9 友人騎士の勝敗
現在、番外編を更新中です。
次回は6月7日(土)に投稿予定です。
投稿時間はいつも通り午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
私が聖女騎士クルテ様と手合わせをして早2日。
残念ながらあの日以降、彼女と顔を合わせる機会はなかった。
……もう少し時間か機会が欲しかったですわね。
そんなことを考えながら剣と鎧の状態を確認していると、ドアが開く。
ガチャリ――
そこに立っていたのは1人の騎士だ。
あごの辺りまで切り揃えられた青髪。
いつもは勝気に輝く吊り目が、今は疲労からかすっかり濁っている。
ガシャ――ガシャ――バタン!
硬い金属音を響かせて、騎士――フリッドは2歩程進み、扉を閉める。
「くっそ! 負けた……負けた!」
フリッドは手甲を拳の形にして、鍛えられた太腿を叩く。
痛々しい音が控室の中に響いた。
……耐えていたんですのね。
少女の――友人の雄姿は途中まで見ていた。
百戦錬磨の聖騎士であるゾーガ様相手に幾度も斬り結び、食いついていた様に思う。
けれどフリッドの様子や言葉から察するに、彼女は敗北した様だ。
「ちくしょう……次は――」
「良い戦いでしたわね」
「うわあぁぁぁぁ⁉」
ビクリとフリッドの身体が跳ね上がる。
どうやら負けた悔しさのあまり、私がいることに気が付かなかったらしい。
「大袈裟ですし、不覚ですわよ?
アーバイツ側の控室なんですから、次に対戦予定のある私がいるのは必然ですの」
「大袈裟じゃないし不覚でもないわ! 無駄に気配を消してさあ!
……アンタ、いつからいたのよ⁉」
目を白黒させる少女からは、既に先程までの煮え滾る悔しさはすっかり失せている。
いや、消えたわけではないはずだ。
単に見えない様に、隠しただけだ。
「貴女がここに来て、死ぬほど悔しがった所は見てましたわね。
クルテ様の隠形を真似してみたんですけど、大成功で良かったですの」
「何が大成功だ! 全部見てるじゃないか!
居るなら居るって、私が入ってきた段階で言えよ!」
そう言いつつ、フリッドはきまりが悪そうにそっぽを向く。
自身が理不尽なことを言っているのだと、自覚があるのだろう。
「仕方ないでしょう?
いきなり入って来たと思ったら、急に悔しがるんですもの。
私にどうしろと言いますの?」
「ぐっ、こんな時に限って正論を……。
いつもは只の脳筋のくせに」
憎々しげに、フリッドは私の座る長椅子の端に座る。
……失礼ですわね。
その言い草だと、私がまるで考えなしみたいではないか。
大体――そもそもの話として。
いつだって理屈がないわけではない。
私はちゃんと自分の考えを持って生きているつもりだ。
……ただ。
ただ、理屈を説明しないだけなのだ。
というか、説明する時間があるのなら行動しておきたい。
でないと思いつくままに行動する幼馴染たちに置いてきぼりにされてしまうのだから。
置いてかれるぐらいなら、先手を取って行動した方が良いというのが私の信条であり心情なのだ。
「……ねえ」
悔しそうに私を睨みつけていた友人は、不意に眉間のしわを解く。
「アタシの戦い、どうだった?
途中までは見てたんでしょ?」
「……勿論ですわ。
先程も言いましたが、改めて良い戦いだったと思いますの」
……本当に、良い戦いでしたの。
フリッドの副将戦は、見ているこちらもワクワクする素晴らしい試合だった。
彼女と聖騎士ゾーガ様との戦いは、熾烈を極めた。
2振りの剣が闘技場中を力強く走り回り、時に熱い火花を上げる。
実力はほぼ拮抗。
その中で有利不利の天秤が、瞬く間に動き続ける接戦は、観客たちを大いに賑わせていた。
……引き分けの可能性もあると、私は予想していましたが。
敗北したとなると、勝敗を分けたのは間違いなく経験の差によるものだろう。
実戦経験の差。
学生騎士と現役騎士の差と言っても良いかもしれない。
「私が見る限り、剣の腕は対等に見えましたわね。
時間切れで勝負無しかと思いましたが……ゾーガ様に最後の勝負をかけられて惜しくも敗戦って感じでしょうか?
剣技も度胸も立ち回りも良かったですが、スタミナとペース配分に差が出たのですわね。
審判の団長は、間違いなくフリッドに走り込みをさせようと思ったのでは?」
「おい、見てなかったくせに的確にアタシの敗因を分析するな!
そして当然の様に反省を促すな!
もっと慰めなさいよ!
甘えさせなさいよ!
そしてさらっと恐ろしい事を言わないでよ!
ただでさえ団長の訓練きついのに!」
嫌そうにフリッドはその吊り目を細め、溜息を1つつくとすぐにその表情を解く。
「……アンタなら、今のゾーガ様に勝てた?」
激戦後の騎士の言葉に、先程まで振るわれていた聖騎士の剣戟を思い出す。
踏み込みの速さ、思い切りの良さ、威力、速力、立ち回り。
昨年よりも全てにおいて成長した聖騎士は、どこを取っても一流といって差し支えない。
……それでも――
「ええ。私なら勝てましたわね」
断言する私にフリッドは目を大きく見開いたかと思うと、呆れたように笑いだす。
「はっ! 簡単に言ってくれるよ! ムカつく奴!」
「貴女の質問に素直に答えただけですのに、その言い草は酷いですの」
ニコニコ微笑むと、友人は途端に顔色を変える。
「おい、その笑みは止めな。
怖い怖い怖い。2度と人前でしない方が良い」
……失礼な。
そう思いはするものの、友人の言葉に従って天使の微笑みを止める。
「それじゃあ……今から戦う聖女騎士様相手はどうなのさ?
手合わせして、向こうさんの腕前は分かってるんだろ?」
「さて、それはやってみないと分かりませんわ」
私の言葉に、今度こそ少女は絶句する。
聖女騎士――クルテ様と接したのは2度。
剣を交えたのは1度のみ。
その1度では彼女の実力が測り切れなかったという話なのだが、フリッドにとってはそれが衝撃的だったらしい。
「……なんて顔してますの?」
「いや、こんな顔にもなるって!
……アンタがそんなこと言うのなんて珍しい……ってか初めてじゃないか?」
彼女の底は見えず、その無表情を揺るがすことすら叶わなかったのだから、この結論も当然だと思うのだが。
「でも私、割と負けてますわよ?」
……お父様とかクー姉とかルングとか。
それこそ騎士団長相手だと、未だに負け越している。
「そうじゃなくて。
『分からない』って結論が珍しいって話だよ。
いつもなんとなくで、相手の力量を読み取ってるだろ?
団長相手でも初見で『微妙に負けそうですの』って言ってたじゃん。
野生の勘ってやつで」
……ああ、なるほど。
言われてみれば、確かにそうかもしれない。
初見の相手といえども、ある程度見ていればその実力は測れるし、自分との距離がどの程度開いているかも読める。
「それにしても、野生の勘って言い方はもうちょっとどうにかなりませんの?
私、ドレスですし。
乙女の直感とかそんな感じの可愛らしい表現をして頂きたいですの」
「いや根拠が服装しかないあたり、無理だろ。
アンタを乙女って呼んだら、アタシは知り合いのご令嬢たちに頭を下げなきゃいけなくなる」
そう言うと少女は豪快に後頭部をかきつつ、私にようやく真っ直ぐな視線を向ける。
「まあ……いいわ。
アンタも精々頑張りなよ。
相手の実力は分かんないかもしれないけど……負けんなよ」
友人はそう言うと、ふいっと照れ隠しをするかのように、再び視線を逸らした。
……今でも彼女の中では――
敗北の悔しさが嵐の様に渦巻き、波打っている。
私が控室から出て行けば、きっとまたその感情が顔を出すのだろう。
けれど友人の――私の前では、それを決して見せない。
自身の感情を押し殺して、私を応援する言葉を投げかける。
その姿に。
その心意気に。
気高く美しい騎士の姿を見た。
「……格好良いですわね」
「敗者に対して嫌味かよ、バカ」
……そういう意味ではないのですけど。
素っ気ない、拗ねる様なフリッドの口調に、思わず口元が緩む。
「まさか! 素晴らしい戦いを見せてくれた騎士に嫌味なんて言いませんの。
大体、格好良い人に格好良いと言って、何か問題でもありますの?
照れてますの?
ほらほら! こっちを向いてみなさいな」
「やかましい! うるさい!
アタシは疲れてるんだから、これ以上揶揄うな!
さっさと行ってこい!」
……ほんと素直じゃありませんわね。
しかしこういう所が、この友人の可愛い所なのだ。
「はーい、行ってきますの」
「はいを間延びさせるな」
「はいはい」
「2回言うな!」
私は立ち上がり、フリッドの前を通ってドアノブを回す。
ガチャリ――
「頑張れよ、バカリッチェン!」
「了解ですわ! ツンデレフリッド!」
「おい、誰がツンデ――」
友人の柄の悪い、しかしさっぱりとしたツッコミを背に、私は室外へと足を踏み出した。
会場――闘技場までの短い道中、私は思考を回す。
……聖女騎士クルテ様。
斬撃の威力が読めない騎士。
実力不明の今日の対戦相手。
……そういう点でも、やはり似てますわね。
クルテ様はあの姉弟と酷く似ている。
体術だけ――剣だけの勝負なら、ルングどころかクー姉が相手だろうと私が勝つだろう。
あの2人なら才能はあるかもしれないが、技量を練り上げた時間――剣に費やした時間は私の方が遥かに長いからだ。
しかし魔術も有りで彼らと対峙するとなると――勝つ自信はない。
数年前、ルングと共闘して――罠に嵌めてともいう――ようやくクー姉に勝利したのだ。
自信などあろうはずもないし、どんな戦いになるのか想像することもままならない。
……魔術。
私の及ばない領域にして、彼らの生息地。
それが勝負に介入すると、てんで予想のつかなくなるのが厄介だ。
「クルテ様は元聖女だから……光属性の使い手ですわよね」
聖教国に旅立つ前、ルングが光属性魔術について楽しそうに語っていたのは記憶に新しい。
「光は最速」だの「視覚情報は光があるから成り立つ」だの。
チンプンカンプンな用語を、いつも通りのテンションで捲し立てていた。
私たちの見ているものは、光があるからこそ目で認識できると――
……あれ?
ここで不意にとある事に気が付く。
「もしかして……そういうことですの?」
……分かった――かもしれない。
答えに辿り着けたかもしれない。
……聖女騎士クルテ様の斬撃の謎が――
解けたかもしれない。
――友人騎士は残念ながら敗北し、騎士は何かを掴んだようです。
さて、聖女騎士の斬撃の謎とは何なのでしょうか?
次回以降もお楽しみに!
※現在、新作構想中です。
書き溜めたら投稿していく予定なので、そちらもお楽しみに!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう。