12 戦いは始まった
現在、番外編を更新中です。
次回は6月29日(日)に投稿予定です。
投稿時間はいつも通り午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
「では、前回のおさらいですね」
実況と興奮の嵐の中に、悠然とした声が差し込まれる。
同時に――
トッ!
跳躍。
戦闘中とは思えない軽やかな――まるで友人と遊ぶ子どものような足取りで、聖女騎士は駆けだす。
風に流れる金髪と白のローブ。
その疾走に力感はない。
しかし――速い。
その速力を維持したまま、彼女は私の懐に踏み入る。
踏み込みと同時に落としていた腰が弾かれるように回転する。
手甲を纏った両腕はそれに引かれる様に柔らかくしなり、刃がその後を付いてくる。
……横薙ぎですわね。
丁度私の左わき腹から右わき腹へと抜ける、胴を狙った1撃。
遊びも何もない、効率的に敵を斬る為の剣。
真っ直ぐに勝利を狙う剣は、見ていてどこか心地良い。
そんな聖女騎士の振るう刃の周囲が、ふわりと靡く金髪によって彩られる。
……綺麗だ。
もし初見であったなら――見惚れて動けなかったかもしれない。
ギイン!
私はクルテ様の剣を、相応の力を以て受け止める。
「……素晴らしい」
「もう種は割れてますのよ!」
ガギンッ!
競り合う少女に告げて、腕力に任せて少女を弾き飛ばす。
「クルテ様の剣――光属性魔術を使っているんですのね?」
音もなく着地したクルテ様は、私の問いに静かに答える。
「分かりましたか……さすがですね」
不思議な人だ。
自身の剣の秘密に言及されているというのに、少女の顔に浮かんでいる表情は焦りでも驚愕でもない。
「おおっと!
無表情だったクルテ様の顔に、愛らしい笑顔が浮かんでいるぞおぉぉぉぉ!」
笑顔。
可憐ながら凄みの混じった――しかし心底嬉しそうな笑顔を、目前の聖女騎士は浮かべていた。
……無表情以外の表情を見たいとは思っていましたが。
こんなにあっさり見られるとは思ってもみませんでしたわね。
聖女騎士は笑顔に釘付けになっている私に向けて再度踏み込み、振りかぶる。
繰り出された剣の軌道は唐竹割り――私の頭部を捉える振り下ろしの斬撃だ。
力強い剣の軌道に、私の剣を割り込ませる形で途絶させる。
「では具体的に説明していただきましょうか? 私の剣の秘密を」
言葉を交わしつつも、クルテ様はその動きを止めない。
彼女の剣は手を変え品を変え、私の八方から次々と飛来する。
「ええ! いいですわ!」
……しかしもう戸惑いはない。
躊躇いはない。
初撃を受けられた段階で、導き出した答えが正しいと私は確信していた。
迫る彼女の斬撃を一息に打ち落とす。
予測通りの威力。
想定通りの剣戟だ。
「光属性魔術で自身の身体の見せ方を変えているのでしょう?
魔術によって実際の貴女とは異なる挙動を見せている。
その結果、受け手の想定した威力とのズレが生じているのですわね!」
騎士は漫然と敵の剣を受けているわけではない。
敵の踏み込みや全身の挙動、剣速等からその衝撃を予測し、敵の斬撃を受けているのだ。
しかし彼女の魔術は、その予測を狂わせる。
ほんの少しだけ踏み込みの強弱を錯覚させ。
腰の捻りや腕の振りの剛柔を勘違いさせ。
剣速を誤認させる。
違和感を減らす為に、魔術の使用は要所に限っているのだろう。
けれどその微弱な狂いの積み重ねが、彼女の剣を必殺の技へと昇華している。
……ルングに感謝しなければなりませんわね。
「光属性魔術は視覚情報に作用する」というルングの話を聞いていなければ、この結論に辿り着くことはできなかっただろう。
彼女の隠形もおそらく、その応用――或いは基礎かもしれないが――だ。
体術としての隠形に光属性魔術を作用させることで、気配どころか存在そのものを認識しにくくする。
そんな魔術と体術の融合した新たな技術として、彼女の隠形は完成されているのだ。
……道理で私が再現しようにもできないはずですの。
「どうですの!」
私はクルテ様に結論と剣を叩きつける。
狙いは細く白い首筋。
決まれば必倒の1撃だが――
「正解です」
クルテ様は至近距離にも関わらず、それをあっさり捌く。
その顔にはあるのはやはり笑み。
汗1つかいていない、柔らかな笑みだ。
彼女は剣を弾いた姿勢からくるりと手首を返すと、仕返すかの様に私の首元に剣を伸ばす。
「させませんわ!」
私はそれをどうにか剣で止め、何度目になるかわからない鍔迫り合いへと持ち込む。
「……しかし不思議ですね。
私の剣の秘密――魔術の仕組みを見抜いても……いえ、見抜ける程の達人であればある程、私の魔術から逃れることはできないはずなんですが。
どうやって見抜いているんですか?」
クルテ様の見立ては正しい。
彼女のこの戦法は、熟練者相手の方が効果的なのだ。
人、魔物問わず対峙する回数――実戦回数が多い者程、敵から得た情報を活用する傾向が強い。
視線から狙いを、構えから攻撃の軌道を、踏み込みや挙動から威力を。
戦場で複雑に絡み合う無数の視覚情報を、歴戦の勇士程直感的に処理し、自身の優勢を手繰り寄せる為に立ち回る。
経験はその直感をさらに磨き上げ、予測の精度を上げていく。
聖女騎士の魔術はその予測を狂わせる。
相対する敵に誤情報を提供することで、導き出される結果を狂わせているのだ。
……この魔術が厄介なのは――
魔術の存在が見抜かれても問題ない点にある。
クルテ様から得られる視覚情報が正しいのか否か。
仮に違っていたとして、斬撃はどの程度の威力なのか。
彼女の魔術を看破した途端に生じる疑念。
刹那を争う戦闘中、そんな思考を強いられている段階で、既に劣勢なのである。
……考えれば考える程、極悪な魔術ですわね。
当のクルテ様は彼女を睨みつけて動かない私を見て、不思議そうに首を傾げる。
無垢にして純粋な好奇心が、その茶色の瞳を爛々と輝かせている。
……ああもう、可愛いですわね!
腹黒い魔術が嘘のような愛らしさに心奪われそうになりながら、私は少女の刃を弾く。
「別に難しい事はしていませんの!
単に五感を駆使しているだけですわ!」
端的で感覚的。
私自身でも呆れるほど大雑把な回答だったにも関わらず、聡明な聖女騎士はその意味を瞬時に看破したらしい。
「……なるほど、そういうことですか。
私から得た視覚情報を他の感覚――聴覚・嗅覚・触覚等で精査しているというわけですね。
素晴らしい」
少女の魔術によって、確かに視覚情報は乱されている。
しかし彼女に実体があることは変わりない。
あくまでこの魔術は、目に映る彼女の姿をほんの少し偽る魔術に過ぎない。
……つまり――
彼女から得られる他の情報に誤りはないのだ。
踏み込みの音。
鎧や剣に含まれた鉄の匂い。
彼女の動作で生じる風の肌触り。
敵から得られる情報は、視覚だけではない。
クルテ様から発信される視覚以外の情報を利用することで、彼女の斬撃の威力を測定し、迎撃する。
それが私の編み出した聖女騎士対策だ。
「褒めて頂き、光栄の極みですわ!
でもそんな悠長なこと言ってて大丈夫ですの?」
言いつつ、腰を落とす。
……クルテ様と先だって立ち合っていて幸運でしたわね。
聖女騎士に気付かれない様に、胸を撫で下ろす。
もし彼女の剣の正体を暴けていなければ、私は為す術もなく敗れていたはずだ。
立ち合い。
隠形の模倣。
そしてルングの光属性魔術についての蘊蓄。
全てが揃ったことで、どうにか私はクルテ様に対抗できている。
ルングが帰ってきたら、何か奢ってあげよう。
あの幼馴染は無料であれば何でも好きだから。
「ルングに手放しで感謝する」という珍しい気持ちを胸に、脚に力を貯め――
ドンッ!
聖女騎士の間合いに踏み込む。
告げる。
「その戦法はもう通用しませんの!」
言葉数少なに、全力で剣を振るう。
……動かない?
危機的状況にあるのは理解しているはずなのに、聖女騎士の動きが見られない。
魔術を看破されたことが、そんなに衝撃的だったのだろうか?
疑問が過るも手は止めない。
狙いは頭部。
躊躇いのない1撃を振り下ろさんとした刹那――
「『光は煌々と輝く』」
聖女の魔術が起動する。
しかし私には関係ない。
ここで仕留めてしまえば、どんな魔術が発動しようが私の勝利だ。
強引に剣を落とす。
だが――
カキンッ!
「なっ⁉」
捉えたと確信した私の剣は、聖女騎士の輝く腕が振るった剣によって、あっさり止められる。
「なんて速度ですの⁉」
……動きが速くなった⁉
いや、それとは何かが――
「段階変化です。
この程度は朝飯前……驚くにはまだ早いですよ?
本番はこれからですから」
聖女騎士は呟き、大きく剣を振るうと――再び嬉しそうに微笑んだ。
――かくして大将戦は始まり、聖女騎士は微笑む。
無事聖女騎士の剣を見極めたリッチェンでしたが、それだけでは終わらないようです。
この戦いはどうなるのでしょうか!
次回以降もお楽しみに!
※現在、新作構想中です。
書き溜めたら投稿していく予定なので、そちらもお楽しみにして頂けると幸いです!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう。