7 聖騎士たちは騒々しい
現在、番外編を更新中です。
次回は5月25日(日)に投稿予定です。
投稿時間はいつも通り午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
「ふふふ……結構すんなり入れたねえ
それで聖女騎士ちゃんがいるのって、どこだっけ?」
人通りのない廊下に、クー姉の声が響く。
「どうして私たちは、二つ返事で学校に入れてますの?
いつもなら分かりますけど、今は聖教国の方々がいらっしゃってるのに。
……確か、第8訓練場の筈ですけど」
私の呟きは壁を反響し、廊下の隅々まで渡っていく。
普段の喧騒が嘘の様に静まり返った学校は、少々不気味だ。
学校――そう。
私たちは今、聖女騎士と会うために騎士学校へとやって来ていた。
「何事もコネって大事なんだよ、リっちゃん!
首席のリっちゃんもいるしね!
……まあ、私もちょっとびっくりしちゃう位あっさりだったけど!
偉い人との繋がり最高だね!」
「サラリと怖い事言わないで下さいます⁉」
騎士学校は基本的に休日も開放されている。
故に授業が無かろうと、備え付けの訓練施設を利用する為に学校を訪れる学生は多い。
……しかし今日――ここ数日は別だ。
特別といっても良いかもしれない。
代表戦――他国との公式行事の準備に合わせて、学校への立ち入りは禁止されている。
聖教国の騎士――聖騎士たちに、学校を貸し出して代表戦に備えてもらう為だ。
故に魔術学校の学生であるクー姉は勿論、騎士学校の学生である私すら本来入れるはずはないのだが――
「うん? どうしたの、リっちゃん? そんな熱く見つめちゃって」
私に視線を向けられたクー姉は、キョトンと首を傾げる。
……この人、一体どんな繋がりを持ってるんですの?
気になる。
しかしこれ以上踏み込んでは危険だと、長年の経験によって培われた直感が囁いている。
「……いえ、何でもありませんわ。行きましょうか」
結局私は自身の直感に従ってそれ以上言及せず、クー姉を案内することに決めたのであった。
校内を進んで行くと、目的地――第8訓練場で訓練に励んでいる騎士たちが遠目に見えてくる。
「あそこ? あそこだよね?」
「ええ。騎士の格好もしてますし間違いないかと――」
「たあぁぁぁのもおぉぉぉぉう!」
そんな騎士たちに向けて、クー姉は宣戦布告をかましながら、駆け出す。
「いやいや、何言ってくれてますの⁉ 道場破りじゃないんですから!
なんでそんな喧嘩腰ですの? 敵視されたらどうするんですの⁉」
ダッ!
そんなクー姉の背中を追いつつ、私は叫んだ。
「冗談冗談! つい癖で」
「癖ってどうなってますの⁉ まさか他の所でもやってないですわよね⁉」
「獣極国でちょっとね! でも先生も一緒だったよ?」
「もうやらかしてましたわ⁉ しかも他国で⁉」
てへへとクー姉は後頭部に手を当て、照れたように笑う。
……いや、可愛いですけども。
何でも許したくなっちゃう笑顔ですけども。
けれど宣戦布告をぶつけられた聖教国の聖騎士たちが、許してくれるとは限らない。
あっという間に聖騎士たちの目前まで駆け抜けて、私たちは足を止める。
彼らは私たちを視界に捉えながら、何事か話し合っていた。
「おい、この可愛い子たち誰だよ⁉ 知り合いか⁉」
「バカ、1人はリッチェン様でしょう?
去年ゾーガ先輩がボコボコにされてたじゃない」
「おい、この茶髪の人ってまさかクーグルンさんじゃ⁉」
「言われてみれば、ルング君に似てる気も……」
……ふう。
私は胸を撫でおろす。
どうやら幸い、敵視はされなかった様だ。
……代わりに、妙な盛り上がりをしている様な気もするが。
まあ、良いだろう。
クー姉はそんな騒々しい聖騎士たちに向けて、にっこりと眩い笑顔を咲かせる。
「冗談冗談、冗談だよ! 挑戦しに来てないよ!
そんなことより、ゾー君いる?」
クー姉はひらひらと手を振る。
それに対して――
ザワリ
聖騎士たちが先程を遥かに超える騒乱――狂乱に包まれる。
「おい、ゾー君って誰だ?」
「俺の名前……ゾから始まってたっけ?」
「いやアンタなわけないじゃない!
呼ばれたのはアタシよ!」
牽制と制止が飛び交い、殺気がみるみる膨れ上がっていく。
歴戦の聖騎士揃いという事もあって、中々の迫力だ。
……これ、収拾つきますの?
そんな乱闘寸前の聖騎士たちの合間を――
「おい、皆静かにしろ!」
聖騎士団代表のゾーガ様が、かき分けるように出てくる。
彼のピシャリとした言葉に、聖騎士たちは一瞬静まり――
「……ゾー君は、俺でいいですか? クーグルンさん」
その一言を切っ掛けとして、一気に空気が爆発する。
「おい、ゾーガ、てめえいつの間にクーグルンさんとそんな仲になりやがったあぁぁぁぁ!」
「ゾーガあぁぁぁぁてめえを殺して俺も死ぬうぅぅぅぅ!」
「ゾーガ様最低です! ハイリン様がいるのに! 見損ないました!」
「クズ……真面目の皮を被った獣」
「待て待て待て待て、落ち着け!」
騎士たちからの罵詈雑言を、ゾーガ様は慌てて取り成す。
「お前たちだって知ってるだろ?
クーグルンさんは以前ゲルディに来たことあるし、その時に――」
「「「ゾーガ(先輩・君)が、勝手に食って掛かって、ハイリン(様)もまとめてボコボコにされてたなあ!」」」
「こいつら……」
ゾーガ様はギリリと苦虫を嚙み潰し、聖騎士たちを睨みつける。
「そうそう! 私、ゾー君をボコボコにしたんだよ!
楽しかったなあ! もう1回戦う?」
「……お前たち、後で覚えてろよ。
そしてクーグルンさんも、そんな恐ろしい事言わないで下さいよ……」
ゾーガ様は悔しそうにそう言うと、悲しげに肩を落としたのであった。
「ごめんね、ゾー君! 忙しそうな時に!」
「いえ、別に構いません。
今日明日はあくまで自主訓練ですので。
それでクーグルンさん、騎士リッチェン。
何用でこちらに来たのか、教えていただいても?」
やいのやいのと騒ぐ聖騎士たちに訓練に戻るよう命じて、聖騎士ゾーガ様は私たちと向き合う。
普段は実直な立ち姿がくたびれて見えるのは、今のやり取りに疲れたからだろうか。
……姉弟の被害者仲間が増えて、正直少し嬉しい。
ひょっとすると、聖教国に行ってるルングにも彼は振り回されていたのかもしれない。
「そんなの決まってるじゃない! クルちゃんに会いたくて来たの!
それで、クルちゃんはどこにいるの?」
「決まってる? クルちゃん?」
クー姉の言葉を受けて、怪訝そうに眉根を寄せるゾーガ様に私は答える。
「聖女騎士クルテ様ですの」
ゾーガ様はそれを聞いて、一瞬その黒曜石の様な瞳を明後日の方向に向ける。
……何故でしょう?
何気ない挙動のはずだ。
しかしそれが妙に気になった。
……クルテ様を探しているのでしょうか?
金髪の聖騎士は、何人かこの場にいる。
しかし彼女ほど独特の雰囲気を醸し出している聖騎士は、多くないはずだが。
その視線を追うか考えている内に、黒髪の聖騎士はこちらへと黒の瞳を戻す。
「お2人ともすみません。
残念ながら……クルテは今、外していまして」
……えっ⁉
「ええっ⁉ そうなの⁉ どうして?」
「一応、先程まで訓練には参加していたのですが、『用事を思い出した』と急に。
彼女はまあ……少し特別でして。
割と自由の利く立場なんですよ」
「ああ……聖女であり、騎士ですものね。
どこに行ったか分かりませんの?」
私の問いに、ゾーガ様は首を左右に振る。
「残念ながら。
あの子はそういう所がありまして。
俺もよく分からない事が多いんですよ」
「ええっ⁉ ゾー君、責任者なのに知らないの⁉」
「いや、仕方ないでしょ! 知らないものは知らないんですから!
そしてクーグルンさん、それ以上近寄らないで下さい!
聖騎士たちに後で責められるのは俺なんですよ⁉」
……クー姉に詰め寄られるゾーガ様は――
その冷静な面持ちからは想像できない程、情けない悲鳴を上げたのであった。
……結局私たちは許可を貰って数十分ほど待ったが――
クルテ様は来なかった。
「ごめん、リっちゃん!
急にトラ先生から呼ばれちゃったから、私行くね!」
そう言うや否や、クー姉は風の如く飛び去った。
……トラ先生。
クー姉がそう呼ぶのは、魔術学校学長にして長命の魔術師――トラーシュ様だ。
……騎士学校にもあっさり入れますし、どれだけ権力者との繋がりがあるんですの?
恐ろしい人である。
「さて……騎士リッチェンはどうしますか? まだ待ちます?
暇なら、訓練に参加してくれても良いですよ?
当日の練習にもなりますし」
ゾーガ様が置いてきぼりにされた私に尋ねる。
……あらあらまあまあ。
なんと魅力的な提案をしてくれるのだろうか。
自身の心臓が嬉しさで飛び跳ねるのが分かる。
きっとルングがここにいたら「強化魔術が発動してるぞ」と、いつものぶっきらぼうな顔で教えてくれたはずだ。
「ええっと……良いんですの?」
チャキ――
「あの……騎士リッチェン?
確認の言葉と同時に剣を抜くのは、怖いから止めてくれませんか?」
「ああ、すみませんの。つい癖で」
剣を腰に収め、「是非よろしくお願いします」と続けようとしたところで――
「そうですか。ではリッチェン様、頑張ってください」
ドキッ
抑揚のない、可憐な声が差し込まれる。
振り向くとそこには――
「どうかされましたか? そんなに驚いた顔をして」
件の聖女騎士――クルテ様が佇んでいたのであった。
――天才魔術師は去り、入れ替わるかのように聖女騎士は降り立つ。
聖女騎士に会いに来た2人でしたが、残念ながらクーグルンは会えませんでしたね。
ちなみに本編でも多少触れていますが、クーグルンも師匠のレーリンと共に聖教国に行ったことのある設定となっております。
※現在、新作構想中です。
書き溜めたら投稿していく予定なので、そちらもお楽しみに!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう。