるのは、基本的に小型の獣が多い。

 これ程の魔物(化物)相手であれば、猟師イークトが共にいるとはいえ、父も危険は冒さなかったはずだ。


 逃げようとするか。隠れてやり過ごすか。

 あるいは、父たちが魔物に先に発見されたか。


 どれが正解にせよ、父たちはこの魔物に気付かれ、襲われたのだろう。


 それに対する反撃として、目を突いて手傷を負わせた結果、魔物は逃げたのかもしれない。


 父の傷を思い出す。

 赤く染まる――鋭く巨大な爪痕。


「ああ。クーグルンの言う通りだ。

 どうやら、イークトは気配を消してた魔物に、昏倒させられたらしい。

 それで意識のないイークトを守るために、ツーリンダーは立ち向かったんだと」


 村長の言葉を咀嚼し、腹の奥から黒いドロドロとしたものがせり上がってくる。

 

 ……こいつか! こいつのせいだったのか!


 魔物の全身は血――既に黒ずんではいるが――にまみれていて、既に爪の先の血が、父のものかは分からない。


 だが、父たちが襲われたという事実に、制御し難い怒りの感情が体中を駆け巡る。


 そんな俺の怒りに対して、姉の表情は暗い。


「この魔物がやったんだって思ったら……私、攻撃してたの。

 だから、仕留めたのは私」


 すごいでしょと、姉は自虐的に笑う。


 ……もっと自慢げに言ってもいいのに。


 ヴァイを育て上げた時の様に、誇っていいのに。

 なのにどうして姉は、こんなにも悲しそうにしているのか。


 少し考えて、思いつく。


 結果的に父たちが助かったとはいえ、姉は恐らく、初めて自身の感情のままに魔術()を振るい、魔物――生物の命を奪ったはずだ。


 畑の虫の様に、理由があって駆除するのではなく。

 家畜たちの様に、食べるために殺すのでもなく。


 ただただ激情に駆られて、命を奪った。


 ……もしかして。


 姉は、そのことに罪悪感を抱いているのだろうか。


 ヴァイや家畜を、心を込めて育てている姉。

 

 家族が生きるために仕方ないと分かっていても、その育てたヴァイや家畜相手ですら、少女は悲しむ。


 そんな心優しい姉だからこそ――父を襲った魔物相手でも、その命を奪ったことに、心を痛めているのかもしれない。


 間違いなく村の――俺たちのためになることをしたのに、そのことを後悔しているのかもしれない。


「ねーさん……」


 俺の言葉に、姉は肩を揺らす。

 その顔は、責められることを恐れているようで。


 泣きだす寸前の顔だ。


 ……情けない。


 自身の情けなさに(・・・・・・・・)、怒りが湧いてくる。


 前世も入れれば、俺は姉よりもずっと年上だ。

 なんなら父や、そこにいる村長よりも年上のはずだ。


 それなのに、こんな時何を言えばいいのか。

 何を言うのが正解なのかが、わからない。


「ルング」


 村長は、姉ではなく俺の肩に手を置く。


「お前が思ってることを、クーグルンに伝えてやれ。

 格好悪くても良い。

 綺麗なことなんざあ、言えなくていい。

 ただ、お前の本心を伝えてやれよ。弟としてな」


 村長のその穏やかな目には、何が見えているのだろうか。


 緊張に強張った姉の手を、俺は両手で握り直す。


「ねーさん……ほんとうに、ありがとう」


 口をついて出たのは、感謝の言葉だ。


「ねーさんがいなければ、とーさんたちだけじゃない。

 かーさんやそんちょう、ほかのひとたちがおそわれてたかもしれない」


 十分あり得たと思う。

 姉が仕留めていなければ、この魔物は父たちに復讐し、村に来る可能性すらあったのだから。


「だから……ありがとう。

 じまんのねーさんだ。

 おれは、ねーさんのおとうとなのを、ほこりにおもうよ」


 だから後悔しないで欲しい。

 いつもの様に胸を張って、笑って欲しい。


 俺の心からの言葉に、姉の頬を玉のような涙が伝う。


「わ、私こそだよ!

 ルンちゃん、お父さんを助けてくれて、ありがとう。

 生まれて来てくれて、ありがとう!

 ルンちゃんが私の弟で、本当に良かった!」


 ガバ

 

 姉に抱き付かれて、晴れているのに雨が降る。


 見上げた姉の顔には、輝く笑顔が灯っていた。

 

 美しいその笑顔は陽光に照らされ、神々しく輝く。


 ……敵わないな。


 俺の方がずっと年上なのに。

 それなのに、こんな幼い少女の存在に、彼女の言葉に、俺の心は確実に救われている。


 精神的には年下でも。

 彼女は立派に……俺の姉なのだ。


 ――互いが互いを支え合う姉弟関係。


 本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!


 今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。


 ではまた次のお話でお会いしましょう!


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