5 お菓子の正体
現在、番外編を週2日で更新中です。
来週は水曜日に投稿予定となっています。
投稿時間はいつも通り午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
「なるほど……第5王子殿下が俺に会いたいと仰っていたと。
あっ、そこで魔力放出はストップだ。
1分間出力維持」
「うん、正確には紹介だね。
『ルングを紹介して欲しい』って言われたよ」
殿下からの要望を伝えながら、少年――ルングの指示通りに、魔力の出力調整を行う。
煌々と輝く魔力は私の全身を満たし、更に燃え上がろうとするそれを、どうにかこうにか制御する。
……難しい。
できるか否かの境界線上――絶妙な難易度の指示だ。
私の実力を見透かしてのモノなのか。
それとも偶々なのか。
見透かされているのだとしたら、気持ちは複雑だ。
しかしやりがいはある。
チラリとルングは私を――私の魔力を視る。
「……良いだろう。
次に各部位への魔力移動。
まずは胸部から開始だな。
……ちなみに『紹介』と仰っていたが、殿下が俺に何をさせるつもりなのか聞いたか?」
魔力を胸部に集中させつつ、左右に首を振る。
「ううん、教えてくれなかったよ。
てっきり、魔道具――マジカルカメラ関連だと思ったんだけど、内緒みたいで」
少年は考え込むかのように、手を口元へと持っていく。
いきなりの王族からの呼び出し。
いくらルングといえども、不安ではあるらしい。
「まあ……安心しなよ。
殿下は多少強引な人だけど、何か不敬を働いたとかでなければ、大丈夫なはずさ」
「第5王子殿下の不敬にあたる基準はなんだ?」
友人の真剣な問いに口ごもる。
……正直、分からない。
私も王子殿下と、殊更仲が良いわけではないのだ。
「うーん……。
以前、殿下と決闘したけど、それは大丈夫だったかな」
「ああ……そういえばそうだったな。
君の勝ちだっけか」
ルングはポンと手を打つ。
ちなみに他人事の様な反応をしているが、この友人は私と殿下の決闘を、興行として扱っていた。
入場料を取り、荒稼ぎしていた。
それどころか、噂では決闘賭博すら開いていたと聞いている。
そんな奴がどうしてこんな反応ができるのか、理解に苦しむ。
やはりこの男には、人として大事な何かが欠落しているとしか思えない。
「反対に、ルングに思い当たることはないの?
最近何かやらかしたこととかは?」
「ない」と即答して、ルングは視線を空に向ける。
「ちなみにだが、陛下の前で身元を偽るのって、罪になると思うか?」
「君……何やらかしたのさ⁉」
私の問いに、ルングは答えない。
ただ、遠くを見る目をしている。
「……まあアレは、王宮魔術師総任も聖教国教皇も知っているし。
大丈夫だろう。うん、問題ないはずだ」
かと思えば友人の口から、次々と権力者の名前が零れ出る。
……聞いているだけで、同罪にされそうだから止めて欲しい。
そしてもし大変なことになりそうなら、私は巻き込まず、1人で沈んで行って欲しい。
そんな私の不安を察したのか、ルングは口調だけは明るく告げる。
「……安心しろ。
俺は常に、誰が相手でも敬意を表しているだろう?
多少身分は偽ってしまったが、陛下に失礼なことはしていないとも!」
……怪しい。
しかし賭博の件もそうだが、この男は一応今の所、罪に問われたことがない。
奇妙なことに。
摩訶不思議なことに、ギリギリ一線は越えていないのだ。
「……まあ、それは大丈夫だと思うけどね。
陛下にやらかしたのなら、殿下が呼び出すことはないだろうし」
……何かあれば、騎士団に突き出そう。
ルングに当たり障りのない意見を言いながら、そう決意する。
公爵家の跡継ぎたる者、友人の道を正すのもまた役目だ。
私の言葉に、まだ逮捕されていない知人は「そうだよな」と満足そうに――とはいっても無表情だが――頷いたのであった。
「では、次は出力解放――もっとだ。
足りない。まだまだ上げられるだろう?
――ストップ。良いだろう。
その状態で10分間維持だ」
ルングと世間話をしつつ、魔力制御訓練は続く。
……正直、結構ギリギリだ。
動いてもいないのに汗は額を伝い、手足は心なし震えている。
……平常時の私なら、動けなくなってもおかしくない。
それだけの魔力を、ルングは平然と要求してくる。
「ルング……そろそろ限界が近――」
「それはいつもの君の話だろう?
今の君なら、問題ないと思うが」
……バレている。
私の好調を、どうやらルングは既に見抜いていたらしい。
……というか、何故ここまで調子が良いんだ?
ふと自身の状態に疑問を抱く。
朝の訓練の時は、いつもの調子だったのに。
戸惑う私に、ルングは衝撃の言葉を言い放つ。
「君、偶然を装っていたが、俺を追いかけてきたな?」
「な、なぜそれまで⁉」
疑問と困惑。
動揺と驚愕。
調子どころか、行動まで見抜かれ、恐慌状態に陥りそうな私に、友人はあっさり種明かしする。
「驚くことじゃない。
アンス、俺の焼き菓子を食べただろう?
アレは試作品であり、特別製でな。
食した者の魔力を、徐々に回復させる効果があるんだ」
……アレか⁉
ルングの家で、クーグルンさんとリッチェンさんからお茶と一緒に頂いた、美味しい焼き菓子を思い出す。
ルングが作ったと聞いた時も、多少怪しく思ったものだが、やはり仕掛けがあったらしい。
「じゃあ、私の魔力がいつもより多い気がするのは――」
「あのお菓子のおかげだな。
食物の吸収速度をあえて遅らせることで、魔力の回復時間を引き延ばそうという狙いが、アレにはあったんだ。
要は、魔力の腹持ちを良くしようという試みだな。
姉さんやリッチェンには微妙だったが――」
ルングは私への視線を強める。
「アンスには合っているみたいだな……面白い。
やはり個人差があるようだ」
淡々と。
しかし饒舌に、少年は呟く。
どうやら私が追いかけてきたこと以上に、自身の製作したお菓子の性能の方が気になる様だ。
……らしいといえば、心底ルングらしい価値観である。
「って……ちょっと、ルング!
当然の様に人体実験しているのは、おかしいと思わないのかい?」
「思わない。基本的に美味しいお菓子だしな。
姉さんもリッチェンも、嬉しそうに食べていたぞ?
それに今回に関しては、アンスが勝手に食べたのであって、俺のせいではないだろう?」
……確かにそうだけども。
そしてクーグルンさんとリッチェンさんにも、悪気はなかった様に思える。
美味しいお菓子のお裾分けのつもりだったのだろう。
そもそもの話として、彼女たちは基本的にお人好しであり、腹芸が下手だ。
もしルングの実験だと知っていたのなら、態度に出ていたはずだ。
「アンス、魔力が減ったぞ? 気を散らすな。
折角、偶然実験台になってくれたんだから、存分に計測させろ」
「友だちを当然の様に実験台扱いするな!
ったく、誰のせいだと……」
抗議しつつ、魔力量を増やす。
「……まあ、いいさ。
それにしても、良かったのかい?」
気を取り直した私の問いに、実験狂の魔術師は首を傾げる。
「良かったとは?」
「いや、結局私の強化魔術の訓練にも付き合ってもらっているじゃないか。
忙しくはなかったのかと思ってね」
「今更だな」と少年は、小さく笑う。
「安心しろ。問題ない。
むしろ、丁度良かったといえる」
言いつつルングは、私とは反対に自身の魔力を完全に閉じる。
……完全なる魔力隠伏。
凄まじい魔力制御能力を下地とした、気配遮断である。
今は話しているから、どうにか把握できているが、視線を彼から切ってしまえば、きっとその存在を認識できなくなるだろう。
「問題ないなら、良かったけど……どうして今、魔力を抑えたんだい?」
「うん?」
少年は腕組みすると、少し考えて答える。
「アンスの魔力を、もっとよく見たくてな。
観察するには、自分の魔力も切っておいた方が、都合が良い。
……一応、他にも理由はあるが、大したことではない」
「だから気にするな」と、少年はひらひら手を振る。
……信用ならない。
それっぽい事をコイツが言っている時程、信用してはならない。
それは、長年の経験からよく分かっている。
そもそもルングが、自身の魔力と私の魔力を見間違う事などあり得ない。
つまりこの男は、他の理由とやらの為に魔力を抑えているはずなのだ。
……怪しい。
しかし、幸か不幸か――今の所、私への害意は感じない。
私への被害がありそうなら、すぐさま逃げに徹するのだが、その気配は感じられない。
……不安だ。どうする?
ルングとの訓練時間は、非常に有意義だ。
けれど何かしらの思惑が、働いている気もする。
利益と懸念が胸中でせめぎ合う中――私とルングの訓練は続く。
――いつの間にか実験台になっていたアンス。
そんな少年の胸中に疑念と不安は渦巻きつつ、訓練は続くのでした。
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう。