1 帰ってきて始めたことは。
火木土日の週4日更新予定です。
次回の投稿時間も午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
「――というわけで、無事に阿部さんは送り出せたぞ。
協力ありがとう。助かった」
「いえいえ、どういたしましてですの。
友人としては……少し寂しいですが。
それでも、イスズ様の望み通りの結果になったのであれば、良かったですの」
……阿部さんを見送った2日後。
貸切った魔術学校の1教室で、幼馴染のリッチェンが安心したかのように頷く。
銅貨のネックレスが少女の首肯に合わせて、キラリと揺れる。
「阿部さんは最後まで、皆に感謝していた。
恩返しできなかったのが、申し訳ないとも」
それを聞いて少女は、穏やかな笑みを浮かべる。
「……まったく、イスズ様は律儀ですのね。
まあ……そういう所が、人気の秘訣なのでしょうけど」
やれやれと首を竦める少女の表情は、変わらず笑顔だ。
呆れた様な口調ではあるが、そこからは微かに嬉しさが滲み出ている。
「さて……兎にも角にも!
ルングもクー姉も、無事帰って来られて何よりですの」
「まあ、リッチェンも知っての通り、姉さんが居るからな。
『転移魔術』万々歳だ。
リッチェンは先に戻った後、何をしてたんだ?」
「私はそのまま魔物討伐に参加でしたわね。
クー姉の魔術の光が見えて、それが影響したのか魔物たちが鈍化しましたの。
おかげで、大量報酬ゲットですわ」
「流石の体力だな。
ウバダラン王都で討伐した魔物の素材も、姉さんが管理してたはずだ。
それはまた今度――」
「ねえ、2人共?」
手を動かしながら、和やかに幼馴染との報告会を楽しんでいると――新たな声が割って入る。
声元に視線を向けると、そこには目を引く美少年が立っていた。
背丈はまだ伸びる余地がありそうだが、すらりと伸びた手足。
燃える様な赤い髪。
整った顔には、髪と同色の瞳が輝いている。
「どうした、アンス? 何か聞きたいことでもあるのか?
それとも、1人で寂しいのか?
今こっちは、大事な話をしている最中なんだが」
「そうですのよ、アンス様!
私たちの取り分の話ですよの?」
アンスカイト・フォン・アオスビルドゥング。
リッチェンと俺の共通の友人にして、公爵家嫡男の少年だ。
ウバダランでの戦いにおいて助っ人として参戦し、王城までの道を切り開いてくれた少年は、本日も心強い助っ人として参加している。
リッチェンと俺に水を向けられた少年は、妙に強張った笑顔を浮かべた。
「そんな大事な話なら……この混雑を捌いてからにしてくれないかなあぁぁぁ!」
叫ぶ少年の背後には――
画像撮影用魔道具及び、画像データ購入待ちの顧客が、長蛇の列を成していた。
「――大体だよ、ルング!」
室外まで及んでいた、大量の顧客を必死の思いで捌き終わって。
少年は改めて口を開く。
「何故君は、ウバダランから帰って早々商売に励んでいるのさ⁉
そしてどうして私たちはこんな格好を、させられているの⁉」
少年は声高に叫ぶ。
かく言うアンスとリッチェンは現在――執事服とメイド服を着ていた。
アンスは本人の髪と目の色に合わせた、赤の燕尾服姿だ。
燕尾服は、少年の引き締まった手足の長さを、見事に引き立たせる。
中から着ている白ワイシャツの胸元では、少年の意志の強さを示す様に、赤のリボンタイが燃え盛っていた。
リッチェンは本人の要望により、黒生地ロングスカートタイプのメイド姿だ。
いつも通りの黒の籠手と脛当て鎧に加え、白の質素なエプロンを上から着用している。
「『何故』と言われてもな」
……やれやれ、これだから世間知らずのお貴族様は困る。
「商売というのは水物なんだぞ?
時期を逃せば、商機を失うことになる。
では、アンス。
それを踏まえて現在、最も利益を上げられるものは何だと思う?」
「知らないよ。早く結論を言いなよ」
盛り上がってきた友人を、アンスはすげなくあしらう。
……冷たい。
火属性魔術師のくせに、こちらが底冷えしそうな目つきで見つめないで欲しい。
「……仕方ないな。
分からないなら、教えてやろう。
それはな……『阿部さん関連』のものだ。
『阿部さんの帰還』という、悲しい出来事。
それがきっかけとなって、最大の商機が生まれたのだ!」
……今、魔術学校及び騎士学校の学生たちは――
阿部さんが彼女の世界に帰還したことによって、いわゆる「阿部さんロス」状態に陥っている。
「『寂しがっている学生たちを癒したい』
『慰めてあげたい』
そんな俺の良心が『阿部さんの画像集販売』へと、この身を走らせたのだ」
……ウバダランで撮影していた、阿部さんの画像の数々。
それらを厳選し、魔石にコピーデータを保存する作業に明け暮れた結果が、本日開催された魔道具及び魔石販売会なのである。
「……うん。よく分かった。
君が幼気な少年少女の心につけこんで……それどころか『イスズ様の帰還』を最大限利用して、儲けようと考えたのは、よく分かったよ」
「人聞きが悪いぞ」
……間違いではないが。
友人なら、もう少し言い方を考えて欲しい。
「……まあ、君はそういうやつだからね。
そこは100歩譲るとして――」
そう言うと少年は、更に呆れた目を自身とリッチェンに向ける。
「私たちのこの格好の理由は?
まだ聞いていないけど?」
……どうやら少年は。
2人の服装――執事服とメイド服の理由もまた気になるらしい。
「2人共、似合っているぞ?
そもそも、着ておいて今更文句を言うなよ」
……彼らが衣装を着用して、優に1時間は経過している。
その効果もあってか、魔道具も魔石もすっかり売り切れ状態となっていた。
「それは君が『これは販売員の正装だから、絶対に着ろ』って、無理矢理押し付けてきたんじゃないか!」
……やれやれ。
昔と比べて、心身共に成長したとはいえ、考え方はまだまだお坊ちゃまの様だ。
認識が甘すぎる。
そんな心持ちでは、絶対に商人としてやっていけない。
「アンス……商機と同様に、人気というのもまた水物なんだぞ?
今日の売り上げを見てみろ。
大量に用意した画像集はどうなっている?」
少年は不本意そうに告げる。
「……完売だね」
「その通りだ!
この勢いは無論、阿部さんの人気によるものが大きい。
しかし残念ながら、この売り上げの継続は見込めまい」
……阿部さんは、自身の世界に帰ってしまった。
悲しいことではあるが。
今後阿部さんは、緩やかに皆の中から忘れられていく事になるだろう。
……少女の前身である勇者や、初代聖女及び魔王の記録が少ない様に。
時の経過と共に忘れ去られていくのは、世の定めである。
「この売り上げを少しでも維持するには、更なる戦略が必要だ。
それこそが、アンスやリッチェンのその姿なんだ!」
……今回の商品は、阿部さんの画像に絞った。
需要に合わせた商品選出を行った。
そして今後は――
……市場を――需要を制御していく。
顧客たちは、今回のアンスやリッチェンの姿を見て思ったことだろう。
「次はアンス様と、リッチェンさんなのか」と。
以前アンスに騎士の格好をさせた時の様に。
彼らの執事・メイド姿を見て、色々な想像の翼を広げたはずだ。
……それを利用し、今後の市場を制御していく。
アンスとリッチェンのレアな姿を晒すことで、次回の販売会の方向性を定め、顧客のニーズを高める。
それが今回、彼らにこの服装をさせた理由である。
「まあ……アンスの服が、いつも同じでつまらないというのもあるがな」
「『楽しい』『つまらない』で、私は服を選んでるわけじゃないんだよ!
君だって、いつも同じ服ばっかじゃないか!
そもそもこちらは、領主家に相応しい服装をしているだけだ!
ねえ、リッチェンさん?」
少年は少女に同意を求める。
……しかし彼は、何も分かっていない。
理解していない。
「ルング……この素敵な衣装はどちらから?
騎士団の制服として、着ていきたいですの」
……リッチェンのドレス姿は、彼女の個人的な趣味でしかない。
父親である村長が、リッチェンに着させていたなどという事はなく。
自身の意志で、楽しく着ているに過ぎない。
「誰も……味方がいない……」
少年は力なく崩れ落ちる。
「ああ、そのメイド服はだな。
俺の人脈と君たちの愛好会を駆使して――」
「そうなんですの?
愛好会なんて、いつの間に――」
「なんで沈んでる私を放って、君たちは話を続けられるんだ⁉」
……久しぶりの日常。
いつもの友人たちと、いつものやり取りを楽しくしていると――
ガチャリ
店仕舞いのタイミングにも関わらず、教室後方の扉が開けられる。
……その音に、激しく動揺する。
生物には魔力がある。
それは魔術師であろうがなかろうが関係ない。
実際に――
チラリと執事とメイドに目を遣る。
赤い執事の体内を流れる魔力は、成長した彼の技量によって、美しく制御されている。
見事な自然体。
泰然自若。
近年は師匠への敬意が多少薄れているような気もするが、魔術師としての能力は、あの怪物に着々と近付いている。
そんなアンスに対して黒のメイドの魂は、分かりやすく凄まじい。
例えるなら、噴火前の火山だろうか。
生命力に溢れた魂はその肉体を満たし、噴火の時を今か今かと待ち望んでいる様に見える。
……そんな彼らの魂を把握できる様に。
普通の人間――とはいっても、この2人は多少普通の枠から外れている気もするが――であれば、視界に入っていなくてもその魂を感知できる。
しかし――
……今、正にドアを開けようとしている人物は。
まるで気配を感じさせなかった。
その事実に背筋が冷える。
……誰だ? 誰が来る?
身構えていると、そこには――
「ここだな」
白銀の髪と黄金の瞳が輝く、白ローブ姿の少女――トラーシュ先生が、相変わらずの無表情で立っていた。
――戻って来た日常。
帰って来て、早速ルングは商売を始めたようです。
彼らのその後を多少描いて、本編はいよいよ終了となります。
最後までご覧いただければ幸いです!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう。