3 顔合わせ
現在、番外編を更新中です。
次回は4月28日(月)に投稿予定です。
投稿時間はいつも通り午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
「リッチェン、気を付けなさいよ?」
アオスビルドゥング騎士団のとある部屋にて。
友人――フリッドが告げる。
「気を付けろとは、何のことですの?」
言いながら、長椅子の右隣に座る少女に視線を向ける。
ピシャリと伸ばされた背筋。
膝はお行儀よく閉じられ、その上に小さな手をちょこんと乗せている。
……流石は貴族家系の出身。
口調は少々荒いが、やはり育ちの良さが随所に現れている。
……しかし残念ながら――
上品を体現する身体に反して、その顔には嫌らしい笑みが浮かんでいた。
……やれやれですの。
この友人とも、1年の付き合いだ。
それなりに親交もあり、仲も深まっている。
だからこそ。
だからこそ、この友人が今から何をするのか、予想がついてしまう。
……絶対この人、みょうちきりんな事を言うつもりですわね。
「今から来る人たちに、急に斬りかからないでよ?
下手したら不敬罪なるし。
アンタと心中なんて御免だからね?」
案の定少女は、失礼極まりない言葉を口にする。
どうやらこの友人は、私の事を戦闘狂かなにかだと思っているらしい。
「そんな辻斬りみたいなこと、するわけないでしょう?
私、これでも学生と騎士団所属を両立できている、常識人なんですのよ?」
「いやアンタ、面白い相手なら見境ないでしょ。
よくルング君にも挑みかかるし、団長にも斬りかかるでしょ」
「団長のは訓練ですし、ルングのは合意の上ですわ。
地元の風習ですの」
「いやいや、どんな野蛮な村だよ。聞いたことないわ」
開いた口が塞がらない様子の友人に告げる。
「ウチの村は、戦闘村民しかいませんから。
目が合えば、戦いの合図なんですの」
「絶対ない。聞いた事もない言葉を作るな。
ましてや戦闘開始の合図が、そんなダンスの誘いみたいなはずがないだろ」
「まあ……武闘も舞踏も、身体を動かすという意味では、同じようなものですわよね?」
「常識と正気を疑うわ!」
「フリッドの?」
「アンタの!」
そんな気の抜けたやり取りをしていると――
「ふふふ……」
場違い――正しくは、こちらの方が場違いなのかもしれないが――にも聞こえる淑やかな笑い声が響く。
「団長、良いんですか?
こんな危険人物を同席させて!」
フリッドの言葉に、笑い声をあげた騎士――騎士団長ルーマリーは執務用の机から、たおやかに応える。
「大丈夫ですよ、フリッド。
もし戦闘になったら、私が止めますから」
「団長……フリッドの言葉に反論してくださいな!
『リッチェンはそんなことしませんよ』って。
そもそも『戦闘が起きる』という前提がおかしいでしょう?」
私の正しいはずの言葉に、団長はキョトンと首を傾げる。
少し可愛らしい。
……それにしても、納得がいかない。
この反応を見るに、どうやら団長もまた、私が問題を起こしかねないと考えているらしい。
「団長、私だって今日はあくまで顔合わせだってことは理解してますの!」
……理解しているからこそ。
面倒とは思いながらも、騎士団の応接室までやって来たのだ。
数日後に開催される聖教国との代表戦。
その大将と副将として、聖教国の代表者たちと先んじて顔合わせをするからと、私たちは呼び出されたのである。
……訓練したかったのに。
「でも……『正直いらない』って思っているでしょう?
『どうせ刃を交えるだけなのに、顔合わせなんて必要なんですの?』って考えているでしょう?」
面倒臭がる私の心境を、この騎士団長は的確に見抜いていたらしい。
私に似せた口調でぐさりと言い当てる。
「それはまあ、否定できませんけど。
でもやはり私たち……必要ないのでは?」
代表戦は例年、騎士団主催の行事である。
それは今年の形式がいつもと違えども、変わりない。
故に主催代表である騎士団長と、合同開催国である聖教国のお偉いさんの顔合わせがあるのは、まだ辛うじて理解できる。
……しかし私とフリッドは――
あくまで「代表戦の競技者」であり、1参加者に過ぎない。
決して団長の様に、主催者というわけではないのだ。
そんな私たちが、わざわざ顔合わせに立ち合う必要性を、どうにも見出せなかった。
……顔合わせの時間があるのなら――
先述の通り、訓練していたかったというのが本音である。
「まあ、申し訳ない気持ちはありますが……色々と確認事項があるんですよ。
許してください」
非難の目を向けると、団長は宥める様に微笑む。
……不思議ですの。
この笑みを相手取ると、いつも丸め込まれている気がする。
「はあ……分かりましたの。じゃあ、フリッドを生贄に――」
「アンタ、面倒だからってアタシだけ置いていこうとするな!
むしろ逆! アンタを置いて、アタシだけ帰る!」
コンコンコン
仲睦まじいやり取りをしていると、ノックの音が室内に響く。
その直後――
「団長、聖教国の方々がお越しになりました」
扉の外から声が掛けられた。
それを聞いた団長が、私たち2人に告げる。
「さて……2人共。今からは真面目にお願いしますね」
「大得意ですわ」
「嘘つけ!」
そんなやり取りをしながら、私たちは席から立ち上がる。
団長はその姿に満足そうに頷きながら――
「はい、どうぞ」
来訪者を迎え入れた。
ガチャリ――
ゆっくりと扉が開く。
するとそこには、見覚えのある男性が1人立っていた。
黒の短髪。
広い肩幅に、剣を想起させる真っ直ぐ伸びた背筋。
聡明と実直が混ざり合った鋭い眼光からは、その騎士の武骨な忠誠が感じられる。
「失礼します」
言いながら聖騎士は軽く頭を下げ、室内を見回す。
奥――団長を見つけると、再び慇懃に頭を下げ、次に私たちの方へと視線を向ける。
すると――
何故だか青年はギクリと動きを止める。
……どうしたんですの?
とりわけ親しいという訳ではないが、この青年と初対面という訳でもない。
昨年の代表戦――今回とは違ってトーナメントだったが――で、鎬を削った仲だ。
驚くことなど何もないはずだが。
妙な反応をした騎士は我に返ったのか、即座に元のお堅い表情を繕い、全員に向けて挨拶する。
「お招きいただき、ありがとうございます。
『アーバイツ・ゲルディ代表戦』聖教国ゲルディ代表――聖騎士団所属。
聖騎士ゾーガ、ここに参上しました」
礼儀正しい青年の挨拶に、団長は柔らかく微笑む。
「相変わらず生真面目ですね、聖騎士ゾーガ。
昨年も、同じやり取りをしたでしょう?」
聖騎士は、ほんの少しその緊張を緩める。
「失礼があってはいけませんから。
ゲルディ内ならともかく、アーバイツでは私の無礼はゲルディの無礼になってしまうので、気を張っております。
しかしそれでも、非礼があるかもしれないので、その時にはご容赦を」
「やはり真面目ですね」と団長は優しい口調で告げ、視線をゾーガ様から少しだけスライドさせる。
……うん?
どうしたのだろう?
どこを見ているのだろう?
そんな私の疑問に答える様に、団長は再び言葉を紡ぐ。
「では、聖騎士ゾーガ……後ろの方を紹介してもらえますか?
その方は初対面ですよね?
聖女ハイリン様では、なさそうですが」
……何を言ってるんですの?
ゾーガ様は今、1人で――
ギョッ!
全身が強張り、一斉に鳥肌が立つ。
「……えっ?」
私の驚愕を代弁する様に、隣のフリッドも声を上げる。
ゾーガ様の背後。
先程扉が開いた時には、誰も居なかった筈のそこに、1つの人影が静かに佇んでいたのであった。
――騎士の少女たちの前に現れたのは、聖騎士ゾーガなのでした。
さて、その背後にいる人影は一体誰なのでしょうか。
次回以降のお話をお楽しみに!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう。