6 騎士特区は準備中
現在、番外編を更新中です。
次回は5月18日(日)に投稿予定です。
投稿時間はいつも通り午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
「リっちゃん!」
姉弟の家のある魔術特区から、騎士特区――その中に存在する騎士学校へと向かう最中、先導するクー姉が黒ローブを翻して、こちらへと振り向く。
陽光と好奇心に輝く黒眼は柔らかく細められ、その顔には満面の笑顔が浮かんでいた。
……まるで子どもですわね。
「はいはい、何ですの?」
クー姉は好奇心を絶やすことなく、周囲をキョロキョロと興味深そうに見回す。
「私、大会とかがある時に騎士特区に来た事ないんだけど、いつもこうなの?」
「まさか! 代表戦の準備の為ですの」
私の一応の住まいがある騎士特区。
そこでは今、騎士学校の学生たちとアオスビルドゥング騎士団の騎士たちを中心として、代表戦開催の準備が着々と進められていた。
……代表戦の準備。
言葉にすると簡単なものの、それは単なる会場設営を意味するわけではない。
隣国聖教国からの客人たちをもてなせなければ、騎士の資格なし。
そんなお題目の元、騎士特区では現在、お祭りの準備が始まっているのだ。
チラリと周辺に視線を送る。
ズラリと武器や防具を並べる露店。
飲食物を販売すると思しき屋台。
簡易賭博場。
ガヤガヤと楽しそうに、次々と店々が組み立てられていく。
……いやいやいやいや。
昨年の――私が初めて参加し、出禁を食らった代表戦トーナメントの裏で、ルングがコソコソと開いていた賭博場。
それが今回は、白昼堂々と組み立てられていた。
……私、落ち着くんですの。
違法ではない。
それは昨年ルングを詰めた際、確認している。
堂々と胸を張り、自身の胡散臭い潔白を語り上げた幼馴染には腹が立ったものだが、その言い分には一応納得した。
故に駄目ではないはずなのだが――
……それにしても、もっとこう――隠れてやろうという気はありませんの?
ルングもまだ帰ってないのに、誰がこんなものを。
別に清廉潔白であれとまでは思わないが。
せめて後ろ暗い事を自覚して、コソコソ営業すべきではなかろうか。
胡乱な賭博場に呆れていると、クー姉が再び口を開く。
「いや、お祭りの準備をしてるのは、見てて分かるよ!
でも私が言いたいのは、それじゃなくて――」
クー姉は言葉を区切ると、ぐるりと辺り一帯を見回す。
「ここってさあ……もうとっくに騎士特区だよね?
それなのに、なんか魔力が濃いなあと思って」
「そうなんですの?」
どうやらクー姉のまん丸の瞳は、楽し気に並ぶ出店ではなくこの場に漂う魔力を捉えていたらしい。
……とは言っても。
私には見えないのだが。
しかし言われてみると、どこか空気が重い気もしてくるから不思議だ。
「魔術特区から流入しているのでは?
隣接してるのですし、入ってくることもあるでしょう?」
「いや、それにしても変だよ。
だって魔術特区どころか魔術学校の中よりも、魔力が満ちてるんだよ?」
……それは確かに妙だ。
そう考えた所で、遥か遠くにその姿を捉える。
「ねえ、クー姉?
それって、魔術学校の学生たちがいるからではありませんの?」
私が視界の端で捉えたのは、ローブ姿の人々だ。
私と同年代から、少し上の世代と思われる少年少女たち。
色とりどりのローブは、彼らが魔術師――あるいはその卵である証である。
クー姉は私の視線を追いかけ、眉根を寄せる。
「あっ! ホントだ!
……でも、学生がいるからってこんなに濃くなることってあるのかなあ?
室外だよ?」
「いや、クー姉が分からない事は、私も分かりませんわよ?
そもそも私、魔力見えませんし」
答えに納得がいってないように首を傾げるクー姉に、私は問いを向ける。
「それにしても、この辺りにこれだけ魔術学校の学生がいるのは珍しいですわね。
協力要請でも出てたんでしょうか?」
よくよく探してみると、ローブ姿の少年少女たちがそこかしこに散見される。
流石に武具は扱っていない様だが、飲食系の屋台では学生騎士と魔術師で協力して、魔道具の火力調整などをしているし、賭博場に至ってはローブ姿の割合の方が多いくらいだ。
「うーん、どうだろ?
少なくとも私には連絡来てないと思うけど……」
こてんと首を傾げるクー姉は、とても愛らしい。
……しかし。
そんな彼女に誤魔化されてはならない。
「……どうせ資料の山の中に、埋もれてるんじゃないですの?
この前も『提出書類がないよおぉぉぉ!』って泣きながら探してましたよね?
今回も資料を山積みにしてて、どこかに埋もれたりしてるんじゃ――」
「い、いやあ、そんなことあるわけないじゃない!
ないよ! ないないない! 多分、きっと!」
私の言葉を遮るようにクー姉は大声を発するが、しらっと見つめると、気まずそうに目を逸らす。
……家の中はそうでもありませんでしたが――
どうやら彼女が占拠している研究室は、いつも通り――或いはいつも以上に荒れ果てている様だ。
「……まあ、クー姉に協力要請は来てないと思いますわ」
「ええっ⁉ 私、嫌われてる⁉ 腫れもの扱い⁉」
「いえ、そうではなくて」
頬に自身の両手を当て、少女は悲しそうに震える。
……まったく。
そんな彼女に、私は呆れの視線を送る。
飛び級による最上位クラスへの入学。
王宮魔術師レーリン様の弟子。
彼女は入学時点で、既に魔術師としての素質を示しており、入学後も何かしらの成果を挙げ続けていると聞いている。
曰く王宮魔術師になるのは確定しているだの。
曰く魔術界の宝だの。
曰く人の手には届かない偶像だの。
……いや、最後のはルングが商売の為に流した噂でしたっけ?
その辺りはよく分からない。
しかしそんなクー姉自身の成果と、ルングの草の根活動によって、この少女には王族すら一目置いているとの噂すらある。
ただの幼馴染兼騎士である私に、クー姉の動向を尋ねる者もいるくらいだ。
そんな彼女に、騎士学校の行事の協力要請を送れる存在がいるだろうか?
……いないでしょうね。
クー姉と親しい者ならともかく。
彼女と関係のない者からすれば、文字通りの高嶺の花なのだ。
話しかけるどころか、遠巻きに見守るのがやっとの学生も多いと聞く。
そんな少女に騎士学校から協力要請があったとは、とても思えない。
……いや、本来なら――
魔術学校の学生たちはそもそも貴族なのだから、彼らにいずれ仕える可能性のある騎士学校の学生たちが、協力要請を出すのも敷居が高いはずなのだが。
その遠慮があってもおかしくない関係性は、もう1人の幼馴染の人間関係連結サービスによって、見るも無残に破壊されている。
騎士と魔術師。
貴族と平民。
そんなつまらない垣根は、もう1人の特異点によって取り払われて久しい。
……ホント、つくづくこの姉弟は。
いつでも明後日の方向へと進んでいくのだから、誰か止めて欲しい。
悲しそうにしていたクー姉は、チラチラと私に視線を送り続けている。
どうやら私の何かしらの反応を、心待ちにしている様だ。
とんだかまってちゃんである。
「……はあ、仕方ありませんわね。
とりあえずこの用事が終わったら、片付けに行きますの。
ひょっとすると、協力要請の連絡が見つかるかもしれませんわね」
「わっ! 本当? ラッキー!」
私の言葉に、少女は悲しそうな演技を止めると、上機嫌に飛び跳ねる。
そんな天真爛漫な姿だけで、少しの我儘は許してしまいたくなるのだから、ズルいと言わざるを得ない。
……まあ、とはいっても――
「ええ。無論、有料で」
「ええぇぇぇぇ⁉ 無料じゃないのおぉぉぉ⁉」
貰うものは貰うのだが。
「そりゃあ、無料なわけないですの。
ルングからも給料は貰ってますし」
「むう……ルンちゃんのヘソクリで足りるかなあ?」
……それ勝手に使ったら、多分ルングは怒りますわよ?
そう思いはすれども、忠告する気はなかった。
「ああ、でも大丈夫か!」と、急にクー姉の表情が明るいものになる。
「ルンちゃん言ってた!
『激安でリッチェンを働かせることに成功した』って!
だから多分、足りるよね! 良かった!」
「何が良かったですの⁉ 全然良くないですの!
えっ⁉ 私、もしかして格安で働かされてましたの⁉」
……あのバカ、絶対に許しませんの!
帰って来たら、全力で殴り倒す。
そんな決意を抱きつつ、私とクー姉は騒々しい騎士特区の道を歩む。
目的地――聖女騎士のいるはずの騎士学校は、もう目と鼻の先までやって来ていた。
――代表戦は他国も呼ぶだけあって、お祭り騒ぎなようです。
ちなみに出店も元々は少なかったものの、ルングが商売がてら出店を増やしたことで、多くの学生たちが真似する様になったという設定があったりします。
さて、次回はいよいよ2人が聖騎士たちと会う事になるので、お楽しみに!
※現在、新作構想中です。
書き溜めたら投稿していく予定なので、そちらもお楽しみに!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう。