4 既視感のある聖女騎士
現在、番外編を更新中です。
次回は5月4日(日)に投稿予定です。
投稿時間はいつも通り午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
……気が付かなかったですの。
知らず知らずのうちに、私は冷や汗をかいていた。
団長やフリッドと談笑していたが、油断していたつもりはない。
ゾーガ様の来訪に、気を割きすぎていたというわけでもない。
……それにも関わらず。
団長の言葉があるまで、ゾーガ様の背後の人物に気が付けなかったことに、私は戦慄を隠せなかった。
……凄まじい隠形ですの。
団長の指摘によって、その人影を視界に収めることができなければ、今でも私はその存在を認識できていなかっただろう。
……魔術ですの?
であればゾーガ様の背後の人物は、魔術師なのだろう。
聖教国の魔術師となると、真っ先に思い当たるのは聖女――光属性の魔術師だ。
そして以前、フリッドから聞いた話を考慮すれば――
「一応、自己紹介はするように」
そんな私の思考を遮り、聖騎士ゾーガ様は軽く振り返ると、背後の人物に前へ出るよう促す。
「……承知しましたわ」
そう言ってこちらに向けて足を踏み出したのは、金髪の少女だ。
楚々とした足取りに、柔らかそうな頬。
少し俯いているせいで前髪の一部が緩やかに垂れ、顔には薄っすらと影がかかっている。
その身を包んでいるのは、白色のローブ。
羽織った少女が聖女であると示すためのものだ。
……しかしその手足には。
武骨な鉄の手甲と脛当て鎧が装備されていた。
「……初めまして。クルテと申します。
よろしくお願いします」
少女は透き通るような声色でそう言って、頭を下げ――上げる。
「――」
隣のフリッドが息を呑む。
顔を上げたことで少女の前髪がかき分けられ、ようやく少女の面差しが見えたのだ。
……綺麗ですの。
小振りな口に、高い鼻。
その中心には、大粒のライトブラウンの瞳が輝いている。
静謐にして神聖。
清楚にして高潔。
鎧を装備しているにも関わらず、その姿は一目で聖女と分かった。
「はい、こちらこそよろしくお願いします。
アオスビルドゥング騎士団――団長のルーマリーと申します」
「よ、よろしくお願いします!
騎士学校所属――フリッドと言います!」
団長はいつも通りに、フリッドはどぎまぎしながら、神々しさすら感じる少女へと挨拶を返す。
「……よろしくお願いしますの。
騎士学校所属――リッチェンですの」
2人を追いかける様に、私もどうにか後に続く。
そんな私たち3人に――
「ありがとうございます。
ルーマリー様、フリッド様、リッチェン様ですね。
改めてよろしくお願いします」
少女は眩い相貌を向け、今一度頭を下げたのであった。
「リッチェン、アンタぼーっとして、どうしたのさ!
もう、顔合わせは終わったよ?」
「え……?」
フリッドが私の肩を揺さぶる。
それによって、ようやく2人――ゾーガ様とクルテ様が応接室から去ったことに気が付く。
「リッチェン、どうかしましたか?
体調でも悪いんですか?
……それとも、何か気になる事でも?」
団長は心配そうに私の顔を覗き込む。
……珍しいですの。
地獄の様な訓練中ですら、団長が私を心配することなどないというのに。
そんなに呆けてしまっていただろうか。
「いえ……平気ですの」
「そうですか?」
私の言葉に首を傾げる団長を尻目に――
「アンタは全く、いつも以上に呆けちゃってさ。
顔合わせだし、曲がりなりにも大将なんだから、しっかりしなよ」
フリッドは憎まれ口を叩く。
「……それもそうですわね。すみませんですの」
……フリッドの言葉は、全面的に正しい。
故に即座に謝る。
するとフリッドは「ったく」と呆れた様子を隠さず、団長へと水を向ける。
「それにしても、可愛らしい子でしたね。
アレが噂の『聖女騎士』様ってやつですか?
去年は居なかったですよね?」
「ええ」と、団長は頷き続ける。
「彼女――クルテ様が、どうやら『聖女騎士』の様ですね。
……それにしても耳が早い。
フリッドはもう彼女の事を、知っていましたか」
「アタシ、こう見えて情報通なんで」
……聖女騎士。
2人の口にした言葉に、自然と胸が高鳴る。
あの少女――クルテ様こそが、以前フリッドの話していた「聖女から騎士へと転じた人」だったらしい。
聖女の風体に、騎士の装備。
淑やかさと武骨さ。
可憐さと凛々しさ。
あべこべにも見える服と装備が調和を果たした鮮烈な姿は、少女が去った今でも瞼に焼き付いている。
……何故ですの?
そのことを自覚して、ふと疑問が生じる。
ただの初対面。
ただの行事の顔合わせ。
何の必然性もない出会いだった。
そのはずなのに――彼女の事が、無性に気になる。
気にかかる。
彼女の事を考えると――胸がざわめく。
……わけが分からないですの。
困惑する無言の私を気にしたのか、団長と話していたフリッドがこちらへと視線を向ける。
「ほんと、どうしたのよ……アンタ。
いつにも増して静かね――はっ!」
友人は1人捲し立てたかと思うと、何事か思い当たったかのように目を見開く。
そしてニヤっとその表情を、嫌らしいそれへと変える。
「もしかして……アンタ、あの子に惚れちゃったんじゃない?
見惚れちゃってたんじゃないの?」
……惚れる?
つまりフリッドは、私がクルテ様を好きになったと言いたいのだろうか。
一瞬、どこかの無愛想な少年の顔が過ぎり、いやいやと心中で首を振る。
……ないですの。
ないったらない。
むしろ奴との関係は、惚れただの恋だの好きだのとは違う。
……言うなれば、腐れ縁。
そう、腐れ縁だ。
破天荒な幼馴染を警戒するあまり、目が離せないだけだ。
……それだけのはずですの。
自身にそんな風に言い聞かせて、ニヤつくフリッドに告げる。
「……確かに。
見惚れてしまう位に可愛らしい子だったのは、否定しませんわ」
続けて、ニヤリと友人の表情を真似る。
「ですが、この程度で惚れたのなんだのとは。
やれやれ、フリッドも案外乙女ですのね?」
「は、はあぁぁぁぁ⁉
だ、誰が乙女だって⁉ このクソガキ!」
少女は声を張り、腕を振り上げる。
しかし真っ赤な顔のせいで、迫力は全くなかった。
「では、リッチェン。
どうしてあんなに静かだったんですか?」
団長は乙女を放置して、私に尋ねる。
「そうですわね……妙に――異常にと言っていいかもしれませんが。
クルテ様が気にかかりましたの」
隠しても仕方がないと考え、自身の心情を言葉にする。
「気にかかる? 彼女が?」
「はい。物凄く」
先程遭遇した初対面の少女を、再び思い返す。
彼女のどこが――
……あっ。
「そう、目ですの!
彼女のライトブラウンの目。
そこがとっても気になりましたわね」
知性と理性に輝く、ライトブラウンの瞳。
あの目が――
「似ていた……というか」
「似ていた? 何に?」
団長は慎重に問いを重ねる。
「彼女――クルテ様が、ルングたちに似ていたんですの」
ぐっと拳を握る。
1度言葉にできたことで、自身の感覚が実体を伴い始める。
……そうだ! そうだ! そうだ!
彼女は、あの姉弟に似ていたのだ。
それが私の感覚を、強烈に刺激したのだ。
「ルング君やクーグルンさんに?
そう? 全然似てなくない?
目の色はルング君に多少似てた気もするけどさ。
そもそも2人とも、金髪じゃなくない?」
「それはそうですけど――」
単純な外見などではないのだ。
「顔立ちとかもそうですけど、特に雰囲気――空気感がそっくりなんですの!」
「空気感……分からん」
私の言葉に、フリッドは眉根を寄せ、首を傾げる。
私の感覚的な言葉は、どうやら少女にとって理解し難かった様だ。
しかし残念ながら。
これ以上は説明したくともできない。
クルテ様が「あの姉弟に似ている」という実感は、確かに得られた。
けれど、何を根拠にそう感じたのかは、私も掴み切れなかったのだ。
「ルング君たちの血縁者が聖教国にいたりは?」
顔を見合わせる私たちに助け舟を出す様に、団長は問いかける。
「聞いた事ありませんの。
フリッドは? 顔が広いなら知ってますわよね?」
「アンタが知らない幼馴染のことを、アタシが知るわけないでしょうが!」
「いえ、情報通って言ってたので、知っているかと思いまして」
「いや、無理なもんは無理だわ!」
……やれやれですの。
情報通というのも、所詮自称に過ぎないらしい。
「使えない友人ですわね」
「何だって? この――」
パン!
喧嘩を引き裂く乾いた音が、応接室内に響く。
音源に目を向けると、団長の両手が合わさり、合唱の形を取っていた。
どうやらその両の手で、今の音を生み出したらしい。
静かになった私たちに向けて、団長は言い聞かせる。
「まあ……世界は広いですし。
ルング君やリッチェンさんに似ている人がいても、おかしくないでしょう?
それでも気になるのなら、まず姉弟に聞いてみたらいいのでは?」
団長は続けて「さて、顔合わせも終わったので、今日は解散ですね」とあっさり言い放ち、この会合の終了を告げたのであった。
――人影の正体は噂の人物だったのでした。
そしてその人物は、どうやら魔術師の姉弟にどこか似ている様です。
そんな彼らが参加する対抗戦はどうなるのでしょうか。
次回以降をお楽しみに!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう。