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どうして異世界に来ることになったのか。  作者: スポンジ
番外編 リッチェンの悩み
214/245

1 少女騎士は気にかかる

 現在、番外編を木日の週2日更新予定です。

 次回の投稿時間も午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。

 タッタッタッ――


 規則正しい足音が響く。

 普段は学生たちでごった返す町並みは、早朝の時間帯故かこの上なく静かだ。


 私――リッチェンは、いつもの(コース)をいつもの調子で駆け抜ける。

 鎧を装備した手足を懸命に振る。

 初めて着けた時には違和感があったものだが、それも今は過去の話だ。


 走るのは昔から好きだった。


 なにせ全身の挙動を、確認できる。


 加えて走れば走る程、削られていく(・・・・・・)感覚が堪らない。

 頭の中から余分が削ぎ落されていくあの感覚。

 辛く息苦しい中で、最後に鼓動と呼吸音のみが聞こえるあの感覚は、まるで自身が無駄のない剣になったかの様に思えて、私はずっと好きだった。


 そんなことを考えながら進んでいくと、視界に分かりやすい変化が生じる。

 実用性や機能性を重視した街並みから、奇抜な――溢れんばかりの好奇心が弾けた街へ。


 朝の静寂は変わらない筈なのに、空気感すらどこか楽し気なものへと変化しているように感じる。


 ……ここからが魔術特区。


 クー姉とルングの住む、魔術師たちの街だ。


 平素なら住人たちが飛び回り、各所で魔術が飛び交う賑やかな街。

 魔術師の成り手の特性上、貴族の人口が圧倒的に多い街でもある。


 しかしそんな煌びやかな街も、朝のこの時間はすっかり寝静まっていた。


 しばし特区内を走っていくと、通い慣れた幼馴染の家が見えてくる。

 その家の前には――筒状の何かを手に持った幼馴染(ルング)が、一昨日ぶり(・・・・・)に立っていた。


「おはようリッチェン。今日も早いな」


 遠目にも関わらず少年の口が小さく動き、手に持った筒が掲げられる。


 ……この距離でボソリと呟いても、私以外聞き取れないでしょうに。


 少々呆れながら、少年に手を振って応える。

 すると――


 ニヤリ


 そんな音が、少年の顔から聞こえた気がした。


 ……嫌な予感がする。


 足を進めながら、警戒心も高めていく。

 直後――少年が投擲体勢に入る(・・・・・・・)


 ……あの筒を、投げる気ですの⁉


 何のために?

 そんな私の疑問を吹き飛ばす様に、少年の身体が躍動し――


 ボッ!


 彼の筒を握った手元が、そんな音を立てたかと思うと――筒が私に向かって、真っ直ぐに飛翔し始めた。


 ……やりますわね!


 速度とコントロール、共に中々だ。

 私と筒の距離が、みるみる縮んでいく。


 しかし――


「まだまだ甘い(・・)ですの!」


 ……投擲の意図は、理解できませんでしたが――


 少年の投げた筒を、手で捉える(・・・・・)


 パシッ!


 ……何ですの? これ?


 受け取った物体を握り締める。

 思ったよりも固い。

 おそらく金属製なのだろう。


 ……魔道具でしょうか?


 走る勢いのままに、少年の元へとその筒を運ぶ。


「ナイスキャッチだ、リッチェン」


「……何がナイスなんですの?」


 私の問いには答えず、少年は筒を受け取ると、くるっと回して、その外観を確認する。

 どうやら何かを試していたらしい。


 カチッ


 少年が筒の上部を少しいじると、その部位がパカリと開く。


「……飲め」


 グイっと少年に、開いた筒を差し出される。


「いや、怖いんですけど」


 そう言いつつも条件反射なのかなんなのか、少年から筒を受け取ってしまう。

 開いた筒の上部には、小さく黒い穴があった。


「……これ、水筒なんですの?

 ここに口を付けて、傾ければ良いんですの?」


 コクリ


 私の問いに、ようやく答えが返ってくる。

「飲め」という言葉から、想像で言ってみたのだが、どうやら当たっていたらしい。


 ……どういうつもりなんですの?


 ルングの顔を窺うと、真剣な瞳が私を捉えている。

 私が飲むまで梃子でも動かない様相を、少年は呈している。


 ……仕方ないですわね。


 グイッ――


 手に持った筒――水筒を、一息にあおる。

 火照った体に程良い温さの液体が、口から喉へと流れ、身体に摂取されていく。


 ……普通の水だ。


 なんなら、とても美味しい水だ。


「……美味しかったですの」


 少年は感想を告げた私を――私の手元にある水筒を、じっと見つめ続けている。


「……それは良かった。

 水筒を返してもらっていいか?」


 差し出された少年の掌に水筒を置くと、ルングはつぶさに水筒を観察し始める。

 どうやら内容物ではなく、水筒の方が実験対象だったらしい。


「昨日は居ませんでしたわね……水筒(それ)の研究をしていましたの?」


「ああ、そうだ。

 ありがとう……リッチェン。おかげで一段落だ。


 ……もう少し耐久性を高めて、本体は完成だな。

 後は腰に固定できるように――」


 きっと熱心に研究していたのだろう。

 水筒を小突くルングの大きな目の下には、これまた大きなクマが出来ていた。


 ……多少、心配ではありますが。


 まあ、最悪倒れそうになったりしたら、いつも通り世話をしようとコッソリ決意する。


「……となると、一緒に走れるのはルングに余裕が出来てからですのね」


 私の言葉に、ルングは心底嫌そうな顔をする。


「仮に好調でもお断りしたいな」


「なっ⁉ どうしてですの⁉」


「ランニングでリッチェンに付いて行くのは、かなりきつい。

 君は俺を殺す気なのか?」


「……勿論、そんな気はないですけど」


 少し気落ちしていると、少年はいつもの無表情で告げる。


「……冗談だ。研究が終わったらな」


「やった! 言いましたわね!」


 言質取ったり。

 もう撤回させる気はない。


「おい――」


 ルングの言葉を振り切り、軽い足取りで駆け出す。

 彼の言葉が届かない所まで走り切って振り返ると、少年は少し眠そうな顔で、私を見守っていた。


「――」


 私が手を振ると、彼もまた小さく手を振り返す。

 そんな彼を度々振り返りつつ、私はランニングを再開する。


 黒色の幼馴染が、どんどん遠ざかって――小さくなっていく。

 いつものことのはずなのに、それがほんの少しだけ寂しかった。




「リッチェン、何悩んでるのさ?」


 騎士学校の一教室。

 その隅にある席で、とある書類(・・・・・)と対峙していると、青のショートカットの少女――友人のフリッドから、声をかけられる。


「見ての通りですの」


 仕方なく少女の眼前に書類を持っていくと、彼女はサラリとそれを読み流し――


「進路で悩む……? リッチェンが?」


 訝しむ様子で、私を見つめる。


「何ですの? その反応?」


 ……私、何か変な事をしたでしょうか?


 私の問いに、少女はいよいよ不振の色を深める。


「その反応も何も、リッチェンは騎士になるんでしょ? 

 というか、1年目から騎士団に所属してる主席騎士が、騎士以外の何になるっていうのよ?


 これで騎士以外の何かになろうものなら、前代未聞だと思うけど?

 そもそもリッチェンが今(・・・・・・・)騎士学校に通っている(・・・・・・・・・・)こと自体(・・・・)疑問に思う人すらいる(・・・・・・・・・・)のに」


 ……騎士学校は、所属学生を騎士として育成するための学校だ。


 故に卒業できた人員は、ほぼ全て騎士となる。


 ……けれど――


 騎士学校を卒業しなければ、騎士になれないというわけではない。

 基本的に剣の腕前さえあれば、騎士になることは可能なのだ。


 ……幸い私も――


 話を頂けたから、アオスビルドゥング(公爵家の)騎士団に所属させてもらえているし。

 なんなら、他の騎士団からのスカウト(はなし)も頂いている。


 学校にまだ通えているのは、公爵様が便宜を図って下さったからだ。


「色々なことを学んで、後悔なく自身の将来を決められる様に」と。


「……いえ、騎士になるつもりではありますのよ?

 幼い頃からの夢でしたし。ただ……」


「ああ……なるほど」


 私の言いあぐねる姿を見て、フリッドの青髪がほんの少し揺れる。


「どこの騎士団に所属するか、悩んでいるのね?

 色んな所から、スカウトが来てるから」


 核心を若干(・・)突いた少女の言葉に、素直に頷く。


 ……どの騎士団に、所属すべきか。


 それは確かに、大きな問題だ。 


 現在所属しているのは、お世話になっている公爵様に仕えるアオスビルドゥング騎士団。


 しかし有難いことに、他の騎士団からも話は来ていた。


 国内では王宮魔術師と並ぶ花形として扱われている、アーバイツ王宮騎士団。

 国境を守る特性上、実力者が多数所属していると聞くランダヴィル騎士団。


 果ては何故か、聖教国の聖騎士団からもスカウトが来る始末。


 ……というか聖教国に関しては――


 そもそもの話自体が、おかしかった。


 聖教国のスカウト内容――それは「ルングと私」を「聖女(ルング)聖騎士(わたし)」のセットで欲しいというものだったのだ。


 ……わけが分かりませんの。


 これを提示したのが、以前研究のお手伝いをさせていただいた聖女マイーナ様だというのが、特に私の混乱に拍車をかけていた。


 ……実験の時も、ウバダラン王国でお会いした時も――


 クー姉とルング(あの姉弟)と比較すればまともな人だと思っていたのだが、どうやらそうでもなかったらしい。


 ……兎にも角にも。


 他にもいくつか、話を貰えてしまっている。

 結果、どの騎士団に所属するか悩む羽目になっているというのが、一応の(・・・)わけだ。


 ……ただ、正確には。


 決めかねている理由(・・・・・・・・・)が、他にもあるのだが。


「……アタシは、どこでも良いと思うけどねえ。

 公爵(アオスビルドゥング)騎士団は、リッチェンの方が知ってるだろうけどさ。


 王宮騎士団も、辺境伯(ランダヴィル)騎士団も、悪い所じゃないって聞いてるよ?」


「そうですわね……」


 友人に受け答えをしながら、脳裏に気にかかる(別の)ことが過ぎる。


 ……私の幼馴染(ルング)は、どうするのでしょう。


 彼の選択に対して、盲目的に追従する気はない。

 自身の意志を以て、真剣に将来と向き合うつもりだ。


 ……けれど、どうしても――気になってしまいますの。


 クー姉の様に、そのまま進学するのか。

 レーリン様を目指して、王宮魔術師になるのか。

 あるいは、他の道を取るのか。


 ルングは私の幼馴染だ。

 考えていることはある程度分かっているつもりだし、彼と通じ合っている感覚もある。


 けれど私は残念ながら――彼について知らないことも、多いのだ。


 ……ともすれば。


 私のこの選択次第で、ルングと会う機会は減ってしまうのかもしれない。

 それどころか――


 ……彼との関係性すら、切れてしまうのかもしれない。


 開いていた窓から、風が入ってくる。

 春はもう近いはずなのに、その風はどこか冷たく、悲しかった。

 ――自身の未来の選択を前に、揺れる少女の心。

 そんな少女の心も露知らず、ルングは研究に励んでいる模様です。


 番外短編のつもりでしたが、少し長くなってしまったので、前後半で分けようと思います。

 次回は3月2日(日)の予定ですが、少々体調を崩してしまったので、ひょっとすると投稿できないかもしれません。

 その場合は3月6日(木)に投稿することになると思いますので、よろしくお願いします。


 本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!


 今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。


 ではまた次のお話でお会いしましょう。 

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