8 普段通りの1日
現在、番外編を更新中です。
次回の番外編は4月10日(木)から投稿予定です。
投稿時間はいつも通り午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
流星を彷彿とさせる速度で、炎が空を走る。
宝石の如く輝く魔力は、火勢のままに空を覆った。
……綺麗だ。
炎はその軌跡を空に刻み付けると、動けない私の元へとやって来る。
降下する炎の中心にいたのは、1人の魔術師だ。
闇の様な黒ローブの中に、美しい桜色が強く煌めく。
「……姉上、どうかされたんですか?」
寝転がった私の元に降り立った魔術師――レーリン・フォン・アオスビルドゥングが答える。
「『どうかされたのですか?』じゃありませんよ!
弟の魔力がここ数時間で何回も爆発したり、消えたりしてたら、流石に心配になりますよ?
思わず来ちゃったじゃないですか!
本当は気配を隠して、高飛びするつもりだったのに!」
……どうやら私の事が心配で、わざわざ来てくれたようだ。
申し訳なさと嬉しさと照れ臭さ。
妙にむず痒い気持ちになりつつ、言葉を紡ぐ。
「えっと……ありがとうございます。
心配させてしまい、すみません」
「まあ……無事なら良いですけど」と、姉上もまた照れ臭そうに告げると、直ぐに視線を私の手元――ルング作の土剣に桜色の視線を寄越す。
「土でできた剣……ですか?
面白いですね。
魔力を帯びている様に見えますが」
流石は王宮魔術師。
目聡い。
そしてルングと同様に、私が大地に転がっているのは気にならないらしい。
「ええ。私の魔力の増減もこの剣の影響なんですよ」
「こんな感じで」と、回復してきたなけなしの魔力を、土色の剣に流す。
すると剣は、仄かに魔力を纏う。
「面白い!
火属性魔術の具現化……いえ、違いますね。
所持者の魔術特性を反映する剣ってところでしょうか?」
姉上は、炎を纏っていない土剣を興味深げに眺める。
……振っていない為、強化魔術自体は発動していなかったのだが。
どうやら彼女は、一目見ただけで土剣の特性を見抜いたらしい。
「仰る通りです。流石ですね。
ルングから借りてるんです」
ピシッ――
土剣に目を奪われていた姉上の表情が、友人の名前を出した途端、分かりやすく硬直する。
「えっと……どうしました? 姉上? 顔色が悪いですけど」
端正な面立ちから、みるみる色が失われていく。
蒼白を通り越して、最早土気色だ。
「アンス……今、ル、ルングと言いましたか?」
複数属性を司り、卓抜した実力を持つ魔術師。
国史に間違いなく名を残す、偉大な王宮魔術師であるはずの姉上が、何故か怯えた様に震え始める。
「あ、姉上⁉ どうしたんですか⁉ 大丈夫ですか⁉
ねえ、ルング! 姉上は――」
「一体どうしたのさ?」と、共同で実験していた友人に尋ねようと、どうにか体を起こし、振り向く。
しかし――
「あれ……?」
先程まで私をこき使い、研究活動に打ち込んでいた友人。
そんな黒髪の少年の存在が、いつの間にか消失していた。
「……おかしいですね。さっきまでそこに――」
再び姉上の方に向き直ると――
「捕まえましたよ……師匠。動かないで下さい」
「ぎゃあぁぁぁぁ! 出たあぁぁぁぁ⁉」
ルングは一瞬の内に姉上の背後に回り込み、攻撃用魔法円を展開していた。
「ってルング! 姉上に何してるのさ⁉ 仮にも恩師でしょ⁉」
「アンス? 仮じゃないですよ! ちゃんと恩師ですよ!」
ルングは姉上の言葉を完全に無視し、私に視線を寄越す。
「教え子を無料で酷使し、逃げようとしている輩を、恩師と認める気はない。
世の為人の為俺の為、今ここで確実に仕留める」
少年の茶色の瞳が、昏い光を帯びる。
……本気だ。
本気でこの男は、姉上を仕留めようとしている。
「お、落ち着きましょう、ルング? 話し合えばわかり――」
「動くなといったはずですよ?」
ルングは姉上の言葉を遮り、魔法円の圧を強める。
「何が『話し合えば』ですか。
師匠、今、魔術を使おうとしたでしょう?
俺の目は誤魔化せませんよ?」
ルングの茶色の目が、鋭く細められる。
獲物を決して逃がさない、捕食者の目だ。
「えっと……ルング?
事情はよく分からないけど、落ち着こう?
酷使されたと言っていたね? それは何なのかな?」
……正直、よく分からない。
しかし、どうやら姉上は、ルングに何かしらやらかしてしまったらしい。
情報収集を図ろうとする私に、今度は視線すら向けず答える。
「アンス……俺が最近ようやく聖教国から帰って来られたのは、知っているな?」
「勿論。聖教国での仕事が終わったんだよね?」
帰って来て早々に「魔道具販売を手伝え」と言われたのは驚いたが。
「まあ、諸事情で隠れて1度帰っているのだが――」と、ルングは何やら聞き捨てならない言葉を、ブツブツ呟いたかと思うと、話を続ける。
「その仕事だがな……実は、もっと早く終わっていたんだ」
ギロリと少年は、視線と魔力の圧を強める。
「えっ? そうなの?」
「ああ。
俺たちが勅命の仕事を終えたのは、2ヶ月以上前だ」
……だとすると――
「おかしくない?
仮にそうだとするなら、もっと早めに帰って来れただろうに」
「ア、アンス⁉ それ以上は聞いても仕方ないですよ? 止めましょう!」
……どんな仕事かは知らないが。
仕事を終えたのなら、所定の手続きや移動も含めて、そう時間はかからないはずだ。
精々半月程度。
聖教国であることを考慮しても、1ヶ月程度といったところか。
どちらにせよ、2ヶ月かかる事はないだろう。
ルングの視線は凍えていく。
「ああ……そうだよな。そのはずだよな。
俺もそう思う。
こんなに時間がかかった理由は全て、この師匠にある」
言葉と共に――
「ル、ルング⁉ 魔法円の数が増えてますけど、どうしたんですか⁉」
姉上の周囲に、重ねて魔法円が展開されていく。
攻撃魔術の並列起動。
それを臨戦態勢で維持する制御能力。
姉上の動向を見抜く洞察力。
どこを取っても、凄まじい腕前と言わざるを得ない。
「この師匠――君の姉はな。
後処理を全て、俺に押し付けたんだ。
森を焼き払ったり。
聖教国の要人を危険な目に合わせたり。
果ては魔物の死骸――その処理まで、全ての雑務を俺に押し付け、聖教国を物見遊山していたわけだ」
……うーん。
「まあ、確かに気持ちは分かるけどさ。
でも姉上は、いつもそんな感じじゃないか?」
私の言葉に、更に魔法円が増える。
「どころかこのバカは、聖教国内で暴れ回り、更に俺の雑務を増やしてくれたんだ。
……分かるか? あの絶望が。
処理速度を遥かに超えるペースで、書類が増えていくあの絶望感が」
ルングの言葉に――怒りに呼応するかのように、魔法円は加速度的に増えていく。
……凄い。
どこまで増やせるのだろう。
ちょっと楽しくなってきた。
「ま、待ってください、ルング!
落ち着きましょう! 今こそ話し合いが必要です!」
「ほう……なんですか?」
展開された魔法円の魔力を感じ取っているのか、姉上は足掻く。
一見、話し合いに応じそうなルングの反応に、彼女の表情は和らぐ。
……残念なのは。
姉上に、背後のルングの顔が見えない事であろう。
彼女には「絶対許さない」と雄弁に語るルングの表情が見えないのだ。
姉上は、ありもしない希望に縋って言葉を続ける。
「私が暴れたのは、詮方ない事情があったからなんです!」
「ほう……聖女様たちに、中級魔術を撃ち込もうとしたことに?」
「……防御魔術の強度を、調べてあげようとしたんです!」
「巡回中の聖騎士相手に、喧嘩を売ったことにも?」
「こ、今回の魔物との戦闘から、実力の確認が必要かと思いまして!」
「俺がせめてもの償いとして、聖教国の土壌を補修していたら、そこに新開発の魔術を放り込んだことも?」
「え……えーっと」
姉上の目が挙動不審な様子で揺れる。
もう言い訳は――言い訳というにはお粗末だったが――ない様だ。
「さて、師匠。
貴女の道は2つある。
ここで俺に滅ぼされるか。止めを刺されるか」
「死んじゃう! どっちにせよ死んじゃいますって!」
友人はそれはそれは悪辣な笑顔を浮かべながら、姉上に実質1択の選択を迫る。
そんな弟子を相手に師匠は――
「うう……言う事は何でも聞きますから、助けてくださあぁぁぁい!」
情けない言葉を発することしかできなかった。
「ルング……君、この展開になるのを読んでただろう?」
土の魔術で姉上に手錠をかける少年に尋ねる。
すると彼は、素直に頷いた。
「ああ……。
師匠なら、隠れて高飛びしそうだと思っていたからな。
それで、アンスに協力してもらったわけだ」
……やはりそうか。
友人の深い読みに、驚愕を通り越して呆れる。
「協力……?」
姉上はキョトンと首を傾げる。
その様は幼い少女の様で可愛らしい。
……まあそんな風だから、この友人に嵌められるのだろうが。
「まあ、協力した覚えはないんだけどね」と友人に告げ、そんな姉上(手錠付き)に向き直る。
「姉上……私の魔力が増減を繰り返していたのは、実はルングからの指示だったんですよ」
「ええっ⁉」
……そう。
ルングは読んでいたのだ。
私の魔力に妙な動きがあれば、姉上がこの場に駆け付けるという事を。
故に私に実験や訓練と称して、魔力を消費させたのだ。
姉上を呼び寄せる囮にするために。
「君が魔力を完全に閉じたのも、姉上を捕らえる為だったんだね」
私の言葉に友人は笑みを浮かべる。
……道理でおかしいと思ったのだ。
魔力放出を完全に抑えたのは、やはり私の魔力を観測する為ではなかった。
自身の気配を消して、姉上の警戒を解く為だったのだ。
「……ふっ、その通りだ。
君が試作お菓子を食べたのは、出来過ぎだったな。
おかげで師匠が確実に気付くまで、魔力放出を繰り返せた」
友人は心なし胸を張る。
……ここまでくると。
どこまでが彼の掌の上だったのか、読めない。
クーグルンさんやリッチェンさんに試作お菓子を勧めたことさえ、このための布石だったように思えてしまう。
「ううぅぅぅ……それでルングは、私に何をさせようって言うんですか?」
捕らえられた姉上は、おずおず尋ねる。
ルングはそんな王宮魔術師を一瞥すると、要望を口にする。
「まず、新しい画像集の被写体になってもらいますよ。
画像集が儲かることは、よく分かりましたから。
幸い衣装は、公爵様が用意してくださっています」
どうやら私の知らぬ間に、父上と裏で話が進んでいたらしい。
既に新規の姉上の衣装が用意されている様だ。
「またですか……」
姉上は観念して、肩を落とす。
可哀想だが、流石に今回は姉上が悪い。
償いとして、ルングの撮影を手伝うべきだろう。
……まあ、それに。
姉上の新しい画像集は、私も欲しいし。
……そんなことを考えていたから、罰が当たったのだろうか。
「ああ……そうか」
姉上を捕縛していた友人の視線が、何故か地に伏している私へと向く。
「ど、どうしたんだい? ルング?」
……嫌な予感。
生存本能が、警鐘を鳴らす。
「そういえばアンスは今、動けないんだよな?
……丁度良い。
今なら、種々の衣装を着せたい放題という訳だ」
人でなしはそう言うと、目だけでニヤリと笑う。
フワリ
同時に私の身体が、風の魔術で持ち上げられる。
「ちょ、ちょっと待って、ルング⁉
私は君に何もしていないよね⁉
犠牲になるのは、姉上だけで良いんだよね?」
「おいおい……忘れたのか?」
少年は淡々とした声色にも関わらず、心から嬉しそうに宣告する。
「今日は君の強化魔術の訓練に、付き合ってあげただろう?
その恩をもう忘れてしまったのか?」
「ぐっ⁉」
……コイツ!
まさかそれも全て計算済みだったのか⁉
姉上をおびき出し、私が身動きできなくなるまで酷使する。
そうやって、私たち姉弟の新たな画像集を確保するのが目的だったのか⁉
だとしたら、その素晴らしい頭脳や発想力を、もっと世の為人の為に使うべきじゃないのか⁉
「あねう――」
「アンス……元気でいてくださいね」
「言ってる場合じゃないですよ!
姉上も今、私と同じ状況なんですからね⁉」
「ああっ⁉ そうでした!」
私たちは言葉の抵抗も虚しく、搬送されていく。
そんな姉弟に、ルングは優し気に告げる。
「2人共安心して欲しい。
金の卵をどうこうする気はありませんよ。
そうだな……画像撮影を何万枚かさせてもらうだけですので」
「「いやあぁぁぁぁ!」」
こうして公爵家の姉弟は、商人魔術師の魔の手によって連行されたのであった。
「うう、酷い目に遭った……」
ガチャリ
夜も更け、皆が寝静まった頃。
私は屋敷のドアを開ける。
「おかえりなさい、アンス様!」
クタクタの私を、使用人のメーシェンが笑顔で出迎える。
……ああ――
輝く笑顔が心にしみる。
「メーシェン、まだ起きてたの?
先に休んでて良かったのに……」
私の言葉に、銀髪の少女はフリフリと首を振る。
「ご主人様を待つのも、メイドの務めですから!
これもまたメイド道ですよ」
「ちっちっち」と、メイドは人差し指を立てて、指を振る。
「また出たね、メイド道」
そんな姿が、可愛らしくてしょうがない。
私の気持ちが、顔に出ていたのだろうか。
メーシェンもまた、嬉しそうに尋ねる。
「アンス様、ご機嫌ですね!
今日は、何か良い事でもありましたか?」
……今日か。
少女の言葉に、ふと1日を思い返す。
メーシェンに泣かれ。
殿下に頼みごとをされ。
ルングを探しにクーグルンさんとリッチェンさんに会い。
姉上と共にルングに捕まり。
画像撮影会がようやく終わり、メーシェンに出迎えてもらった。
色々なことがあった気もするが――
「良いことというか、まあ……いつも通りだったかなあ」
私のそんな呟きに――
「そうですか……お疲れさまでした。それならまた明日が楽しみですね!」
メーシェンは目を細め、慈しむ様にそう答えたのであった。
――貴族の少年の1日は如何だったでしょうか。
これにて今回の番外編は終わりとなります。
次の番外編が一旦の最後となると思いますので、そちらまでお付き合いいただければ幸いです。
※次の番外編は4月10日(木)から投稿予定です。
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう。