12 振り絞った力の先には。
本日5話投稿予定の4話目です。
次回は23時以降に投稿予定です。
姉の中で燃え上がる白光が、次々と風に変換される。
……渦⁉
変換された風は、姉を目として回転し、周囲へ唸りを上げて拡がっていく。
おそらく放った風を利用して、父のツーリンダーと猟師イークトを探そうとしているのだろう。
だが――
「ねーさん、だめだ!」
姉の魔術は確かにすごい。
けれど、捜索規模が広すぎる。
せめて父たちの足取りがわかっていたのなら、まだ可能性はあったかもしれない。
その情報を元に風を展開すれば、効率よく探すことができただろう。
……だが、今回は違う。
分かっているのは、猟師イークトと共に、2人で行動しているということのみ。
そんな状況で、広大な山の中からむやみやたらに父たちを探し出そうとすれば、発見する前に姉の魔力が尽きる可能性が高い。
それでも、吹き荒れる風が、地を駆けていく。
「っ⁉」
……やはりか。
姉の風の規模が拡がっていく。
アンファング村はとうに越え、山の木々を風が揺らす。
しかしその風が捜索範囲が大きくなるにつれて、みるみる姉の魔力は小さくなっていく。
「ねーさん! おれが、はんぶんさがすよ!」
……それなら姉さんの負担も抑えられるはずだ。
自身の魔力を、風に変換しようとして――
「ううん。ルンちゃんは魔術を使わないで」
姉はぴしゃりと俺を止める。
「どうして⁉」
自身の限界を超える魔力の使用には、危険が伴う。
俺が初めて水の魔術を使った時も、そうだったように。
使い過ぎた結果、俺たち姉弟は何度も意識を失いかけてきたのだ。
……姉さんもその危険性はよく知っているはずなのに!
どうして俺を止めるんだ?
姉は、苦悶の表情を浮かべながら告げる。
「だってルンちゃんの方が、私よりも治療上手でしょ?」
頭を殴られたかのような衝撃。
……姉は、そこまで考えていたのか⁉
父たちが、手傷を負っている可能性。
それも考慮した結果、姉はこう結論を出したのだ。
……自身が捜索をすべて請け負い、弟に治療を託す。
生まれてこの方、姉と色々な魔術に手を出してきた。
その経験と現況を考慮した結果、少女は1人で捜索を始めたのだ。
……俺の魔力を温存し、父たちの治癒を任せるために。
「でも!」
話している間にも、姉の魔力は減っていく。
これ以上の魔力の消費は危険だ。
姉はもう、いつ意識を失ってもおかしくない。
そのはずなのに。
絶えず魔力は変換され、冬の嵐は拡大していく。
「2人とも、どうしたの⁉」
「おい、何だこの風は⁉」
吹き荒ぶ暴風に、母と村長が気付いた様だ。
俺たちの元へとやって来る。
「かーさん! まりょくのあるヴァイで、ヴァイゲのじゅんびを!」
「――っ! わ、わかったわ!」
何も事情を聞かずに、母は家の中に入っていく。
そのままヴァイゲの調理に、取り掛かってくれるのだろう。
……ありがたい。
精神的には成人をとうに越えているとはいえ、3歳の子どもの指示を、母は躊躇なく聞いてくれる。
「ルング! クーグルンは、何してるんだ?」
「ねーさんは、とーさんたちをさがしてる!」
村長に答えながら願う。
……父さん、早く見つかってくれ!
姉の光が小さくなっていく。
今にも消えてしまいそうな白光。
……やはり俺も――
「ダメ! ルンちゃん!」
俺の魔力の動きを、姉は正確に捉えていた。
今じゃない。
まだ自分の出番だと。
姉の視線は雄弁に語りかけてくる。
「でも、ねーさん! まりょくが……」
「大丈夫だよ! 私はお姉さんだからね!」
その顔に浮かぶのは、いつも以上に大輪の笑顔。
強がりなのは、滴る汗からも明らかなのに。
それでも少女は、気丈に振る舞う。
……くそ!
転生前は、何もかも諦めた人生だった。
どんなに不満があっても、理不尽なことがあっても、ヘラヘラやり過ごして。
ただ生きていただけの人生だったのだ。
……だから考えたこともなかった。
何もできないことが、こんなに悔しいことだなんて。
動きたくても動けないことが、こんなに苦しいなんて。
……知らなかった。
聞こえるのは風の音と、姉の荒い呼吸。
世界を探す、姉の息吹。
「ねーさん! もう――」
……止めてくれ!
もう消える。
姉の白光が――魔力が。
残っているのは、か細い輝きだ。
それが俺には、彼女の命の輝きにしか見えない。
「まだ――」
それでも姉は止めない。
諦めない。
「まだお父さんを見つけてない!」
その瞳に輝くのは決意。
死んでも父を見つけてみせるという、強い意志だ。
「そんちょー! かーさんのヴァイゲをはやく――」
「ヴァイ」
「っ⁉」
俺の言葉に、姉の呟きが重なる。
その声には、一筋の光明を見つけたかのような気付きが含まれていた。
「……良かった、ルンちゃん。
ありがとう。まだ私……やりきってなかったよ」
肩を上下させながら、姉の表情は周囲の嵐が嘘のように、晴れ晴れとしている。
……何を。
姉は何を言っているのか。
もう姉の白光は、粒ほども残ってないというのに。
「ねーさん! これいじょうは、ほんとうにしんじゃう!」
……嫌だ。
ここにいる姉にも、父にも、猟師ヤークトにも。
誰にも死んでほしくない。
前世の俺の様に、なりたくない。
独りに、なりたくない。
……お願いだ、姉さん。
俺を置いて、行かないでくれ!
祈るような俺の想いに、姉は応える。
「ルンちゃん、私は大丈夫だよ。見えるし、できるから」
「なにを――⁉」
姉の呟きと同時に……世界が一瞬にして呑まれた。
――姉のクーグルンによる決死の捜索。
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!