少女はもうじき姉になる。
現在、番外編を木日の週2日更新予定です。
次回の投稿時間も午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
世界が好きだ。
その魔力は荘厳で、色鮮やかで、美しい。
生き物が好きだ。
その魔力は鮮烈で、眩くて、力強い。
人が好きだ。
その魔力は柔らかくて、温かくて、優しい。
美しい世界の中で、生き物たちが力強く生き、優しい人々が生きる。
そんな世界が、私は昔からたまらなく好きだった。
「おかあさんって、きれいだねえ!」
「あら、クーちゃん、ありがとう!」
「うふふふ」とお母さんは柔らかく微笑む。
お母さんは可愛くて、綺麗だ。
髪と瞳は黒色だけど、いつも太陽みたいに温かくて、輝いている。
その姿を見ていると、心がポカポカして、幸せな気持ちになる。
……でも――
「ううん……おかあさん、いつもよりもっときれい!」
……言いたいことを、言葉にするのって難しい。
お母さんは、私の言葉に大きな目をまん丸にする。
お母さんの中で輝く光も同じように丸くなっていて、満月みたいだ。
「おいおいクーグルン、やるな!
さすが俺の娘だ! これでゾーレもお前にベタぼれだぜ!」
お母さんの綺麗な光に見惚れていると、わしゃわしゃと頭を撫でられる。
大きくて、ゴツゴツしてて。
それでいてすごく温かい、大好きな手だ。
「おとうさん!
……べたぼれってなに?」
手の持ち主――お父さんに尋ねると、茶色の目が穏やかに細くなる。
優しい表情だ。
真面目な時の顔はかっこいいけど、この顔はお母さんにも負けない位可愛い。
「ベタぼれはだな……要するに、ゾーレがクーグルンのことを大好きになったってことだな!」
「やったあ! おかあさん、わたしのことだいすきになったんだあ!」
お父さんの手を頭に乗せたまま、嬉しくてピョンピョン飛び跳ねると、お母さんが私のほっぺを両手で包む。
「クーちゃん、違うわよ?」
「えっ……?」
……お母さんは、私の事好きじゃないのかなあ?
少し不安になった私に、お母さんは優しく笑いかける。
「だって私、クーちゃんの事、最初からずーっと大好きだもの。
だから『大好きになった』じゃないの」
フニフニとお母さんは私のほっぺで遊び始める。
……嬉しくて、くすぐったくて、気持ち良い。
楽しそうなお母さんにほっぺを預けていると、お父さんはニヤリと変な笑い方をする。
「ふ……確かにそれはそうかもしれないな。
だが、ゾーレ! 本当にそれでいいのか?」
大袈裟な動きで、お父さんは空いた手の人差し指を、ビシッとお母さんに向ける。
それに対して――
「『本当にそれでいいのか』というのは、どういう意味かしらツーリンダー?
私がクーちゃんを大好きなのは、事実なのよ!」
お母さんも私のほっぺから片手だけ放すと、お父さんに立ち向かうみたいに、ピシッと指を突き返す。
2人の視線は私の頭の上でぶつかり合い、火花を散らす。
「ゾーレのそういう所は好きだが……まだまだ真面目過ぎるな!
お前のクーグルンへの愛は、そんなものなのか⁉」
「っ⁉」
お父さんの言葉に、お母さんの目が更に丸まる。
「大好きなんてのは、当然だ!
なんせ俺たちの娘は、世界1可愛いんだからな!
……そんな世界1の娘への愛を、大好き程度に留めていいのか?」
ふう――
お母さんが息を吐く。
「……そうだったわね。
当たり前過ぎて忘れていたけど、私たちの娘は世界最高の娘。
大好きなんて言葉だけでは、この気持ちは表現しきれないわね!」
「うん?」
どういう意味だろうと思ってお母さんを見ると、お母さんはパッと明るく笑う。
「私がクーちゃんの事を、好きで好きで仕方ないってこと!
うーん! 可愛い!
貴女は最高の娘よ! クーちゃん!」
ガバッ!
お父さんに頭を撫でられつつ、お母さんには抱き付かれる。
ふんわりと柔らかい香りが、私を包む。
……すごく幸せで、とっても落ち着く。
春の様に温かくて、夏の様に眩しい。
それが私のお父さんとお母さんだ。
でも――
……「お母さんがいつもより綺麗」って私が言ったのは。
本当の事を――見えている事を、言っただけなんだけどなあ。
抱きしめられながら、お母さんを見つめる。
正確には、お母さんに宿る光をじっと見つめる。
……それは――その光は。
いつもの何倍にも膨れ上がって、お母さんの中でお日様みたいに強く輝いていた。
それからというもの。
日に日にお母さんの中の光は、大きくなっていった。
村の人たちの淡い光とは、全然色合いが違う。
それに私とも少し種類が違う、綺麗で不思議な光だ。
……けれど、それでも分かることはあった。
この光は、悪いものではなくて。
きっと幸せを運ぶものだ。
ひょっとすると、お母さんは宝物でも食べちゃったのかもしれない。
お母さんの光が、かなり大きくなったある日――
村内の沢山の煌めきを眺めながら、お散歩していた時の事だ。
「おう、クーグルン! 元気か?」
ずんぐりむっくりの大人に、声をかけられる。
「そんちょう! きょうもひまなの?」
「誰が暇だ! 俺は忙しいんだぞ?」
今日も村長のツッコミは鋭い。
けれど語気は強くても、そのムキムキの身体に宿る光は、いつも通り穏やかだ。
「……たく、ツーリンダーの真似ばっかしちゃあ、駄目だぞ?
アイツはいつも俺を揶揄いやがる……」
「おとうさん、そんちょうのことすきだからねえ」
そう言うと、村長は「ムッ」と眉間にしわが寄る。
「あっ! そんちょう! てれてるでしょ?」
「て、照れてなんかねえよ!」と村長は恥ずかしそうに顔を背けて、再びこちらに向き直る。
「まあ……それは置いとけ!
今日は、お前が姉ちゃんになるのをお祝いしてやろうと思って、声をかけたんだ!」
……ねえちゃん? お祝い?
村長の言葉に、頭を傾ける。
「そんちょう……ねえちゃんってなに? それにおいわいって?」
私の質問に、村長は難しそうな顔をする。
「あれ……?
ツーリンダーの奴が触れ回っていたから、知ってると思ったんだが……。
まだ聞いてないのか?」
「なにをー?」
「むっ……」
太くてカッコイイ腕を組んで、村長は何かを真面目に考えている。
お父さんと仲が良いけど、そうしていると村長の方がなんか大人って感じだ。
「これは伝えて良いのか? ツーリンダーとゾーレがちゃんと説明した方が……。
いや、でもそれならツーリンダーは、どうして俺たちに先に?
何も考えてないだけか?」
「うーん」と少し唸って、村長は1人頷く。
「まあ……大丈夫だろ。
ツーリンダーの責任ってことにしよう。
もう、村の皆も知ってるだろうし。
……よし。
ほら、最近ウチにリッチェンが生まれただろ?」
……むすめ?
その言葉が耳に入った途端、可愛いあの子の顔を思い出す。
「ああっ! うん! しってるよ!
リっちゃんだよね! すっごくかわいいよねえ!
やさしそうだよねえ!」
リっちゃんの光も、村長に似て穏やかな光だった。
きっとあの子も、優しくて面白い子になるのだろう。
「……優しそう?」
私の言葉に、何故か村長の光が揺れる。
不思議に思って村長を見ると、村長もまた不思議そうに私を見ていた。
……どうしたんだろう?
じっと村長の意外につぶらな瞳を見ていると、「……まあ、いいか」と村長は呟く。
「じゃあ、クーグルン。
お前の家に、赤ちゃんが来たらどうだ?
嬉しいか?」
村長の質問に、私は驚く。
「ええっ⁉ リっちゃん、もらっていいの⁉」
「良いわけあるか! ダメだ! ウチの娘は絶対にやらんぞ!
リッチェンじゃない、別の赤ちゃんだ!」
「うーん……」
想像を膨らませる。
……赤ちゃんかあ。
リっちゃんみたいな赤ちゃんが、家にいたら――
「すっごくしあわせだとおもう!」
嬉しくて、心がジャンプする。
それどころか、自然と体もジャンプしていた。
そんな私を見て、村長も嬉しそうに笑う。
「そうか! 良かったなあ!」
村長はそう言うと、私の家の方向を見る。
……良かった?
私が疑問を口にする間もなく、村長は話を続けた。
「それなら、今から家に帰ってみると良い。
ひょっとすると、嬉しい話が聞けるかもしれないぞ?」
「うれしいはなし?」
「ああ」
村長は優しく微笑む。
……お散歩もそろそろ飽きたし。
嬉しい話があるなら、この辺りで帰っても良いかな。
「わかった! わたし、かえるね!」
……早く聞きたい。
そんな気持ちから、村長に口早に伝える。
「じゃあね、そんちょう! またわたしがひまなときに、あそぼうね!」
暇そうな村長を置いて、私は走り出す。
「おい、それだと俺が暇人みたいに――」
……嬉しい話かあ! 楽しみだなあ!
足には自然と光が宿り、いつもの何倍も速く帰り道を駆ける。
胸は高鳴り、期待が私を突き動かす。
空に昇った太陽は、私の背を後押しする様に、強く輝いていた。
――クーグルンの幼少期、ルングの生まれる少し前のお話です。
本当の天才は、幼少期も天才だったという話でもあります。
ちなみにこの段階で、彼女は火属性の無詠唱魔術を独学で使える模様です。
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう。