14 自身の不足。
本日2話投稿予定の1話目です。
話の流れ的に時間を置きたくないので、次回は30分後に投稿予定です。
部屋の中を、忙しなく走り回る大人たちの足音が響く。
この村の中では異質な部屋。
異様なほど清潔に保たれている部屋だ。
その部屋の中心には、血まみれの男性が一人、ベットに横たわっていた。
綺麗な茶髪は所々赤く滲み、整った顔も同様に血で汚れている。
純白のシーツもまた男――父の血で染まり、さび臭いにおいが室内に満ちている。
「フラシュ! イークトは意識を失っているだけだ。ベッドに寝かせておけ。
綺麗な布を、こっちにもっと寄越せ!
ないなら、使った布を急いで洗ってくれ!
村長! 医療魔術師の申請はできたか⁉」
「領主様と近隣の村には、魔道具で申請したぞ!」
「くそっ! 急げよ!」
指示を受けた女性が、室内から出て行き、ガタガタと音が隣室から聞こ始める。
村医者のアーツトは、何度も何度も清潔な布に代えながら、父の傷口を押さえ続け、
「とーさん! おきろ!」
俺はその隣で、魔術をかけ続けていた。
「おきろ! おきろ! おきろ!」
……止まれよ! 止まってくれよ!
血の海。
俺の目の前――魔術を使う手元は、すでに父の血で、真っ赤に染まっている。
血で染まった布の上からでも、見て取れるほど、酷い傷だ。
鋭く大きな何かで切り裂かれたような傷が数本。
父の腹の上に並んでいる。
ポタリとベットから滴る血液が、時間の経過と共に、床を占める面積を増やしていく。
……生きているのが不思議なくらいの出血量だ。
「とまれ! とまってくれ!」
必死の願いは届かない。
淡々と確実に、部屋の中の血だまりが増えていく。
……分かっている。
俺の魔術はあくまで、自然治癒力を高めるもの。
自然に回復できない傷は、治せない。
俺自身が治りきるイメージを持てない傷は、治せないのだ。
……どうして⁉
自身の不甲斐なさが腹立たしい。
舌を噛み切りたいほどの怒りが、俺の魔力を強く燃やしていく。
俺は前世で、どれほど無駄な時間を過ごしてきたのだろうか。
何の得にもならない時間。
何も考えず過ごした時間。
自身が垂れ流した無駄な時間が、この結果を招いている。
……せめて、医者を目指していれば。
或いは医療に関わりのある職業だったなら!
それなら、あっさり治せていたかもしれない。
治すとまではいかずとも、もっと余裕を持って助けられていたかもしれない。
だが……現実は違う。
俺はただの会社員で――医者どころか、医療関係者ですらない一般人。
こんな大怪我をどう治すのか、どう治っていくのかなんてわからない。
そんなイメージはできない、ただの一般人だ。
それでも――
「なおれ! ふさがれ! とまれ!」
諦めず叫ぶ。
魔術をかけ続けながら、言葉を変える。
血の止まる気配は無い。
「おい、ルング」
「すまないそんちょう、しずかに!」
まだだ。
まだ俺の魔力は残っている。
姉が限界を超えたのだ。
……俺が諦めてたまるか!
「とまれ、とまれ、とまれ、とまれ、とまれえぇぇぇぇぇぇ!」
「ルング」
声が枯れる。
……何をすればいい? どうすればいい?
俺に足りないものは何だ?
魔力か? 経験か? 想像力か?
あるいは――全てか?
「なおれ! なおってくれ! なおってくれよおおぉぉぉぉぉ!」
自身の魔力が真っ白に燃え上がる。
胸元から腕に。
腕から掌に。
姉と魔術に費やした、これまでの人生。
その全てをかけて、父に魔術をかけ続ける。
……届かない。
足りないのか⁉
魔力の放出を更に増やす。
身が焼かれるような激痛が、全身を走る。
このまま続ければ、遠からず破滅が待っているだろう。
でも……止める気などない。
「っ⁉」
心なし……出血量が減っている気がするからだ。
……これだ!
自身を燃やし続けろ!
「なおれ、なおれ、なおれ、なお――」
「ルング!」
怒鳴られて初めて気付く。
それは聞き慣れた声。
いつもとは少し違うが、確かに父の――ツーリンダーの声だ。
「とーさん! だいじょうぶ⁉ げんき?」
……分かっている。
大丈夫なわけがない。
話しかけながら、全力で自身の魔力を燃やし続ける。
無駄かもしれない?
無意味かもしれない?
それでも――無為だとしても。
続けなければ、確実に父は、俺たちを置いて行ってしまうのだから。
「ああ、大丈夫だ。ちょっと眠いけどな」
……嘘だ。
笑う姿に、いつもの粗野な力強さはない。
いつもの快活さはない。
でも……意識は戻った!
これは俺の唯一の希望だ。
可能性はまだまだある。
父は助かるはずだ。
間違いない。
絶対に。
きっと。
「なあ、ルング」
「なに? とーさん!」
父の声に応える。
会話を続け、意識を繋ぐ。
……よし! まだまだいける!
見えたのは、ほんの少しの光だ。
でも俺にとっては、暗闇を切り裂く光明。
この希望を手繰り寄せればきっと――
「お前が生まれた日は、もっとずっと寒い日だったなあ」
父の口から漏れ出てきたのは、俺の生まれた日の話だった。
――父と猟師イークトのケガの理由は、また後のお話で明らかにする予定です。
村医者のアーツトが呼びかけているフラシュは、看護師兼彼の奥さんです。
ちなみに村医者は、医師というよりも保健師のイメージに近く、大怪我や大病に対しては魔術を使われることが多いです。
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!