15 騎士は世界を視る
現在、番外編を更新中です。
次回は7月20日(日)に投稿予定です。
投稿時間はいつも通り午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
剣が目前に現れる。
私を遮る斬撃。
胴へと迫る横薙ぎを、私は剣で打ち払う。
斬りつけ、躱し、殴り、蹴る。
五体の全てを用いて、聖女騎士に――その剣に対応する。
優雅さなど欠片もない。
剣にこだわる必要などない。
騎士らしさなど……知ったこっちゃない。
ひたすらに。
無我夢中に、出現する剣へと意識を傾ける。
速さ、角度、キレ、軌道。
感覚を総動員して、彼女の剣の存在を探知し迎撃する。
……反撃は考えない。
攻撃に意識を裂く余裕が無いというのも勿論あるが、それ以前に。
私の思考が彼女に洞察されているのであれば、結局反撃も利用されるのが目に見えているからだ。
故に反撃に充てる時間を――その思考時間を彼女の剣への集中に充てる。
彼女の剣の対処を、これまでの私の積み重ねに委ねる。
風を斬る音。
空間に糸を引く軌跡。
煌めく刃。
クルテ様の剣が振るわれる度に私は削られていく。
先鋭化されていく。
今の踏み込みは不要。
大振りは無駄。
1歩が鈍い。
握りが甘い。
私の余分が彼女の剣によって削ぎ落され、動作から不純物が消えていく。
……ああ――楽しい。
いつの頃からか、抱いていた恐怖は心地良さへと変わっていた。
自身の事だけを――剣の向上だけを考えて良い場所なんて滅多にない。
そういう意味では大将戦はひょっとすると、私にとって天国なのかもしれない。
愛剣の喝采も、存在を主張する傷も、全身を包む疲労感も。
全てが愛おしい。
……ボロボロのドレスは少し惜しいが。
まあそれは仕方ないだろう。
激戦の――苦戦の――熱戦の証だ。
集中は向けられる切っ先へと収束する。
考えない。
悩まない。
迷わない。
ただ体の望むままに。
赴くままに。
積み上げてきた訓練が、私の身体を動かす。
練り上げてきた肉体が反射する。
ガキンッ!
澄んだ金属音が響く。
「反応速度が上がりましたか」
クルテ様の呟きは聞こえない。
極度の集中によって、私の中から音は消えている。
静かな中で剣を振るう聖女騎士の端正な顔に浮かんでいるのは、満面の笑みだ。
魔術と好奇心に輝くつぶらな瞳を少女は大きく見開き、興味深そうに私を観察している。
……私の当初の目標――
「クルテ様の無表情を崩す」はとうに達成している。
果たしている。
故に目標は次の段階へと移行する。
……その余裕の笑顔を変えてみせますの!
手甲で殴り、脛当て鎧で蹴り、剣で受け、その身のこなしで躱す。
私を見極めきった剣に、全身全霊の抵抗を試みる。
……やはり速い。
その感覚は常に付きまとう。
私の未来を捉えられている感触は拭えない。
……けれど。
難しく考えるのを止めたからだろうか。
先程よりもクルテ様の剣が遅い。
この聖女騎士の剣に、身体が間に合い始めている。
そう感じる。
……一体何が起きてるんですの?
原因は分からない。
理屈も分からない。
ひょっとすると、単なる思い込みなのかもしれない。
しかし確かに生じた心の――或るいは時間の――余裕が呼び水となって、私の視界が徐々に開ける。
剣を振るう敵――聖女騎士と私だけだった世界が拡張する。
円型の闘技場。
その中心には審判の金髪の騎士がいて。
控室へと繋がる通路では、友人騎士が鋭い目を向け。
私たちを囲う荘厳な壁の上では、観客たちが私たちに身を乗り出している。
全体が――世界が見える。
クルテ様が……よく視える。
剣の軌道。
巻き上がる砂粒。
聖女騎士の筋肉の収縮。
少女の中心で刻まれる鼓動。
全てが手に取るように理解できる。
……今なら――
視えない魔力すら、捉えることができそうだ。
……それにしても綺麗ですわね。
クルテ様の――聖女騎士の剣がありありと見えるようになって、彼女の斬撃の美しさがより鮮明になる。
……本当に私より早く動き出していんですわね。
私の初動に先んじる。
感覚的には理解していたが、実際にその場面を目で捉えられると感動もまたひとしおだ。
命を懸けた刹那の時間稼ぎ。
その瞬間が連鎖し、噛み合い、繋がることで敵を挫く大きな力となる。
魔術と体術の融合。
設計され、計算され尽くした技術。
そんな彼女の奇跡の様な技巧と狂気を――勇気を目の当たりにして、私の中には自然と敬意が芽生えていた。
……この剣と対峙できることに感謝を。
彼女の剣が明確に視えるようになった事で、私の受けは更に正確性を増していく。
彼女の先出しを追いかけ――追いつく。
……もう後れを取ることはありませんわね。
強化魔術を使用されても、それだけの身体能力の差が私と彼女の間にあったことに、このタイミングでようやく気が付く。
……焦ってましたのね。
追い込まれたが故の視野狭窄。
実戦の――接戦経験の少なさ故の委縮が私にもあったようだ。
フリッドに偉そうな物言いをしていた、先刻の自分に1撃食らわせてやりたい。
キンッ!
私の最短最速の防御は、聖女騎士の苛烈な攻撃を最高率で迎撃する。
手足の鎧にはもう、大した衝撃を感じない。
剣で受けても体勢は崩れない。
クルテ様が剣を振るう度に、私の精度が上がる。
彼女の剣との対峙が長引く程に、私も伸びていく。
……幸せだ。
挙動の無駄を落とし、研ぎ澄ませるにつれて、彼女の剣との距離が詰まっていく。
……今なら――剣に触れることすらできそうだ。
「身体制御レベルの上昇を確認。
加えて速度だけでなく、集中力の増加も見られますね。
流石です、リッチェン様」
彼女の声は未だ聞こえない。
しかし満足そうな笑みを崩さないあたり、まだまだ余裕はありそうだ。
……その表情をしていられるのも、今の内ですのよ!
心の中で宣言しつつ、彼女の剣への集中を更に高める。
聖女騎士の剣を、いなして流して躱して受ける。
「もう読みが意味を成さない程の差がありますね。
元々あった力でしょうか?」
聖女騎士の剣が私に尋ねる。
「さて、どうなのでしょう?」
私も同様に剣を振るって応える。
決して加減していたわけでも、隠していたわけでもない。
出し惜しみをしていたつもりもない。
……ただ実戦で磨かれただけ。
聖女騎士の剣によって、呼び起こされただけだ。
私の拡張した世界は聖女騎士を捉え、彼女の剣が更に鈍化する。
しかし――
「『光は細部に宿る』――『光は照らす』」
それを悟ったのか聖女騎士の剣は光を纏い、私に呼応するかのように加速する。
一方的だった鬼ごっこはいつの間にか終わり、私たちの攻防は均衡を取り戻していた。
……勝てますわね。
幾度も剣を交えて、発奮でも高揚でもなく、単純な事実として私は確信を得る。
聖女騎士の剣は未だ鋭い。
私の初動を的確に捉え続けているのは変わりないし、その未来予知じみた先読みもまた健在だ。
しかし――
バキッ!
鈍い手応えと共に、金属の割れる音が響く。
私の1撃を防ごうとした、クルテ様の左の手甲が割れたのだ。
私の集中が増して以降、こちらの加速に聖女騎士はどうにか追従してきた。
しかしそれにも上限はあったらしい。
防御の為に突き出された手甲は間に合いはしたものの、衝撃を殺しきれず崩壊する。
トッ――
聖女騎士は後方へと飛び退り、確認するかのように壊れた手甲を――それを装備していた手の開閉を繰り返す。
「もう結果は見えましたわ! 降参していただけませんの?」
立場は完全にひっくり返った。
彼女の身を守る手甲の1つは失われ、既に私の速度にも追いつけなくなっている。
このまま戦いを続ければ、彼女に勝ち目はないはずだ。
しかし――
「結果は見えた?
さて、それは本当でしょうか?」
聖女騎士の微笑は崩れない。
戦況はこちらに優位なはずなのに、湛える笑みは穏やかなままだ。
……何か隠し玉でもあるんですの?
クルテ様は私のそんな疑念を知ってか知らずか、淡々と告げる。
「手甲の1つや2つ砕けたところで、決着には早いでしょう?
リッチェン様なら手甲が砕けた程度で降参しますか? しないでしょう?
なんなら腕が切断されても、貴女なら負けを認めないと思いますが」
……私の思考を読むというのは――
決して戦闘のみというわけではないらしい。
普段の私の考え方。
私の価値観そのものを、クルテ様はどうやら把握しているようだ。
……少し――いや、大分。
恥ずかしい。
「確かに……そうですけども。
だからといって、クルテ様もそうとは限らないでしょう?」
私の問いに聖女騎士は「確かに」と頷く。
「それもそうですね……くっつけられるとはいえ、腕を切断されるのは流石にごめんです」
これまでとは打って変わって、クルテ様は動かない。
攻撃の為の踏み込みを行わない。
ただ楽しげな様子で微笑みながら、聖女騎士は軽口を叩く。
攻め込まないのはひょっとすると――彼女もまた予感しているのかもしれない。
……次の攻防で、この戦いが決着することを。
「けれど手甲程度で止めてしまっては、アピールになりませんので」
聖女は私に1度視線を向けた後に、ゆっくりと観客席を見上げる。
「王族や貴族にアピールしたい」と、大将戦前に彼女は言っていた。
どうやら不利な状況に陥ってもなお、聖女騎士は彼らへのアピールを続けるつもりらしい。
……この戦力を示せただけでも十分でしょうに。
聖女から騎士へと転向してまだ間もないにも関わらず、この戦闘力である。
無論剣技は未だ発展途上にあるが、彼女の並外れた洞察力はそれを補って余りある。
もう少し転向したタイミングが早ければ、私は敗北していただろう。
……正直な話、現時点で声をかけられてもおかしくない逸材だと思いますの。
大将戦が終われば即スカウトされてもおかしくない。
それにも関わらず、彼女は未だ満足していないらしい。
……となると厄介ですわね。
クルテ様はどこまでやれば降参してくれるのか。
腕を斬られるのは嫌だと言っていたが――実際のところ全く分からない。
どうしよう?
残りの手甲と脛当て鎧も全て破壊してしまえば、さすがに負けを認めてくれるだろうか?
「仕方ありませんわね……クルテ様。多少のケガは覚悟して頂きますのよ?」
宣言し、私が口火を切ろうとした所で――
トッ――
やはり私に先駆けて、クルテ様がこちらに走り出したのであった。
――騎士の潜在能力の目覚め。
こうして彼女たちの大将戦は、佳境に突入するのでした。
2人の決着はどうなるのでしょうか?
次回以降もお楽しみに!
※現在、新作構想中です。
書き溜めたら投稿していく予定なので、そちらもお楽しみにして頂けると幸いです!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう。