13 異常な速さ
現在、番外編を更新中です。
次回は7月6日(日)に投稿予定です。
投稿時間はいつも通り午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
「何なんですの、今の速さは⁉」
「さて何でしょうね」
十字に交わる2振りの剣を隔てて、聖女騎士は器用に口元だけで笑う。
……防御が速い。
全力で降り下ろした剣があっさり止められたこと――ではなく。
その守りの完成の速さに衝撃を受ける。
……私の攻撃にクルテ様の初動は完全に遅れていたはずだ。
私の斬撃は彼女を捉え、斬り伏せるはずだったのだ。
しかし彼女は魔術の詠唱句を口ずさんだかと思うと、受けを間に合わせてしまった。
チラリ
彼女の剣――それを握る輝く腕に目を遣る。
……おそらくあの輝きは光属性魔術。
彼女の剣速の上昇を考慮すると、強化魔術の可能性が高いが――
……厄介ですわね。
警戒心を深める。
単なる強化魔術と断ずるには情報が足りない。
魔術という分野そのものが、私にとっては門外漢なのだ。
慎重に動いても損はないだろう。
……ここは一旦立て直しますの。
ギシリ
剣に力を込める。
そのまま力尽くで振り抜き、聖女騎士を後退させようとして――
くっとクルテ様の手首が軽く捻られる。
柔らかく小さい動き。
それに追従して聖女騎士の剣もまた、ほんの少しだけその角度を変える。
シャッ
たったそれだけの変化で、私の剣が彼女の刃の上を滑り始める。
擦れた刃は火花を散らし、焦げの香りが鼻を突く。
……マズいですわね。
剣をいなされるのはともかく、体勢が崩れるのは避けたい。
どうにか踏み止まりつつ、距離を取ろうとするが――
「逃がしませんよ」
「なっ⁉」
聖女騎士は離れない。
まるで私の移動先が見えているかのようだ。
……また速いですわね!
よくよく見ると、クルテ様の腕部のみならず脚部もまた輝いている。
……光を宿した部位が強化される魔術。
彼女の発動している魔術は、やはりそういう特性を持っているのだろう。
急激な速度変化への驚愕は最小限に、牽制も兼ねて剣を振るう。
しかしそれは――
ガギンッ!
止められる。
ガギンッ!
遮られる。
ガギンッ!
防がれる。
……一体どうなってますの⁉
速度への驚愕がそのまま困惑へと変わり、剣を振るう度に私を蝕んでいく。
いや、違うのだ。
私の剣が止められること自体は、大した問題ではない。
……まあ、気に食わないものは気に食わないのだが。
「私の剣が防御されるのはあり得ない」なんて自信を持つには、私自身に不足が多過ぎる。
故に剣を受けられる事実は、すんなり呑み込める。
特に敵との実力が近付く程。
拮抗すればする程、当然ながら刃が躱され、止められる割合は増えていく。
……やはり気に食わないが。
納得はいかないが――それは必然だ。
自然の摂理と言って良い。
だからクルテ様が私の剣を捌くこと、それ自体に問題は――違和感は――困惑はない。
戸惑っているのは――
「この急激な速度上昇の理由は何なんですの⁉」
先程とは比較にならない彼女のある速さにあった。
聖女騎士はそんな私に張り付きつつ――私の剣を処理しつつ、問いに答える。
「私が速くなったことに驚く必要はありませんよ、リッチェン様。
言ったでしょう? 段階変化ですと。
光属性魔術『光は煌々と輝く』――いわゆる身体強化魔術ですね。
人体の機能を――」
分かり切った事を淡々と告げるクルテ様を遮り、剣を叩きつける。
「違います!
私が聞きたいのは、そこじゃありませんの!」
斬撃を顔色一つ変えずに止める腕力変化。
私に余裕を以て追いつく脚力変化。
どちらにも彼女の纏う光が――魔術が関わっていることは、百も承知だ。
故に私が言及したい速さはそこではなく――
「私の聞きたいのは魔術ではなく――貴女の初動の速さですわ! クルテ様!」
戦闘は話し合いに似ている。
諸説あるだろうが、私は長年の経験からそう感じていた。
話を聞いて応える。
こちらが話して相手が応じる。
それは丸っきり戦いと同じだ。
敵の動きに対応するか。
私の動きに敵が反応するか。
能動と受動の不規則な連続――その積み重ね。
それこそが話し合いであり、戦い――剣を重ねることなのだと思っていた。
実際に前回のクルテ様との立ち合いもそうだし、ほんの数瞬前までの彼女とのやり取りもまた例に漏れずそうだった。
しかし今――聖女騎士の剣は、これまでのそれと明確に異なっていた。
変貌していた。
ギンッ!
私が再度振るった剣をクルテ様は受ける。
彼女の迷いのない剣筋が。
鈍い金属音が。
柄から伝わる異様な手応えが、今の彼女の異常さを訴えかけてくる。
「クルテ様、貴女……未来でも視えてるんですの?」
能動か受動か。
攻撃か防御か。
そんな私の常識――私の斬り合いの理外に、この聖女騎士は踏み込んでいる。
……適切な表現をするのは難しい。
しかし敢えて言葉にするのであれば――そう。
私が攻撃の意志を示す前に、既にクルテ様は防御態勢を取り始めている。
私の能動が始まる寸前、彼女の受動が始まっている。
まるで未来を知っているかのように。
筋書きでもあるかのように。
私の剣が自然と彼女の防御に飛び込んでいく。
そんな感覚に私は陥っていた。
「未来は視えませんよ。
しかしこうでもしないと、リッチェン様の剣は止められませんから」
競り合うクルテ様に表情の変化はない。
その事実がザラリと私の心を撫でる。
……正気ですの?
聖女騎士の為している――成している事は、はっきり言って異質だ。
前代未聞だ。
能動には――攻撃には意志が宿る。
敵を倒そうとする意志。
敵を斬ろうという意志。
それを原動力として有効な斬撃を思考が選択し、身体がそれを実現させる。
受動――防御する側は攻撃に適した対応が求められる。
極端に言ってしまえば、能動ありきの受動――攻撃ありきの防御が戦いの常のはずなのだ。
けれど――この聖女騎士は違う。
私の攻撃の意志が発される前に、彼女は既に適切な防御体勢を取り始めている。
先手を取って守っているのだ。
……まるで私がどう動くのか分かっていたかのように。
だから彼女に尋ねたのだ。
「未来が視えているのか?」と。
どうやらその予想は違っていたらしいが――
……それはそれで――というよりむしろ。
そっちの方がどうかしている。
冷たい汗が頬を伝う。
クルテ様が未来を視ていたのならまだ良かった。
未来を――私の攻撃を事前に知っているだけなら、どれだけ安心したことだろう。
胸を撫で下ろしただろう。
知らずにこんな所業をしているというのなら、そちらの方が恐ろしい。
攻撃よりも先に防御を行う。
それは無灯の夜闇の中を駆けるにも等しい所業だ。
「私に勝つ為に、命を捨てる気ですの⁉
クルテ様の想定が――読みが外れれば、死んでしまいますのよ?」
「その問いに意味はありませんよ。
外さなければ良いだけですから」
私の苦言も少女の表情を崩すには至らない。
既に彼女は――クルテ様は、覚悟を決めているのだろう。
聖女騎士が成している防御の先出しは諸刃の剣だ。
成功すれば敵を封殺することができるだろう。
しかしその裏には、それ相応の危険性が身を潜めている。
防御の先出しなど、通常はただの当てずっぽうに過ぎない。
無数の選択肢が放たれる前に、自身の手札を晒す愚。
後出しジャンケンならぬ先出しジャンケン。
攻撃の予想が外れてしまえば、敵に1撃で倒されても不思議ではない。
……否。
倒されるだけで済むのならまだマシだ。
無防備な状態で敵の攻撃を受けるなど、下手すれば命に関わる。
つまりクルテ様は――私に勝利するために、わざわざ命を懸けているのだ。
そこまで考えて、剣の扱い方を変える。
1撃の速度を追求した太刀筋から、曲線的な太刀筋へ。
糸を引く様な直線的な剣から、柔軟性を含んだ丸みを帯びた剣へと変化させる。
「これならどうですの!」
囮も交えて剣を放つ。
頭を狙うと見せかけた袈裟切りの1撃。
これにクルテ様が引っかかれば、私の勝利が確定する1撃だ。
しかし――
ガキッ!
聖女騎士の剣はそれを読み、私の袈裟切りを見事に止める。
「どうして止められますの⁉」
間違いなく恐怖心はあるはずだ。
自身の命を奪いかねない1撃に対して、恐れの無い方がおかしい。
けれど彼女はそんなものを感じさせず、あっさりと私の剣戟を止めてみせる。
「どうして止められるとは、また奇妙な質問をされますね?
だって先日、私に見せてくれたではありませんか」
滔々と語る聖女騎士を前に、戦慄が走る。
……まさか!
「あの1度の立ち合いだけで、私の実力を見極めましたの⁉」
たった1度の。
それも短時間訓練を共にしただけで、クルテ様は私を見切ったとでもいうのだろうか?
……有り得ない。
しかし彼女がこうして私の剣に対峙している以上、認めざるを得ない。
彼女の防御を実現させるには、2つの障害がある。
1つは私の挙動の完全なる把握。
私の行動を理解し、思考過程を掌握し、周囲の環境情報を認識すること。
1つはクルテ様自身の恐怖の克服。
自身の予測を絶対のものとして、恐れず、躊躇わず行動に移せること。
そんな2つの巨大な壁を乗り越え、この聖女騎士は今、私に対抗してみせているのだ。
……狂ってますわね。
狂気だ。
狂気の沙汰だ。
自身の洞察力に絶対の自信があるのか。
勝利への渇望か。
どちらにせよ、彼女はその綱渡りを成功させ、私の脅威として目の前に存在している。
……まずい。
クルテ様に呑まれかけている。
彼女の能力に、気迫に、狂気に。
彼女の神技に、自身が揺らぎ始めていることを自覚する。
……一旦、退避ですわね!
とりあえず場を仕切りなおそう。
そんな甘えた思考の元、脚に力を入れ背後へと飛び退こうとした刹那――
「読めるのは――攻撃だけとは限りませんよ」
トッ――
「なっ⁉」
土を蹴る軽やかな足音と共に、真っ白なローブが翻る。
聖女騎士クルテ様は、私の後退に合わせて宙を駆けたのだ。
――最初の段階を超えて待っていたのは、自身の身を省みない狂気の戦法だったのでした。
未来予知にも似た洞察力と光属性強化魔術を、騎士リッチェンは破ることができるのでしょうか?
次回以降のお話をお楽しみに!
※現在、新作構想中です。
書き溜めたら投稿していく予定なので、そちらもお楽しみにして頂けると幸いです!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう。