19 がめつい幼馴染の本末転倒
現在、番外編を更新中です。
次回は8月17日(日)に投稿予定です。
投稿時間はいつも通り午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
私の斬撃に呼応して双剣が跳ねる。
思考を読み、軌道を把握し、未来を視た土剣が、私の剣に次々と食らいつく。
「遂に認めましたわね! 自分がルングだと!」
溢れる高揚感に声が踊る。
……聖女騎士の正体を突き止めたからだろうか。
ルングの剣の技巧に感心したからか。
あるいは別の理由なのか。
……分かりませんわね。
けれど胸の内で確かに燃え上がる何かが、私の身体を突き動かす。
「おい、俺だと判明した途端に、何故剣速が上がるんだ?
おかしいだろう?
もっと君は聖教国で頑張ってきた幼馴染を労わるべきだ。
要望としてはもう少しゆっくり且つ優しい剣筋にしてくれると――」
「便りの1つも出さない輩が、なに寝ぼけたこと言ってますの⁉」
声色は凛とした少女のそれのままで、少年は情けない台詞を吐き出す。
……ちぐはぐですわね!
聖女騎士の美しい声色とルングのぶっきらぼうな口調では、落差があまりにも大きい。
違和感この上ない。
少しでも気を抜くと、吹き出してしまいそうだ。
「大体どうして正体もバレて口調を戻してるのに、声はそのままなんですの?
普段の声に戻しなさいな!」
抗議の意を込めて、双剣の片割れをバキンとへし折る。
しかし――
「『土よ、形を成せ』」
私が折ることを想定していたかのように、少年は土剣を鋳造したかと思うと――
「やれやれ、リッチェン」
呆れたように肩をすくめる。
「声を戻して、万が一ルングの声だと観客に気付かれたらどうする。
会話の内容はさすがに聞かれることはないだろうが、鋭い者は声色で違和感を覚えてもおかしくない。
そうしたらどうなると思う?
大騒ぎになるのは間違いない。
ひょっとすると代表戦そのものが台無しになるかもしれない。
常識的に考えて、誰かに迷惑をかける可能性があるのは駄目だろう?」
「なんで性別を偽って大将戦に参加してるバカに常識を説かれてますの⁉」
こちらを諭すかのような口調が、私の昂りに油を注ぐ。
……女装は百歩譲ろう。
個人の趣味嗜好にうだうだ言う気はない。
チラリと対峙するルングに視線を送る。
徹頭徹尾。
全方位どこからどう見ても、クールな美少女にしか見えない。
クー姉の髪と目の色を変えて、天真爛漫さを徹底的に排せばこんな感じになるだろうか。
……というかこれ、完全にクー姉を土台にしてますわよね?
正直、悪くないセンスだ。
クー姉が大好きな私としては、文句の付けようがない変装である。
……まあ、それに。
私は魔術に関しては専門外。
この女装にも、ひょっとすると魔術的な意味があるのかもしれない。
女装すれば魔術の威力が上がるとか、そんな可能性も――無いとは思うが――0ではないのだ。
故に女装に関しては置いておこう。
こちらも多少の妥協点は用意しよう。
……問題は――
この男が何故そんな可愛らしい状態で代表戦に――それも聖教国の代表として――参加しているのかという点だ。
「それで、どうして貴方は代表戦に参加してますの?
目的はなんですの?
何を企んでますの?
先程は確か……アピールの為とか言ってましたわよね?」
「アーバイツ王国のお偉いさん方に自身の雄姿を見せたい」みたいなことを、聖女騎士は代表戦前に言っていた気がするが。
「ふ……よくぞ聞いてくれたな」
口調だけは嬉しそうな調子で、少年は話を続ける。
「人類の生存の歴史において、衣食住が重視されているのは明らかだ。
太古の昔から人々は自身の存在を安定或いは保存するために――」
「端的に簡潔に答えなさいな!」
なんで戦ってる最中に、ややこしそうな話をできるのか。
つらつらと御託を並べられるのか。
常識人と変人ではやはり根本的な思考回路が違うのかもしれない。
……なんなら的確過ぎる剣捌きを考慮すれば――
少年の生成する土色の双剣に、敵の剣を自動追尾する機能があると言われても、驚かない自信がある。
……私の幼馴染――この魔術の申し子なら。
そんな剣の開発程度の事は、やってのけていてもおかしくない。
「端的にか」
少年は私の攻撃を凌ぎながら、少し考えたかと思うと――
「強いて言うなら……金の為だ」
ある意味予想を裏切らない答えを口にする。
「貴方、まさかとは思いますが……代表戦の報酬目当てで参加を決めたなんてことは――」
「無論その為だ」
「即答⁉」
本当に思考が伴っているのか怪しい速度で、少年は答える。
……何ですの? この幼馴染。
剣だけじゃなく思考まで自動化されているのだろうか?
お金と魔術への反応が脊髄反射レベルだ。
「代表戦で払われる金額の良さは、リッチェンも知っているだろう?
加えて旅費や食費及びその他の費用は、全て聖教国聖騎士団持ちときている。
であればそれを利用しない理由はない!
無料の旅行など、幸せ以外のなにものでもないからな!」
心なし少年の剣に力が入る。
……いやいやいやいや。
「代表戦の報酬については否定しませんが、それ本末転倒じゃありませんの?
完全に目的を見失ってますわよね?」
逆袈裟からの横薙ぎ。
足払いを躱しながらの唐竹割。
矢継ぎ早に繰り出す剣戟を少年は勢いよく打ち落とす。
……剣速が上がってますわね。
見た目の変化はない。
つまり光属性の強化魔術は使用していないはずだが――
……他の属性の強化魔術でも使っていますの?
まさか「お金の話題でパワーアップした」なんてバカな話ではないでしょうね?
「……本末転倒? 目的を見失っている?
何のことだ?
無料で旅行ができるだけで幸せだろう?
その上飲食代も経費で落ちるのだから、お得感も数倍だ。
これのどこが本末転倒だというんだ?
目的を見失っているんだ?」
「ははあん」と少年は何かしら得心したように1人頷く。
「リッチェン、無料とはな――何も払わなくても良いってことなんだぞ?」
「いや、無料の意味ぐらい知ってますのよ⁉」
……この幼馴染、私を何だと思っていますの⁉
「知ってるなら良い。
世界平和を成し得る唯一の幸福概念――それこそが無料だ!
俺の代表戦参加には、その無料が溢れている。
そこに本末転倒や目的の喪失などあるわけがない」
訳の分からない主張を少年は自信満々に語る。
その姿はどこか狂信者めいていた。
……というかこの金の亡者、どうして正体を当てられた時より生き生きとしているのだ。
明らかに。
見るからに反応が違う。
自身の正体を明かした時は「仕方ない、答え合わせでもしてやるか」位のノリだったくせに。
感心はしていても、ここまでの熱弁ではなかったはずなのに。
……本当にルングの故郷は私と同じなのだろうか。
そんな疑問が、純粋に湧いてくる。
同じ村内にいたという意味で、居住環境はほぼ同じ。
通った教導園も同じ――といってもルングは一足飛びで卒業して、教員側に回っていたが――だったはずなのに、ここまで考え方の相違が生まれてくるものなのか。
人類種って不思議だ。
妙な感慨を胸に抱きつつ、私はお金の使徒に尋ねる。
「あのですねえ……。
そもそも貴方、何の為に聖教国に行くことになったのか覚えてますの?」
「決まっている! 金の為だ!」
力強い言葉と剣が同時に返ってくる。
……だめだコイツ。
お金に目が眩んで、本質を見失っている。
暴走している。
爛々と輝く茶色の瞳は、まるで銅貨だ。
これで金髪にした理由が「金貨が好きだから」などと言い出したらどうしてくれようか。
人格矯正も兼ねて鉄槌でも食らわせた方が良いのだろうか。
「違うでしょう……って、ひょっとしてお金も理由にありましたの?
で……でも、流石にそれだけじゃないでしょう?
魔術を学ぶ為にレーリン様について行ったんですわよね?
ついでに魔物を討伐してくるって言ってたじゃないですの」
「勿論それもある」とルングは頷く。
「その通りだリッチェン! よく分かっているじゃないか!
光属性魔術も素晴らしかったぞ。
視覚情報の操作が本質の魔術だと思っていたが、そんな単純なものではなかった!
光をエネルギーと解釈し変換すること――」
「ああ小難しい理屈はいいですの」
聖女騎士として光属性魔術を操っていた時点で、ルングが光属性魔術を習得したのは明白だ。
当然の様に特殊属性の適性を備えていることに関しては、諸々聞いてみたい気もする。
しかしクー姉も以前聖教国を訪ねた際、同様に光属性魔術を習得したと聞いている。
それを考えれば、ルングに適性があるのは納得できないことはない。
……血は争えないんですのね。
当のルングは私に説明を遮られ、明らかに落胆した様子を見せる。
普段のルングが相手ならこんなことは日常茶飯事なのだが、今の聖女騎士姿でシュンとされると、罪悪感が湧いてくるから質が悪い。
「とりあえず『貴方は魔術の勉強も兼ねてレーリン様の魔物討伐任務について行った』
これで良いですわね?」
「まあ、ざっくり言うとな」
ルングは渋々頷く。
拗ねた態度の中にも、反則じみた愛らしさが垣間見えてズルい。
「……ではこれも確認ですが、そのまま聖教国に定住する予定とかではないんですのよね?
アーバイツ王国に戻る予定なんですわよね?」
「当然だ。俺はまだ魔術学校で研究したいことが山ほどあるからな」
……ほんの少しの安堵を隠して――
私は誇らしげな様子で剣を振るうルングに、真実の刃を突き付ける。
「それならやっぱり、本末転倒ですのよ。
いずれこちらに帰る予定なら、代表戦の旅費が無料というのは利点にならないでしょう?
そもそも貴方元々アーバイツ王国出身ですし。
代表戦開催地であるアオスビルドゥング公爵領なんて地元も地元でしょうに。
魔術特区が貴方の主な生息地とはいえ、騎士特区だって何度も来ているでしょう?」
そんな所に「旅費が無料だから来た」などと言ったところで、意味があるとはとても思えない。
……そもそもの話として。
聖教国での仕事さえ終われば、必然的にこちらに帰ってくるのだ。
それなら代表戦に参加せず、それに費やす時間を魔道具製作や魔術構築に充てた方が、ルングなら儲けを出せると思うのだが。
ルングは私の言葉に、その双剣の動きをほんの一瞬だけ緩める。
そして――
「ふ……盲点だったな」
格好つけた様な物言いで、私の主張を認めたのであった。
――そういう訳で主人公の魔術師は聖女騎士となったのでした。
今回である程度の種明かしは出来たものの、実は明かされてない事実もあったりしますがそれはまた次回以降明らかになる予定です。
まだもう少しだけ続きますが、最後まで楽しんでいただけると幸いです。
※現在、新作構想中です。
書き溜めたら投稿していく予定なので、そちらもお楽しみにして頂けると幸いです!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう。