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どうして異世界に来ることになったのか。  作者: スポンジ
15歳 それぞれの後日談
207/245

2 長命種の魔術師が訪れた理由。

 火木土日の週4日更新予定です。

 次回の投稿時間も午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。

「ト、トラーシュ様⁉」


 今の今まで俺たちと遊んでいたアンスが、背筋を正しつつ驚きの声を上げる。


 黄金と白銀の魔術師。

 勇者と魂で繋がる友人。

 魔術学校学長。


 トラーシュ・Z(ツァウベアー)・ズィーヴェルヒン。


 長命種(エルフ)の少女が、教室の入り口付近で佇んでいた。

 少女は声を上げた執事服のアンスに、その黄金の視線を向ける。


「アンスカイトか。良く鍛えられた魔力をしている。

 お前が領主になれば、更にここは発展するだろうな。


 進路は決めているのか?」


 トラーシュ先生はそんなことを言いながら、室内に足を踏み入れる。


「あ、ありがとうございます!

 私が公爵家を継ぐのはまだ先の予定なので。

 大位クラスに、進学させていただく予定です」


 少年の言葉に、少女は口の端をほんの少しだけ歪める。

 どうやら微笑んでいるつもりらしい。


「そこのルングも受けた様に、試験はあるが……お前なら問題ないだろう。

 そのまま励むが良い」


「はい!」


 そこそこ広い教室に、少年の快活な声が響く。

 アンスと比較して遥かに小さい少女の声が届くのは、声そのものに魔力が込められているからだろう。


 ……というか。


 アレは本当に試験だったのだろうか?

 3年ほど前に受けた、面接の内容を思い出す。


 途中からトラーシュ先生は、明らかに趣味に走っていた様に思えるのだが。


 コツコツコツ――


 魔力の籠った魔術師の足音が、妙に響く。


「一緒に居るのは――なるほど。

 そこにいるお前は、ルングとクーグルンの騎士だな(・・・・)?」


 矛先がメイド服(・・・・)の少女――リッチェンに移る。


「2人限定のつもりはありませんが、騎士ではありますわね」


 答えつつ少女は、いつの間にか(・・・・・・)抜いていた剣を収める。

 どうやらトラーシュ先生の声から、害意がない事を察したらしい。

 

「こいつらのフォローは大変だろうが、今後も支えてやってくれ。

 なんなら、魔術学校に入学しないか?

 お前の魔力(たましい)なら、魔術師もアリだ」


「フォローはしますの。幼馴染ですので。

 入学のお誘いは嬉しいですが、私はやはり騎士でありたいので遠慮させていただきますの」


「そうか。

 まあ、興味が湧いたらそこのルングにでも言うがいい」


「ありがとうございますの」


 リッチェンは、ここでようやく臨戦態勢を解く。


 そんな3人の――2人とトラーシュ先生との――やり取りの中で、疑問を抱く。


 ……何故だ? 


 何故この魔術師は、ここに来た(・・・・・)

 

 ……2人にかけた彼女の言葉は、間違いなく本音だ。


 それは魔力からも分かる。

 しかし何故だろうか?

 執事とメイドにかけた言葉が、俺に矛先を向ける為の前振りにしか聞こえない。


 ……今、俺たちは――


 商売をしていただけだ。

 決して魔術研究や実験をしていたわけではない。


 ……それにも関わらず。

 

 この魔術師が、この場を訪れたのは何故だ?


「それで……ルング」


 遂にその照準が、こちらを捉える。


「はい、何でしょう? トラーシュ先生」


 持ち得る愛想を総動員しようとして――


「お前……私に言う事はないか(・・・・・・・・・)?」


 ツーっと背筋を冷や汗が伝う。


 ……嫌な問い方だ。


 こちらに非が無くとも、後ろめたさを感じてしまう問い方である。

 率直に言って卑怯だ。

 これが年の功というやつなのかもしれない。


「トラーシュ先生、その尋ね方はハラスメントにあたりますよ?

 魔術学校学長としての、品位が――」


「何か、言う事は、ないか?」


 ……この権力者は――


 俺の詭弁に、聞き耳を立てる気はなさそうだ。


 ……トラーシュ先生に言うべき事?


 そう考えて、ふと思い立った言葉を口にする。


「阿部さんは無事、姉さんが送り届けましたよ?」


 異世界へと(・・・・・)帰った友人の名前を出した途端、少女の頬が緩む。


 ……どうやら言うべきこととは、阿部さん関連で正しかった様だ。


 胸を撫でおろす。


それは聞いている(・・・・・・・・)


 少女はそう言うと、ほんの少しだけ。

 マイクロ単位で、その表情を誇らしげなものへと変える。


 ……聞いている?


「ああ……もしかして姉さんが阿部さんに渡していたあの魔道具ですか?

 無事起動できたってことですか?」


 この世界から阿部さんが去る直前。

 姉は彼女に、トラーシュ先生作の魔道具を手渡していた。


「ああ。起動確認が出来た。

 イスズとの連絡も取れた。

 以前おま(・・)――アンビス(ゆうしゃ)から、異世界(向こう)の事を聞いていた甲斐があったな。

 異世界環境下でも、つつがなく発動出来たぞ」


 ……異世界(向こう)で、あの魔道具が起動するのか。


 それが非常に気になっていたわけだが、どうやら問題なく動いたらしい。


 少女はローブの懐から、金銀に輝く魔道具を取り出す。

 あの時見た魔道具とそっくりの外観だ。

 外面の魔術刻印を見るに、おそらく阿部さんの持つ方の魔道具と連携しているのだろう。


「魔法円の刻印数が凄まじいですね。

 それ、魔道具の板面だけじゃなくて、内側にもいくつか刻印されてます?

 バラしてみてもいいですか?」


「いいわけあるか。

 お前がやらかせば、連携解除されるだろうが」


 トラーシュ先生はげんなりした顔をする。

 そんな少女に――


「あの……トラーシュ様。

 その魔道具で、イスズ様と連絡が取れますの?」


 騎士(メイド姿)が、大きな目を嬉々として輝かせる。


「取れるが……すまんな。

 これは1台しかないから、お前には渡せん」


「……そうですのね。

 まあ、分かっていましたの」


 ……分かっていると述べた割に。


 リッチェンは大きく肩を落とす。

 異世界に帰ってしまった友人と、話してみたかったみたいだ。


 そんな少女の姿を見かねたのか、トラーシュ先生は無表情ながら告げる。


「まあ……私がイスズと連絡を取る時に、来るがいい。

 そこのルングに言付けよう。


 そしてルング。

 この魔道具には、実験機がいくつかある。

 解析したいなら今度、お前の騎士も連れて私の元に来い」


「あ……ありがとうございますの!」


「……仕方ないですね。行ってあげますよ」


「ルング、お前は随分偉そうだな」


 ……その無表情から、冷たい人と思われることも多いが。


 やはりこの魔術師は、なんだかんだ情が深い様だ。



「さて、話も落ち着いたことですし、俺たちはこれで失礼します」


 長命種の魔術師から、魔道具見学の許可も貰えたことだし、(知っていたとはいえ)阿部さんの旅立ちについても報告することができた。


 そろそろ潮時だと、立ち去ろうとすると――


「どこに行くつもりだ、ルング」


 トラーシュ先生が立ち塞がる。


「えっ? 今のやり取りで、用件は終わったのでは?」


 ……先刻まで収まっていた嫌な予感。


 それが再びぶり返す。


「そんなわけないだろ。

 私の用件は、まだ全く終わっていない」


 魔術師は告げると、俺の目をジッと見つめる。


 ……何だ?


 阿部さんの事でなければ、もう用件などないはずだが。


「えっと、トラーシュ様……」


 リッチェンと比べて随分遠慮がちに、アンスが挙手する。


「何だ、アンスカイト」


「ルングは少し残念なので、面倒かもしれませんが、言葉にしてあげた方が良いかと」


「おい、アンス。

 君はそれでも友だちか?」


 ……返事次第では、コイツとの関係性を考えなければならない。


 しかしそんな友人(仮)のアンスではなく――


「それもそうか……」


「おい、1000歳児」


 偉大な(仮)魔術師によって、背後から刺される。

 トラーシュ先生は俺の言葉を丸々無視して、わざとらしく溜息を吐く。


 ……腹が立つ。


 特に顔だけは無表情を保っている辺りが、無性に腹立たしい。


 チラリとトラーシュ先生は机上――俺たちが魔道具及び魔石(しょうひん)を置いていた教卓上を見回す。


商品は(・・・)どこにある(・・・・・)?」


 少女の言葉に、赤執事と黒メイドが目を丸くする。


 ……しかし俺は――


 その言葉から全てを察してしまった。

 トラーシュ先生が、この教室までやって来た理由に気付いてしまったのだ。


 ……マズい。


 焦燥感が、瞬時に胸を満たす。


 ……彼女は。


 この長命種の少女は、勇者アンビスの友人であり、阿部さんの友人だ。

 阿部さんに膝の上に乗せてもらい、彼女に自身の魔術を込めた武器を与え、向こうの世界でも使える魔道具すら持たせた1000歳児である。


 ……そんな彼女が――


 阿部さんの画像集を欲(・・・・・・・・・・)しがらないはずが無か(・・・・・・・・・・)った(・・)。 


 つまりトラーシュ先生は――阿部さんの画像データ集を購入するために、ここまでやって来たのだ。


 ……問題は。


 その画像データ集が――商品が、残っていないことである。


 さて、どうしたものか。


 勿論、正直に無いと言っても良い。

 だがこれは、更なるビジネスチャンスではなかろうか?


 そんな思考に囚われた俺は――


「……すみません、トラーシュ先生。

 在庫は残念ながら、もう無くなりました。しかし――」


 ……ここで一世一代の勝負に出る。


「トラーシュ先生には世話になっていますし、知らない仲じゃありませんからね。

 

 ……どうでしょう。


 直ぐ新しい魔道具と魔石(データ集)を再生産するので、お待ちいただけますか?」


「良いだろう。いつまでに貰える?」


「明日中には」


 ……よし。


 これで「商品は無いが、彼女に注文はさせる」という第一段階はクリアだ。


 俺の言葉にコクリとトラーシュ先生は頷くと、待ちに待った問い(・・・・・・・・)を俺に向ける。


「それで、いくらだ?」


 ……ここだ!


「そうですね……特急料金を頂きたいですが、今回はこちらの不始末もありましたし。

 いつも通り(・・・・・)金貨(・・)1()()で良いですよ?」


 それを言った瞬間、アンスから強烈な視線を感じる。


 ……止めろ、こっちを見るな! このバカ!


 相場の数十倍の値段(・・・・・・・・・)を吹っ掛けていることが、気付かれるだろうが。


 落ちる沈黙。

 而して勝敗の天秤は――


「……そんなもので良いのか」


 俺の元へと傾く。


 ポイ


 トラーシュ先生はさも当然の様に懐から、美しい金貨を取り出す。


 ……よし!


 俺は勝った!

 賭けに勝ったのだ!


 物の価値に相場はあれど、その相場を知っているかどうかは、個人に依存する。

 日頃から商売に携わっている者程、当然知っているし。

 貴族や王族といった、裕福な存在程、相場を知らない割合は増える。


 ……俺はこの魔術師が、その相場を知らないことに賭け――そして勝ったのだ。


 魔術に打ち込み続け、世捨て人の様な生活を送っているこの魔術師の金銭感覚は、既に一般的なモノとはかけ離れているのだろう。


 取り出された金貨に手を伸ばそうとして――直感が俺に囁く。


 ……もしや、更につり上げが可能なのでは?


「ああ……間違えました。実は金貨――」


 俺が自身の欲望に則って、更に値段を上げようとしたところで――


「あら……ルング。

 いつもより、大分高くありませんの(・・・・・・・・・・)?」


 幼馴染から、無邪気な罰が下される。

 その声色に悪意はなく、純粋な疑問に溢れていた。


 再び沈黙が落ちる。


 だが動揺している時間など、俺には無い。


 ……今のリッチェンの一言。


 それによって、料金の吊り上げはバレたと考えるべきだ。


 ……計画(それ)がバレた以上――


 優先すべきは、命である。

 俺は、念の為(・・・)練り続けていた魔力を解放する。


「『我が雷は共にありて(ファーリッシ)

雷は目指す(ヴィーリナー)』」


 ……その魔力を以て、逃げの魔術を放つ。


「それではアンス! リッチェン! 

 撤収作業は任せたぞ!

 

 トラーシュ先生、この商談はまたいずれ!」


 バチバチバチバチッ!


 雷光と雷鳴。

 雷速によって、逃げの1手を打った俺を――


「それがマイーナと開発した魔術か。興味深いな」


 ……魔力と好奇心に輝く黄金の瞳は――


 特に手出しもせず、見送ったのであった。

 ――トラーシュ先生を騙し、金をせびろうとする主人公。

 無事、天罰が下った様です。

 ちなみにトラーシュ先生は、一切怒ってなどいなかった模様。

 さて、逃げたルングが次に行き着くのはどこでしょうか?

 残る話数も少ないですが、最後まで彼らのドタバタを楽しんでいただければ幸いです。


 本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!


 今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。


 ではまた次のお話でお会いしましょう。 

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