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どうして異世界に来ることになったのか。  作者: スポンジ
15歳 それぞれの後日談
206/245

1 帰ってきて始めたことは。

 火木土日の週4日更新予定です。

 次回の投稿時間も午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。

「――というわけで、無事に阿部さんは送り出せたぞ。

 協力ありがとう。助かった」


「いえいえ、どういたしましてですの。

 友人としては……少し寂しいですが。

 それでも、イスズ様の望み通りの結果になったのであれば、良かったですの」


 ……阿部さんを見送った2日後。


 貸切った魔術学校の1教室で、幼馴染のリッチェンが安心したかのように頷く。

 銅貨のネックレスが少女の首肯に合わせて、キラリと揺れる。


「阿部さんは最後まで、皆に感謝していた。

 恩返しできなかったのが、申し訳ないとも」


 それを聞いて少女は、穏やかな笑みを浮かべる。


「……まったく、イスズ様は律儀ですのね。

 まあ……そういう所が、人気の秘訣なのでしょうけど」


 やれやれと首を竦める少女の表情は、変わらず笑顔だ。

 呆れた様な口調ではあるが、そこからは微かに嬉しさが滲み出ている。


「さて……兎にも角にも!

 ルングもクー姉も、無事帰って来られて何よりですの」


「まあ、リッチェンも知っての通り、姉さんが居るからな。

『転移魔術』万々歳だ。


 リッチェンは先に戻った後、何をしてたんだ?」


「私はそのまま魔物討伐に参加でしたわね。

 クー姉の魔術の光が見えて、それが影響したのか魔物たちが鈍化しましたの。


 おかげで、大量報酬ゲットですわ」


「流石の体力だな。

 ウバダラン王都(ゼースモス)で討伐した魔物の素材も、姉さんが管理してたはずだ。

 それはまた今度――」


「ねえ、2人共?」


 手を動かしながら(・・・・・・・・)、和やかに幼馴染との報告会を楽しんでいると――新たな声が割って入る。


 声元に視線を向けると、そこには目を引く美少年が立っていた。


 背丈はまだ伸びる余地がありそうだが、すらりと伸びた手足。

 燃える様な赤い髪。

 整った顔には、髪と同色の瞳が輝いている。


「どうした、アンス? 何か聞きたいことでもあるのか?

 それとも、1人で寂しいのか?

 今こっちは、大事な話をしている最中なんだが」


「そうですのよ、アンス様!

 私たちの取り分の話ですよの?」


 アンスカイト・フォン・アオスビルドゥング。


 リッチェンと俺の共通の友人にして、公爵家嫡男の少年だ。

 ウバダランでの戦いにおいて助っ人として参戦し、王城までの道を切り開いてくれた少年は、本日も(・・・)心強い助っ人として参加している。


 リッチェンと俺に水を向けられた少年は、妙に強張った笑顔を浮かべた。


「そんな大事な話なら……この混雑を捌いてからにしてくれないかなあぁぁぁ!」


 叫ぶ少年の背後には――


 画像撮影用魔道具及び、画像データ購入待ちの顧客が、長蛇の列を成していた。



「――大体だよ、ルング!」


 室外まで及んでいた、大量の顧客を必死の思いで捌き終わって。

 少年は改めて口を開く。


「何故君は、ウバダランから帰って早々商売に励んでいるのさ⁉

 そしてどうして私たちはこんな格好(・・・・・・・・・)を、させられているの⁉」


 少年は声高に叫ぶ。

 かく言うアンスとリッチェンは現在――執事服とメイド服を着ていた。


 アンスは本人の髪と目の色に合わせた、赤の燕尾服姿だ。

 燕尾(その)服は、少年の引き締まった手足の長さを、見事に引き立たせる。

 中から着ている白ワイシャツの胸元では、少年の意志の強さを示す様に、赤のリボンタイが燃え盛っていた。


 リッチェンは本人の要望により、黒生地ロングスカートタイプのメイド姿だ。

 いつも通りの黒の籠手(ガントレット)脛当て鎧(グリーブ)に加え、白の質素なエプロンを上から着用している。

 

「『何故』と言われてもな」


 ……やれやれ、これだから世間知らずのお貴族様は困る。


「商売というのは水物なんだぞ?

 時期を逃せば、商機を失うことになる。

 

 では、アンス。

 それを踏まえて現在、最も利益を上げられるものは何だと思う?」


「知らないよ。早く結論を言いなよ」


 盛り上がってきた友人(おれ)を、アンスはすげなくあしらう。


 ……冷たい。


 火属性魔術師のくせに、こちらが底冷えしそうな目つきで見つめないで欲しい。


「……仕方ないな。

 分からないなら、教えてやろう。


 それはな……『阿部さん関連』のものだ。


『阿部さんの帰還』という、悲しい出来事。

 それがきっかけとなって、最大の商機が生まれたのだ!」


 ……今、魔術学校及び騎士学校の学生たちは――


 阿部さんが彼女の世界に帰還したことによって、いわゆる「阿部さんロス」状態に陥っている。


「『寂しがっている学生たちを癒したい』

『慰めてあげたい』

 

 そんな俺の良心が『阿部さんの画像集販売』へと、この身を走らせたのだ」


 ……ウバダランで撮影していた、阿部さんの画像の数々。

 

 それらを厳選し、魔石にコピーデータを保存する作業に明け暮れた結果が、本日開催された魔道具及び魔石販売会なのである。


「……うん。よく分かった。

 君が幼気な少年少女の心につけこんで……それどころか『イスズ様(ともだち)の帰還』を最大限利用して、儲けようと考えたのは、よく分かったよ」


「人聞きが悪いぞ」


 ……間違いではないが。


 友人なら、もう少し言い方を考えて欲しい。


「……まあ、君はそういうやつだからね。

 そこは100歩譲るとして――」


 そう言うと少年は、更に呆れた目を自身とリッチェンに向ける。


「私たちのこの格好の理由は?

 まだ聞いていないけど?」


 ……どうやら少年は。


 2人の服装――執事服とメイド服の理由もまた気になるらしい。


「2人共、似合っているぞ?

 そもそも、着ておいて今更文句を言うなよ」


 ……彼らが衣装を着用して、優に1時間は経過している。


 その効果もあってか、魔道具も魔石もすっかり売り切れ状態となっていた。 


「それは君が『これは販売員の正装だから、絶対に着ろ』って、無理矢理押し付けてきたんじゃないか!」


 ……やれやれ。


 昔と比べて、心身共に成長したとはいえ、考え方はまだまだお坊ちゃまの様だ。

 認識が甘すぎる。

 そんな心持ちでは、絶対に商人としてやっていけない。


「アンス……商機と同様に、人気というのもまた水物なんだぞ?


 今日の売り上げを見てみろ。

 大量に用意した画像集(ませき)はどうなっている?」


 少年は不本意そうに告げる。


「……完売だね」


「その通りだ!

 この勢いは無論、阿部さんの人気によるものが大きい。


 しかし残念ながら、この売り上げの継続は見込めまい」


 ……阿部さんは、自身の世界に帰ってしまった。


 悲しいことではあるが。

 今後阿部さんは、緩やかに皆の中から忘れられていく事になるだろう。


 ……少女の前身である勇者や、初代聖女及び魔王の記録が少ない様に。


 時の経過と共に忘れ去られていくのは、世の定めである。


「この売り上げを少しでも維持するには、更なる戦略が必要だ。

 それこそが、アンスやリッチェンのその姿(・・・)なんだ!」


 ……今回の商品は、阿部さんの画像に絞った。


 需要に合わせた商品選出を行った。

 そして今後は――


 ……市場を――需要を制御していく。


 顧客たちは、今回のアンスやリッチェンの姿を見て思ったことだろう。


「次はアンス様と、リッチェンさんなのか」と。


 以前アンスに騎士の格好をさせた時の様に。

 彼らの執事・メイド(常と異なる)姿を見て、色々な想像の翼を広げたはずだ。


 ……それを利用し、今後の市場を制御していく。


 アンスとリッチェンのレアな姿を晒すことで、次回の販売会の方向性を定め、顧客のニーズを高める。

 それが今回、彼らにこの服装をさせた理由である。


「まあ……アンスの服が、いつも同じでつまらないというのもあるがな」


「『楽しい』『つまらない』で、私は服を選んでるわけじゃないんだよ!

 君だって、いつも同じ服ばっかじゃないか!


 そもそもこちらは、領主家に相応しい服装をしているだけだ!

 ねえ、リッチェンさん?」


 少年は少女に同意を求める。


 ……しかし彼は、何も分かっていない。


 理解していない。


「ルング……この素敵な衣装はどちらから?

 騎士団の制服として、着ていきたいですの」


 ……リッチェンのドレス姿は、彼女の個人的な趣味でしかない。


 父親である村長が、リッチェンに着させていたなどという事はなく。

 自身の意志で、楽しく着ているに過ぎない。


「誰も……味方がいない……」


 少年は力なく崩れ落ちる。


「ああ、そのメイド服はだな。

 俺の人脈と君たちの愛好会を駆使して――」


「そうなんですの?

 愛好会なんて、いつの間に――」

 

「なんで沈んでる私を放って、君たちは話を続けられるんだ⁉」


 ……久しぶりの日常。


 いつもの友人たちと、いつものやり取りを楽しくしていると――


 ガチャリ


 店仕舞いのタイミングにも関わらず、教室後方の扉が開けられる。


 ……その音に、激しく動揺する(・・・・・・・)


 生物には魔力(たましい)がある。

 それは魔術師であろうがなかろうが関係ない。


 実際に――


 チラリと執事とメイドに目を遣る。


 赤い執事(アンス)の体内を流れる魔力は、成長した彼の技量によって、美しく制御されている。


 見事な自然体。

 泰然自若。


 近年は師匠(あね)への敬意が多少薄れているような気もするが、魔術師としての能力は、あの怪物に着々と近付いている。


 そんなアンスに対して黒のメイド(リッチェン)の魂は、分かりやすく凄まじい。


 例えるなら、噴火前の火山だろうか。


 生命力に溢れた魂はその肉体を満たし、噴火の時(力の発露)を今か今かと待ち望んでいる様に見える。


 ……そんな彼らの魂を把握できる様に。


 普通の人間――とはいっても、この2人は多少普通の枠から外れている気もするが――であれば、視界に入っていなくてもその(けはい)を感知できる。


 しかし――


 ……今、正にドアを開けようとしている人物は。


 まるで気配を感じさせなかった。

 その事実に背筋が冷える。


 ……誰だ? 誰が来る?


 身構えていると、そこには――


「ここだな」


 白銀の髪と黄金の瞳(・・・・・・・・・)が輝く、白ローブ姿の少女――トラーシュ先生が、相変わらずの無表情で立っていた。


 ――戻って来た日常。

 帰って来て、早速ルングは商売を始めたようです。

 彼らのその後を多少描いて、本編はいよいよ終了となります。

 最後までご覧いただければ幸いです!


 本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!


 今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。


 ではまた次のお話でお会いしましょう。 

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