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16 聖女騎士との最後の攻防

 現在、番外編を更新中です。

 次回は7月27日(日)に投稿予定です。

 投稿時間はいつも通り午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。

 ……やはり私の行動は読まれていましたわね。


 私の踏み込みの意志に先んじて、黄金の閃光が走る。

 不規則に――ジグザグに。


 進路を読ませない複雑な足捌きは、さながら稲妻が地を駆けているかのようだ。


 左手は私が手甲(ガントレット)を破壊した際に痛めたのだろうか。

 滑らかな金髪と共に少女の速度に従い、靡いている。


 ……それでも安心はできませんわね。


 疾走する聖女騎士を目で追いつつ、心中で溜息を吐く。


 力ない様子の左腕とは対照的に、手甲の残った右腕には剣が握られている。

 速度の優位は手に入れたとはいえ初動を把握されている以上、どこまでも彼女は脅威のままだ。


 加えてクルテ様には聖女足り得る能力が――光属性魔術がある。

 身体・物体の強化と視覚情報の操作。

 彼女が見せた魔術は今のところそれだけだが、他に隠し玉があってもおかしくない。


「『光は細部に宿る(リーアイネン)』」


 風に乗った少女の詠唱が、私の警戒心を更に深める。


 しかし――


 ……何をしましたの?


 何も起きない。

 私への攻撃も、クルテ様の速度の上昇も、外見の変化も。

 何の変化も見受けられない。


 ……さっきの詠唱は(フェイク)だろうか?


 そんな安易な考えをすぐに振り払う。 


 相手は光属性魔術の使い手だ。

 視覚情報だけで判断してはならない。


 ただでさえ、この戦いで彼女に幾度も辛酸を舐めさせられてきたのだ。

 警戒するに越したことはないだろう。


 自身の気を引き締め、距離を詰める聖女騎士へと意識を傾注する。


 次の瞬間――


 トッ!


 霹靂(へきれき)は爽やかな足音を残して、互いの(・・・)間合いの内に飛び込んでくる。


 ……来ましたわね!


 クルテ様は右腕の剣を振りかぶる。

 繰り出されるのはおそらく袈裟切り。

 こちらの左肩から入り、右脇腹へと抜ける斬撃だ。


 しかし――


 ……そうはさせませんの!


 彼女と鏡写しになるように、私もまた少し遅れて同様の構えを取る。


 初動はクルテ様に軍配が上がるかもしれない。

 しかしそれを踏まえても――圧倒的な動作速度によって、盤面を引っ繰り返す。


 私を待つことなく振り下ろされる斬撃に続くように、私もまた動き出す。


 ……軌道は同じく袈裟切り。


 そして私の想定通り、私の斬撃の方が早い。

 このままいけば、こちらの攻撃が先に入る。

 そう考えたところで――


「えっ⁉」


 聖女騎士が予想外の動きを見せる。


 ダランと垂れた左腕。

 手甲(ガントレット)の破壊によって傷めたと思われたその左腕が、私の剣の軌道上に差し出されたのだ。


 ……左腕を犠牲にするつもりですの⁉


 切断さ(きら)れるのは嫌だと言ってたのに!


 軌道上に置かれた拳は軽く握られている。

 このままいけば私の剣は――聖女騎士の拳を切断することになるだろう。


 ……まさか。


 切断(それ)によって生じるわずかな時間で、私を倒す気なのだろうか?


 彼女の剣を私に届かせるつもりなのだろうか。


 聖女騎士の魂胆は読めない。

 楽し気な笑顔はいつの間にか引き締められ、見慣れた無表情へと戻っている。


 互いの剣が空を斬り進む。

 刃が聖女騎士の拳を斬ろうとする刹那――その拳が開かれる(・・・・・・・・)


 ガギンッ!


「なっ⁉」


 鈍い音と手応えに驚きの声が口をついて出る。


 ……嘘でしょう⁉


 クルテ様の華奢な左手によって、鋭い刃が止められた(・・・・・)のだ。


 ……そんなバカな!


 あり得ない現象を目の前に、私は愕然とする。


 人の命を奪ったことはないが、色々な物をこれまで斬ってきた。

 巻藁や鎧どころか、強大な魔物すら両断してきた私の剣が、少女の手を斬れないことなどあるのだろうか?


 キラッ


 驚愕する私の瞳に鋭い光が差す。

 その輝きは止められた刃の先――少女の掌から発生していた。


 ……そういう事か!


壊れた手甲の欠片(・・・・・・・・)で受け止めましたのね!」


 私が破壊した左腕の手甲。

 それを彼女は魔術によって強化し(・・・・・・・・・)、斬撃を受け止めたのだ。


 ……先程左手の挙動を確認していたのは、手甲を拳に仕込むためだったのですわね!


 そして先程の詠唱魔術は、その手甲の欠片を強化する為に使用されたのだ。


 ぐっと聖女騎士は左手で私の剣を握り込む(・・・・)

 刃が掌にめり込み、血が滲むのを彼女は厭わない。


 それも全ては――


「逃がしませんよ、リッチェン様」


 勝利の為。

 私の剣の衝撃に静止していた彼女の剣は、今度こそこちらの肩口へと伸びてくる。


 敗北の予感。


 剣を握り込まれた事で、受けることはままならない。

 クルテ様の左手を振り払おうとする間に、私は斬られて負けるだろう。 

 

 彼女の左手(・・)をどうにか――


 ……あっ!


 思い付いた直後、私の身体は反応する。

 迫る聖女騎士の剣に対して動いたのは自身の左腕だ。

 私の黒の手甲が跳ね上がり――


 バキッ!


 迫る聖女騎士の剣を一打ち(アッパーカット)で迎撃する。

 カウンター気味に入った衝撃に耐えられなかったのか、彼女の手から剣が離れ、軽く打ち上げられる。 


「なんと」


 緊張感の無い淡々とした言葉とは裏腹に、聖女騎士の顔に驚愕の色が広がる。


「緩んでますわよ!」


 そんな聖女騎士の隙を突いて、彼女の左手から剣を剥がす。

 それと同時に――


 くるり


 その場で右足を軸として、時計回りに1回転。

 右手に持った剣を左腰に携え、勢いそのままに聖女騎士の逆胴を狙う。


 すると――


「読めてますよ――『光は細部に宿る(リーアイネン)』」


 回転した先を――私の未来(さき)を見据えた聖女騎士が、右の手甲を構える。

 私の斬撃の軌道上に、輝く(・・)鎧を置いたのだ。


 ……先程の魔術ですわね!


 割れた手甲ですら、私の攻撃を止められたのだ。

 万全な状態の手甲(それ)であれば、十分足りると判断したのだろう。


 しかし――


 ピタリ


 私の狙いは彼女ではな(・・・・・・・・・・)()

 故に斬撃の放つタイミングを、ほんの一呼吸だけ遅らせる。


「?」


 聖女騎士の顔に戸惑いが浮かぶ。

 初めて見るクルテ様の表情に、場違いな嬉しさが込み上げてくる。


 しかし生じた歓喜に浸る間もなく――打ち上げた彼女の剣が(・・・・・・・・・・)私たちの目前に(・・・・・・・)降ってくる(・・・・・)


「そこですわ!」


 これが私の狙い。

 手甲を破壊しても降参しないのなら、騎士としての象徴(けん)を破壊してしまえば良い。


 私の攻撃に身構えていたクルテ様は気付いても間に合わない。

 そもそもの速度に圧倒的な差があるのだ。


 放った横薙ぎは見事彼女の剣を捉え――


 スパッ


 剣身の真ん中から両断したのであった。




 ……勝ちましたの!


 聖女騎士の剣を切断した私は、勝利の確信を得る。

 断たれた剣はゆっくりと降下し、ドサッと地面に落ちる。


 しかし――


「っ⁉」


 目前に信じ難い光景を見る。


 聖女騎士が構えているのだ。

 私の胴から身を守るために構えた右腕。

 それを足ごと軽く引き、半身の姿勢で少女は腰を落とす。


 斬撃を止めた血塗れの左腕が、標的(こちら)との距離を測るかのように向けられている。


 ……まだ戦う気ですの⁉


 剣は断った。

 騎士としての勝利はもうないはずだ。


 なのにどうして――この聖女騎士は拳を構えている? 


 ぐっと聖女騎士の身体に力が入る。


 ……来ますわね!


 放たれるのは、引き絞られたその右拳であろう。

 

 剣の間合いの中で、聖女騎士は浅く踏み込む。

 無表情のままだが、その茶の瞳は未だ戦意を失っていない。


 ……剣を失っても向ってくるのなら致し方ないですわね。


 痛い目を見てもらうしかないですの。


 挫けないクルテ様に対して剣を振り切った右手首を返し、再び斬撃を放つ。 


 ……体術でくるか、魔術でくるか。


 聖女騎士の取り得る選択肢は2つ。

 だが剣を失ったクルテ様に負ける気がしない。

 どんな攻撃が来ようとも、今の集中力(わたし)なら対応できるだろう。


 ……私を素手で倒したいのなら、ルングやクー姉でも持ってこいですの!


 体術も魔術も関係ない。

 全て斬るのみだ。


 そんな決意と共に私の中から音が消える。

 世界は再び私とクルテ様だけになる。


 彼女の動きが遅々として進むようになり、その挙動全てが視える。


 詠唱はない。 

 目に見える魔術もない。

 先程の様に何かを仕込んでいる様子もない。


 それでも決して油断しない。


 止めを刺すまで、この聖女騎士に隙を見せてはならないのだ。


 クルテ様は腰を捻る。

 半身の姿勢を取っているせいでその拳は見えないが、放たれれば速度と勢いの乗った良い突きとなるだろう。


 しかし――今の私にとっては、物足りない攻撃だ。


 光属性魔術による威力の読めない斬撃。

 私の未来を見通した攻防。


 そんな修羅場を乗り越えてきた私に、ただの良い突き程度では通用しない。

 警戒するに値しないはずなのだが――


 ゾッ――


 戦慄が――不安が私の全身を支配する。


 ……何故ですの⁉


 分からない。

 改めて確認するが、彼女の剣はもうない。

 速度も明らかに私より遅い。


 危険視する必要などない1撃のはずなのに――どうしてここまで私は怯えているのだろう?


 聖女騎士の拳が打ち出される。

 徐々に私への攻撃が明らかになる。


 ……拳じゃない⁉


 クルテ様の拳の――手の形を見て、疑問と驚愕が私の中で渦巻く。

 少女の手の形は殴る為のそれではなく――何かを持つ(・・・・・)ような形で握られているのだ。


 ……何のつもりですの?


 そんな攻撃では当たっても威力不足のはずだ。


 彼女の狙いが――意図が読めず、困惑が胸中を満たす。


 ……けれど不思議なことに――


 私の本能は叫び続けている。

 必死に警鐘を鳴らしている。


 聖女騎士()の攻撃は危険だと。


 ……あれ?


 ここでふと奇妙な事に気が付く。


 ……クルテ様の攻撃は、このままだと私に届かないのではないか。


 先刻まで私たちは、剣の間合いで攻防を繰り広げてきた。

 故に徒手空拳の間合いよりも遥かに距離が開いている。


 聖女騎士の軽い踏み込みこそあったものの、それでもまだ彼女の徒手の間合いまでは詰め切れていないはずだ。


 そのはずなのに――


 ……どうしてクルテ様は今、攻撃を放とうとしているんですの⁉


 彼女がこの間合いの差を理解していないはずがない。

 だとするなら――何かしらの勝算があるということ。


 ……何だ?


 何がある?


 遅々とした世界の中で思考が巡る。


 クルテ様の手が私に迫る。

 こちらの胸元に見事な突きが伸びる。


 ……やはり絶対に届かない。

 

 始動の差で私の剣より速い。

 しかし腕の長さ(リーチ)が明確に足りていない。

 頭はそう理解している。


 けれど私の本能が、自身の剣の軌道を変える。


 次の瞬間――


「『土よ、形を成せ(フォードゥン)』」


 少女の声が響く。

 するとそれに応えるかのように、空手だったクルテ様の手に剣の柄(・・・)が握られる。


 懐かしい匂い(・・・・・・)

 故郷とよく似た匂いが私の鼻腔に広がると同時に――


 ガキンッッ!


 クルテ様の土色の剣(・・・・)によって、私は激しく突かれたのであった。 

 ――クルテ様の剣を両断した騎士リッチェン。

 圧倒的に優位になったはずなのに、決着はどうやらそう簡単にはつかないらしく――

 大将戦はどこへ向かっていくのでしょうか!


 次回以降もお楽しみに!


 ※現在、新作構想中です。

 書き溜めたら投稿していく予定なので、そちらもお楽しみにして頂けると幸いです!


 本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!


 今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。

 ではまた次のお話でお会いしましょう。 

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