2 長命種の魔術師が訪れた理由。
火木土日の週4日更新予定です。
次回の投稿時間も午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
「ト、トラーシュ様⁉」
今の今まで俺たちと遊んでいたアンスが、背筋を正しつつ驚きの声を上げる。
黄金と白銀の魔術師。
勇者と魂で繋がる友人。
魔術学校学長。
トラーシュ・Z・ズィーヴェルヒン。
長命種の少女が、教室の入り口付近で佇んでいた。
少女は声を上げた執事服のアンスに、その黄金の視線を向ける。
「アンスカイトか。良く鍛えられた魔力をしている。
お前が領主になれば、更にここは発展するだろうな。
進路は決めているのか?」
トラーシュ先生はそんなことを言いながら、室内に足を踏み入れる。
「あ、ありがとうございます!
私が公爵家を継ぐのはまだ先の予定なので。
大位クラスに、進学させていただく予定です」
少年の言葉に、少女は口の端をほんの少しだけ歪める。
どうやら微笑んでいるつもりらしい。
「そこのルングも受けた様に、試験はあるが……お前なら問題ないだろう。
そのまま励むが良い」
「はい!」
そこそこ広い教室に、少年の快活な声が響く。
アンスと比較して遥かに小さい少女の声が届くのは、声そのものに魔力が込められているからだろう。
……というか。
アレは本当に試験だったのだろうか?
3年ほど前に受けた、面接の内容を思い出す。
途中からトラーシュ先生は、明らかに趣味に走っていた様に思えるのだが。
コツコツコツ――
魔力の籠った魔術師の足音が、妙に響く。
「一緒に居るのは――なるほど。
そこにいるお前は、ルングとクーグルンの騎士だな?」
矛先がメイド服の少女――リッチェンに移る。
「2人限定のつもりはありませんが、騎士ではありますわね」
答えつつ少女は、いつの間にか抜いていた剣を収める。
どうやらトラーシュ先生の声から、害意がない事を察したらしい。
「こいつらのフォローは大変だろうが、今後も支えてやってくれ。
なんなら、魔術学校に入学しないか?
お前の魔力なら、魔術師もアリだ」
「フォローはしますの。幼馴染ですので。
入学のお誘いは嬉しいですが、私はやはり騎士でありたいので遠慮させていただきますの」
「そうか。
まあ、興味が湧いたらそこのルングにでも言うがいい」
「ありがとうございますの」
リッチェンは、ここでようやく臨戦態勢を解く。
そんな3人の――2人とトラーシュ先生との――やり取りの中で、疑問を抱く。
……何故だ?
何故この魔術師は、ここに来た?
……2人にかけた彼女の言葉は、間違いなく本音だ。
それは魔力からも分かる。
しかし何故だろうか?
執事とメイドにかけた言葉が、俺に矛先を向ける為の前振りにしか聞こえない。
……今、俺たちは――
商売をしていただけだ。
決して魔術研究や実験をしていたわけではない。
……それにも関わらず。
この魔術師が、この場を訪れたのは何故だ?
「それで……ルング」
遂にその照準が、こちらを捉える。
「はい、何でしょう? トラーシュ先生」
持ち得る愛想を総動員しようとして――
「お前……私に言う事はないか?」
ツーっと背筋を冷や汗が伝う。
……嫌な問い方だ。
こちらに非が無くとも、後ろめたさを感じてしまう問い方である。
率直に言って卑怯だ。
これが年の功というやつなのかもしれない。
「トラーシュ先生、その尋ね方はハラスメントにあたりますよ?
魔術学校学長としての、品位が――」
「何か、言う事は、ないか?」
……この権力者は――
俺の詭弁に、聞き耳を立てる気はなさそうだ。
……トラーシュ先生に言うべき事?
そう考えて、ふと思い立った言葉を口にする。
「阿部さんは無事、姉さんが送り届けましたよ?」
異世界へと帰った友人の名前を出した途端、少女の頬が緩む。
……どうやら言うべきこととは、阿部さん関連で正しかった様だ。
胸を撫でおろす。
「それは聞いている」
少女はそう言うと、ほんの少しだけ。
マイクロ単位で、その表情を誇らしげなものへと変える。
……聞いている?
「ああ……もしかして姉さんが阿部さんに渡していたあの魔道具ですか?
無事起動できたってことですか?」
この世界から阿部さんが去る直前。
姉は彼女に、トラーシュ先生作の魔道具を手渡していた。
「ああ。起動確認が出来た。
イスズとの連絡も取れた。
以前おま――アンビスから、異世界の事を聞いていた甲斐があったな。
異世界環境下でも、つつがなく発動出来たぞ」
……異世界で、あの魔道具が起動するのか。
それが非常に気になっていたわけだが、どうやら問題なく動いたらしい。
少女はローブの懐から、金銀に輝く魔道具を取り出す。
あの時見た魔道具とそっくりの外観だ。
外面の魔術刻印を見るに、おそらく阿部さんの持つ方の魔道具と連携しているのだろう。
「魔法円の刻印数が凄まじいですね。
それ、魔道具の板面だけじゃなくて、内側にもいくつか刻印されてます?
バラしてみてもいいですか?」
「いいわけあるか。
お前がやらかせば、連携解除されるだろうが」
トラーシュ先生はげんなりした顔をする。
そんな少女に――
「あの……トラーシュ様。
その魔道具で、イスズ様と連絡が取れますの?」
騎士(メイド姿)が、大きな目を嬉々として輝かせる。
「取れるが……すまんな。
これは1台しかないから、お前には渡せん」
「……そうですのね。
まあ、分かっていましたの」
……分かっていると述べた割に。
リッチェンは大きく肩を落とす。
異世界に帰ってしまった友人と、話してみたかったみたいだ。
そんな少女の姿を見かねたのか、トラーシュ先生は無表情ながら告げる。
「まあ……私がイスズと連絡を取る時に、来るがいい。
そこのルングに言付けよう。
そしてルング。
この魔道具には、実験機がいくつかある。
解析したいなら今度、お前の騎士も連れて私の元に来い」
「あ……ありがとうございますの!」
「……仕方ないですね。行ってあげますよ」
「ルング、お前は随分偉そうだな」
……その無表情から、冷たい人と思われることも多いが。
やはりこの魔術師は、なんだかんだ情が深い様だ。
「さて、話も落ち着いたことですし、俺たちはこれで失礼します」
長命種の魔術師から、魔道具見学の許可も貰えたことだし、(知っていたとはいえ)阿部さんの旅立ちについても報告することができた。
そろそろ潮時だと、立ち去ろうとすると――
「どこに行くつもりだ、ルング」
トラーシュ先生が立ち塞がる。
「えっ? 今のやり取りで、用件は終わったのでは?」
……先刻まで収まっていた嫌な予感。
それが再びぶり返す。
「そんなわけないだろ。
私の用件は、まだ全く終わっていない」
魔術師は告げると、俺の目をジッと見つめる。
……何だ?
阿部さんの事でなければ、もう用件などないはずだが。
「えっと、トラーシュ様……」
リッチェンと比べて随分遠慮がちに、アンスが挙手する。
「何だ、アンスカイト」
「ルングは少し残念なので、面倒かもしれませんが、言葉にしてあげた方が良いかと」
「おい、アンス。
君はそれでも友だちか?」
……返事次第では、コイツとの関係性を考えなければならない。
しかしそんな友人(仮)のアンスではなく――
「それもそうか……」
「おい、1000歳児」
偉大な(仮)魔術師によって、背後から刺される。
トラーシュ先生は俺の言葉を丸々無視して、わざとらしく溜息を吐く。
……腹が立つ。
特に顔だけは無表情を保っている辺りが、無性に腹立たしい。
チラリとトラーシュ先生は机上――俺たちが魔道具及び魔石を置いていた教卓上を見回す。
「商品はどこにある?」
少女の言葉に、赤執事と黒メイドが目を丸くする。
……しかし俺は――
その言葉から全てを察してしまった。
トラーシュ先生が、この教室までやって来た理由に気付いてしまったのだ。
……マズい。
焦燥感が、瞬時に胸を満たす。
……彼女は。
この長命種の少女は、勇者アンビスの友人であり、阿部さんの友人だ。
阿部さんに膝の上に乗せてもらい、彼女に自身の魔術を込めた武器を与え、向こうの世界でも使える魔道具すら持たせた1000歳児である。
……そんな彼女が――
阿部さんの画像集を欲しがらないはずが無かった。
つまりトラーシュ先生は――阿部さんの画像データ集を購入するために、ここまでやって来たのだ。
……問題は。
その画像データ集が――商品が、残っていないことである。
さて、どうしたものか。
勿論、正直に無いと言っても良い。
だがこれは、更なるビジネスチャンスではなかろうか?
そんな思考に囚われた俺は――
「……すみません、トラーシュ先生。
在庫は残念ながら、もう無くなりました。しかし――」
……ここで一世一代の勝負に出る。
「トラーシュ先生には世話になっていますし、知らない仲じゃありませんからね。
……どうでしょう。
直ぐ新しい魔道具と魔石を再生産するので、お待ちいただけますか?」
「良いだろう。いつまでに貰える?」
「明日中には」
……よし。
これで「商品は無いが、彼女に注文はさせる」という第一段階はクリアだ。
俺の言葉にコクリとトラーシュ先生は頷くと、待ちに待った問いを俺に向ける。
「それで、いくらだ?」
……ここだ!
「そうですね……特急料金を頂きたいですが、今回はこちらの不始末もありましたし。
いつも通り金貨1枚で良いですよ?」
それを言った瞬間、アンスから強烈な視線を感じる。
……止めろ、こっちを見るな! このバカ!
相場の数十倍の値段を吹っ掛けていることが、気付かれるだろうが。
落ちる沈黙。
而して勝敗の天秤は――
「……そんなもので良いのか」
俺の元へと傾く。
ポイ
トラーシュ先生はさも当然の様に懐から、美しい金貨を取り出す。
……よし!
俺は勝った!
賭けに勝ったのだ!
物の価値に相場はあれど、その相場を知っているかどうかは、個人に依存する。
日頃から商売に携わっている者程、当然知っているし。
貴族や王族といった、裕福な存在程、相場を知らない割合は増える。
……俺はこの魔術師が、その相場を知らないことに賭け――そして勝ったのだ。
魔術に打ち込み続け、世捨て人の様な生活を送っているこの魔術師の金銭感覚は、既に一般的なモノとはかけ離れているのだろう。
取り出された金貨に手を伸ばそうとして――直感が俺に囁く。
……もしや、更につり上げが可能なのでは?
「ああ……間違えました。実は金貨――」
俺が自身の欲望に則って、更に値段を上げようとしたところで――
「あら……ルング。
いつもより、大分高くありませんの?」
幼馴染から、無邪気な罰が下される。
その声色に悪意はなく、純粋な疑問に溢れていた。
再び沈黙が落ちる。
だが動揺している時間など、俺には無い。
……今のリッチェンの一言。
それによって、料金の吊り上げはバレたと考えるべきだ。
……計画がバレた以上――
優先すべきは、命である。
俺は、念の為練り続けていた魔力を解放する。
「『我が雷は共にありて』
『雷は目指す』」
……その魔力を以て、逃げの魔術を放つ。
「それではアンス! リッチェン!
撤収作業は任せたぞ!
トラーシュ先生、この商談はまたいずれ!」
バチバチバチバチッ!
雷光と雷鳴。
雷速によって、逃げの1手を打った俺を――
「それがマイーナと開発した魔術か。興味深いな」
……魔力と好奇心に輝く黄金の瞳は――
特に手出しもせず、見送ったのであった。
――トラーシュ先生を騙し、金をせびろうとする主人公。
無事、天罰が下った様です。
ちなみにトラーシュ先生は、一切怒ってなどいなかった模様。
さて、逃げたルングが次に行き着くのはどこでしょうか?
残る話数も少ないですが、最後まで彼らのドタバタを楽しんでいただければ幸いです。
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう。