21 少女騎士は騎士団長と対峙する
現在、番外編を更新中です。
次回は諸事情で9月7日(日)に投稿予定です。
投稿時間はいつも通り午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
「という訳で……全部説明して頂きますわよ!
アオスビルドゥング騎士団――団長のルーマリー様?」
代表戦の翌日。
私の姿はアオスビルドゥング公爵騎士団の執務室――聖女騎士と初の対面を果たした団長室にあった。
パサリ
そんな私と対峙するのは、真摯実直の騎士。
騎士の中の騎士。
公爵家の剣こと、騎士団長ルーマリ―様である。
……いや。
実際は対峙していない。
その騎士の鑑たる団長は今、執務机に詰め寄る私を意にも介さず、事務作業に勤しんでいた。
騎士はチラリと視線を私に移して、すぐに手元の書類へと戻す。
「今、代表戦の後処理に追われていて忙しいのですが、何を説明しろというんですか?
見事時間稼ぎをされて、引き分けに持ち込まれた騎士リッチェン。
貴女の求める説明は、私ではなく聖女騎士本人に尋ねた方が良いと思いますよ?」
「ぐっ……」
喉から妙な音が漏れる。
……嫌な言い方をしてくれますわね!
団長の言葉通り私と聖女騎士の大将戦は、奴に制限時間いっぱいまで光と土の属性魔術で粘られ、結果として引き分けに終わってしまった。
……正直な話――
ルングが本気だったなら、ひとたまりもなかった。
結局の所、あの幼馴染の本質は騎士ではない。
どこまでいっても――どんな姿を取り繕おうとも。
ルングは生粋の魔術師なのだ。
多種多様多数の属性魔術こそが、あの幼馴染の真骨頂。
その手数を光と土の2属性に絞った上で引き分けに持ち込まれた時点で、ある意味負けである。
……いや、まあ。
結果としては引き分けなんですけども。
あくまで公的な結果は引き分け。
すなわちドロー。
つまり私は負けてない。
負けてはいない事だけは、胸を張って主張したい。
「た、確かにクルテ様に――ルングに聞いた方が早いでしょうけども!
でも団長も見てたでしょう?
試合が終わって、事情を聞き出そうとしたらいつの間にか逃げてたんですのよ!
あのおバカ!
説明責任を果たさずに消えたんですのよ?」
団長によって引き分けが宣言された直後。
聖女騎士装いのルングはいつの間にかいなくなっていた。
おそらく魔術と体術を組み合わせた例の隠形だろう。
逃がさないつもりだった私の意識の間隙を縫って、奴は行方をくらましてしまったのだ。
団長は「ふう」と息をつくと、書類からこちらに再び視線を移す。
「怖かったんじゃないですか?
貴女、本気で斬るつもりだったでしょう?」
「いやいやいやいや。
大将戦中はともかく、終了後にそんな気はありませんでしたわよ?」
……突き詰めるつもりではあったが。
事情を話すまで締め上げるつもりだったが。
決して命を奪うつもりはなかった……はずだ。
「殺気が駄々洩れでしたけどねえ」と団長はポツリと呟きながら――
「仕方ありませんね……これも主催と審判の役割ですか。
では騎士リッチェン、貴女は何について聞きたいんですか?」
パサリ
観念した様に書類を机の上へと置く。
どうやらこちらの質問に応じる気になってくれたようだ。
「ありがとうございます……そうですわね。
どうしてルングがクルテ様になったんですの?
そして団長はいつからそれを把握してたんですの?」
「まずいつから把握してたかという話ですが……勿論最初からですね」
「なんで一切の罪悪感もなしに、それをあっさり白状できるんですの?」
騎士団長の視線は動かない。
「非などない」とでも言いたげな様子で、こちらの視線を真っ向から受け止めている。
……最初からと言いましたわね。
そうは言うものの、流石に「ルングが聖教国に旅立つ前から、聖女騎士になることが決まっていた」なんてことはあるまい。
聖女になるには――そもそもルングは男なので聖女になるのは土台無理な話なのだが――光属性魔術の習得が必須だと聞いている。
いくら血の繋がった姉に適性があったとはいえ、あの時点でルングが習得できるかは未確定だったはずだ。
であれば――
「ルングが聖教国で光属性魔術を習得した後に、聖女騎士として代表戦に参戦するのが決まったって感じですの?」
……アーバイツ王国と聖教国。
どちらがルングに打診したのかは分からないが、タイミングとして妥当なのはその辺りだろう。
それをルングが受け入れ、活動を始めたことで聖女騎士の存在が広まり、フリッドを通じて私の耳に噂が届いたという流れだろうか。
そんな私の問いに団長は首を縦に振る。
「その通りです。
聖女騎士になるのが決まったのは、その辺りですね」
「……何か含みを感じる言い方ですわね」
怪しむ私に騎士は淡々と告げる。
「含みなどありませんよ。
ただルング君がこの代表戦に関わることになるのは、開催決定前から決まってましたよ。
なにせルング君の参加を聖教国に打診したのは私と公爵様ですから」
「なるほど、そうだったんですのね……え?」
……この人、今何て言いましたの?
想定外の言葉に、思わず聞き返す。
気のせいだろうか?
今、団長――
「聞こえませんでしたか?
私と公爵様が聖教国に、ルング君の代表戦参加を打診したと言ったんですよ」
「黒幕こんなところにいましたわ⁉」
……嘘でしょう⁉
「最初から」ってそういう意味だったんですの⁉
代表戦の開催も、ルングが大将を務めることも、聖女騎士の格好をすることも。
全部が全部、団長と公爵様が仕掛け人だったらしい。
……どうして全部理解していて、しれっと審判なんてやってますのこの人⁉
面の皮の厚い団長の語りは止まらない。
「きっかけは私と公爵様がルング君に、代表戦に関するちょっとした相談を持ち掛けたことですね。
その結果『ルング君が参戦すれば良いのでは?』という結論に到ったわけです。
時系列としてはそうですね……ルング君が聖教国に旅立つ前に相談を持ち掛けて、何度かやり取りをしつつ、彼が光属性魔術を習得した後に本格的に話が固まったって流れでしょうか」
「良い仕事をしました」と言わんばかりの爽やかな笑顔で、騎士団長は微笑む。
「いやいや、魔道具開発とかならまだしも。
代表戦についてルングに相談するなんて、おかしいと思いませんの?
あれでも一応13歳の子どもなんですのよ?」
「大人も子どももありませんよ。
ルング君には公爵令嬢や公爵子息がお世話になっていますし。
公爵様からの信頼も厚いです。
おまけに魔術学校の方では、何かしらの大会をよく主催しているというじゃないですか。
それならばと白羽の矢が立ったというわけです。
適材適所はアオスビルドゥング公爵領の――というより、アーバイツ王国の国是ですからね。
そういう意味でも、適性のある者に相談するのは自然の流れでしょう」
ルングの友人であるアンス様はともかく、レーリン様は師匠かつ年上なのだからお世話になるというのはおかしくないかとか。
ルングの開催している大会は、クー姉をダシに参加料を巻き上げる商売色の強いものだとか。
口から飛び出しそうになる常識的な指摘を、私は胸にしまい込む。
些細な箇所に言及し過ぎれば、話が進まないことは目に見えているからだ。
「……では、ルングに相談を持ち掛けたことに関しては、一応納得しておきましょう。
それでどんな相談をしたら『ルングが聖女騎士姿で大将戦出場』になるんですの?
飛躍しすぎだと思いますわ。
もしかして公爵様たちの中限定で、変な物理法則とかが働いてますの?」
「その物言いは、私はともかく公爵様とルング君に不敬ですよ」
「大丈夫ですの。
公爵様と団長は寛大なお方なので、このぐらいでは怒りません」
入学前から、アオスビルドゥング公爵家の方々とは懇意にさせてもらっているが、彼らの教育方針なのか単にそういう家系なのか、最高位の貴族家という立場の割に鷹揚に感じる。
おそらく彼らなら私の多少の軽口など、歯牙にもかけまい。
……ちなみにだが。
ルングに関しては、失礼もなにもない。
ただの事実だ。
「大将戦中に話を聞いた限りだと、ルング自身は高額報酬と無料旅行目当てで参戦したみたいですが――」
代表戦で受け取れる報酬は決して少なくない。
むしろ平民からすれば大金だ。
……ルングの魔道具や事業諸々の稼ぎは、それを遥かに上回っている気もするが。
旅費云々のヘンテコ勘違いも込みで、それ目当てで参加したというなら、頷けないことはない。
「いくら稼いでも、貨幣には集めたくなる不思議な魅力がある」とは本人の談である。
「ルングの事ですから大将戦の報酬に加えて、相談料まで上乗せしたのでしょう?
結構な金額を支払うことになったのでは?」
そんな問いを団長に向ける。
……利益を求める時は、とことん追求する。
それがルングという生物の特徴。
例え公爵様や団長相手であろうと、彼の手が緩むことはないはずだ。
しかし――
「いいえ、彼の報酬は大将戦で得られるもののみ。
故に報酬金額は貴女と変わりませんよ?」
「……え?」
自信のあった予測は、凛とした騎士の言葉によって両断される。
予想外。
あまりの予想外に、私は絶句するしかない。
……あのルングの報酬が、私と同じですって?
確かに大将という立場は同じだ。
そういう意味で報酬が同じなのは、本来ならなんらおかしい事はない。
……その対象が、あの守銭奴でなければだが。
そもそも奴は騎士ではない。
加えて奴の方が、明らかに参戦の手間――主に移動と女装だ――が掛かっている。
それなのにあの利益の求道者が、私と同じ報酬に甘んじることなどあり得るのだろうか。
「あの……大丈夫なんですの?
後々、別の要求されたりしません?
取り返しのつかない契約である可能性高いですわよ?」
「貴女は実の幼馴染を何だと思ってるんですか」
そんな私の心配もどこ吹く風。
団長はニッコリと微笑む。
「大丈夫ですよ。
ルング君には他の狙いもあって、私たちの相談を引き受けたみたいですから」
団長の言葉に――背筋が冷える。
……ルングの他の狙い。
どことなく不吉な響きを持つ言葉に思考を傾ける。
……裏があるのは間違いありませんわね。
問題はそれがどんなものなのか――私に被害があるのかどうかだ。
一抹の不安と共に、私は小首を傾げる。
そんな私を見て、団長は笑みを深めた。
「分かりませんか?
それは少しルング君が可哀想ですね」
「……ルングが可哀想なんてことありますの?」
かの魔術師は基本的に人を引っ張り回す達人だ。
企み、謀り、目論みのプロフェッショナルである。
……そんなルングが可哀想?
想像できない。
「仕方ありませんね……」と団長は意味深に溜息を吐くと、優しい声色で言葉を紡ぐ。
「おそらくですが……騎士リッチェン。
ルング君は貴女の為に参戦したんですよ?」
「はい?」
「ですから――」と騎士団長は一息置いて、
「ルング君は、貴女の為に代表戦の参戦を決めたんですってば」
信じ難い言葉を再び繰り返したのであった。
――戦いは終わり、騎士と騎士団長の問答が始まる。
というわけで、騎士の少女と聖女騎士の戦いの結果はこうなりました。
本当はそこも描写したかったのですが、今回は割愛ということで。
おそらく次回がこの番外編最終回となりますので、最後までお付き合いいただけると幸いです。
※現在、新作構想中です。
書き溜めたら投稿していく予定なので、そちらもお楽しみにして頂けると幸いです!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう。