4 久方ぶりの帰郷。
火木土日の週4日更新予定です。
次回の投稿時間も午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
「ザンフ先輩。
三姉妹の長女と結婚する場合、俺に事前連絡をお願いします。
業務に支障をきたすかもしれないので。
後、アイランの婚約や結婚の支度金は俺が用意するつもりですが、先輩の用意するものがアイランに見合わないと判断すれば、お断りするのでそのつもりで。
それじゃあ」
「おまっ⁉
なんて恐ろしいことを最後に言いやが――」
動揺を隠せないザンフ先輩を放置し、早速三女が教導園を体験できるか確認するために、故郷アンファング村へと飛び立つ。
……約3ヶ月ぶりの故郷だ。
両親や村の皆は元気にしているだろうか?
「さて……」
『魔術化魔術』で故郷アンファング村――その中にある実家へと辿り着く。
扉を開けようとして――
「うん?」
中に誰の魔力もないことに、ようやく気が付く。
……ああ、そうか。
今は昼下がり。
農家にとっては働き時だ。
中に入るのを止め、裏に広がる畑に足を運ぶと――
「おお……」
眼下の畑ではヴァイの芽が、綺麗な列を成してその頭を出していた。
ウバダランに旅立つ前は、季節の関係上放牧していたが、温かくなり始めたのに合わせて、既に種蒔きを終えていたらしい。
両親や姉弟の土壌改善と作物の改良によって、幼少期よりもヴァイの芽は力強く育ち始めている。
暖かい風の中に、心地よい土の匂いが漂う。
もう少しヴァイが成長すれば、ここに青々とした草葉の香りが混ざるのだろう。
各ヴァイの調子を見回りつつ、畑の中で両親を探す。
しかし――
「いないな……」
働き者の両親の姿は、影も形もない。
……どこにいるんだ?
父なら狩りや釣りに出ている可能性もあるが、母なら畑付近にいると思ったのだが。
「おーい! ルング!」
村を覆う濃厚な世界魔力に感覚を広げようとしていると、聞き慣れた声が畑の外から響いた。
視線を向けるとその先には――巨躯の男性が1人。
熊の様な体格の男が、大きな手をブンブンとこちらに向けて振っている。
畑道を抜け、その人物に駆け寄る。
「村長、元気だったか?」
リッチェンの父であり、元騎士。
村長のブーガだ。
「そりゃあ、こっちの台詞だ!
お前もクーグルンもいつもあっちこっちに行って、顔も出さねえ!」
くしゃりと。
大きな手で、頭を撫でられる。
……昔と比べれば、随分成長したつもりだが。
村長からすれば、まだまだ子どもらしい。
「忙しいんだから、仕方ないだろう。
リッチェンだって、そんなに顔を出せてないはずだぞ?」
言い返すと、村長は俺の頭から手を放し、胸を叩く。
「そりゃあ、ウチの娘は人気者だからな!
引っ張りだこなんだろ! 仕方ないさ!」
そう誇らしげに語る表情は、娘であるリッチェンにそっくりだ。
「まあ……俺も引っ張りだこだからな。リッチェン同様に」
「……本当か?」
お人好しの顔に、揶揄う様な笑顔が浮かぶ。
やはり齢を重ねているだけあって、リッチェン程単純ではないらしい。
「……ああ。大人気だぞ?
製作した魔道具は、常に完売だ」
「それはお前の魔道具が人気なのであって、お前の人気じゃないんじゃないか?」
「魔道具の人気は俺の人気だ」
「どんな理屈だよ!」と豪快に吹き出す村長に尋ねる。
「ところで村長、父さんと母さんを知らないか?
この時間なら、少なくとも母さんは畑にいると思っていたんだが」
俺の言葉に、村長は「ああ」と呟く。
「ツーリンダーとゾーレなら今、領主用邸宅にいるぞ?」
「領主用邸宅?」
……珍しい。
姉や俺がまだ村に住んでいた頃なら、そこには師匠が滞在していた。
常駐していた。
不法占拠していた。
……まあ、あの人は一応公爵家の娘。
尚且つ曲がりなりにも王宮魔術師なので、流石に許可は貰っていたはずだが。
その関係で、姉弟の魔術教育は、領主用邸宅で行われていた。
……あの時はよく、両親が俺たちを迎えに来ていたものだが。
俺たちがいない今、領主用邸宅を両親が訪れる機会など基本的に無いはずだ。
そんな考えが顔に出ていたのだろうか。
村長は訝しむ俺に、呆気なく告げる。
「ああ……客だよ客。
すっげえ音の後に、金髪に白ローブの子が、ついさっき来たんだよ。
それで『クーグさんとルングのご両親はいらっしゃいますか?』って言うから、領主用邸宅に案内して待ってもらったんだよ。
服装や仕草的に、やんごとなき立場の人に見えたし、念の為失礼のないようにな。
……あの子、お前らの友だちだろ?
それでそのお嬢さんの望み通り、お前の両親も連れてったってわけだ」
「……なるほど。
村長ありがとう。俺、行ってくる」
「おう! 行ってらっしゃい!」
村長との話を切り上げ、領主用邸宅へと向かう。
……金髪に白ローブ姿か。
その外見に該当する人物が、真っ先に思い当たる。
……聖女。
聖教国ゲルディにおける、教皇に次ぐ旗頭。
聖騎士と対となる、聖教国の守護者
光属性の魔術師であり、金髪碧眼の特徴を持つ少女たちだ。
加えてその来客の、姉弟の呼び方には聞き馴染みがある。
……クーグさん、ルング。
その呼び方をする聖女。
また、訪れる前に響いたとされる轟音も加味すると、1人に絞り込むことが出来る。
……おそらく「雷鳴聖女」ことマイーナ先輩。
通称マナ先輩だろう。
村長の語りから、来客が1人だったことは分かっている。
おそらく『雷化魔術』を用いて1人で移動して、この村までやって来たに違いない。
ただ――
……何の用だ?
俺でもなく、姉でもなく。
縁もゆかりもない両親を、聖教国の象徴たる聖女がわざわざ尋ねる用件なんてものが、あり得るのだろうか?
聖教国に行って、様々な聖女や聖騎士と接したからこそわかる。
マナ先輩は、数多の聖女の中でも、間違いなく最強の聖女だ。
自身の能力と、それを魔術化した『雷属性魔術』。
それに加え、聖女の基本技能たる『光属性魔術』。
正面から対峙するのは、少し遠慮したい力の持ち主である。
……問題は。
そんな聖教国の重要戦力たるマナ先輩が、直々にやって来る用件という点だ。
……結婚の挨拶か?
ふとそんなことを思いつく。
先刻のザンフ先輩に、あてられたのかもしれない。
だとすると俺は彼女と結婚する予定がないので、姉だろうか?
勝手に結婚されると商売計画が狂うので、逐次報告して欲しいのだが。
空を飛んでいると、行かなくなって久しい領主用邸宅が見えてくる。
「やはりそうか」
……予想通り――
モノトーンゴシックの建物――領主用邸宅の中から、丁度1人の少女が出て来る。
金髪碧眼に白のローブ。
整いつつも、どこか無機質さを感じさせる無表情。
雷光と雷鳴の気配漂う、神々しい魔力。
「マナ先輩、こんにちは」
やはり雷鳴聖女――マナ先輩である。
そんな少女の目の前に、ゆっくり降り立つ。
「ルング――一昨日ぶりですね。こんにちは」
落ち着き払っている少女に、率直に尋ねる。
「先輩、ウチの両親に何の用ですか?
結婚の挨拶ですか?」
俺の問いに「結婚?」と先輩は首を傾げる。
彼女のその仕草は、普段の落ち着き具合との落差もあって、一際可愛らしい。
「違うんですか?
姉さんや俺ではなく両親に会いに来たと聞いて、てっきりそうかと」
「ルングかクーグさんと結婚ですか……大変そうですね」
「まあ、姉さんは突飛ですからね」
「貴方も同類ですが」とその碧眼が語っている気がするが、無視する。
すると彼女の背後から――
「おお! ルング! 来てたのか!」
「あら、ルング。今日も元気そうねえ」
姉弟の両親――ツーリンダーとゾーレが、呑気に顔を出したのであった。
――帰ってみると、何故か聖女がアンファング村を訪れていたのでした。
久しぶりの村長。
そして聖女の用件は、何なのでしょうか?
もう少しで本編は終わってしまいますが、最後までよろしくお願いします!
では、次話もお楽しみに!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう。