6 土剣と強化魔術
現在、番外編を週2日で更新中です。
次は日曜日に投稿予定となっています。
投稿時間はいつも通り午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
「とりあえず、強化魔術についてだが――」
ルングの指示の元、魔力制御を行う事、約数十分。
友人はどうやら、私の魔力の分析を終えた様だ。
いつもの如く、いつもの調子で、滔々と語り始める。
「発動できると思うぞ?
魔力出力、制御能力、濃度・密度、全てにおいて問題なさそうだし」
「えっ?」
予想外の宣告に、驚愕の声が出る。
「……本当に?
朝は、まるで発動出来なかったんだけど?」
戸惑う私の問いに、少年はコクリと頷く。
「おそらく発動はしていたんだと思うぞ?
ただ……そうだな。
方向性が違っていたのかもしれないな」
そう言うとルングは「朝の通りにやってみろ」と、私に続ける。
……あっさりと言ってくれる。
こっちはルングに分析してもらう為に、必死に魔力を捻出したというのに。
少しの不満。
しかしそれ以上の期待――希望が、私の胸を高鳴らせる。
……ルングは魔術にだけは、真摯な男だ。
そんなルングの「強化魔術は既に発動していたんじゃないか」という発言は、「強化魔術を発動できない」と考えていた私にとって、福音以外の何物でもなかった。
……ふう。
踊る心を落ち着かせ、魔力を制御し始める。
想像するのは、目の前のルングや彼らの騎士リッチェンさん。
燃え上がる魔力を体内に留めることで、全身の強度を上げるイメージである。
……よし!
気合を入れ直し、魔力を爆発させる。
燃え盛り溢れ出した魔力を、意志の力で統率し、自身の体内へと収めていく。
……彼らの様にできているだろうか。
全身を見回す。
拳を握り、手足を動かす。
……分からない。
少なくとも個人的な感覚としては、魔力の輝きを除けば普段と大差ない様に思える。
……何が足りない?
自身の不足を、必死に考える。
鍛錬か?
考察か?
覚悟か?
それとも――
「……面白い」
どうしようもない方向に傾こうとした私の思考は、友人の言葉によって遮られる。
……不完全な魔術に。
それに対して思い悩む私に、何故か友人は好奇心を燃やしている。
……まるで、その姿こそが――
私と彼の違いだと言われているかの様だ。
「……面白いって何がさ? 全く発動の気配を感じられないんだけど」
自身の劣等感と無神経な友人への苛立ちがないまぜとなり、冷たい言葉を彼に向けてしまう。
……恥ずかしい。
けれどどうしても、何か言わずにはいられなかった。
しかしルングは、私の不機嫌な言葉も全く意に介さない。
「……何がだと? そりゃあ、全てさ。
魔力の質か?
質によるものだとしても――では――決まる?
血統と環境――それとも本人の――か?
本人の資質だとするなら――」
ルングはおざなりな答えを寄越すと、私を観察しながら、ブツブツ呟く。
私はそんな彼の姿を、静かに睨みつけることしかできなかった。
「……よし、試してみるか」
魔術師は一通りの考察を終えると、右手を軽く開く。
「『土よ、形を成せ』」
「っ⁉」
直後、少年の掌に、魔法円が展開される。
普通の初級魔術――規模の小さい魔術だ。
しかしその単純な魔術に、私の心は大きく乱される。
……今、どうやって発動したんだ⁉
ルングは今、魔力を閉じ続けていた。
彼の体に魔力の気配は、一切なかった。
……その状態で、どうやって魔術を発動させたのだろう。
現に今も、魔法円の展開された手以外から、魔力は感じない。
魔石を持ってたのか?
いや、それなら魔石の魔力が見えたはずだ。
……何をしたんだ?
まるで空中から、魔力を抽出したかのようだ。
そんな驚愕する私をよそに、少年の魔術は形を成していく。
「……剣?」
ガシッとルングが柄を握る。
彼の魔術によって生成されたのは、シンプルな剣だ。
広刃の剣。
私もよく使う両刃剣と、その形は酷似していた。
……普通の剣と異なるのは――
刃や柄の色合いが、茶色であること。
すなわちその全てが、土で形成されていることである。
「ああ――土剣だ」
ヒュッ――
ルングは軽く剣を振るう。
重々しい土色の外見とは裏腹に、その挙動は速い。
「中々便利だぞ? 剣を失った時とかな」
「いや、君……基本的に剣は使わないだろ。
近付かせる前に、魔術で一掃する方が手っ取り早いって考えてるタイプだろ」
友人のテキトーな言葉に、指摘を入れる。
……訓練は兎も角として。
基本的にルングは、剣を用いた近接戦を行わない。
小技と大技を駆使して相手の接近を許さず、効率よく魔物を仕留める。
もし接近されても、強化魔術と体術でねじ伏せるのが、ルングのいつものスタイルだったはずだ。
しかしルングは「時にはこれが必要になる時もあるんだ」と、どこか影のある表情を浮かべつつ、剣の柄をこちらに向ける。
「……四の五の言わずに受け取れ。
そしてもう1度、強化魔術を発動するんだ」
不意に差し出された剣の柄を反射的に握り、受け取る。
……凄い。
見た目は完全な土色。
しかしその柄の硬さや重さは、完全に1本の剣を再現していた。
そっ――
好奇心に駆られて、剣身に触れてみる。
冷たくて、吸い付くような手触り。
おそらくこの剣は、金属製のソレと相違ない切れ味を示すのだろう。
「ほれ、早くやれ」と、友人は無遠慮に急かす。
そんな彼に「うるさいなあ、集中させてよ!」と応える。
……先程までの苛立ちは――
いつの間にかすっかり収まっていた。
「ふう――それじゃあ、やるよ?」
友人にそう宣言して、再び不完全な強化魔術を発動する。
放出した魔力を、これまで通り体内に留めようとすると――
「うわっ⁉」
制御していたはずの魔力が、凄まじい勢いで剣に吸収されていく。
「ど……どうなってるの⁉」
驚く私に、魔術師は自慢げに語り始める。
「魔力を宿しやすい素材割合で、剣を製造してみたんだ。
魔道具作りの応用だな。
これで君の魔力――強化魔術は、剣にも反映されたはずだ」
みるみる私の魔力を吸収した剣は、強い輝きを帯び始める。
「ねえ、これ大丈夫だよね? 爆発したりしないよね?」
私の不安に、ルングはいつもの無表情で応える。
「大丈夫だ。
自分でも試したが、爆発したことはない」
……爆発はないが、何かしら起きたことはあるらしい。
「何が起きたんだい?
何て言えばいいのかな……すごく怖いんだけど」
「まあ、技術の発展に犠牲は付き物だからな……。
安心しろ。治癒魔術は用意してある」
「より怖くなったんだけど⁉」
戦々恐々としながら剣を握る私に、少年はしれっと言い放つ。
「さて、冗談の時間は終わりだ。振ってみろ」
「……君の冗談は、冗談に聞こえないんだよ」
……まあ。
命の心配はしていない。
こんなことを言っているが、本当に命に関わる様な実験なら、ルングは止めるはずだ。
そのはずだ。
そうだと……いいな。
ルングの良心がある事を祈りながら、剣に目を遣る。
魔力を宿した剣は、私が振るうのを今か今かと待つかのように、煌々と輝いている。
……発動するのだろうか。
強化魔術は、発動してくれるのだろうか。
一縷の望みを胸に剣を両手で握り、ゆっくりと頭上に振り上げる。
「じゃあ……いくよ」
……ええい――ままよ!
言うや否や、勢いよく剣を真下に振り下ろす。
すると――
ぼうっ!
「えっ⁉」
私の振り下ろした剣――その剣身が、炎を纏ったのであった。
「魔力の変質傾向が、強いのかもしれないな」
「少し炎を弱めてくれないか」と魔術師は呟きつつ、剣の炎をじっくりと見る。
その目は土剣に負けず劣らず、好奇心の炎に燃えていた。
「これ、火力調整聞くのかな……あっ、いける。
なるほど、吸収されそうになる魔力量を制御すれば良いのか。
……変質傾向が強いっていうのは、私の魔力が変化しやすいって意味かな?」
私の問いに、ルングは慎重な様子で言葉を選ぶ。
「正確には、アンスの魔力が火に――炎に転じやすいのだと思うが……まだ予測段階だな。
ちなみに俺が強化魔術の要領で魔力を流した場合、剣自体の強度が上がったぞ」
「ってことは私の強化魔術は――」
「ああ。
単純な性能強化ではなく、炎にまつわる強化となっているのだろう」
「……それって、意味あるのかなあ?」
流暢に語る友人に、愚痴を溢してしまう。
炎なら、魔術で事足りている。
強化魔術で炎が生み出せたとしても、それに意味があるとは思えなかった。
しかしそんな私の虚無感を――やはりルングは理解できていない様だ。
いつもの調子で。
空気も読まずに、捲し立てる。
「意味だと?
やれやれ、いつも以上に妙なことを言うな、君は。
こんなに面白い現象を、実用性だけで判断しようだなんて、無粋極まりないぞ?」
私の心情を、口数で押し流す。
「そもそも、この土剣で強化魔術の検証した人数は3人。
姉さんにリッチェン、それに俺だ。
アンスは4人目にあたる。
その中で君だけが――君の魔力だけが、炎に変換されたんだぞ?」
魔術師は黒ローブを翻し、熱く拳を握る。
「この現象を調べないでいられるか!
今の所唯一の例外だぞ?
これを調査せずして、何が魔術師か!」
友人はその端正な頬を上気させて、その熱意を主張する。
……まったく、バカみたいだ。
そんな彼の姿を見て、毒気が抜ける。
……思っていた。
私が強化魔術を発動できないのは、私の才能が足りないからだと。
ルングたち天才に及ばないのは、才能の差が大きいからだと。
そう思っていた。
しかしこの友人にとっては、そんな事どうでも良かったらしい。
彼の中にあったのは、私――アンスカイトの魔術が「面白い」という、ただそれだけだった様だ。
……子どもか。
そんなことを不意に思って、勝手に納得する。
私の握る剣を、友人は未だ食い入るように見つめており。
剣について熱く語るその様子は、幼い子どもにしか見えなかった。
そんな無邪気な友人を見て、ほんの少しイタズラしたくなる。
「ルング……そろそろ止めても――」
「良いわけないだろう!
まだ魔力は余っているのは、分かっているんだぞ?
もっと観察させろ!
実験させろ!
解剖させろ!」
がしっ!
手首を全力で捕らえられる。
どうやら私は、この友人の好奇心が収まるまで、付き合わなければならないらしい。
……けれど――
そんないつも通りの苦難も、今日は悪くない気分だった。
「……って、ちょっと待て! 解剖とか言ったよね⁉
サラリと怖ろしい言葉を入れるな!」
私の言葉を聞いて、ルングは偉そうに踏ん反り返る。
「発展の為には、必要な――」
「それは聞いたよ! そして断固として断るよ!」
燃え盛る炎の剣を前に、私たちの言葉が行き来する。
……きっと傍から見れば――
私たちのやり取りは、それはそれは楽しそうに見えた事だろう。
――アンスは劣等感もありますが、魔術師であり、ルングの友人なのだというお話。
というか、剣が炎を纏うって格好良いと個人的には思うのですが、いかがでしょうか?
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう。