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14 騎士は笑う

 現在、番外編を更新中です。

 次回は7月13日(日)に投稿予定です。

 投稿時間はいつも通り午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。

「騎士リッチェンが攻めていた様に見えましたが、一転してクルテ様の攻勢となりました!

 目まぐるしく変化の起こる大将戦! 高度な攻防戦が繰り広げられています!」


 実況と歓声を浴びながら私は駆ける。

 円形の闘技場を中程から断つように、最高速で突っ切る。


 しかし――


「速いですわね!」


 どう逃げようと、クルテ様からは逃げられない。


 ……速度では私が上。


 しかし圧倒的な初速の――初動の差によって、その優位は彼方へと失われている。


 地を蹴り、壁を踏む。

 聖女騎士を振り切る為に、節操なく縦横無尽に動き回る。


 闘技場の中心にて行われていた剣の応酬は、いつの間にか全体を利用した鬼ごっこへと変貌を遂げていた。


「クルテ様、クールな表情(かお)の割に中々情熱的ですわね!」


 迫ってきたクルテ様の剣をどうにか受け、牽制を入れる。


「それはフェイントですね――そうですか?」


 ……くっ⁉


 聖女騎士はしかし私の囮を意に介さず、更に速度を上げる。


 ……なんて洞察力!


 生半な技では動きを止めることすらままならないのか。


 接近する聖女騎士の剣を打ち、正面から彼女と向き合う。

 そこでようやく――彼女の変化(・・)が目に留まる 


 ……なるほど(・・・・)、そういうことですのね。


 自身の鈍さに腹が立つ。


 クルテ様の挙動に翻弄されていたこともあって、今の今まで気付かなかった。

 最初から(・・・・)彼女は、私にヒントを与えてくれていたのだ。


「……目ですわね!

 貴女の異常な読みの深さは、目の良さに起因する(・・・・・・・・・)ものでしたのね!


 その輝き(・・・・)は光属性魔術!

 光属性魔術を視覚に付与することで、私の動きを見切っているのですわね!」


 ルングによく似た茶色の目。

 透き通った聖女騎士の美しい瞳は今、光属性魔術によって物理的(・・・)な輝きを帯びている。


 ……強化魔術とは言うものの――


 どうやら単純に力を――膂力を強めるだけの魔術というわけではないらしい。


 クルテ様は満足そうに頷きながら、揶揄う様に私に微笑む。


「素晴らしい推理ですが、さてどうでしょう?

 魔術を使っているのは……眼球だけではないかもしれませんね」


 そう言うと聖女騎士は、剣を握っていない手でトントンと美しい金髪を叩く。


 ……強化しているのは、眼球()だけではない。


 そんなのは明らかだ。

 明白だ。

 なぜなら彼女の手足もまた、魔術の輝きを宿しているのだから。


 それにも関わらず、わざわざ明言するのはどういうことだろう?


 ……髪?


 言葉と共に触れた美しい金髪に、実は強化魔術を施しているのだろうか?


 そんなことを考えて、小さく首を振る。


 髪を強化したところで、大した意味はない。

 であれば彼女の言葉と仕草が示すのは――


 ……おそらく頭。


 すなわち脳か?


 まさか脳を魔術で強化しているとでも言いたいのだろうか?


 ……あり得ませんわね。


 それはあり得ないはずだ。

 いくらクルテ様といえどもそんな無茶は――

 

 自身の杞憂(・・)を振り払うように、幾度も剣を振るう。

 その全てに刃を合わせられ、鈍い金属音と共に打ち落とされる。


 ……まさか本当に使っているんですの?


 寒気が走る。

 戦慄が私を支配する。


 彼女の度胸も狂気も、この勝負に懸けていることも理解しているつもりだった。

 けれどそれだけ(・・・・)で、ここまで封殺されるとは考え難い。


 刃が重なる度に生まれた疑念は深まり、確信へと近づいていく。


「……だとしたら正気を疑いますわね」


 この聖女騎士は、どれだけ私を驚かせれば気が済むのだろうか。


 ……確かに脳機能が強化できるのであれば――


 1度目の立ち合いで私の実力を見極めるのも、不可能ではないかもしれない。

 クルテ様の常軌を逸した洞察も実現できるのかもしれない。

 私を封殺できるのかもしれない。

 

 ……しかし強化魔術を発動するには、繊細な魔力制御能力が必要なはずだ。


 そう幼馴染(ルング)から聞いたことがある。

 

 それに私は実際見たのだ。

 幼い頃のクー姉――あの天才魔術師ですら、強化魔術を初めて使用した際、転倒したのだ。

 王宮魔術師に師事し、あらゆる魔術師の耳目を集めているあの可憐な魔術師(クー姉)すら失敗したことのある魔術。


 それが強化魔術なのである。


 ……おそらくだが――


 光属性の強化魔術も、属性は違えど難易度に大差ないはず。

 なんなら聖女騎士の扱っている強化魔術の方が難しい可能性すらあり得る。


 ……そんな高難度の魔術を頭に使っているんですの?


 ただ私に勝利する(かつ)為に、発動させ(つかっ)ているのだろうか。

 

 ……だとするなら、尋常の精神ではない。


 明確に普通とはズレている。 


 命を捨てるが如き初動。

 その初動を得る為に、彼女は既に命を懸けていたのだろうか。


 ……私と戦う為に、どれだけの代償を払っているのだ。


 聖女騎士の異常性に身を震わせていると――彼女の刃が防御の役割を遂に超える(・・・)


 守りの為の剣が、標的(・・)を求め始める。


 ヒュッ――


 私が移動しようとした先。

 私の進路上に、刃が置かれる(・・・・・・)


「くっ!」


 顔面に迫る刃を、強引に身を屈めることで躱す。


 ……危なかった。


 私の行動を先読みした――言うなれば私の未来に置かれた攻撃。

 少しでも気を抜けば、一気呵成にやられてしまうだろう。


「はっ、はっ、はっ……」


 斬り結ぶ金属音の中に私の吐息が混ざる。


 ……厄介ですわね。


 クルテ様は決して大きな1撃を狙ってこない。

 私を読み切っているはずの彼女はしかし、決して油断していない。

 無茶な魔術を扱っているのに、立ち回りそのものは手堅いのだ。


 故に一発逆転を狙う事すらできない。


 聖女騎士の1手に対処する度に私の状況は徐々に悪くなる。

 剣は遅れ、体勢は崩れ、小さな傷が増えていく。


 心臓は早鐘の様に私の胸を叩き、呼吸が更に浅くなる。


 均衡は崩れ始め、じわじわと追い詰められていく。

 聖女騎士の剣によって、世界が蝕まれていく。


 ……ああ――怖い。


 足場の崩れる音が聞こえる気がする。

 

「集中してください。でないと怪我では済みませんよ?」


「くっ!」


 最早話す余裕はない。

 聖女騎士の剣に対し、私は無様に転がる。


 ……怖い。


 砂を食み、ドレスも鎧も土で汚し、逃げ回ることしかできない。

 聖女騎士はそれでも尚私を追い立て、苛烈な攻めの手を止めない。


 ……怖い。


 けれど――何が怖い?


 クルテ様の刃に傷付くことか?

 彼女に敗北する事か?


 ……違う。


 自問を切って捨てる。

 身体が傷付くことなんて、日常茶飯事だ。

 敗北など、いくらでも味わってきた。


 では――何が怖い?


 彼女の狂気か?

 勝利への執念か?

 

 近い様で遠い気もする。

 当たりの様でありながら、どこか齟齬がある様な。

 妙な引っ掛かりが自身の中に生まれる。


「がっ!」


 不完全な体勢でクルテ様の剣を受ける。

 膂力では勝っている。

 しかし発揮できる土壌を整えていないのであれば、それも無意味だ。


 受けた剣と共に、私は弾き飛ばされる。

 そんな私を、聖女騎士は魔術で強化した脚で追跡する。


 ……やっぱり似てますわね。


 顔貌も。

 無表情な所も。

 容赦のない所も。

 魔術に傾倒している所も。


 やはりクルテ様は幼馴染(ルング)にそっくりだ。

 

 ……ああ、そうか。


 完膚なきまでに圧倒される中で、ようやく気付きを得る。

 

 私が怖れているのは彼女に敗北する事でも、彼女の執念でもない。


 ……嫌なのだ。


 単純に嫌なのだ。


 クルテ様に。

 聖教国初の聖女騎士に。

 ルングによく似た彼女(・・・・・・・・・・)()置いて行かれる(・・・・・・・)ことが怖いのだ。


 先に進まれることが怖いのだ。


 ……それはまるで幼馴染(あのバカ)に置き去りにされてるようで。


 それが嫌で、悲しくて、怖いのだ。


 ……我ながらバカみたいな理由ですわね。


 自分がこんなにも繊細だなんて、思ってもみなかった。


「ふふっ!」


 追い詰められた状況にも関わらず、ふと笑みがこぼれる。


「? 何か面白い事でも?」


 クルテ様はそれを不審に思った様だ。

 聖女騎士は追跡を止め、私から距離を取る。


 ルングそっくりの――光属性魔術によってルング以上に輝いている目を丸め、彼女は首を傾げる。


 神業を披露していた彼女の無表情が、私の笑み1つで崩れたことが妙におかしくて。

 更に愉快な心持ちになっていく。


 ……ひょっとするとルングも。


 クルテ様みたいに強化魔術を使っていたのだろうか?

 数々の悪巧みは強化魔術の賜物だったのだろうか?


 剣以上に体に馴染んでいる銅貨のネックレスが、応えるように軽く揺れる。


「いえ……なんでも。

 ちょっと幼馴染の事を思い出して、笑ってしまいましたの」


「……ルング君の顔が面白かったりするんですか?」


「そういうわけでは――」


 いや、面白いのだろうか?


 あの仏頂面の下でみょうちきりんな謀をしている幼馴染は確かに面白い。

 奴を見ていると、真剣に考え過ぎるのがバカバカしく思えるのだ。


 聖女騎士は気を取り直すかのように剣を軽く1度振ると――


 トッ!


 再びこちらの懐へと飛び込んでくる。


 私の動きを読み切った斬撃。

 雨あられの様に降り注ぐそれを前に――私の心は不思議と軽やかになっていた。


 ……ああ、バカらしい。


 未だ恐怖はある。

 しかし私はそれを、爽やかに笑い飛ばす。


 クルテ様に――ルングに置いて行かれるのが怖いのなら、私が走れば良いだけだ。

 形振り構わず、遮二無二駆ければ良いのだ。

 力を尽くすだけで良かったのだ。


 クルテ様の剣を切り払う。

 打ち落とす

 躱す。


 それでも彼女の剣は対処しきれない。


 故に私は――処理できない斬撃を、手甲(ガントレット)脛当て鎧(グリーブ)で弾く。


 ……利用できるモノは全て使う。


 剣を剣で受けるなんてそんな常識はかなぐり捨てろ。

 彼女に追いつくために――勝つために。


 私の全てを以て立ち向かえ!


 手足に衝撃が走る。

 鎧の部位で受けた故に見えないが、きっと痣だらけになっているはずだ。


 けれど――


 ……それだけで済んで、良かったですの。 


 もしクルテ様がもっと騎士としての――剣士としての訓練を積んでいたのなら。

 彼女の洞察力に剣の技量が追いついていたのなら、私の手足は鎧ごと切断されていた可能性もあったのだから。


「ふっ、ふっ、ふっ」


 クルテ様の剣が迫る度に、私の感覚が研がれていく。


 歓声も。

 土の匂いも。

 太陽の温もりも。


 私の中から消えていく。


 クルテ様の剣が私を研磨する。


 魔物相手に苦戦することは、いつの頃からか無くなってしまった。

 訓練での緊張は失われてしまった。


 それ故に。

 実戦と訓練の隔絶した差異が、私の感覚を磨き上げる。


 団長との――騎士団での訓練。

 昨年のトーナメント。

 フリッドとの衝突。  

 お父様との立ち合い。

 クー姉との組手。


 そして――初めてルングと魔物を倒したあの日。


 私の内にある全てが、私を呼び起こす。

 聖女騎士の――敵の剣が私を導く。


 ここにはもう――私とクルテ様、たった2人しかいない。

 ――追い詰められた騎士は、新たな扉を開く。

 人知を超えた聖女騎士に対抗するために、騎士リッチェンは集中力を高めたようです。

 さて、リッチェンは聖女騎士を倒すことができるのでしょうか。

 次回以降の話をお楽しみに!


 ※現在、新作構想中です。

 書き溜めたら投稿していく予定なので、そちらもお楽しみにして頂けると幸いです!


 本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!


 今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。

 ではまた次のお話でお会いしましょう。 

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