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どうして異世界に来ることになったのか。  作者: スポンジ
15歳 それぞれの後日談
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6 姉弟はここにいる。

「聖女? 良いよ!」


「えっ? 良いんですか?

 ……ありがとうございます。


 では、今後ともよろしくお願いします」


 俺が三姉妹の三女(ラーザ)の教導園体験について話している間に、そんなあっさりとしたやり取りがあったらしい。


 ラーザの体験許可を貰って、再び庭へと戻ると――


「ではルング。貴方が聖女になる件もよろしくお願いします」


 マナ先輩はそんな戯言を置き土産に、雷鳴と共に去って行った。



「……ルンちゃんも、聖女になるの?」


「ならん」


 姉はニコニコと微笑みながら、庭で遊ぶ子どもたちを見守っている。

 その姿は、本当に幸せそうだ。


「それにしても……どうして聖女を引き受けたんだ?」


「あっ――クー姉! 危ない!」


「よっと!」


 こちらに飛んできた火球(・・)を、姉は薄っすらと魔力を帯びた手で、子どもたちに向けて弾き返す。

 高速で返って来た火球に、子どもたちの黄色い歓声が上がった。


「――ふう。

 私が聖女になるのって、そんなに意外?」


「……ああ、意外だな。

 姉さんはそういう肩書や称号には、興味ないと思っていた」


「うーん」と姉は軽く腕を組む。


「私も少し前(・・・)までは、そうだったんだけどね――」


「ふっ」


「ルング、くらええぇぇ!」とこちらに飛んできた水球を、今度は俺が弾き返す。


「私、ルンちゃんを向こう(・・・)に送るために『世界を越える(シュラヴェルト)』を、ずっと開発してたじゃない?」


「ああ……そうらしいな」


 姉がその才と人生の大半を懸けて発明したのが、異世界への渡航を可能とする魔術『世界を越える(シュラヴェルト)』だ。


 ……まあ。


 結果的に俺は、異世界に行かず。

 阿部さんだけがその世界へ、帰ることになったのだが。


 姉は穏やかな調子で独白する。


「私、ルンちゃんが行っちゃうかもっていうのは怖かったけど……楽しかったんだ」


 淡々とした語り。

 とても静かな、しかし想いの籠った告白だ。


「少しずつ、色んな事を試してきて。

 ルンちゃんや、沢山の人と研究して(あそんで)


 先生とかシャイ先生とかトラ先生みたいな、凄い人たちとも勝負したりして。


 そのおかげで、私の世界は広がったんだ」


「――」


 温かい春の風が、優しく姉の声を運ぶ。


「『世界を越える(シュラヴェルト)』の開発が終わって、いっちゃんが帰って。

『これから、何しよう』って考えて……思ったんだよ」


 少女はゆっくり空を見上げる。


「私……やりたいことが、いっぱいあるなあって!

 何でもできるなあって!

 幸せだなあって!」


 先程の穏やかな声色が嘘の様に――少女の声には活気が満ち、その漆黒の瞳は、活力によって輝いていた。


「だから、マナちゃんの提案も受け入れたんだよ!

 だって、面白そうじゃない?


 聖女だよ? 聖なるお姉ちゃん、見たくない?」


「……ああ、見てみたいな。絶対に格好良い」


 今は真っ黒なローブを着ているが。

 しかしこの姉なら、聖女の白ローブもよく似合うに違いない。


「うふふ」と姉は、心底嬉しそうに笑う。


「ルンちゃんは、ラーちゃん(・・・・・)の体験申請の為に来たんだよね?

 許可貰えた?」


「勿論。

 俺はこの教導園の講師でもあるからな。

 進学の為に、休職していただけで」


 ……まあ、その休職の結果、師匠に授業を勝手に引き継がれ――


 子どもたちが、変な語彙を身に付けてしまったのだが。


 ……なんだ、あの師匠。


 魔術関係以外では、本当に余計なことしかしていない。

 

「なんならラーザがアンファング村(ここ)を気に入るのなら、復職するつもりだぞ?

 常勤するわけではないが」


 ラーザを魔導に引き入れたのは俺だ。

 ならば、責任は取らねばなるまい。


『転移魔術』には届かないまでも、俺は既に『移動用魔術』を手に入れている。


 ……直ぐに『転移』も、出来る様になる予定だが。


 予定ではあるのだが。


 ……まあ、それは置いておこう。


 とりあえず『雷化魔術』や『光化魔術』さえあれば、村と魔術学校の距離は考えなくて良い。

 故にラーザの様子見も兼ねて、俺の空き時間も考慮した授業シフトを組んでもらおうかと思っていたのだ。


「そうなんだ! それなら私と同じだね(・・・・・・)!」


 そんな俺の思考は姉の一言によって、すっかり絶たれる。


 ……私と(・・)――同じ(・・)


「姉さんもここで働くのか?」


「うん、魔術の先生としてね!

 ほら、覚えてる?

 ずっと前『子どもたちに魔術を教えたい』って、私言ってたじゃない?」


 ……確かに。


 遥か昔、姉が魔術学校に行くかどうかで争った際、チラリとそんな話があった気もする。

 てっきり魔術学校に行かない為の理由付けだと思っていたのだが、どうやら本音も多分に含んでいたらしい。


「だが、聖女を――ああ、そうか。

 聖女としての義務はないのか」


 ……それなら可能ではあるのか。


 だが――


「研究は良いのか? 

 それに王宮魔術師になるのを、保留していただろう?

 それはどうするつもりなんだ?」


 俺の問いを、姉は笑い飛ばす。


「ルンちゃん、どうするもなにも決まってるじゃない!」


 首を傾げる俺に向かって、姉は羽ばたく様に両腕を広げる。


全部だよ(・・・・)! ぜーんぶ私はやるよ!


 したい研究は全部やる!

 それでもーっと賢くなって、子どもたちに教えるんだ!


 王宮魔術師になって、先生もボコボコだよ!」


 快晴の空の下を、黒のローブがばさりとはばたく。

 その単刀直入な言葉の力強さに、一瞬言葉が詰まる。


「……強欲だな」


「そうだよ!

 私、強欲なんだから!

 やりたいことも沢山あるし、なりたいものも沢山あるんだから!」


 未来を思って胸を弾ませる姉の姿が、眩しくて仕方ない。

 少女は好奇心に輝く瞳を、こちらに向ける。


「ルンちゃんは……何がしたいの?」


「何がしたい――」


 ……もう転生理由も手段も(追いかけていたものは)、解明できた。


 しかしそれでも、やりたいことは無数に。

 それこそ星の数程、この胸の中にはあった。


「……新しい魔術研究をしたいな」


「面白そうだね」


「金を稼ぎたい」


「ルンちゃんらしいね」


「家族や村の皆、それに友人たちを幸せにしたい」


 姉は目を見開き、直ぐにいたずらっ子の様な笑みを浮かべる。


「今でも皆、幸せそうだけど……どうする?」


「もっとだ。この程度では足りない」


「何だ、ルンちゃんも強欲じゃない!」


 朗らかに笑う姉に「そうだな」と答える。


 ……結局俺も、姉さんと変わらない。


 強欲で貪欲なのだ。


「だがまずは――」


「まずは?」


 首を傾げる姉に指を突き付け、宣言する。


「まずは姉さんを、さっさと捕まえないとな。

『転移魔術』や球体魔法陣で、ほんの少しだけ(・・・・・・・)水をあけられたが、直ぐに追い付いてやる」


「お姉ちゃんがその場で留まっているとでも?」


「それでも追い付くさ……約束だからな(・・・・・・)

 首を洗って待っているがいい」


 幼少期の月下の誓いは、未だ継続中だ。


 姉はほんの少し目を丸くすると、柔らかな笑みを浮かべる。


「そうだね……そうだよね!

 ルンちゃんが、私に追い付くの楽しみだなあ!」


「余裕でいられるのも、今の内だぞ」


 口調は好戦的だが、その声音は互いに柔らかい。

 そんな姉弟2人の緩やかな時間を堪能していると――


「ちょっと、そこのバカ2人!

 あなたたち、やってくれましたね!」


 魔術によって拡大された、刺々しい声が響く。


「なあ……姉さん?

 やっぱりあの魔力って……」


「絶対そうだよねえ?

 何をあんなに怒ってるのかな?」


 轟っ!


 そんな俺たちの呟きを焼き消す(・・・・)かのように、遠く離れた上空で、強大な爆炎が空を焼いていた。


 ……凄まじい魔力だ。


 ひょっとすると、龍と対峙していた時以上の出力かもしれない。


「……とりあえず逃げるか。

 ここにいると、子どもたちも巻き添えになるかもしれないからな」


「そうしよっか!

 じゃあ皆! また後でね! 

 危ないから、建物に入っててね!」


「「「ええーっ⁉」」」


 迫る炎と子どもたちのブーイングを背に、姉弟揃って逃げ出す。


「コラぁぁぁ! 逃げるなあぁぁぁぁ!

 2()人共(・・)、私の書類の中に報告書を仕込みましたね!

 おかげで私の始末書が増えた(・・・)じゃないですかあぁぁぁぁ!」


 怒りに燃える炎の正体は勿論、王宮魔術師レーリン様(姉弟の師匠)だ。


「……姉さんも、師匠に押し付けてたのか?」


「そりゃあ、面倒だもん!

 偶には、先生がすべきだよね?

 これまで散々、私たちに迷惑かけてきたんだから!」


「だよなあ?

 そもそも、始末書を書く様な生活を送っている――」


「うるさあぁぁぁい! 屁理屈をこねずに、お縄につきなさあぁぁい!」


 師の言葉を無視して、姉弟(おれたち)は魔術を発動する。

 身体は羽の様に軽くなり、互いにその身を空中に飛ばす。


「とりあえず……師匠から逃げきらないとな。

 まったく、これだからあの人は」


「本当にそうだよねえ。

 もっと大人になって欲しいよねえ」


「ちょっと! 逃げるな! 待ちなさい!

 聞いてます⁉


 待って! 『転移』と『魔術化魔術』は禁止!

 なしなしなしですよ! 

 インチキ! 姑息ですよ⁉ 卑怯者!」


「そんなの知りませんよ、師匠」


「言う事聞くわけないじゃん! 先生!」


 天を覆う劫火。


 そんな危機が迫っているにも関わらず、姉と俺に浮かんでいたのは、底抜けの笑顔だ。


 幸せな未来を望み、楽しい未来に期待し、幸せの為に力を尽くす。

 そんな祈りと願いの宿った笑顔だ。


 ……さあ、これから何をしようか。


 何が出来るだろうか。 


 世界がどう変化するのか、想像できない。

 皆がどう生きていくのか、予測もつかない。

 自身がどう成長していくのか、見通せない。


 ……しかし、それでも。


 それでも俺たちは――ここに居る。

 この世界で、生きていく。

 ――騒々しく楽しい世界の中で、この姉弟は元気に生きていく。


 本編、ようやく完結です。

 少し長くなってしまいましたが、お付き合いいただいた皆様、ありがとうございました。

 本来ならもっと色々な寄り道や、遊びを入れるつもりでしたが、それで完結しない可能性もあるなと思ってしまったので、必要だなと感じた要素をどうにかまとめて、本編完結とさせていただきました。


 ただ、個人的にはもっと書きたかった話も多々ある為、番外編も書いていこうかと考えています。


 番外編の投稿予定としては、週2回。

 木曜と日曜に投稿するつもりです。


 番外編第1話は、2月20日(木)投稿予定です。

 今後も、楽しみにして頂けると嬉しいです!


 ちなみに番外編のお話としては「姉――クーグルンの話」や「リッチェンやアンスの学校生活」なども書いてみたいと考えています。

 他にも思い付いたら、話を書いていく予定ですのでよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
完結おめでとうございます。 毎回楽しく読ませて頂きました。 番外編も楽しみにしています。!!
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