20 その切っ先は詐欺師に向く
現在、番外編を更新中です。
次回は8月24日(日)に投稿予定です。
投稿時間はいつも通り午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
「なるほど」と、白ローブに鎧装いの少年は頷く。
「旅費が無料の上に戦うだけで金が稼げるなど、儲けものだと思っていたが……。
確かに君の言う通りだな。
元々俺はアーバイツ出身だし、目的地であるアオスビルドゥング公爵領は、庭――というとアンスに怒られそうだが――の様なもの。
それを考えると、旅費が無料というのは利点になり得ないか。
代表戦や移動にかかる時間と報酬を比すれば、得られる利益はそこまで大きくない。
……まさか足元に、こんな大きな落とし穴があったとはな。
灯台下暗し――岡目八目というやつか。
リッチェン、君は天才だな!」
自身の落ち度――しくじりを前に、少年の双剣は嬉々として躍動する。
……いや。
双剣だけではない。
ほんの少しだけ楽しそうな口調に、緩んだ口元。
少女の声色のせいでいつも以上に判断が付きにくいが、幼馴染は本気で感心している様だ。
「ってバカですの⁉
なんで小難しい魔術の原理は看破できるくせに、そんな普通のことが分かってないんですの⁉」
「バカとは失礼な。
人間には誰しも個性があるんだ。
外見や性格に適性。
1人1人が異なる個を有している。
それは勿論、興味関心にも言えることだな。
そして俺の興味関心は常識にはない。
君もよく知っているだろう?」
「胸を張って言えることではないでしょうに!」
……知ってますけども!
嫌という程知ってますけども!
愛剣と土の双剣は闘技場中を囀りながら駆け回り、火花を散らす。
「そうは言うが、そもそもの話としてだ。俺は君と同い年の13歳だぞ?
いくら品行方正が売りとはいえ、うっかりすることは誰だってあると思わないか?
リッチェンだってよく試験範囲を間違えて、テストで酷い点数を取ってるだろ?」
「私は試験範囲を間違えたことなんてありませんわ!」
……テストで酷い点を取ったことは――
まあ、多少あるかもしれないが。
それは言わない。
敵に付け入る隙を与えてはならない。
「大体貴方ねえ!
都合の悪い時だけ子ども扱いされようだなんて、ズルいと思いませんの⁉」
「リッチェン……君は分かっていないな。
子どもと大人を行き来できるのが10代の特権なんだぞ?」
「その考え方こそ、まさしく狡猾な大人でしょう!」
……中々に姑息だ。
愛剣が唸り、卑怯者の双剣が笑う。
「大体頭――脳への強化魔術なんて反則技を使ってるルングに、おバカ扱いされる筋合いはありませんの!」
……その魔術さえあれば、私だって試験で満点ぐらい取れますし。
きっと。多分。おそらく。
取れるはずだ。
私の力強い指摘に――
「……何を言ってるんだ、君は。
脳の強化魔術なんて、使ってないぞ?」
聖女騎士は形の良い眉をひそめる。
……うん?
「そっちこそ何言ってますの?
私の速度に付いて行けないから、眼球だけじゃなく脳まで強化したって先程言ってたではありませんか!
そのおかげで私の先手を取ることが出来ていたのでしょう?」
ルングの未来予知じみた先読みは、正体が割れた今でも継続している。
その基礎となるのが脳への強化魔術なのだから、使用していないはずがない。
ルングは私の斬撃を一方の剣で受け流し、もう一方で攻撃に転じようとして――私と距離を取る。
直後――
ピキッ
双剣が鈍い音を立てる。
どうやら土剣に限界が訪れた様だ。
……距離を取ったのは、魔術によって剣を再鋳造するためですわね。
そこまで考えて、身体が自然と臨戦態勢をとる。
……ルングはそんな甘い相手ではないですの。
敵の隙を突き、甘さを食み、裏をかく。
それがルングの戦いにおける心構えだ。
ただ剣を作り直す為だけに、後退したとはとても思えない。
すると――
ヒュッ!
「っ⁉」
崩れかけた双剣を、ルングはこちらに投げつける。
……速い。
躊躇いのない投擲によって、剣が宙を走る。
壊れかけた剣を、少年は囮にしたのだ。
しかし――問題はない。
迫る双剣を、剣と手甲を用いて打ち落とす。
パリンと双剣の爆ぜる音が響く。
その音に紛れて――
「流石だな……『土よ、形を成せ』」
双剣を作り直しつつ、ルングはこちらの懐へと飛び込んでいた。
けれど――
「それは分かっていますのよ!」
……聖女騎士クルテ様ならいざ知らず。
相手はずっと共にいる幼馴染なのだ。
頭の回転の速さは勝てないかもしれないが、どんな戦術を取ってくるかぐらいは読める。
……私の想定通りに。
愛剣は少年の振るった双剣を受け止める。
「……脳への強化魔術は危険なんだぞ?
何回か試したことはあるが、真面目に死にかけた。
そんな魔術を実戦で使おうとは思わん」
「いつのまにそんな実験を⁉
初めて聞いたのですけど⁉」
「『死にかけた』なんて君に言ったら、怒られるじゃないか。
これで母さんあたりにまでバレてみろ。
間違いなく――」
鍔競り合う少年の双剣がカチカチと音を立てる。
どうやら自身の言葉に恐怖を覚えている様だ。
……どれだけこの男は――この姉弟は、ゾーレ様を恐れているのだろう。
あんなに優しい人を私は見たことがないのだが。
震えの止まらない少年に、私は尋ねる。
「……でも、強化魔術を使っていないのだとしたら、どうやって私の動きを読みましたの?」
……あんな未来予知じみた攻防を――
どうやって彼は成立させているのだろう?
震えの止まったルングが「やれやれ」と、呆れたように双剣を振るう。
「今の剣のやり取りが答えだよ、リッチェン。
君は今、俺の投擲が囮だと分かっていただろう?
それを目くらましにして、こうして俺が踏み込み、斬りかかる所まで読めていたはずだ」
……ルングの言葉通り――
これまでとは異なり、私には幼馴染の手が――思考が読めていた。
それは――
「対象への解像度の高さ――理解の深さは、そのまま対応速度に直結する。
君が未知の相手の時は読めなくて、既知の相手の時には戦術が読めているようにね」
「つまり貴方は……強化魔術などを使用するまでもなく、私の事を読めていると?」
恐る恐る尋ねる私に、ルングはイタズラに成功した子どもみたいに言葉を弾ませる。
「当然だ。
君と何年の付き合いになると思っている。
君の性格や癖は全て把握済みだ。
……そもそもな。
君は真っ直ぐな騎士だ。
そんな君の行動を読むのに魔術を使う必要などない」
……何ですの?
褒められているのか、バカにされているのか。
嬉しくて、しかしどこか悔しい。
あらゆるものをないまぜにして飲み下した様な、複雑な気持ちが胸を満たす。
その中で――
……あれ?
ある疑問が浮上する。
「で、でも……貴方言ってましたわよね?
『強化魔術を使っているのは、眼球だけではない』って。
そう言って意味深に自分の頭を叩いてましたわよね?」
私が聖女騎士の先読みを指摘した時、この少年は確かそんな行動をしていたはずだ。
だからこそ私は、クルテ様の読みが脳の強化魔術に起因しているのだという結論に辿り着いたのだが。
表情に乏しい口元が、してやったりと言わんばかりに弧を描く。
「リッチェン、間違っているぞ?
俺は『魔術を使っているのは眼球だけではない』と言ったんだ」
「ええ……分かっていますわ。
そう言って貴方は、頭を示したではありませんの」
少年の腹の立つ笑みは崩れない。
「その認識がズレている。アレは頭を指したわけではない」
……うん?
私の脳内を疑問符が埋め尽くす。
「混乱しているようだな。
頭を叩いたのは、頭に強化魔術を使っているという意味ではない」
「はあ⁉」
……どういうことですの⁉
戸惑う幼馴染を差し置き、少年は決して語りを止めない。
「単純な話だ。
あの仕草は『髪に魔術を使っている』という意味だぞ?
ほら、よく見ろ。いつもの黒髪が綺麗な金のロングヘアーになってるだろう?
この髪が光属性魔術の産物なのだと示しただけだ」
ルングは自身の魔術の産物を見せつけるように剣を振る。
至近距離でふわりと広がった髪は、1本1本が黄金の存在感を放ち、心なし良い匂いが漂っている気がする。
……これが本当に魔術なんですの?
どう見ても実体を伴っているとしか思えない
「ってそれならどうしてあんな思わせぶりな言い方を?
あの流れなら、私がそんな勘違いするのも当たり前でしょう?」
抗議の切っ先を向ける私に、ルングはあっさり告げる。
「ああ言えば君なら絶対に『頭に強化魔術を使用している』と勘違いすると思ったからな。
戦場における情報は多ければ多い程良いが、その情報次第では敵への牽制にもなり得る。
必要以上の嘘を吐く気は特段無かったが、それで君の剣が鈍れば儲けものだと思ったのさ」
「確信犯! 確信犯ですの!
何が『嘘を吐く気は無かった』ですか!
騙す気満々でやりましたわね⁉」
……確かにルングの狙い通り――
私の剣は鈍った。
聖女騎士のこの戦いに懸ける思いの強さに戦慄し、気後れしたのだ。
あれも全て……この幼馴染の掌の上だったというのか。
「この詐欺師! 外道! 人でなし!」
そして業腹な事に――聖女騎士として振舞っていた幼馴染はその言葉通り、確かに嘘を最小限に留めていたように思う。
自己紹介の際も、聖女騎士は自身が「聖教国所属」とは決して言わなかったし。
好きなものは光属性魔術とお金であると正直に告げていた。
吐いたと思われる嘘は、自身の性別と名前。
後は精々、ルングと面識があると言ったことぐらいか。
……いや。
だから何だという話なのだが。
それで印象が良くなることなど決してないのだが。
ルングに剣を叩き込みつつ、私は審判に視線を送る。
……団長! ここに素性を偽ってる不届き者がいますのよ!
アーバイツ出身なのに聖教国代表として出場してる詐欺師がいますわよ!
逮捕した方が良いんじゃありませんの?
清廉潔白な騎士団長は、私の報告を受け止めると――
プイ
明後日の方向に顔を背ける。
……団長⁉
まさかの反応に目を疑いつつ、確信を得る。
……この事知ってましたわね!
当然と言えば当然だ。
アーバイツ出身のルングが聖教国の大将に指名されるなど、普通有り得ない。
少なくとも聖教国の教皇様やゾーガ様は間違いなく把握しているだろう。
であれば代表戦の主催と審判を兼ねている団長が知っているのは、流れとして必然。
そして団長が知っているのであれば――アーバイツの王族の方々や公爵様もその事実を知っていなければおかしい。
……お偉いさん方は、何を考えてますの⁉
ルングの思考以上に、貴族のお歴々の考えが理解できない。
しかし――
「まあ要するに俺が言いたいのはだ。
勝手に取り違えたリッチェンの方に、非があるということだな。
言ってしまえば、俺は被害者だ」
……分かっていることもある。
「……貴方の言い分は理解しましたわ」
「それなら良かった。
正体がバレたのは計算外だったが、これで我々は協力できるな」
ルングはそう言うと、ほんの少しだけ肩の力を抜く。
……この男は何を勘違いしているのだろう。
メキメキと剣の柄が雄叫びを上げる。
「そうですわね。
それじゃあ、遠慮なく――ルング……貴方をボコボコにできますわね」
私の言葉に、幼馴染が身構える。
「……待て待て。落ち着けリッチェン。
今の流れなら、そんな言葉は出てこないはずだ。
君は『では引き分けにしましょうですの!』と同意するのが、正しい流れのはずだ。
ほら、俺が相手だと分かってしまうと、君も気が引けるだろう?
知己相手に本気など出せまい」
「何を言ってますの?」
……酷い勘違いだ。
むしろ私の場合は――
「貴方相手の方が本気を出せますのよ」
「何故だ⁉
こんなにか弱い魔術師――幼馴染相手に本気で攻撃できるなんて、正気を疑うぞ?」
「改めて言いますが、大将戦に変装して参戦する人に正気を疑われる筋合いなんてないですのよ?」
「それに」と私は続けざまに矢を放つ。
「ルングが相手なら、やり過ぎることはないでしょう?
どれだけボコボコにしても死なないでしょうし。
無属性の治癒魔術もありますし、新しく光属性の治癒魔術も学んだんですわよね?
つまり私は――」
すうっと息を吸って、
「殺すつもりでやっても良いですわよね?」
ニコリと戦意と共に吐き出し、ルングの双剣の間合いへと飛び込む。
双剣を掻い潜り、少年に向けて蹴りを叩き込む。
それを彼は、装着した脛当て鎧でどうにか受ける。
「落ち着けリッチェン。話せば分かるはずだ。
どうして君は更に加速している?
言葉という人類の英知を用いずに、何故君はその健脚を振るう」
「今の今まで騙し続けた詐欺師の言葉は聞きませんの。
1言1句が貴方の仕込み。詐欺師の策となるのでしょう?
その手には乗りませんの」
……そう、だから仕方ないのだ。
私がルングの話を聞かなくても、仕方あるまい。
だってルングは私がいくら言っても聞かないし、反省もしないのだ。
口八丁でずっと自身のやりたいように生きてきたのが、このルングという幼馴染の少年なのである。
……ああ、そうでしたわね。
最近会っていなかったから、すっかり忘れていた。
幼い頃からルングを止める時はいつだって――実力行使あるのみだった。
「大丈夫ですわよ!
ルングなら全力で抗えば、死ななくて済むと思いますの!」
「……これが不幸なすれ違いというやつか!」
少年は私の間合いから逃れて、双剣を構え直す。
彼の顔に必死さが見て取れて――ほんの少しだけ胸がスッとしたのであった。
――こうして主人公に騙された少女騎士は報復に出るのでした。
この後の少女騎士の猛攻を前に主人公の運命は如何に!
おそらく後2、3話でこの番外編も終了となる予定ですが、どうぞ最後までお付き合いいただければ幸いです。
※現在、新作構想中です。
書き溜めたら投稿していく予定なので、そちらもお楽しみにして頂けると幸いです!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう。