8 不思議な聖女騎士
現在、番外編を更新中です。
次回は5月31日(土)に投稿予定です。
投稿時間はいつも通り午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
「お、おう、帰ったのか、クルテ。
君を訪ねて、騎士リッチェンと魔術師クーグルンさんが来てたんだぞ?
どこ行ってたんだ」
「乙女の秘密です」
「乙女って君なあ……」
言葉は可愛らしいが、告げた少女――クルテ様の顔には冷たさすら感じる無表情が張り付いている。
ゾーガ様は鉄壁のそれを見て、諦めるように首を振った。
「はあ……まあ良いや。
これから騎士リッチェンは俺たちと訓練するんだが、君はどうする?」
ドキリ
ゾーガ様の言葉に、私の胸が高鳴る。
……クルテ様と訓練できるかもしれませんの⁉
以前顔合わせで会った時は実力はおろか、気配すら感じられなかった少女。
現在彼女は目の前にいるが、その存在感はやはり薄い。
おそらく今、彼女から目を離せば――私はたちまち彼女を見失ってしまうだろう。
そんな得体の知れない相手――ワクワクする相手との訓練。
可能なら絶対に体験しておきたい。
クルテ様の茶色の瞳が、ゆっくり私を捉える。
「リッチェン様は、私と手合わせしたいんですか?」
「はいっ! 是非!」
私の即答に、ほんの少しだけクルテ様は目を見開く。
「そこまでしたいと言うのなら……構いませんよ
私にとっても都合が良いので」
「ありがとうございますの!」
……都合?
そんな疑問が一瞬浮かんだがしかし、クルテ様の承諾の嬉しさによって吹き飛んでしまう。
……クルテ様は、どんな剣を見せてくれるのでしょう。
ぐっと腰の剣の柄に触れる。
剣は私たちの訓練を心待ちにしているかのように、その存在を主張し続けていた。
そんな私たちに――
「まあ……クルテが良いなら良いが。
2人共、怪我のない様に程々でお願いしますよ。
時間はそうですね……代表戦本番と同じ様に30分で」
ゾーガ様はどこか苦々しそうな表情で、告げたのであった。
「あの……良かったんですの?」
「? 何のことでしょう?」
ガキンッ!
交差する剣を挟みながら、私の正面でクルテ様が美しい金髪を揺らす。
……か、可愛いですの。
形の良い顎に、ツンと高い鼻。
長いまつげは傾き始めた陽光を浴びて、艶々と輝いている。
こうなると身に纏うローブや鎧も、なんなら現在進行形で交錯している剣すら、可憐な少女を引き立てる為の装飾品に見えてくるから不思議なものだ。
これだけの美貌があれば、きっと聖教国でも人気者だろう。
ひょっとすると今回の代表戦次第では、アーバイツでも人気が出るかもしれない。
……しかしそれ以上に――
シャッ
重なる刃が鋭い音を立てると同時に、私はその場から飛び退く。
大きく退いた事で、少女――クルテ様の全身が視界に収まる。
……やはりそっくりですの。
見れば見る程。
対峙する時間が延びれば延びる程、この少女が幼馴染たちと重なっていく様な、妙な感覚に陥る。
……顔立ちですの?
クルテ様もクー姉も、誰もが振り返りたくなる美貌の持ち主だ。
ルングも(無表情が全てを台無しにしているが)一応、顔貌は整っている。
その「整っている」部分を、勝手に私が共通点として見出しているのだろうか?
……当たっている様な気もするし、そうではない気もしますわね。
結論は定まらないまま、クルテ様からの問いに答える。
「……いえ、クルテ様は用事から帰ったばかりだったでしょう?
それなのにすぐ私と訓練することになって、良かったのかと思いまして」
少女は「ああ」と合点がいった様子で頷きつつ、
トンッ――
気軽な足取りでこちらへと踏み込んでくる。
「問題ありませんよ。
私の用事も大したものではなかったですし。
それに――リッチェンさんの剣技を見られるのなら、安いものです」
「それはまた――良い評価をありがとうございますの!」
……右下からの切り上げですわね。
地を舐める剣戟が、私に迫る。
それを対称的な軌道の剣で迎え打つ。
カキン――
妙な手応えと共に、踏み止まろうとした足に鞭打って距離を取る。
「どうなってますの?」
既にクルテ様――聖女騎士が幼馴染たちと似ていることなど、頭の中から失われていた。
戸惑いを抱えたまま、クルテ様と剣戟を重ねていく。
聖女騎士と交錯する回数が増えれば増える程に、自身の中で新たな謎が膨れ上がっていく。
……何故ですの?
何故、クルテ様の剣――その威力が全く読めないんですの?
「何か魔術でもありますの?」
「さて、どうでしょう」
言葉と同時に振るわれた剣を、自身の感覚に基づいて迎撃する。
しかし――
「くっ!」
想定以上の力で押し込まれる。
……何ですの、これ!
剣戟は大げさに言うならば、全身の連動によって生じる結果に過ぎない。
力任せに振るっても、最速のそれを引き出せるものではない。
足運びや腰の捻りは当然ながら、時には剣の角度や重量すら利用することで、速度や威力が加算されていくのだ。
しかし――
カキン
新たに振るわれた剣閃に、こちらも合わせる。
「ほんっと何ですの⁉」
少女の振るった剣の威力が、今度は想定よりも低すぎて、前方に倒れそうになる。
……予想のつかない剣。
否、違う。
少女の挙動から繰り出される剣戟――その威力はちぐはぐなのだ。
クルテ様が剣を持つ腕を畳み、軽く腰を捻る。
その挙動から繰り出されるのは、私の胴を捉えようとする横薙ぎだろう。
そこまでは完璧に見えている。
そして私の中にある長年の経験は、その威力を意識せずとも導き出し、受け止め得るだけの力を自身の剣に出力する。
けれど――
カキッ
……これだ。
この聖女騎士の繰り出す剣戟は、私の想定から大きくズレる。
その誤差が、剣を受けた後の私の動作を絶妙に阻害するのだ。
……強弱軽重の一切が読めない剣なんて、あるんですのね
私の経験にはない剣
理解から外れた剣だ。
……面白いですの。
もっと――もっと――もっと!
もっと私の知らない剣を見せて欲しい。
対峙して剣を振るうクルテ様は、相も変わらずの無表情だ。
……それが少しだけ。
ほんの少しだけ悔しい。
……絶対、違う表情を引き出して見せますの!
感心でも良い。
悔しがるのでも良い。
偶にルングが見せる程度の表情の変化でいいから、それを彼女に見てみたい。
そんなささやかな願いを胸に、私は聖女騎士の剣戟と向き合う。
……結局私はその時間――
少女の表情を変えることはできなかった。
「クルテ様は、ルングとお会いになりましたの?」
訓練の時間が終わり、帰宅の途につこうとして、ふとクルテ様に尋ねる。
「……ええ」
コクリと無表情のまま頷く少女のその姿に、懐かしき幼馴染の姿が重なる。
……クー姉は残念ながらクルテ様に会えなかったが。
クルテ様は、彼女に似ている――と私は思っている――ルングを見て、何を感じたのだろうか。
「どうでした? やっぱりクルテ様と似てるって思いましたの?」
「似てる……私とルング君がですか?」
少女は武骨な手甲に包まれた手を、形の良い顎に当てる。
「彼と私が似てるとは感じませんでしたね。
会ったと言っても短時間で、交わした言葉も少ないですし……。
普通の子だったと思いますよ?」
淡々と滔々と投下されたクルテ様の言葉に、自身の耳を疑う。
……普通の子?
「クルテ様……今、ルングの事を何と称されましたの?」
意識の外にあった言葉に頭が真っ白になりながら聞き返すと、当然の様な顔で少女は繰り返す。
「はい。ルング君は普通の子だったと言いましたが」
……普通?
普通――ふつう――フツウ?
クルテ様の言葉が脳内を反芻する。
「普通」とは常識があるという意味合いのはずだ。
私がこの世に生を受けて13年。
妙な言葉が流行ることはあっても「普通」という言葉の定義が変化したという話は聞いた事がない。
……しかし。
しかしだ。
残念ながら――痛恨の極みながら、ルングに常識はない。
不在であり欠如しており皆無の状態である。
すなわちルングと「普通」という言葉は、対極に位置すると考えて良いはずなのだ。
助けを求めて、私たちと共に訓練を終えた聖騎士たちへと視線を送る。
しかしゾーガ様を始めとした聖騎士たちは、皆一斉にこちらから視線を逸らす。
……なるほど。
その反応に、私は妙な納得を得る。
クルテ様は、どこかクー姉とルングに似ている。
私のその直感はある意味当たっていて、間違っていたのかもしれない。
外見も似ている部分は確かにある。
しかしそもそも髪色など、大きく異なる部分も多い。
つまり私はクルテ様の外見から、クー姉やルングの要素を感じていたわけではなく――
「ちなみにクルテ様?
少しお聞きしたいですが、よろしいですの?」
「? はい、何でもどうぞ」
ルングを「普通の子」扱いした聖女騎士に、確認の問いを向ける。
「クルテ様は何かお好きなものとかありますの?」
……簡単な話でしたの。
彼女から幼馴染たちを感じるその理由は――
「そうですね……強いて言えば光属性魔術とお金でしょうか」
単に彼女が、幼馴染たちと同じく変人というだけの話だったのだ。
「ああ……そうなんですのね。
教えていただき、ありがとうございますの。では私はこれで――」
ガシリ
不吉な予感に従い足早に去ろうとした私の肩を、鋭い動きでクルテ様は捉える。
……速いですの。
この夢中になると止まらない感じ。
やはりどこかのルングを思い出す。
「お金といえばですが、リッチェン様は貨幣経済についてどう思いますか?
私としてはやはり素晴らしいと思いますね。
田舎では未だ物々交換も少なくないですが、物品――特に食料品の保存には手間も場所も必要です。
それを貨幣を代替品とすることで、物品を『購入する』という概念を生み出した人は間違いなく天才でしょう。
ただ残念なのは未だ金貨や銀貨といった――」
聖女騎士様に囚われた憐れな私は結局――
それから訳の分からない話を小一時間程、聞かされる羽目になったのだった。
――リッチェンの直感は、変人探知機能があるのかもしれません。
さて、遂に聖女騎士と話すことが出来たリッチェンでしたが、結局彼女が姉弟と同類という事が分かっただけなのでした。
次回からはいよいよ代表戦に突入します。
不思議な剣を振るう聖女騎士に、騎士は勝てるのでしょうか。
次回以降もお楽しみに!
※現在、新作構想中です。
書き溜めたら投稿していく予定なので、そちらもお楽しみに!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう。