18 村長は暇人説再浮上。
新しく『鏡の魔女は、令嬢を渡る』という短編も投稿してみました!
そちらもお読みいただけると、嬉しく思います。
1日1話投稿中です。
今週は午前6時台に投稿予定となっています。
母からお説教をされた翌日。
「クーちゃんもルンちゃんも、本当に大丈夫?
2人とも起きたばっかりだし、今日はお休みしたら?」
と心配する母を振り切り、再び姉と俺は、家畜たちの放牧に勤しんでいた。
ちなみに父は「クーグルンに負けてられねえ!」などと、訳の分からないことを言いながら、3度目の狩りへ。
……またあんな怪我を負ってくるんじゃないか。
そんな心配をしていた俺を安心させたのは、
「もう大丈夫だよ」
という姉の断言――確信にも似た響きを持つ言葉だった。
いつもの姉の溌溂さは鳴りを潜め、少女の顔にはどこか実感の伴った罪悪感があるように見える。
……何故そう言い切れるのか。
そして、どうしてそんな顔をしているのか。
理由を聞きたい。
けれど、姉の異様な雰囲気に言葉が出てこない。
結局少女には何も聞けず、いつも通り放牧をすることになったのだが――
「おう、お前たち。相変わらずやってるな!」
野太い声が響く。
能天気な声。
今の俺たちの雰囲気を、まるで察していないかのような明るい声だ。
「やっぱり暇なの? 村長?」
「そんちょう、はたらけ」
「お前たち、俺に辛辣過ぎないか⁉」
やはりいるのは、熊のような男。
いつも通りの村長だ。
相も変わらず彫りの深い顔には、お人好しそうな表情を浮かべ、その巨躯には羨ましい筋肉をぶら下げて歩いている。
「バカ、今日も今日とて仕事だっての」
「何の?」
先程のどこか深みを感じさせる表情から、打って変わっていつもの調子に戻る姉。
……いや、そうでもないか。
俺の見知っている姉の雰囲気とは、どこか違う強張った感じ。
何かを隠しているかのような、硬い雰囲気だ。
「まあ、いくつかあるが……とりあえずは、お前たち2人の状態確認だよ。
特にルング! 元気か?」
「元気だよ!」
「ああ……げんきだ」
村長は、昨日意識の戻った俺と、姉の健康状態を確認しに来てくれたらしい。
……やはりいい人だ。
そう思った矢先、
「なら良かったが……お前たち、ツーリンダーのバカもまとめて、ゾーレに叱られたんだってな?」
確認の声に、茶化すような響きがある。
前言撤回。
叱られた子どもをからかってやろうという魂胆が、そのニヤケ顔に透けて見えている。
全くいい人ではない。
「まあ……叱られて当然だとは思うぜ?」
そんな分かった風な村長の一言に、
「なぜだ。おれたちはがんばったんだぞ?」
「そうだよ村長! 私たち頑張ったんだよ!」
言い返す姉弟。
そんな俺たちに、重ねて村長は告げる。
「まあ、何だ。お前たちが頑張ったのは俺も分かってる。ただなあ……」
村長は少し間を置くと、続けて話し出す。
「旦那……ツーリンダーが狩りから帰って来ないと思ったら、それを探すために娘が倒れるし」
「ギク」
姉の肩がピクリと揺れる。
「発見されたバカは血まみれ。
そのバカを治療するために、息子まで倒れたんだぞ?
しかも、自分のいない場所で」
「むむ」
村長は俺たちに言い聞かせるように語る。
優しい声色だ。
「……心配だったんだよ。お前らの事が。
一夜でアイツ……ゾーレの愛してるお前たち全員が、危ない目にあってんだ。
そんなゾーレの不安と比べたら、少し叱られるくらい、受け入れろよ」
……そんな風に言われると。
納得せざるを得ない。
更に村長の話は続く。
「回復したバカは別として、クーグルンは2日間、ルングに至っては5日間寝てたんだぜ?
クーグルンは先に目覚めたから知ってるだろ?
ゾーレがどれだけ心配してたか」
「……そうだね」
その時のことを思い出しているのか、姉の幼い顔が沈痛な面持ちに歪む。
……姉さんですら、2日間も意識を失っていたのか⁉
ちらりと隣にいる姉を見る。
もう姉は目覚めているのに、それでも心配する気持ちが膨れ上がる。
それと同時に、俺の意識がない間、家族がそれ以上の心境だったのかと考えると、やはり村長の言う通り、多少叱られるのも仕方ないのかもしれない。
「もうルンちゃん! 家族に心配かけちゃダメなんだからね!
お母さん、怒ると怖いし!」
「それは、ねーさんもおなじだろ。
かーさんこわいんだから、きをつけなよ」
「ああ言えばこう言うんだから!」
「なにを!」
自身を棚上げした姉の台詞に言い返し、いつもの様な軽口が始まる。
「まあまあ、無事目覚めたんだし、仲良くしろよ。
とりあえず、俺も冷や冷やするから、もう無理は2度とするなよ? な?」
俺たちを心配する台詞。
心からの善意の言葉だ。
「場合によるかな!」
「できるかぎりぜんしょする」
「お前らなあ……」
その善意に対して、反省する様子のない俺たちに、村長は呆れている。
……勿論、思ってもない嘘を言っても良かった。
でも村長の真摯な言葉に、こちらも嘘は吐きたくなかったから。
だから正直に答えただけだ。
その気持ちはきっと、姉も同じだろう。
もし、再び似たようなことが起きたとしても。
父でなくとも……母や姉、村長たちに今回のようなことが起きたとしても、きっと俺は迷わない。
倒れることが分かっていても。
例え自身が傷つくことになろうと。
……同じことをするだろう。
流されているわけでも、強制されているわけでもない。
それは何者でもない、俺自身の意志で。
前世の最期――学生を助けた時に、ようやく手に入れた俺自身の意志で、同じことをするだろう。
……両親や姉さん、村長たちに心配をかけるのは、心苦しいが。
そんな俺たちを、村長はじっと見ている。
何かを見極めるように。見透かすように。
でも――
そんな村長の顔に浮かぶ表情は……とても優しかった。
――ちなみに父ツーリンダーは、治ったその日から二人の看病やら村長への報告やらで色々活動し、その合間に何回か母ゾーレから叱られています。
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!