5 騎士の勘と魔術師の好奇心
現在、番外編を更新中です。
次回は5月11日(日)に投稿予定です。
投稿時間はいつも通り午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
「うん?
聖教国に、親戚がいるかって?
……多分、いないと思うよ?
少なくとも、両親やルンちゃんから聞いた事はないかな!」
とある姉弟の家――その1室にて。
対面に座る輝く美少女魔術師――クー姉ことクーグルンが、黒ローブを揺らしつつ断言する。
「……ちょっと疑問なのですけど、クー姉が知らなくてルングが知ってることなんてあるんですの?」
……だとしたら姉弟関係どうなってますの?
普通年長の方が、知っているでしょうに。
「ふふふ……お姉ちゃんより物知りな弟はいるんだよ!」
「何でそんな誇らしげ何ですの?」
クー姉は胸を張り、したり顔で告げる。
「そりゃあ、可愛いルンちゃんが褒められてるんだから!
お姉ちゃんとしては、誇らしいんだよ」
……溺愛にも程がありますの。
私は1人っ子。
残念ながら兄弟は居ない。
故にこの感覚はほんの少し――いや、まったく理解できなかった。
そんな私を気にも留めず、クー姉はコロッと話題を変える。
「それにしてもリっちゃん?
急にそんな話、どうしたの?
私たちの親類を気にするなんて、初めてじゃない」
尋ねる少女に、昨日の代表戦――その顔合わせの顛末を話す。
「えっ⁉ 姉弟に似てる子がいるの⁉」
話を聞き届けると、少女が嬉々として椅子から飛び跳ねる。
その顔に浮かんでいるのは、華やかな笑顔だ。
純粋無垢。
可憐で優美。
彼女を慕う学生――最近はその枠に収まらないらしいが――が多いのも頷ける、魅力的な笑顔だ。
「といっても……そんな変に期待されても困りますの。
あくまで私の直感ですのよ? クー姉」
名を呼ばれた少女は、一瞬キョトンと目を丸くしたかと思うと、再び輝く笑顔を浮かべる。
「何言ってるの!
リっちゃんの直感だから、面白いんじゃない!」
……私の直感だから?
クー姉の含みのある言い回しに、首を傾げる。
すると彼女は「ふふん、聞き給えリっちゃん!」としたり顔で語り始めた。
「勘っていうのはバカにできないんだよ?
勘はその人の経験の結実――積み重ねの結果、研ぎ澄まされるものだからね!
特にリっちゃんみたいに、五感情報の確度の高い子の勘は、信頼度合いが高いんだよ?
リっちゃんの視覚情報は無意識下の強化魔術によって――」
……よく分からないですの。
クー姉は――というよりこの姉弟には、こういう悪癖がある。
1度夢中になってしまえば、他者はそっちのけで自身の世界に入ってしまうのだ。
こうなると、しばしその熱が冷めるまで待たねばならない。
……まあ。
クー姉の場合は表情がくるくる変わるので、見てて飽きないのだが。
少女はそこから約数十秒程で語りを終え、何を思ったのか室内を歩き始める。
対面から机を迂回し、私の元へとやって来た彼女は――
ガシッ!
私の両肩を、その細い両の腕で捕らえる。
「というわけでリっちゃん!」
「は、はいですの⁉」
顔が接近し、その勢いに気圧される。
……というかクー姉、まつ毛長過ぎません?
急接近によって、少女が整った顔であることを再確認する。
……というか。
どうして生活破綻者のくせに、この美少女は肌もサラサラで毛質も良いのだろうか。
よくよく考えると、幼馴染のあの少年もまた似た体質――苦労知らずの体質だし。
……女神様は不公平ですの。
「――に行こうよ!」
「えっ⁉」
見惚れていてその言葉を聞き逃した私に、クー姉は改めて繰り返す。
「だから、その子――クルちゃんに会いに行こうよ!
面白そうじゃない?」
……いやいやいやいや。
「流石にそれは無理でしょう?」
「ええっ⁉ 何でえぇ⁉
代表戦は明後日なんでしょ?
リっちゃん暇だし、行けるじゃない?」
……クー姉の言う通り。
代表戦の開催は2日後。
その期間、騎士学校及びアオスビルドゥング騎士団は、聖教国歓迎会状態――要はお祭り状態になっている。
無論、騎士としての業務はあるのだが、学校の授業は休みだ。
なんなら私は代表戦出場者として、騎士業務すら免除されている。
「いや、暇というわけでは――」
「暇でしょ? じゃないとウチに来るのおかしいじゃない」
ギクリ
……これはダメですわね。
私に空き時間があることは、既にバレている様だ。
……不思議なことに――
幼い頃から、この少女相手に隠し事をできた試しがない。
……何か癖でもあるのでしょうか?
できれば、本当の目的を悟られない様に――
そんな事を考えていると、クー姉はあっけらかんと言い放つ。
「もうリっちゃんたら!
暇だからってルンちゃんが帰ってるかどうか、わざわざ確認しに来るだなんて!
可愛いんだから」
「ちっ、違いますの⁉
何言ってくれてますの⁉」
抵抗も虚しく、ぎゅっと頭を抱えられる。
黒ローブから香る良い匂いが、また妙に悔しい。
「まったく! 違いますの!
ルングを確認しに来たわけではないですの!」
「ふーん?」
「し、信じてませんわね⁉ そうですわね⁉」
抱き留められているから見えないが、きっと今、少女の顔はにやけているはずだ。
……まあ、図星なのですけど。
「そ、そんなことはどうだっていいですの!
話を戻しますの!」
自身にも言い聞かせつつ、本題に戻る。
「……クルテ様に会いに行くって簡単に言いますけど、許可を貰える可能性は低いと思いますのよ?」
彼女――件の聖女騎士クルテ様は現在、聖騎士ゾーガ様を含めた聖騎士たちと共に、騎士団寮に滞在している。
今日この時間は確か、騎士学校の訓練場で汗を流していたはずだ。
……けれど――
会えるかどうかはやはり怪しい。
曲がりなりにも、私はクルテ様の対戦相手だ。
その気はないが、偵察と疑われても仕方ない。
そんな私や、そのツレであるクー姉に会ってもらえるとは、とても思えなかった。
「ええ! 行ってみようよ!
断られたら、その時はその時じゃない?
それにゾー君も来てるんでしょ?
私、ゾー君に貸しがあるし!」
クー姉の言葉にピタリと動きを止める。
「そのゾー君って、まさかゾーガ様の事ですの?」
「勿論! 前、聖教国に行った時に遊んだんだあ!
その時に、仲良くなったんだよね!」
聖騎士ゾーガ様は歴戦の騎士だ。
そんな彼と仲良くなり、ましてやゾー君呼ばわりできるのなんて、世界は広いといってもクー姉くらいだろう。
ちらりとクー姉を見上げる。
サラサラとした茶髪がほんの少しだけ揺れ、影の差した少女の顔が見える。
整った輪郭に高い鼻。
そしてそのつぶらな黒の瞳の中には――燃え盛る探求心が宿っている。
……仕方ないですわね。
その目を見て、直ぐに説得を諦める。
この状態のクー姉を――姉弟を止めるのは不可能だ。
そして動き始めたが最後、ちゃんと監視しておかないと、こちらが割を食うことになるのだ。
「……分かりましたわ。
一緒に行きましょうですの」
「やったあ! さっすがリっちゃん!
アンファング村1の騎士!」
「いや、規模小さ過ぎるでしょう!」
……まあ、実際。
クー姉とクルテ様の対面には、強く興味があった。
聖教国の聖女であり、聖騎士。
楚々とした美しい少女。
そして――私が姉弟に似ていると感じた少女。
そんな彼女から、クー姉は一体どんな事を感じ取るのだろうか。
……ひょっとするとクー姉次第では――
クルテ様の事が妙に気にかかる。
そんな気持ちを私が抱いた理由が、明らかになるかもしれない。
「じゃあ……善は急げですわね。
行きましょうか」
「はーい!」
クー姉に解放してもらい、椅子から立ち上がる。
こうして私たちは、聖女騎士クルテ様の元に向けて、歩み出したのであった。
――破天荒な少女魔術師は、行動派なのでした。
こうして聖女騎士の元へと向かう2人。
さて、聖女騎士に出会うことが出来るのでしょうか。
次回以降もお楽しみに!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう。