15 全てを俺は持っている。
本日2話投稿予定の2話目です。
次の話は明日6時以降投稿予定です。
「あの日はホント寒くてよ。
クーグルンと一緒に、ゾーレをどう温めるか話し合ったなあ」
「とーさん、しゃべるな」
……どうして今。
俺の生まれた日の話なんかするんだ。
そんなの他愛のない、普通の話じゃないか。
今は自分がケガしてるんだから。
自分の心配だけしていろよ。
「生まれたお前の姿が、ホント可愛くてさ。
黒髪がゾーレそっくりでな。
死ぬほど嬉しかったんだぜ?」
……縁起でもない。
父は、今の自分の状況が分かっているのか?
こんな大怪我の中で死ぬほどだなんて、冗談にもならない。
笑えない。
「お前の姉ちゃん――クーグルンが生まれた日は暖かくてな。
俺に似た茶髪に、ゾーレに似た顔立ちで、絶対美人になるつってな。
泣いて喜んだんだぜ」
「とーさん、そのはなしは、けがをなおして、ねーさんにしなよ」
姉は今ここにいない。
それなのに――
……どうしてそんな話を、今する。
「後はゾーレと結婚した時だな。
今も昔もずっとアイツは美人でな。
そこの村長なんかもゾーレの結婚を聞いて、大泣きしてたんだぜ」
「バカ言ってんじゃねえよ」
ずずっと鼻をすすりながら、村長は言い返す。
……止めろ!
その昔話を止めろ!
こんなのまるで――
「幸せなことばかりだったなあ。
村長――ブーガ。俺の家族をよろしくな」
「さんをつけろよ、このバカ」
まるで父が、いなくなるみたいじゃないか。
「アーツト、イークトは無事か?」
「……ああ。寝てはいるが、隣の部屋でピンピンしてるよ」
「ならよかったぜ」
父は力なく笑う。
「ルング」
「しゃべるな、とーさん!」
……魔術は決して止めない。
これは意地だ。
絶対に治す。
たとえ俺が力尽きようと。
俺がもう1度死のうとも。
「ルング、ゾーレとクーグルンを守れよ?
昔、約束したもんな」
「しゃべるなっていってる!」
……前が見えない。
吐き気がする。
頭が締め付けられる。
そして何よりも……胸が痛い。
それでも、魔術をかけ続ける。
残りの魔力は見ないし、知らない。
きっと知ってしまえば、心が折れる。
そんな気がする。
「まもるのなんて、じぶんで、やりなよ」
出し辛い声を、肺から絞り出す。
……そんな約束を守る気はない。
あの時言葉はよく分かっていなかったし、俺が誓ったのはそんな約束じゃない。
俺は「家族を守る」のだ。
母さんと姉さんだけじゃない。
父さん。
父さんも、俺の守りたい家族の中に、勿論入っている。
「とーさん、ねるなよ! おきろ!」
「ああ、ゾーレ、クーグルン、ルング」
父はうわごとのようにブツブツと呟く。
……死ぬな! 死ぬな! 死ぬな!
嫌だ!
嫌なんだ!
何もない前世から転生して、ようやく手に入れた幸せな暮らし。
前世とは比べものにならないくらい、充実していて。
比べものにならないくらい、今が幸せなんだ!
……なのに手放せというのか⁉
「ルンちゃん、あとよろしくね」と。
姉にもそうお願いされたのに!
頼まれたのに!
……絶対に行かせない。
父さんを死なせてたまるか。
魔術が途切れ始める。
そろそろ俺の魔力にも、限界が来たらしい。
……だが、それがどうした!
俺は確かに見たのだ。
父を探すときの姉の魔力を。
白光が消えかけるほどの限界を迎えて。
それを乗り越えて輝きの増した、あの現象を。
だからできる。
姉にもできるのなら、弟にだってできるはずだ!
諦めてたまるか!
……考えろ、考えろ、考えろ!
姉が限界を超えられた切っ掛け。
思い出すのは、姉の魔力が増える前に、生じた感覚。
一瞬の静寂。
世界の制止。
まるで姉が世界を吞み込んだかのような、不思議な感覚。
……アレが勘違いでないのなら、姉は何を吞み込んだんだ?
あの時姉は、世界から何を取り込み――何を自身の力としていたんだ?
直前の姉の言葉を思い出す。
「ヴァイ」
姉は確かにそう言った。
俺が母に頼んだヴァイゲの発言に対して、姉はそう言ったのだ。
……止めるな――止まるな。
思考と魔術を止めるな。
ヴァイ。
父の育てている作物。
俺たちの家計を支えてくれている大切な作物。
それを今年、姉は育てた。
魔力を宿したヴァイを、彼女は育て上げたのだ。
魔術を用い――
ここで思考が一瞬止まり、気付く。
……そうか! 魔術を使わずに育てたヴァイだ!
そのヴァイの仮説。
父のヒントを元に立てた仮説。
大気に存在する魔力。
あの時姉が取り込んだのはつまり――
……魔力だ!
姉は大気から、魔力を取り込んだのだ。
自身で育てたヴァイの様に。
魔術を一切使っていないヴァイに、魔力が宿った様に。
気付きは、更に思考を展開させていく。
大気の魔力を吸収した風の魔術は、姉の力量を超えていた。
姉と魔術で遊んでいる時にも、あんな大規模の魔術は見たこともない。
つまり、あの魔力なら――自身の実力を超えた魔術を発動できる可能性がある。
……賭けるしかない!
集中し、イメージする。
父や村長に、医師のアーツト。
この場に居る全ての人に、魔力は在る。
でも――
……それだけじゃない。
見ろ!
世界の魔力を見ろ!
できるはずだ。
姉にだって、できたのだから。
その姉に託された俺に、できないはずがない。
それに俺には……破るわけにはいかない約束がある!
頭痛と鉄錆びの味が広がっていく。
でも止めない。
世界を見るのを止めない。
「っ⁉」
それは、いきなりだった。
世界の拓ける感覚が、俺を満たす。
世界は動くのを止め、俺の意識だけが世界の中を泳ぐ。
見えるのは魔力。
世界のあらゆるものに、魔力が宿っている姿だ。
……ああ――綺麗だ。
姉はきっとこうして、あの時世界の魔力を見たのだ。
……ありがとう、姉さん。
おかげでわかる。
自然と理解できる。
世界中が魔力で輝いている。
……今ならできる。
絶対にやりきる。
……父さんを治してみせる!
世界の魔力はここにあって。
それらは全て、俺に力を貸してくれるのだから。
「ぐっ⁉」
「ルング⁉」
先程までとは、比較にならない程の衝撃。
小さい身体を駆け巡るのは、マグマの様に熱い魔力だ。
……姉さんはこんなのに耐えたのか⁉
叫び出したい程の激痛が、全身を襲う。
今にも折れてしまいたい。
倒れてしまいたい。
でも……まだだ。
まだ寝るわけにはいかない。
誓いはここにある。
願いもここにある。
そして力も今――ここにある。
ならば俺の出す答えは、決まっている。
父を助けるために今、集めた魔力を全て解き放つ!
「うおぉぉぉぉぉ!!!!」
獣のような咆哮が、自身の喉から聞こえる。
この先はもう何も覚えていない。
意識を失う前に俺に見えたのは、発動した魔術の光だけだった。
――主人公の必死の姿と想いが描けていたら幸いです。
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!