3 貴族の少年は友人宅を訪れる
現在、番外編を木日の週2日更新していますが、次回は水曜日に更新予定です。
投稿時間はいつも通り午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
「……ルングに結婚を申し込むおつもりですか?
止めといた方が良いと思いますけど」
「アンスカイト……お前何を言っている?」
そんな遊びの一幕もありつつ、第5王子フーリン殿下の「ルングを紹介して欲しい」というお願いを聞いた私は午後の授業を終えると、早速魔術特区内にあるルングの家へとやって来ていた。
殿下が紹介を願い出たのは、どうやらルングが最近販売を始めた魔道具に関連しているらしい。
……その魔道具というのは、ちなみにアレである。
光情報再現魔術『光を見せる』を搭載した、画像再生用魔道具「マジカルカメラ」――私が騎士風の格好で、販売を手伝った魔道具だ。
……魔石データ化された人たちの中に、殿下の憧れの人でもいたのだろうか。
姉上にクーグルンさん、リッチェンさん。
それにルングの事業を手伝っている獣人3姉妹たちに、聖教国で仲良くなったという聖騎士ゾーガ様と聖女ハイリン様。
……不本意ながら、何故か収録されてしまった私を除けば。
データ化されている面々は、魅力的だ。
私だって懐が許すのなら、欲しい気持ちはある。
そういう意味では、誰に憧れてもおかしくない面子だと言えるだろう。
故に探りを入れるのと恩を売るのも兼ねて、
「誰のデータ集が欲しいのか」
「何なら代わりに自分が、ルングから買って来ようか」と提案してみたのだが、残念ながらそれは断られてしまった。
……ひょっとするとだが。
同級生に憧れの人を知られるのが、恥ずかしいのかもしれない。
……殿下も意外と可愛らしい所があるなあ。
王族として精力的に働いている青年も、思春期男子という事に変わりないらしい。
苦手なイメージがあった殿下だが、ほんの少しだけ親近感がわいた。
「――さて」
気を取り直して、ルングたちの家――その出入口の前に立つ。
扉の直ぐ隣には、薄い金属板の様な物が備え付けられていた。
……家人を呼び出す為の魔道具だ。
これもまた、ルングが開発した魔道具の1つであり、中々に売れていると聞く。
「まったく、どうやったらそんなのを思い付くのやら」
そんな友人の柔軟な発想力を羨望しつつ、魔道具へと手を伸ばす。
金属板――そこに刻印された魔法円に指先を当て、記録されている魔術を発動しようとしたところで――
「アン様、入って良いよー!」
「うえっ⁉」
ビクッ!
突然の声が、私の耳に襲い掛かった。
「あれ? アン様、どうしたの?
もしかして、聞こえてない?」
驚きのあまり動かない私に、声の主は明るく語りかける。
……落ち着いて聞いてみれば――
聞き慣れた声だ。
この家を訪れる機会が多ければ多い程、よく聞く声である。
……まあ、しかしそれでも。
魔術師として偉大過ぎて、未だに対面すると少し身構えてしまうのだが。
1度大きく息を吸い、そんな尊敬する魔術師の声にどうにか答える。
「……大丈夫ですよ。聞こえてます」
「あっ、それなら良かったよ! じゃあ、入って来て!」
カチャリ
少女の言葉と同時に、閉じていた扉が勝手に開く。
「えっ⁉」
2度目の衝撃が私を襲う。
……どうやって、今、この扉は開いたんだ?
多少気が抜けていたとはいえ、しかしそれでも扉自体は視界に入っていた。
そのはずなのに、魔力の気配を感じる間もなく、この扉は開けられた。
……そもそも。
声に驚いて忘れていたが、魔道具を発動してすらいない私の来訪を、どうやって察したのだろう?
矢継ぎ早に疑問が湧いてくる。
好奇心が溢れてくる。
自身の無知がもどかしく。
しかしそれでいて、新たな未知との出会いに胸は高鳴る。
……まったく。
いつ来ても、面白い家だ。
「では――失礼します」
私はいつも通り好奇心に胸を躍らせながら、招かれるがままに友人たちの家へと足を踏み入れた。
呼び声の導きに従い、ある1室へと足を運ぶ。
案内された部屋には、2人の少女が私を待ち構えていた。
「よく来たねえ、アン様!」
楽しそうに告げたのは、私をこの部屋まで案内した声だ。
それと同時に、その声の主――私より少し年上の少女が椅子から立ち上がる。
艶のある茶髪のロングヘアーが、彼女の動きに従ってふわりと揺れる。
少女は立ち上がった勢いのまま、誰も座っていない椅子の元へと足を運ぶと――
「こっち座って座って! お菓子もあるよ!」
そう言って椅子を引き、楽しそうに微笑みかける。
煌めく笑顔に、温かい光を宿した優しい瞳。
何度見ても見慣れることのない、人を惹きつけてやまない、太陽のような少女。
友人ルングの姉――クーグルンさんだ。
ポンポンと無邪気に椅子を叩くその姿はとても愛らしく、人気があるのも頷ける。
「あ、ありがとうございます……」
少し緊張しながら、少女が用意してくれた席に着く。
すると――
スッ
視界の外から、流れる様にティーセットが配膳される。
「ありがとう、リッチェンさん」
私のお茶の準備を整えてくれたのは、先にいたもう1人の少女――リッチェンさんだ。
この部屋を訪れた時には、クーグルンさんと共に着席していたはずだが、いつの間にか席を離れ、新たなティーセットを準備してくれたらしい。
……音も気配も感じなかったのは、訓練の成果だろうか。
いつものドレスと鎧を身に付けているにも関わらず、少女の動きは淀みない。
「いえいえ、どういたしましてですの。
この位、騎士なら朝飯前ですの」
……お茶の準備は、別に騎士の仕事ではない気がするのだが。
ひょっとして、アオスビルドゥング騎士団では、お茶の入れ方まで指導していたりするのだろうか。
騎士の少女は「早く飲め」と言わんばかりに、じっとこちらを見つめている。
……まあ、折角淹れてくれたのだ。
温かい内に飲むのが、礼儀というものだろう。
ティーカップを口に運ぶと、程よく温かいお茶が唇に触れる。
直後、ふわりと柔らかい香りが口の中を満たした。
「……美味しい」
ポツリと思わず零れ出た私の感想を聞いて、2人は穏やかに微笑んだのであった。
お茶と一緒に出された焼き菓子に舌鼓を打ちつつ、私は2人にこちらへとやって来た事情を説明する。
「――というわけで、こちらに足を運んだ次第です。
……それにしても、このお菓子美味しいですね」
「美味しいよね! 今朝、ルンちゃんが作ってくれたんだよ!」とクーグルンさんは不穏な言葉を述べつつ、話を続ける。
「つまりアン様は、王子様のお使いでルンちゃんを探しに来たって感じ?」
クーグルンさんの問いに、即座に頷く。
ざっくばらんな物言いだが、要点は見事に捉えていた。
「はい、そんな認識で問題ありません。
なので、ルングの居場所を教えていただけませんか?」
……私個人の目的として、「強化魔術を教わる」というのもあったが――
それは話さなかった。
ここにいる2人――クーグルンさんとリッチェンさんなら、それを告げれば「強化魔術」を教えてくれるかもしれない。
否、親切な彼女らであれば、十中八九教えてくれるだろう。
……しかし、それは些か申し訳ない。
基本的に多忙な2人だ。
クーグルンさんはルング同様に――あるいはルング以上に魔術学校や各地を行き来していると聞くし。
リッチェンさんの騎士団での活躍もまた、父上や騎士たちからよく聞いている。
……ひょっとすると――
そんな2人がこんな風にお茶をしている時間自体、貴重なのかもしれないのだ。
それを私の我儘で引き裂くのは、どうにも気が進まなかった。
……どうせ殿下の用事を果たす為に、ルングに会いに行くのだ。
それなら「強化魔術」を教わる用事も一纏めにしてルングにぶつけてしまった方が、効率としても良いだろう。
……言っておくが。
決して女子2人相手に、緊張してしまうからなどではない。
美少女2人を前に、日和見を決めたわけではない。
ただ単純に、ルングの方が気兼ねなくやり取りができるというだけだ。
言い訳のような言葉を自身に言い聞かせる私の問いに、少女2人は何故か顔を見合わせる。
「……どうしたんですか、お2人共?」
……理由はない。
しかし少女たちの動きに、何故だか妙な胸騒ぎがする。
すると少女騎士が、おもむろに口を開いた。
「あら……じゃあ、すれ違いになってしまったのですわね。
ルングなら、アンス様の御宅――公爵家の御屋敷に行くって言ってましたわよ?」
騎士の言葉を、魔術師がにこやかに捕捉する。
「そうだねえ! ルンちゃん、すっごくノリノリだったねえ」
……ルング――公爵邸――すごくノリノリ。
その言葉が瞬く間に頭の中を駆け巡り、即座に私のすべき行動を結論付ける。
「お2人共、嫌な予感がするので、私はこれで!
お茶会のお邪魔をして、申し訳ありませんでした!
では、失礼します!」
言うや否や席を立ち、駆け出し始める。
そんな私の背中に――
「アン様、ファイトだよ! 気をしっかり持ってね!」
「ルングは先程出発したばかりなので、頑張ってくださいですの!」
少女2人は、示し合わせたかの様に、応援の言葉を口にしたのであった。
――アンス、大忙しです。
まともな人程、振り回されるという例に漏れず、アンスもまた振り回されている模様です。
というわけで、公爵家を目指すアンス。
そんな彼の運命や如何に! 次話をお楽しみに!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう。