13 姉は全てを見ていた。
本日5話投稿予定の5話目です。
話の流れ的に時間を置きたくないので、次回は明日0時以降に投稿予定です。
……何だ今の⁉
世界が姉に呑まれた。
そんな錯覚。
周囲に存在している全てのものが、姉に取り込まれたような――姉のものになったかのような不思議な感覚。
「どうした……ルング?」
「えっ⁉」
驚いて村長へと振り向く。
「どうしたもなにも……そんちょー、いまのをかんじなかったの?」
「今のって何だ⁉」
……全てが凪いだあの瞬間を、村長は感じ取れなかったのか?
この暴風の中、世界が寝静まったかのようなあの一瞬。
時が止まったかのような静寂を。
……落ち着け。
原因は分かっている。
あの現象を起こした大本は分かっているのだ。
分からないのは――あの現象をきっかけに、これから何が起きるのかということ。
再び姉へと向き直る。
少女が視界に入った途端に、自ずと目を見開いてしまう。
これから起きるのではない。
事は既に起きていたのだ。
「ね、ねーさん、それ……」
姉の胸元。
そこに灯っていた魔力。
砂粒ほどに小さくなっていた命の輝きが、爆発的に増えている。
「どうして……?」
答えはない。
だが今の一瞬。
世界が止まったほんの一瞬の内に、姉の魔力が煌々と燃え上がっていた。
量も。質も。
いつもの姉とは別物。
俺なんかとは、比較にもならない程の魔力量。
最早姉の胸元に白い炎が灯るではなく、姉の全身から炎が立ち上っているようにしか見えない。
「ねーさん、だいじょうぶなのか?」
俺の声色から不安の色を読み取ったのか、姉は俺に微笑みかける。
「……大丈夫。お姉ちゃんは元気だよ。
それに、今なら何でも……できる気がする」
姉の言葉をきっかけに、白光が脈打つ。
絶大なる拍動。
大いなる脈拍は、姉の存在を世界に刻み付けるように、大気を揺らす。
「なっ⁉」
みるみるうちに、魔力が練り上げられていく。
姉の望むままに。
姉の願いを叶えるために。
姉の心に応えるために。
その白光は輝きを増していく。
「ルンちゃん、村長。気を付けてね」
いつもよりも穏やかな姉の口調。
しかしそれは穏やか故に――危険だ。
……来るか!
「そんちょー! しゃがんで!」
「何⁉ うわっ⁉」
魔力と魔術の境界に留められていた白光が、解放される。
世界に生まれたことを喜ぶ赤子の様に。
飛び立つことを言祝ぐ鳥のように。
その魔術は風切り音を上げる。
次の瞬間――
姉を中心に衝撃波が放たれる。
波は収穫の終えた畑を奔り、村の家々の隙間を駆け、父たちが狩りに入った山を縫う。
「お父さんたち、見つけた」
姉の顔が喜びに染まる。
……わからない。
姉が今、どこを見ていて――どれほどの高みに立っているのか。
何も理解できない。
長年共に生きてきた姉。
その姉が、急に離れていくような感覚を胸に抱く。
それと共に、我ながら場違いな気持ちが、浮かび上がってくる。
姉の劇的な成長あるいは……進化。
それはとても喜ばしいことのはずなのに。
そのはずなのに。
……それを寂しいだなんて。
ふわり
「ねーさん⁉」
姉は空中にゆっくりと浮かび上がり、止まった。
……次は何をする気なんだ?
ゆらりと姉は両の腕を、別々の方角へと向ける。
「こことここね」
続いて響く轟音と、
「うわっ⁉」
それに驚く村長の声。
姉の言葉と同時に放たれたのは、風の刃だ。
地を浅く削る様に、縦向きに放たれた刃は、山肌を木々ごと真っ直ぐに切り裂き、ある地点に辿り着くと――
「くっ⁉」
轟音と共に、周囲を切り裂き、渦を巻く。
……竜巻か⁉
ある地点に着弾した竜巻は、周囲の木々を巻き上げて、天に帰っていく。
竜巻が空を突き上げるかのように昇り終わると、姉の放った全ての風が、動きを止めた。
「ねーさん、いまのは――」
「ルンちゃん、そして村長」
スタ
姉は地に降り立つと、風の行方を見ていた俺の両肩を掴む。
顔色が悪い。
まるで今ので、全てを使い切ったかのような。
青を通り越した……死人のような色。
「ねーさん、しっかり――」
姉は立てた人差し指を、俺の口に当てる。
そのまま立てた指で、竜巻の削った山肌を指し示すと、
「お父さんとイークトさんは、あそこにいるから、助けて。
2人ともケガしてるから、早く運んであげて」
息遣いも荒い中、2人の居場所を告げる。
この寒空の中で、かいているのは冷や汗だろうか。
爆発的に燃え上がっていた魔力も、今は仄かに灯る程度の輝きしか残っていない。
「わかった! わかったから、ねーさんもはやくやすめ!」
「うん。ルンちゃん、村長。後はよろしくね」
安心しきったような笑みを浮かべて、姉は意識を失う。
俺は倒れようとする姉に飛びつき、必死に支える。
「そんちょー! ねーさんのしめしたばしょに、そうさくたいを!
かーさん! ねーさんにはやくヴァイゲを!」
村長は俺の声に我に返って、
「……まずはお前たちからだな」
そう言うと村長は、姉と俺を抱えて家へと運び、捜索隊の元へと向かったのであった。
――姉の風の轟音に、少し泣いた村長。
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!