22 幼馴染の真意はどこにあったのか
「ルングが……私の為に参戦した?」
目前の団長の言葉を、私はゆっくり咀嚼するように繰り返す。
……分からない。
勿論、団長の言葉の意味は理解できる。
言葉面自体は単純明快だ。
しかし簡素な言葉だからこそ――その真意を汲み取るのは難しい。
「団長……それってどういう意味ですの?」
唖然としながら問いを口にする私を見て、団長は「そのままの意味ですよ」と微笑む。
「さて、公爵様と私がルング君に持ち掛けた相談ですが……『代表戦――対抗戦を盛り上げるにはどうしたら良いか?』というものでした」
ここでようやく公爵様と団長の相談内容が明らかになった。
……今年の代表戦の形式は例年と異なる 。
いつものトーナメント形式なら、決勝戦に近付くにつれて会場の雰囲気も自然に盛り上がっていくのだろうが、今回は先鋒から大将戦まで5試合しかない対抗戦形式だった。
そんな異例の大会をどうにか盛り上げる為に、2人はルングに意見を求めたらしい。
……なるほどですの。
確かにその類の相談なら、ルングは相談者として適任かもしれない。
内実はともかく、こういうイベント事を扇動するのは奴の得意分野だ。
おそらく今回も、私の知らない所でその辣腕を振るっていたのだろう。
聖女騎士という大看板は、最高の隠れ蓑として機能していたに違いない。
「それに対して彼はこう答えました。
『実力伯仲の騎士同士を先鋒からぶつけた上で、大将戦で最も強い者同士をぶつければいいだけでは?』と」
「……それって相談の必要ありましたの?
当たり前のことを言ってるだけに聞こえますが」
対抗戦という形式上、圧勝するだけでは盛り上がりに欠ける。
故に大将戦まで会場の熱気を継続させようとするのなら、ルングの提案はある意味王道のはずだ。
「ええ、貴女の言う通りです。
単にそれだけなら、相談の必要はありませんでした。
問題があったからこそ、ルング君に話したんです」
……問題があった?
小首を傾げる私に突きつける様に、団長は言い放つ。
「騎士学校首席騎士――最強の騎士であるリッチェンが、出場禁止となっていたことです」
……あっ。
「で、でもそれは……私のせいじゃありませんし。
そもそも出禁を解けばいいだけですわよね?
実際、私は出場できたじゃありませんか!」
慌てて言葉を継ぎ足す私を見て、団長は首を横に振る。
「貴女の場合は例外です。
どうして出禁になったか、忘れましたか?」
「昨年優勝したからでしょう?」
団長は呆れたように溜息を吐く。
「自覚が足りませんね。
正確には、圧倒的な実力で優勝してしまったからです。
入学初年の代表戦――トーナメントにおいて、騎士学校の学生はおろか現役騎士すら圧倒し、辛うじて対抗できたのは聖騎士ゾーガ様ぐらい。
そんな怪物と戦いたいなんて物好きがいると思いますか?」
「誰が怪物ですの!」
……失礼な!
昨年の優勝は死力を尽くしただけだ。
日頃の鍛錬を積み上げ、思考を練り、騎士やその卵たちと全力で立ち合っただけなのだ。
外野からは圧勝に見えたのかもしれないが、それはあくまで結果論に過ぎない。
対戦相手は押し並べて強者ばかりだったし、加減する余裕など決してなかった。
……それで怪物扱いされるなんて、納得がいきませんの。
そんな私の不満が伝わったのかもしれない。
団長は「勿論貴女が真剣だったのは知ってますよ。結果程圧倒したわけではないのもね」と私を宥めながら続ける。
「まあ、兎にも角にもそう見えてしまった結果、貴女は出場禁止と相成ったわけです。
そんな最強の騎士を、考えなしに大将として出場させたらどうなると思いますか?
あまつさえ圧勝してしまったら?」
多少残るわだかまりをどうにか呑み込んで、団長の問いに答える。
「盛り上がるべき大将戦が……白けて終わる可能性がある?」
「その通りです。私たちも同様の結論に至りました。
だからルング君に相談を持ち掛けたわけです。
すると彼はこう言ってくれたんですよ。
『仕事のついでで良ければですが、聖教国でリッチェンに見合う実力者を探してみましょうか』とね。
こうして彼は聖教国へと旅立ったというわけです。
ちなみに公爵様は『娘の押し付けた仕事など無視していい』と仰ってました。
『そっちはそっちで報酬が出るので、賃金分は一応働くつもりです』とルング君は返してましたけど」
……知らなかった。
レーリン様のお手伝い以外にも、ルングは色々な使命を帯びて聖教国に旅立ったらしい。
「そういうわけでルング君に選定を頼んでいたのですが……やはりゾーガ様が1番だったようです。
『聖女ハイリン様込みなら、いい勝負ができるのではないか』という連絡を貰えました」
……なるほど、そういうことでしたの。
心中でひとりごちる。
ルングから便りが無かったのは「レーリン様の手伝い及び魔術の習得」と「公爵様と団長の相談」に奴が忙殺されていたからだったのだ。
あまりの忙しさに連絡する余裕など無かったというわけだ。
「ただ貴女も知っての通り、代表戦は1対1形式。
聖騎士と聖女の基本的な在り方が2人1組とはいえ、参戦許可は出せません。
そんな風に途方に暮れていた所に、公爵様がルング君にこんな提案をしたんですよ。
『ルング君が出場するのはどうか?』ってね」
しかしルングがどれ程力を尽くそうとも、私の対戦相手の目途は立たなかった。
だから――
「だからルング自身が参戦するのを決めたんですのね……」
合点のいく答えを得たと思った私を――
「いいえ、最初彼は断りましたよ?
『リッチェンと本気で戦うなんて嫌だ』と」
団長は鋭い言葉で叩き切る。
……えっ?
「……ああ、なるほど。可愛い幼馴染と戦うのは嫌だったと。
まったく、ルングも素直じゃありませんわね」
……やれやれですの。
もう少し態度に出してくれてもいいですのに。
帰って来たらお仕置きしようと思っていたが、そこまで言うなら――
「いえ『リッチェンにボコボコにされるのは嫌です。何の得もないので』との事で」
……斬ろう。
一刀両断だ。
奴と私の歩む道の先には、最早闘争しかない。
……何故私が奴をボコボコにするのが大前提としてあるのか。
奴は私を何だと思っているのか。
それが可愛い幼馴染に対する言葉なのか。
聖教国から帰った日こそが――奴の命日だ。
……あれ?
そんな決意の中、ふと浮かんだ疑問を口にする。
「でも……結局ルングは参戦してますわよね?
公爵様と団長はどんな説得をしましたの?」
「報酬の額は私と同じ」だと団長は言っていた。
それにも関わらずルングが意見を翻すなんて、相当な何かを対価に差し出したに違いない。
恐る恐る尋ねた私に、団長は静かに微笑む。
「いいえ、何も。ただ公爵様が少し話をしただけです」
「話? その内容を伺っても?」
……あの幼馴染が利益よりも優先させる話とは何だ?
「ええ、勿論。
公爵様がされたのは、本当に単純な話ですよ。
『昨年はいなかったが、今年は陛下を始めとした王族の方々がお越しになる』
ルング君に伝えたのはそれだけです。
しかし彼には効果覿面だったみたいですね。
『やはり出場します』と即断即決でした」
「……ああ、なるほど」
そういえば大将戦開始前に『王族にアピールしたい』みたいなことも言っていた気がする。
策を弄するし、真実は伏せる。
その上で散々こちらを引っ掻き回す。
そんな彼だが、やはり可能な限り嘘を吐く気はなかった様だ。
……うん?
しかしここで妙な違和感が私を襲う。
ルングと対峙した際によく覚える感覚だ。
何かを見逃している様な。
見落としている様な。
忘れている様な。
……私は何か、真実を取りこぼしているのではないか?
そんな疑念が胸の内に広がる。
「納得できないんでしょう? ルング君を知っている貴女は尚更ね」
「どうして……分かったんですの?」
困惑する私を見て、団長は満足そうに頷く。
「顔に書いてありますよ。
後はそう……公爵様からの受け売りですね。
貴女なら納得しないだろうと、事前に公爵様が教えてくれてたんですよ。
『ルング君は自身の名声に重きを置かない――興味が無い。
それなのに『王族へのアピール』の為に意見を翻すのはおかしい』と貴女なら考えると」
……そうだ、そうだ、その通りだ。
公爵様の言葉に、不定形だった疑念の形が定まる。
何故忘れていたのだろう。
姉弟は自身の事に関しては無頓着。
事実私はルングのそんな特徴を利用して、聖女騎士クルテ様の正体を暴いたのだ。
それにも関わらず『王族が来る』程度の情報で、ルングが参戦を決めたのはおかしい。
腑に落ちない。
「流石公爵様ですわね。
仰る通りですの。
納得いきませんの。
ルングは自分の名声に興味がありませんから。
なのにどうして――」
「大将として参加したのでしょう」と続けようとした私の言葉を、団長は柔らかく遮る。
「だからそこが貴女の為なんですよ……騎士リッチェン」
……うん? どういう意味ですの?
疑問はより深まる。
しかしこの騎士団長からすると、そんな戸惑う私の様子は楽しくて仕方ないらしい。
明るい声色で語りを続ける。
「審判をしながら、貴女たちの会話は聞いていました。
事前に公爵様からルング君の人となりについて聞いていた私もまた、貴女と同様の違和感を彼に抱きました。
ルング君が聖女騎士として貴女に参戦の動機を語った時点でね。
けれどそこであることに気が付きました」
団長はそう言うと、私の目をがっしりと捉える。
まるで逃がす気は無いとでも告げるかのように――騎士団長の瞳はこちらを真っ直ぐに突き刺す。
「確かに彼は『アピールの為』と言っていました。
しかし終ぞ彼は『自身のアピールの為』とは言わなかったでしょう?」
団長の端的な言葉に――ちりばめられた欠片達が整えられていく。
真実を伏せるルング。
私の大将戦の相手探し。
王族の参加という情報。
アピールの為。
しかしルング本人には、王族にアピールする意志がない。
全てが繋がり、答えが紡がれる。
「まさかルングは――」
「ええ、そういう事でしょうね」と団長は頷くと、眩しいものを見るかのようにその目を細める。
「彼が王族の皆々様にアピールしたかったのは貴女――騎士リッチェンの存在だったんでしょうね。
その為に彼は参加を決めたというわけです。
……本人に聞いたわけではないので、確証は有りませんが」
ストンと。
団長の言葉があっさり胸に落ちる。
「確かにそれなら」と思わされてしまった。
納得させられてしまった。
いつも無茶するし、こちらにも無茶言うし。
自分勝手で掃除が苦手で、人間らしい生活よりも好奇心を優先する変わり者。
そんな人でなしのルングだけれど――あの幼馴染が周囲の人を大切に思っていることは、痛いほど理解している。
だから「幼馴染の為に参戦を決めた」という団長の考察は、僅かな違和感すらなく腑に落ちてしまった。
「あれ? 騎士リッチェン、顔が赤いですね?
熱でもあるんですか?」
団長は揶揄うように私の顔を覗き込む。
……顔が熱い。
おそらく今、私の顔は朱に染まっているのだろう。
鼓動の音はうるさいし、異常に喉が渇く。
この場から走り去りたくなる。
「べ、別に照れてなどいませんわ! 揶揄わないで欲しいですの!」
「照れてるなんて言ってませんよ?」
……むっ!
「慇懃で真摯な騎士団長様が、そんな意地悪を言って良いんですの?」
「慇懃も真摯も私が言い出したわけではありませんし。
意地悪だなんて人聞きが悪いですよ」
「人聞きじゃなくて人が悪いのでは?」
私の言葉に騎士団長はコロコロと笑う。
……気に食わないですの。
勢いのままに、この部屋から早く立ち去りたい。
しかしまだ残念ながら、最後に聞きたいことが残っていた。
それを聞くまでは逃げられない。
「……団長、最後に1ついいですの?」
「どうぞ」
団長は笑みを絶やさず即答する。
「団長のお考えはまあ……納得できました。
しかしそれにしても、ルングが女装する必要はなかったんじゃないですの?
魔術であんなに外見や声を変えられるのなら、性別まで偽る必要はなかったのでは?」
……似合っていたけれども。
網膜に焼き付けたけれども。
そのまま絵にして欲しいぐらいだったけれども。
意地悪したことに罪悪感があったのか、団長はあっさり最後の問いに白状する。
「ああ……彼の女装は私の提案です。
元々可愛らしいし、似合うと思ったので。
公爵様は若干引いていた気もしますが、まあ寛容な方なので大丈夫でしょう」
「あれ、団長が犯人だったんですの⁉
人の幼馴染になんてことを提案してくれてますの⁉」
最後の疑問が氷解すると同時に、驚愕の声が執務室に響く。
今ここにはいない幼馴染の代わりに、妙な趣味を暴露した騎士団長に抗議の声を上げる。
……けれど。
そんな団長の常識外れの提案を非難しながらも――ほんの少しだけ感謝の気持ちがあったのは、内緒の話だ。
……ちなみに。
後日「大将戦引き分け」の結果に賭けてルングが大儲けしていたことを知り、騎士特区及び魔術特区中を巻き込んだ壮絶な鬼ごっこを2人で繰り広げたことは、一応追記しておく。
――さて主人公の本命の目的はどれだったのでしょうか?
魔術の習得の為だったのか、リッチェンの為だったのか、お金の為だったのか。
真相は彼の中にしかありませんが、リッチェンとの決死の追いかけっこで本人すらその理由を忘れてしまったかもしれません。
さて、これにて書きたかった番外編も一応の区切りとなります。
これまでお付き合いいただいた皆様ありがとうございました!
今後は不定期で新しい話を思い付いたら更新していこうと考えていますので、楽しみにしていただけたら幸いです。
※新しい作品の投稿も始めました!
題名は『二振りの切っ先は何処へ向く』です。
一人の子どもと一人の男――二人の剣士から始まるお話です。
そちらもお読みいただけると嬉しく思います。