4 貴族の少年とその友人の小さくも大きな攻防
現在、番外編を木日の週2日更新していますが、次回は土曜日に更新予定です。
投稿時間はいつも通り午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
「ふう――」
クーグルンさんとリッチェンさんという、ルング有識者2人の元を後にして、私は公爵家への道をひた走っていた。
「アンス様、今お暇ですか? 良ければお茶しません?」
「すみません、今、少し忙しくて!」
「ルング先輩? 向こう行きましたよ」
「ありがとうございます! おかげでルングを仕留められそうです!」
「アンス君、次の画像集ではメイド服か執事服を披露してくれるって本当?」
「そんなテキトーなこと言ってたのは、誰ですか⁉
後で訴訟するので、教えてください!」
息を弾ませ、友人たちと言葉を交わしながら、足を進める。
……日頃から運動していて良かった。
魔術研究のみに傾倒していたのなら。
もし朝の訓練が無ければ。
今頃私は、動けなくなっていただろう。
そんなことをふと考えて、我に返る。
……いや。
こんな事で実感したくはなかったかもしれない。
欲を言えば、もう少し格好良い場面。
可能であれば魔物討伐の時や、対人戦の時とかに味わいたかった。
胸中で血の涙を流しつつ走っていると、見慣れた屋敷が見えてくる。
「良し――」
……もう少しだ。
ルングが、何かしらの被害を出す前にとっ捕まえなければ。
奴への対策をいくらか考えながら、公爵邸に辿り着くと――
「おお……アンス、来たな」
丁度黒髪の少年が、我が家から出て来る。
艶やかな黒髪に、透き通るような茶色の瞳。
ローブは闇夜の様に真っ暗で、息を呑む様な美しい相貌が、ぼうと浮かび上がっている。
……惜しむらくは。
その整った顔が、一切の表情を宿していない事だろうか。
どこまでも無表情で無愛想。
そんな淡々とした少年は、私に向けて軽く手を挙げている。
「やあルング、偶然だね。何かウチに用でもあったのかい?」
汗をハンカチで拭いながら、少年――ルングに、偶々遭遇した事を強調しつつ、我が家来訪の理由を尋ねる。
……こいつに異変を察知させてはならない。
この男はルングだ。
王宮魔術師を手玉に取り、公爵と対等に渡り合う規格外である。
油断や隙を少しでも見せてしまえば、魔物以上の執念で獲物に食らいつき、骨の髄までしゃぶりつくそうとする男である。
気を引き締めて、少年を見つめる。
するとルングはチラリとその瞳で私を――おそらく私の中の魔力を――確認すると、あっさり語り始めた。
「ああ……ほら、つい先日君に販売を手伝ってもらった魔道具があったろう?」
「……ああ、そういえばあったね」
「ルングを紹介する」という「殿下からの頼み事」と、関わりのありそうな話題が突然出てきて、心がざわめく。
……いや、大丈夫なはずだ。
流石のルングでも、まだ「殿下の頼み事」は把握していないはずだ。
……理屈で考えれば、そうなのだが――
この男は分からない。
読めない。
……もっと常人に優しい生き方をして欲しい。
警戒心を強めるこちらの心を知ってか知らずか、ルングは話を続ける。
「アレの売り上げ報告と、今後の方針を公爵様に説明しておこうと思ってな」
「……今後の方針?」
「殿下の頼み事」に関わりがなさそうで、ほっと胸を撫でおろしつつ、思考は巡る。
……私も巻き込まれたアレに、今後があるのだろうか。
だとすると、恐怖しかないのだが。
私の不安げな顔とは対照的に、友人は嬉しそうに頷く。
「ああ、今後の方針だ。
販売会は大盛況だった上に、魔道具そのものは完売。
要望書も大量となれば、次回以降も利益が見込めるからな!
やるに決まっているだろう」
……決まっているのか。
「私、何の話も聞いてないんだけど?」
抗議の意を込めた言葉に、少年はいけしゃあしゃあと言い放つ。
「それはそうだ。言ってないからな」
「何で⁉」
「何でって、事前に通告してたら止めるだろう?」
商人に悪びれる様子は無い。
それどころか、落ち着き払った顔だ。
「普通そういうのは、画像にされた私たちから許可を貰うべきだろう⁉」
至極尤もな抗議に、商人は不敵な笑みを浮かべる。
「ふ……残念ながら、まだこの世界に肖像権の概念はないんだ。
故に君たちの許可はいらない!
そもそも、契約書によって今後の撮影の権利は保証されているのだ!」
ルングは訳の分からない言葉を交えつつ、声高に続ける。
「良いじゃないか。
利益は被写体――君たちにも還元予定だし、アンスに関してはアルバイト代まで渡しているだろう?
それに何の文句があるんだ?」
……まあ、確かに。
労働の対価は、確かに貰っている。
この男は契約してしまえば、意外と律儀だ。
給料は悪くないし、労働の成果次第では更に報酬も上乗せしてくれる。
そういう意味では雇用主としてのルングに、悪いところは少ない。
しかし――
「あるよ! かなりの文句があるよ!」
それでも、抗議の気持ちは収まらない。
私の勢いに、珍しくルングが鼻白む。
「何故だ? 被害が出ているわけでもないのに」
「被害ならあるとも」
私の言葉に、ルングは心底心外そうに目を見開いた。
「……何の被害だ? 全く心当たりも報告もないのだが」
……この男は遠慮会釈なく、よくもまあ言えたものだ。
「君……今、父上に会って来たんだよね?
その時に、何か言ってなかったかい?」
「公爵様が……?」
少年は怪訝そうに眉を寄せると、直ぐに首を傾げる。
「何もアンスの被害らしいことは、言ってなかったと思うが……。
……ああ、あれか?」
ぽんと少年は、納得した様に掌を拳で打つ。
「君と師匠の画像データ集セットを、公爵夫妻が12セットずつ購入してたことか?」
「……はあっ⁉」
真実を炙り出そうとしていたら、更によく分からない事実が出てきた⁉
「ああ……すまない」と、困惑している私に構わずルングは続ける。
「内訳と個数は、正確に報告しなければな。
アンスの魔石が12個に、師匠の魔石も12個。
加えて再生用魔道具もまた12個ほど購入されたので、しめて36個の売り上げとなる」
「知らないよ!
そして何で父上と母上、そんなに買ってるのさ⁉
仮に私たちの画像を見たかったのだとしても、1個ずつで十分でしょ⁉」
真っ当なはずのツッコミも、商売の鬼が相手では何の意味もなさないらしい。
「いやいや、君は親心というものを分かっていないな……」
そう言うと、少年は左右に首を振る。
サラサラと揺れる黒髪が、妙に腹立たしい。
……というか、そもそもこの男に親心が理解できるのか?
そんな疑惑も露知らず、ルングは続ける。
「いいかアンス……想像するんだ。
もし君がメーシェンさんと、万が一結婚できたとする」
「はあっ⁉ け、けっこ――」
「……ああ、そんなに動揺するな。面倒臭い。
あくまで想像だ。
ひょっとすると実現するかもしれない、僅かな可能性の1つだ」
少年は友人とは思えない酷い言葉で、私の心の動きを制する。
「まあ……兎も角だ。
君と想い人が結婚したとする。
それで玉の様に可愛い子どもが、生まれてきたとする。
そうなった時、君の子どもの画像集が販売されていたとしたら、どうする?」
……難問だ。
しかし、私が確実に言える事は――
「買い占めるかな。
持てる財産全てを、躊躇いなくつぎ込むと思うけど」
……何故だろう。
即答しただけなのに、心なし友人が引いてる気がする。
「……まあ、そういう事だ。
公爵様たちもまた、同じ気持ちという事だな。
買い占めるとまでは、言ってなかったが。
なんなら公爵様は、君たちの魅力を宣伝するために、配り歩くつもりらしいぞ」
「親心だなあ」と、ルングは染み入る様に呟く。
……うん、まあ。
両親がそれだけ私たちを、愛しく思ってくれるのは嬉しい。
気恥ずかしくもあるが、ルングの言に多少の理があることも認めよう。
けれど――
「……父上や母上の件は、まあ別にいいさ。
私の受けた被害は、また別のことだ!」
ビシッと指摘した私の指先を、ルングは見つめる。
「……今の所ない様に思えるが」
……静かで穏やかな瞳だ。
その真摯さすら感じる美しい目に、私は真っ直ぐ伝える。
「ある……あるんだ」
「――」
友人は何も告げず、私の言葉を待つ。
そこには確かに、信頼関係が――友人の懐の深さが垣間見えた。
その心意気に甘え、私は渾身の訴えを少年に投げかける。
「君が画像データを販売したことを切っ掛けに――私宛のお見合い話が爆増してしまったんだ!
どうしてくれる⁉ 酷い状況になっているんだよ⁉」
それに対する少年は――
「……何だ、そんなことか?」
呆れ果てた様に、私を見つめる。
「な、何で君がそんな目で私を見るんだ⁉ おかしいだろう⁉」
……犯人のくせに!
ルングは「はあ」とこれ見よがしにため息を吐く。
「君なあ……友人から『モテモテで困っちゃう』みたいな自慢をされる俺の身になれ。
多少の殺意が湧いても、仕方ないだろう?」
「いや違うんだって!
お見合い話の多さは、そんな良いものではないんだって!
そして殺意を向けるのを止めてくれ!」
貴族家同士の結婚には、多くの思惑が付きまとう。
私の画像集を足掛かりに私――正確には私ではなく公爵家――と懇意になることを企んだ者たちが、多かったのだろう。
その結果が、お見合い話の増加である。
……加えて言うなれば。
このお見合い話を全て断ってしまえば、方々に角が立つ。
かといって1度受けてしまえば、他のお見合いも受けなければこれまた角が立つ。
進むも地獄、戻るも地獄。
それが今、私の置かれている状況なのだ。
しかし――
友人に悪びれる様子は無い。
それどころか、まるで私が悪いかの様に視線を刺してくる。
「……そもそもだ。見合いの話が多いのは、君が悪いんだぞ?
君がその年で、婚約者の1人や2人いないから、そんなことになってるんじゃないか」
「婚約者がいないのは兎も角、2人いてたまるか!
大体、君もいないじゃないか!」
……私と同じ立場のルングに、それを言われる筋合いはないよ!
しかし薄情な友人は、あっさり私を突き放す。
「俺はアンスと違って、生まれも育ちも良いエリートお貴族様じゃないからな。
ただのしがない平民だ。一緒にされてもらっては困る」
「嫌味だよね⁉ 絶対に嫌味で言ってるよね⁉」
「まさか」
そう言う友人の顔には、嫌らしい笑みが張り付いている。
……何だ、コイツ。
どうして私はこんな奴と友人になれたのだろう。
不思議でならない。
「まあ、結局君が悪いのに変わりないだろう?」
「な……何でさ!」
ルングの言葉に動揺する私に、彼は更に畳みかける。
「……想い人がいるのに、さっさと告白しないのが悪い」
「ぐっ……」
……確かにそれは、間違いではない。
想い人がいるのなら、その人を婚約者にしてしまえばいいのだ。
既に婚約者が決まっているのであれば、お見合い話が来ることもない。
……いや、それでも話が来る事はあるらしいが。
しかし今と比較すれば、圧倒的に減るはずだ。
……勿論そんなことは、私だってよく分かっている。
どれが最善かだなんて、言われるまでもなく理解しているのだ。
そんな私に、友人――か最早怪しい男が、冷たく呟く。
「だから前々からずっと言っているが、君がメーシェンさんに告白してしまえばいいんだ。
公爵様からも太鼓判を押されているのに、ウジウジウジウジと」
……私だって、できるものならしたいさ!
しかし、そうしようと考えると、緊張して言葉が出なくなるのだ。
声が震えるのだ。
胸が高鳴ってしまうのだ。
……だが、この友人は残念なことに。
そんな私の気持ちを考えない。
或いは、頭にない。
そもそもこの男は、人の気持ちや心理に疎い――犯罪的に無理解な存在なのである。
……もっと私を労わって欲しい。
そうでないにしても、仮にも友人である私を、そんな冷たい目で見るなと言いたい。
「そ……それで断られたらどうするんだ⁉」
「あんなに溺愛されてて、断られるわけないだろ」
友人は演技臭い仕草で「けっ」と毒づく。
「そんなの分からないじゃないか!
それに付き合えたとしても、性格が合わなかったとかあり得るだろう⁉」
「おい、君は何年メーシェンさんと一緒にいるんだよ。
性格が合わなかったなら、メーシェンさんはとっくの昔に使用人を辞めてるだろ」
私の憂慮を、友人は逐一潰していく。
私の逃げ場を失くしていく。
「でもさあ……」
「『でも』も『だって』もない。
……仕方ない。分かった」
ルングは不穏な様子で呟くと、くるりと振り返り、屋敷に向けて歩き始めた。
そんな決意を感じる背中に、私は問いを投げかける。
「ルング、何をする気だい?」
私に振り向く気配すら見せず、少年は背中で答える。
「丁度、屋敷の中にメーシェンさんもいたからな。
ここに呼ぶ。
君……今すぐ告白しろ」
……はっ⁉
友人の発言に一瞬頭が真っ白になり、即座に彼の黒ローブに縋りつく。
「待て! 動くな!」
私を引きずりながら、悪魔は足を進める。
「ふ……友人の為なら、俺は鬼になる。
だって俺たちは、友だちだからな!」
……凄まじい力だ!
「良い台詞をそんな外道な笑顔で言う奴なんて、君しかいないよ⁉
止めて! ごめん、謝ります!
私がヘタレのせいで告白できていないことは謝るから、それは止めてえぇぇぇ!」
こうしてしばしの間、私とルングの攻防は続いたのであった。
――アンスとルングのドタバタ攻防。
アンスの気持ちもよく分かりますし、ルングの気持ちも分からないでもない気がします。
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう。