7 すっからかん
現在、番外編を更新中です。
次は木曜日に投稿予定となっています。
投稿時間はいつも通り午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
「やはり魔力量と火力は関係ありそうだな。
しかし単純な比例関係とも言い難い……剣速か?
剣を振るう速さも、炎に影響しているのか?
だとすると『剣を振る』のを魔術起動の合図にしたのが原因か?
それともアンス特有の現象なのか?
……というかそもそもの話として。
炎の生じる条件も特定しなければ。
本命は攻撃対象の有無とすると、敵の認識条件は――」
淡々と滔々と。
ルングは一心不乱に呟き続ける。
その目に宿っているのは、底抜けの好奇心だ。
無表情ながらもその顔は生き生きと輝き、美しい茶色の目は大きく見開かれ、私と土剣を1分1秒たりとも逃すまいと、観察し続けている。
「……予測だけでは、埒が明かないな。
アンス、起きろ!
早く強化魔術を発動させろ。
出力を上げろ。
剣を振れ。
なんなら、剣速や軌道との関連性も調査したいから、数パターンで振れ。
あと、無手のパターンも測定したいな。
……やりたい調査が多過ぎる。
興味深いな!」
そんな言葉を、少年は私に投げつける。
動けない私に。
魔力と体力が限界を迎え、大地に転がり、力尽きている私に。
非道もいいところの激務を押し付けてくる。
……改めて思う。
コイツ、本当に友だちか?
「き、君には、人を労わる心とかないのか⁉
君の実験に付き合ったせいで、こっちは今動けないんだぞ⁉」
必死の言葉も、実験に首ったけの魔術師の心には届かない。
「何を言っている。
確かに俺も興味はあるが、元々は君のじゃないか。
俺の我儘に付き合わされている、被害者みたいな言い方をするなよ。
この卑怯者が」
「それはそうかもしれないけど、私が動けなくなるまで酷使したのは、君だよなあ⁉
というか、誰が卑怯者だ!」
「魔力が炎へと変化しやすくなる」という、私の強化魔術を調べ始め、気付けば数時間。
何十何百もの魔術の発動と、土剣の素振りによって、私の気力・体力・魔力は尽きてしまっていた。
「大体、よく考えたらおかしいでしょ⁉」
息も絶え絶えに抗議の声を上げる私を見て、少年は首を傾げる。
「どこがおかしいんだ?
……ああ、なるほど、分かったぞ?
剣の装飾が足りないと言いたいんだな?
だがアンス、違うぞ。
貴族の君は見慣れていないかもしれないが、普通の剣は――」
「剣の意匠に文句があるわけじゃないよ!」
……何が「分かった」だ!
何も理解していないなら、そんなこと言うな!
少年は更に首を傾げる。
無表情も相まって、妙に腹の立つ仕草だ。
「じゃあ、何がおかしいというんだ。
文句なしの、完璧な剣だろう」
そう言うと少年は、未だ私の手にある土剣に視線を注ぐ。
……ルングの言葉は、間違っていない。
カチャ――
軽く剣の柄を握り直す。
重さも手応えも、空気を切る音も。
この土剣はやはり、通常の剣と同等のモノだった。
いや、修復や生産効率も考慮すると、同等以上の代物かもしれない。
そこに異論はない。
だが――
「ルング、確認だよ?
『この剣は、使い手の魔力や魔術を吸収する』
『振る事によって、その力を発現させる』
それで良いかい?」
大きく首を傾げていた友人は、ようやく頷く。
「その通りだ。
だからその炎の観察に、君の協力が必要だったんじゃないか」
……なるほどなるほど。
ルングの言葉を噛みしめながら、共に伏している剣に目を遣る。
……魔道具に必要なのは、魔石と魔法円型の刻印だ。
そこに魔術発動の意志が加わって初めて、魔術が発動できる。
ルングが作った土剣は、それらを「剣の担い手」と「剣を振る挙動」に委ねることによって、魔術を発動しているのだろう。
つまり炎の顕現に必要なのは「私」と「剣を振る挙動」の2つ。
しかし――
「うん、それはまあ……分かっているつもりだよ。
だけどさあ――」
一息吐いて告げる。
「それなら、剣の大きさを通常サイズにする必要性はなかったよね?」
私の指摘に、少年は目を丸くする。
……そう。
魔術の発動に必要な条件がその2つなのであれば、この剣は剣である必要がない。
「もっと短くて、軽く振れる剣でも良かったよね?
なんなら、小型ナイフとかでも良かったわけだし。
それなら『振る』のが発動条件だったとしても、もう少し体力の消耗を抑えられたんじゃない?」
……というかそれ以前に。
「魔術の発動意思」を「剣を振る」という挙動に置き換える意味が、今回の実験においてはあまり感じられない。
「剣を振ると、魔術が勝手に発動する」
言葉にすると簡単だし、実戦において利点は多いだろうが、使い熟すには相当な訓練が必要なはずだ。
体力と魔力の消耗。
剣速と魔力の関係性。
発動した魔術と体術の兼ね合い。
複雑に絡み合ったそれらは、どう足掻いても邪魔にしかならない。
……今の私たちの目的は「私の強化魔術」――その特性の確認だったはず。
であれば「剣を振る」という玄人向けの発動設定にする必然性などなく、いつも通り魔道具型の発動媒体と条件にした方が良かったのではと思うのだ。
「ふっ……」
そんな私の真っ当なツッコミに、少年はニヒルな笑顔(口元だけ)を浮かべる。
「……なんだい? もしかして、何か別の思惑があったのかい?」
……この友人は、変わり者だ。
私では考えもつかない「狙い」があってもおかしくない。
変人の変人たる所以は、その価値観が一般とかけ離れている所にある。
であれば今回の「剣を振る」という条件設定も、彼なりの目的があったのかもしれない。
ルングはゆっくりと口を開く。
「……思い付かなかった」
「うん?」
あまりにも簡素な答えに、思わず聞き返す。
「思い付かなかったと言ったんだ。
ふふふ……やるじゃないか、アンス!
天才か、君は!
その発想はなかったぞ。
どうにも俺は、固定観念に囚われていたらしい。
確かにそれなら、体力の損耗を抑えられるな!」
友人の声色がその興奮に呼応して、徐々に高くなっていく。
「『土よ、形を成せ』。
確かに、君の言う通り魔道具形態でもいけそうだな!
ほら、剣から早く持ち替えて握ってみろ!」
それどころか、今のちょっとしたやり取りだけで、簡単に魔道具型のそれをあっさり生み出していた。
「……えっ⁉ ちょっと待ってよ。
ということは、剣型にした意味は――」
「ないな。その場のノリだ。
君の朝の訓練と強化魔術のイメージに、完全に引っ張られたな。
君のせいだぞ?」
しれっと友人は言い放つ。
「このバカ! 人のせいにするな!
どうしてくれるのさ⁉ 動けそうにないんだけど⁉」
……最初は新鮮だった草と土の匂いも、いい加減飽き飽きだ。
せめて私の体を起こせ!
恨みを込めて、ルングを睨め付ける。
するとルングは、こちらに向けて両の掌を合わせた。
「発展の為の尊い犠牲だな……」
「最低だ! 拝むな! 友だちを勝手に犠牲にするな!」
「『友だちの為に、動けなくなるまで実験協力をしたアンスカイト――ここに眠る』
君の墓碑には、そう刻んでおこう。
……素晴らしい友情だ」
……誰か、このバカに教育を!
主にコイツの逆らえない人に。
魔術学校学長や、王宮魔術師総任、ルングの母親あたりに、ルングの教育的指導を頼みたい。
というかそのラインナップに並べるゾーレさんが凄すぎる。
こんなことになるのなら、このバカを御する方法を彼女から聞いておけば良かった。
「――来たな」
妙な方向へと向かっていた思考が、ルングの言葉によって引き戻される。
友人に目を遣ると、何故か彼は土剣から目を離し、大空を見上げていた。
……珍しい。
研究中、ルングが被験体――今回は不本意ながら私もだが――から目を離すことがあるなんて。
状況が分からず、友人の視線を追いかける。
すると――
ゴオォォォォォ!
「はあっ⁉」
視線の先の空が燃え上がった。
……いや――違う。
気のせいだ。
あまりにも膨大な――燃え盛る様な魔力。
それによって一気に空が覆われたことで、そんな勘違いをしてしまった。
ゴクリ
生唾を呑む。
……その魔力の持ち主の正体は、勿論分かっている。
故にその魔力が――魔術が、こちらに向けられることはない。
それは重々理解しているはずなのに。
ブルっと身が勝手に震える。
雄大な山々や底の見えない海を見た時の様な感覚。
圧倒的な存在を前にした時の、言い知れぬ悪寒をどうにか抑えつける。
ドオォォォン――ドオォォン
轟音が空を渡る。
音の伸びが徐々に短くなっていく。
そして――
「何かあったんですかっ⁉ アンス!」
魔力と音の主が、空を駆けてくる。
絶大な魔力に輝く桜色の髪と瞳。
快晴の空の元、王宮魔術師を示す黒のローブをはためかせ、美しい女性がその姿を現す。
アオスビルドゥング家長女。
最年少王宮魔術師。
全てを焼き尽くす、劫火の魔術師。
レーリン・フォン・アオスビルドゥング。
私の姉であり師でもあるその人が、空の彼方からやって来たのだ。
――アンスとルングの研究。
そしてやって来た王宮魔術師。
何故彼女がやって来たのかは、また次回!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう。