17 少女騎士は閃いた
現在、番外編を更新中です。
次回は8月3日(日)に投稿予定です。
投稿時間はいつも通り午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
甲高い衝突音が大気を貫き、その衝撃によって私は弾き飛ばされる。
……痛い!
勢いのまま地面へと叩きつけられ、土煙が巻き上がる。
闘技場の中心から追い出された私は不格好な状態で転がり、外縁部でようやく止まった。
……危なかったですわね。
澄み渡った空を見上げながら、ほっと胸を撫で下ろす。
魔術か、正拳突きか。
そんな私の立てた予想は見事覆された。
……何度私の想像を超えるつもりですの。
少女から放たれた攻撃は剣。
正拳突きに見せかけた、剣による突きだった。
速度は尋常。
しかし魔術剣による攻撃は――私の警戒の外から放たれた攻撃は、最短距離で私の急所を捉えていた。
……本当に危なかった。
自身の本能に従って、心底良かったと思う。
攻撃から防御へと無理矢理切り替えた私の剣が彼女の剣の切っ先を捉えられなければ、間違いなく負けていただろう。
まあ――無理に対応した結果、その威力を殺しきれず、土砂塗れと相成ったわけなのだが。
……九死に一生ですわね。
それにしても――あの剣はなんですの?
繰り出されたあの美しい突きを思い出す。
形状は私が破壊したクルテ様の剣にそっくりだった。
その速度も、威力も、重さも。
体感では普通の剣と遜色ない。
おそらく切れ味も同等なのだろう。
剣としての機能は、過不足なく備えているに違いない。
……でも。
通常の剣とは明確に異なる点があった。
剣全体が茶一色に染まっていたのである。
色合いだけなら木剣にすら見えたあの剣は、その剣身に鈍い光を宿していた。
……多分アレ、土の剣ですわよね。
ふと脳裏を過った予想は、案外真相から遠くない様に思える。
クルテ様が剣を出現させた刹那、確かに故郷――アンファング村でいつもの様に嗅いでいた、爽やかな土の匂いを感じたのだ。
……それにしても、納得いきませんわね。
麗らかな青空とは対照的に、私の心中に理不尽な不満が募る。
彼女――聖女騎士クルテ様は、光と土の2属性魔術師だったということなのだろうか?
……もしそうであるのなら。
どうして彼女はここまで土属性の魔術を使わなかったのだろう?
手抜き?
手加減?
全力を出さずとも――力を制限していても、私相手なら勝てると思われていたのだろうか。
昏い気持ちが燃え上がろうとして――
……いや、だとすれば私が悪いのか。
すぐさま落ち着く。
事実、彼女が本領を発揮せずとも、この局面に至るまで押されっぱなしだったのだ。
それなのに彼女が本気ではなかったことを知って不満に思うなど、身勝手が過ぎる。
恥ずかし過ぎる。
それならクルテ様の加減に不満を抱く以前に――自身の未熟を反省すべきだろう。
……それにしても不思議だ。
自嘲の中で、ふとある疑問が湧いてくる。
クルテ様が土属性魔術を扱えるのは良い。
それは理解できる。
でもそれならどうして私は彼女を――
そこまで考えて、閃きが全身を貫く。
それは突拍子もない思い付き。
妄想と切り捨てられても仕方のない、バカげた想像だった。
……しかし何故だろう。
その思い付きが真実だと、私の中には確信があった。
「……さて」
仰向けの体を屈め、弓の様にしならせて立ち上がる。
……多少節々が痛みますが、戦うのに問題は無いですわね。
自身の身体を見下ろす。
鎧とドレスは砂と土塗れだが、それはもう仕方ない。
愛剣が無事であるだけ万々歳だ。
ドレスを軽く叩きつつ、聖女騎士に目を遣る。
美しき少女の白ローブもまた、所々が切り裂かれ、全体的にボロボロだ。
右手には私を突いた茶色の剣が握られており、左手には力強い光が宿っている。
……あの輝き。
そして怪我をした手。
おそらく施されている魔術は治癒魔術だろう。
クルテ様の手を斬ることは出来なかったが、かなりの損傷を与えたはずだ。
加えて彼女は私の剣を掴むという暴挙に出ている。
その処置を行っているのだろう。
クルテ様は立ち上がった私を見つめる。
表情の変化はおろか、顔色すら変わらない。
まるで最初から、私が起き上がることを知っていたかの様だ。
……まったく、厳しいですわね。
欲求に忠実で、自分に甘いくせに。
チャキ
剣を握り直し、腰を落とす。
大きく息を吸い――
ドオォォォォォォン!
最速を以て、怒りと共に聖女騎士に対して斬り込む。
渾身の真っ向斬りを前に、クルテ様は手にしている風変わりな剣で受け止める。
「追撃しなくて良かったんですの?
おかげで私、復活しちゃいましたけど」
焦げた匂いに舞い散る火花。
けれどクルテ様はそれには目もくれず、真っ直ぐに私を見据える。
「復活なんて御冗談を。
貴女ならあの程度、ダメージすら負ってないでしょう?
剣も間に合っていましたし、私の突き程度でどうにかなるとは思いません」
「それ……褒めてますのよね?
暗に私の事を化け物と思ってるとかじゃありませんわよね?」
「勿論誉め言葉です」
「それはどう――も!」
バキンッ!
鍔迫り合いからの切り返し。
その衝撃によって魔術から生じた剣は甲高い音を立てて砕ける。
しかし――
「貰いましたわ!」
「させません――『土よ、形を成せ』」
止めの1撃は、再び現れた剣によって防がれる。
ツンと鼻を突く土の匂い。
昔馴染みのその匂いを嗅いだことによって、私の確信は更に深まる。
……頃合いですわね。
クルテ様がギリギリ追いつける速度で剣を振るいながら、私は仕掛ける。
「……それにしても急に土属性魔術なんて、驚きましたわ!
最近使える様になったんですの?」
「いいえ、幼少期から使えますが」
……かかりましたわね。
心中でほくそ笑みつつ、私は世間話でもするかのように告げる。
「いつの間に剣を生み出す魔術を身に付けましたの? ルング。
聖教国に旅立つ前まで、そんな格好良い魔術使ってませんでしたわよね?
いつ習得したんですの?」
「ふふふ……凄いだろう? 聖教国で編み出したんだ」
さらりと訪ねた私に、聖女騎士クルテ様は――ルングはしたり顔で即答する。
「魔物相手なら魔術と素手で事足りるが、人間相手だと武器を破壊されたら不利だからな。
自分でいつでも生成できた方が便利だと思ったんだ。
持ち運びの手間もいらないしな。
まあこの剣の場合それだけでなく、魔力に馴染む素材――魔道具製作に使用する素材を用いることによって、魔術の発動を助ける機能を発現させることに成功し――」
私の猛攻を凌ぐ事に集中しているからか、つらつらと話す少年は名前を呼ばれた事に気付かない。
可愛らしくも怜悧な少女の声のままで、少年は話し続ける。
……やはりバカですの。大バカ者ですの。
魔術の自慢と打ち合いに集中しすぎて、墓穴を掘っていることに気付いていない。
魔術分野に関してレーリン様の再来だの、天才姉弟だの言われているらしいが、このお間抜けぶりでは疑わしい。
……いや、レーリン様も割とアレか。
そしてクー姉もまた言うまでもなく少しアレなので、ひょっとすると才ある魔術師はそういう人間しかいないのかもしれない。
あまりにもいつも通りの幼馴染――何故か女装していることについては置いておく――に、私は心底呆れる。
ルングはそんな私の様子にも気付かず、剣について一通り語ったかと思うと――
「――魔術師でなくとも魔力を感知し、その力を引き出せる様になったのだ!
どうだ凄いだ……すみません、今何と言いましたか?」
ようやく私が幼馴染の名を呼んだことに、引っ掛かりを覚えたらしい。
狂魔術師の熱が瞬く間に冷める。
口調も元の――こうなるとどちらが元なのかは分からないが――クルテ様のそれに戻っている。
……まあ、今更取り繕われたところで手遅れなんですけど。
「いつの間にその魔術を身に付けたのかと尋ねましたが?」
わざとしらばっくれる。
この1週間――今の今までずっと私を騙し続けてきたのだ。
このくらいの仕返しは許されるべきだろう。
そんな怒りが剣に乗ったのか――
バキンッ!
私の袈裟切りを受けた土の剣が砕ける。
……チャンスですの!
手首を捻り、剣の軌道を切り替える。
左から右への横薙ぎ。
一文字を描く剣をルングに繰り出す。
しかし少年は読んでいたのか、後退することでそれを躱す。
……惜しい。
仕留め損ないましたわね。
もう少し踏み込んでいれば、奴の胴体に剣を叩き込むことができたのに。
修正修正。
「『土よ、形を成せ』
……いえ、その質問の直前の話です。
私に呼びかけた様に思いましたが、名前を間違えていませんか?」
ルングはしれっと剣を作り直しつつ尋ねる。
「間違いなんてありませんのよ? ちゃんと呼びましたの」
「そうでしょうか?
聞き間違いかもしれませんが、私のではない名前が聞こえた様な気がしましたが……」
「いえ、呼びました。
ちゃあんと呼びましたの……貴方の名前を」
馴染みの茶色の瞳が、ほんの一瞬逸らされる。
気まずい時に偶にやる、彼の癖だ。
「さて……ルング? 説明してもらいましょうか?
どうして貴方は女装してこの大将戦に参加してますの?」
こうして私は黙秘を貫こうとする不届き者に、愛剣の切っ先を向けたのであった。
――聖女騎士の正体見たり幼馴染。
何故少女騎士はそれを見抜くことができたのでしょうか?
そして主人公はどんな運命を辿るのでしょうか?
次回以降もお楽しみに!
※現在、新作構想中です。
書き溜めたら投稿していく予定なので、そちらもお楽しみにして頂けると幸いです!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう。